第8話「子猫のルルとシスティーナのミス」
大失態の朝の朝食…
うぅ…気持ち悪い…!!
昨日飲んだワインで、システィーナは最高に二日酔いだった…
何も食べたくない…
食べ物の匂いが余計に吐き気を催す…
本当はもっと寝てたかったのに、侍女達が「執事命令ですから!」と言って無理矢理準備を整えて廊下に追い出したのだった…
酷いわ!悪魔執事!!
その悪魔はというと、昨日のことが何事もなかったかのようにいつもの薄ら笑顔を浮かべながら淡々と仕事をこなしている。
私の倍は飲んでいたはずなのに…
その上、昨日はマイラと二人でフィリス様の部屋の前で一晩中張り込みをしていたはずなのに…
底の知れない方だわ…
フィリス様も普段通りだ。
マイラだけがチラチラとこちらを見ては、気に食わないといった風に睨んでくる…
私は二日酔いが酷くて、ほとんど朝食に手をつけることができなかった。
あぁ気持ち悪い…
早く部屋に戻って寝たい…一回吐いてから。
でもその前に…
だるい身体を引きずりながら、私はいつものように餌を持って中庭へ向かった。
最初はエリオット様に会いたいという不純な動悸も十二分にあった私ではあるが、相手は生き物。一度世話を始めたのなら、とことん付き合うつもりではいる。
なにより、私は子猫が好きだ。
それにしても…今日は流石にしんどい…
立ってるのも歩くのも辛い…
今日は餌を置いたら早く退散させてもらおう…
そう思って、どうにか中庭のいつもの場所へ辿り着いたら、いつものようにエリオット様の背中が見えた。
「エリオット様、おはようございます…」
今できる精一杯の笑顔で挨拶する。
「………」
あれ、聞こえなかったかな?
いつもは、うんとかすんとかくらいは反応してくれるのに…
「…エリオット様?」
そう呼ぶと、ゆっくりとこちらを振り返った。
「お前…ルルに何を食べさせた…?」
エリオット様の顔からは、はっきりと怒りの感情が表れていて、こちらを睨み付けている…
私はおもわずビクリと肩を震わせた。
膝の上には、ぐったりしているルルがいた。
「えっ…!?」
餌入れの中を見ると、私が昨日作ったカンパーニュが入っていた。
「あ!私が作ったパン!!」
なんでこんな所に…!?
フィリス様とは昨日の夜からずっと一緒だったから、フィリス様にあげたパンではないはず…
…となるとこれは、エリオット様に渡すはずだったパンだ!
でもどうして……?
「…やっぱりお前の仕業か…!」
「えっ…?」
エリオットが餌入れを指差す。
「猫に玉ねぎは絶対あげちゃダメなんだ…っ!」
「玉ねぎ…?」
確かに、餌入れの中をよく覗き込んでみると、隅に干からびた玉ねぎのかけらが落ちている。
…え、私そんな物入れたかしら……?
頭をひねって考えるが、よく覚えていない…
入れていなかったと思うが…
間違えて入れてしまったのだろうか…
ひとまず「ごめんなさい…!」と頭を下げて謝る。
「…人だけじゃなく、動物にまでこんな酷いことするんだな…」
エリオットに冷たい蔑みの目で見られて、胸がズキンと痛む…
エリオットの膝の上でぐったりしているルルが目に入り、青ざめる…
「ルルは…大丈夫なんでしょうか…?」
「あんたには関係ない。」
そう言ってルルを隠される。
そして振り返ることなく
「…もうここには来ないで。」
と言われた。
……ガーンッ!……
エリオットにそう言われて、立ち直れないほど落ち込んだ…
玉ねぎを食べさせた覚えはないが、猫に玉ねぎを食べさせちゃいけないことは確かに知らなかった…
最初に誰かに確認すればよかった…!
今さら悔やんでも仕方ないが…
空もシスティーナの心模様を表すように、遠くから黒い雲が流れてきて、次第に辺りを暗くしていく…
行き以上に重くなった足をどうにか動かして前に進む…
念のため、帰りに調理場へ寄って確認したが、コックは子猫が食べられる物についてもよく知っていて、システィーナに用意してくれていた食べ物に玉ねぎは入れていないと話していた。
…とりあえず自分がミスをしてしまったわけではないことがわかって心底安堵した…
あとは、ルルが無事に回復してくれるのを待つだけだ…
猫は玉ねぎを食べると下痢嘔吐したり、貧血状態になるらしい…
まだ子猫のルルが、無事に回復できるかがとても心配になった。
エリオットにはああ言われたが、彼のいない時間に様子を見に行って看病しようと決めた。
どうにか部屋まで戻るとそのままベッドに倒れ込んだ。
すかさず有能な侍女達が近づいて来て様子を伺ってくれる。
気持ちが悪いから休みたいと伝えると、速やかにドレスから寝間着に着替えさせてくれた。
ついでにベッドの脇に洗面器まで用意してくれて。
さすが有能な侍女達である。
侍女達に感謝の言葉を伝えると、私は再びベッドの中に入る。
はぁ…しんどかった…
布団気持ちいい最高…もう一生ここから出たくない…
ベッドメーキングしてくれた侍女達、本当にありがとう…!
頭がグワングワンする…
もう二度とお酒なんて飲まないと誓った。
そしてそのまま眠りに落ちた…
ーーー
次に起きた時には昼食の時間だった。
二日酔いはだいぶマシにはなったが、気持ちが落ち込んでいて食欲もないし、とてもエリオットと顔を合わせられる状態ではなかったので、お昼は食べないことにした。
昼食は強制参加の執事命令は出てなかったようで、侍女達もあっさり許可してくれた。
私は真っ白なシーツの上でゴロンと仰向けになる…
…朝のエリオット様、めちゃくちゃ怒ってたなぁ…
私のせいだって信じてたもんなぁ…
そりゃ突然、私が餌を持ってくるようになってからルルの体調が激変したんだもん、私を疑うのは当然だよね…
…でも私ではないとすると、一体誰が玉ねぎなんて入れたんだろう…?
“…人だけじゃなく、動物にまでこんな酷いことするんだな…”
あれはどういう意味だったんだろう…?
私に関する酷い噂が流れているのかな…
…だとしたら、そんな噂を流す相手は一人しか思い浮かばない…
マイラの仕業かしら…?
後で確かめてみよう…
午後になり、だいぶ身体も動けるようになって来たので、マイラの部屋を訪れることにした。
ーーー
「…そうよ、悪い?」
マイラの部屋へ行き、ルルの餌の件を問いただしたらあっさり認めた。
開いた口が塞がらない…
「あなた…玉ねぎが猫に毒だって知っててやったの…!?」
「そうだけど、それが何?だってしょうがないじゃない!他に方法が思いつかなかったんだから…!」
「他に方法…?」
「そうよ、エリオット様とのイベントを発動させるためにね!」
「……!?」
思い出した…!
確かエリオットのイベントで、ルルに嫉妬した悪役令嬢がルルをいじめて、それをヒロインが身を挺して守り、そこにエリオットが助けに駆けつけるというお話だったはず…
「このゲームでは、相手との好感度がある程度高ければ、攻略対象じゃない相手とのイベントが発生するのよ!」
…そうなのか…!!
「今日は天気も悪いし、私も寝不足だから、明日実行しようと思ってたのに、あなたのおかげで私の計画が台無しじゃない…!」
マイラに睨まれる…
ゆるふわ主人公とは思えない目付きの悪い顔だ…
でも今日は私もちゃんと反論しなくてはならない、ルルのために。
「そんなことのためにルルを傷付けるなんて酷いじゃない…っ!!」
「だーかーら、しょうがないって言ってるでしょう!?」
マイラがイライラしたように声を荒げる。
何がしょうがないのか…
まるで話が通じない…
「しかも…私が作ったパンも盗ったのね…?」
「えー何のこと?あれは私が作ってフィリス様に渡したのよ〜!ついでにルルにもね!きゃははっ!」
「……っ!」
最低女…!
前の世界でどれだけモテてたとしても、こんな女にまんまと引っ掛かってたしょうもない男達を心底軽蔑するわ…!
私もじっとマイラを睨む…
「…何よ?何か文句でもある?鈍臭女の癖に私に意見しないでよね!フィリス様をたらし込んで調子に乗ってるの!?」
マイラも私を睨み返す。
えっ?フィリス様をたらし込んでなんかいないけど…
何か勘違いしているらしい…
彼女の可愛らしい淡いピンク色の瞳は嫉妬の怒りにまみれていた…
「…でもいいわ、多分こうすれば、またイベント発動するだろうから…」
そう言ってマイラは突然自分のスカートを引き裂いて、大声で奇声を上げた。
「いややあぁっ!!誰が助けてえぇぇっ!!!」
「……っ!!?」
ドタドタドタッ!
バタンッ!!
「どうしたっ!?」
最初にリードベルが部屋に突入してきた。
さすが攻略対象者。速い。
「どうしたの…?」
続いて後ろからゆっくりエリオットが現れた。
…!!
やっぱりマイラへのエリオット様の好感度も上がってるのね…!
内心でショックを受けた…
何より今のさっきで、かなり気まずい…
「ふえぇぇ〜んっ!!」
二人が来るや否や、いつの間にか床に倒れ込んでいたマイラが、両手を目元に当てて、少女漫画のヒロイン顔負けの泣き方で泣き真似を始めた…
ふぇーんて、お前…!
リアルな世界でそんな泣き方したことあんのかよっ!
目元抑えてるのは涙出てないのを隠すためだろっ!!
リードベルは私がいるのを見つけると、すぐさま睨み付ける。
「またお前か…っ!!」
お前こそ、またかよっ!!
システィーナも負けずに睨み付ける。
「なによ、私は何もしていないわ!」
悪役令嬢らしい目付きの悪さといい、うっかり放ったこの台詞といい、いかにもシスティーナがマイラをまたいじめたかのような構図だった。
バカバカしい…
「ふんっ!失礼するわっ!」
ここにいたらまたマイラにどんな難癖を付けられるか分かったものではないので、足早にその場を立ち去る。
すれ違い様にエリオット様に
「最低。」
と呟かれる。
ズーーーーンッ!
まるで頭の上に漬け物石でも乗せられたような衝撃を受けた。
ショックすぎて、ガックリと項垂れて部屋まで戻る…
途中フィリスらしき相手ともすれ違ったが、もはや顔を上げる元気もなかった…
ーーバフッ
「あぁあぁ…っ!」
ベッドに顔を打ち臥せる。
エリオット様に完全に嫌われた…
ショック…
胸が痛くて涙目になる…
これが失恋の苦しみというものなのかしら…
侍女達が心配そうに様子を見守っている…
私の数少ない心優しい味方達。
皆んなには「しばらく一人にして欲しい」と伝えて下がってもらった。
静まり返る部屋。
「…すん…っ」
一人になってようやく涙が流れてきた。
「うぅっ…うぇえっ…」
みんな酷いよ…!
私は何もしてないのに寄ってたかって悪者だって決めつけて…!
この世界に来たばっかりで、分からないことだらけなのに…!
目付きが悪いってだけで、皆んなマイラの嘘に騙されて…!
憧れの人には嫌われちゃうし…
もう最悪だよ…っ!
声が漏れないように、布団をかぶって一人ベッドの中でわんわんと泣いた…
その声をドアの外でフィリスが聞いていた。
「………」
ーーー
ゴロゴロ…
ザァ……
夕方になり、にわかに雨が降り出してきた。
遠くの方では雷が聞こえる。
システィーナは相変わらずベッドの上に寝転がっていた。
散々泣いてふてくされて、最後には自暴自棄になっていた。
…もういいや、知らない。
このままご飯食べないで餓死すれば、元の世界に戻れるかもしれないし。
もう一生この部屋から出ない。
そうすれば、もうマイラにいじめられることもないし、リードベルやエリオット様に嫌われることもなくなるし…
もうすぐ夕食の時間だが、それもボイコットすることに決めた。
そう思って窓の外を眺める。
今夜は嵐になりそうだ…
次第に強くなる雨が窓を打ち付けてくる。
……
……そういえば、ルルはこの雨の中、どこにいるんだろうか…?
もしあんな弱った状態でこの雨に打たれているのだとしたら、かなり危険だ……
そう思ったら、いても立ってもいられなくなって、ベッドから飛び起きた。
朝から何も食べてない上に、泣きすぎによる頭痛で一瞬足元がふらつくが、休んでいる場合じゃない。
システィーナは慌てて部屋を飛び出す。
階段で夕食へ向かうリードベルと会う。
「おい、お前、さっきのことちゃんとマイラに謝れよな!」
リードベルの話も無視してそのまま階段を走る。
「おい、貴様…!」
リードベルも追いかけてくるが、私がパーラーではなく玄関に向かったので驚く。
「お前、そんな格好でどこへ行く!?」
私は振り返ってリードベルを睨む。
「あんたには関係ないでしょ!!」
話したところで、どうせいい結果にはならない。
私はバタンッと、力一杯大きな扉を閉めた。
外はいつの間にかザーザー降りの大嵐だった。
風が吹き荒れて、まっすぐ走るのも難しい…
これではどのみち傘もランタンも意味をなさなかっただろう。
私はルルがいる中庭目指して走った。
「ルルー!ルルー!!」
真っ暗で何も見えない上に、雨音がすごくてこちらの声もかき消されてしまう。
それでも私は必死にルルを探した。
ーーー
その頃、晩餐室にて。
「…おや、またシスティーナ様はご欠席ですか?」
執事のマーカスが空席のシスティーナの席を見る。
「なんか落ち込むようなことがあったみたいで、食欲がないんじゃないかな〜?」
フィリスがそう言いながら、チラリとマイラを見た。
それを受けたマイラは
「えっ大丈夫かしら、システィーナ様…」
と不安そうな顔をして見せた。
「そうですか…朝から何も食べていないご様子なので、後で部屋に食事を運ぶとしましょう。」
マーカスの言葉に
「あいつなら、さっき外に飛び出して行ったぞ。」
とリードベルが顔も上げずに言い放った。
「!!」
みんなの顔がリードベルへ向く。
「こんな嵐の中…!?何しに…?」
フィリスが驚いて尋ねる。
「さあな…」
「……」
システィーナの奇行に、一同が眉を寄せた…
「……」
エリオットだけが、心当たりに胸をざわつかせていた…
ーーー
一時間後。
「…みつからない…」
手探りで生垣の根元を端からすべて探ってみたが、どこにもいなかった…もちろんガゼボにも。
外に備え付けられてるベンチの下なども探ってみたが、そこにもいなかった…
…どうしよう…これだけ探しても見つからないなんて…
一体どこに行ったんだろう…
私は途方に暮れて屋敷へ戻ってきた…
ドレスはもうびしょびしょの泥だらけだった…
屋敷の中に入る前に、ドアの前でドレスの裾を絞る。
雨に一時間打たれ続けたせいで、身体が寒さで震えている…
みんなにみつからないようにそっとドアを開ける。
ポタポタとドレスから水滴が滴る。
ああ、ごめんなさい…床を濡らしてしまって…
私は侍女達や使用人達に申し訳ない気持ちになりつつも、
こんな格好を誰かに見られる前に部屋へ戻ろうと、急いでドアを閉めて振り返ると、目の前にエリオットが立っていた。
「…何してきたの?」
「!!」
さっきのことを思い出して、おもわず俯く。
「その…ルルを連れてこようと思って…」
「…この雨の中を?あんたが?」
あんたという言葉が胸に突き刺さる。
「…ごめんなさい…もう関わるなと言われたのに…」
泣きそうになって更に俯く…
「…猫を殺そうとするあんたにとって、猫が雨に打たれようと、どうだっていいんじゃないの?どうせこれもただの同情をひくためのパフォーマンスなんでしょ?」
冷たい目でエリオットが言う。
「…大事じゃない命なんてあるわけないじゃないですか…なんでそんなこと言うんですか…」
涙声で弱々しく答える。
「……!」
エリオットが不可解な様子で眉根を寄せる。
「……あんた…」
エリオットが何かを言いかけようとした時、後ろから音もなくフィリスが現れた。
「!」
「可哀想に、こんなに濡れて…いま侍女を呼んでくるからね。」
そう言って、びしょ濡れのシスティーナの肩を抱き寄せて、エリオットを振り返った。
「…エリオット…これ以上彼女を傷付けるなら、僕が許さないよ…?」
そう言ってフィリスはエリオットを鋭く睨みつけた。
「……!」
やがて、タオルを持った侍女達がやってきて、システィーナをタオルで包み込んで部屋へ連れて行ったが、エリオットは困惑した表情のまま、その様子を呆然と見ながら立ち尽くしていた…
ーーー
システィーナの部屋で、フィリスが侍女からタオルを借りて自ら髪を拭いてくれた。
突然の第二王子の訪問とあって、侍女達が慌てながらも色めき立っている。
「こんな嵐の中、無茶したね。」
「………」
「今日のマイラとのこと聞いたよ。それと何か関係があるのかな…?」
「………」
「……フィリス様も…私がマイラをいじめてるとお思いですか?」
「まさか」
フィリスは笑う。
「君はそんな卑劣なことできるほど、器用じゃないでしょ…?」
どこか優しいフィリスの声に涙腺が緩んで、堰を切ったように涙が溢れ出した。
「うっ…うぃえぇぇ〜っ!えぅ〜っ!!」
フィリスはそんなシスティーナを濡れたドレスの上からぎゅっと抱きしめ、微笑みながら優しく囁いた。
「…変な泣き方…」
後ろでは侍女達が興奮して発狂しそうになるのを堪えていた。
ーーー
その後フィリスは、少し落ち着いたシスティーナの頭を撫でて、「早くお湯で身体を温めるように」と言って部屋を後にした。
その後は興奮状態の侍女達がいろいろと問いただしたいのを我慢しながら、テキパキと世話を焼いてくれた。
お風呂に入ってポカポカと身体が温まり、寝間着姿で侍女が用意してくれた心休まるハーブティーを飲んでいたら、不意に誰かがドアをノックした。
…こんな夜にどなたかしら…?
「はい…」
ガチャリ…
ドアの外にはエリオットが立っていた。
「……っ!!」
「………」
「…俺の部屋に来て。」
「……え……!?」
エリオットからの突然の誘いだった。
またしても後ろで侍女達が密かに盛り上がる。
ーーー
バタン…
訳がわからないままエリオットの部屋を訪れた。
青色を基調とし、余計な物がほとんどないエリオットの部屋。
ゲームでは見たことはあるが、リアルに部屋の中に入ったのは初めてだった…
部屋の奥から戻ってきたエリオットが抱えていたのは…
「…ルル!!」
ルルだった。
ルルの姿を見つけて、おもわず駆け寄る。
「ルル!無事だったのね…!!」
「朝連れてきた。あんな状態で放って置けなかったから…」
確かによく考えればそうだ…
「でも……よかったぁ…っ!!」
私は安心のあまり脱力してその場にへたり込んだ。
ちょっとふらついていたのもある。
「…なんか、マイラに聞いてた印象と違う…」
マイラという名前を聞いて、再び私のやさぐれスイッチが入る。
「はっ…どうせ私が悪者だって言っていたんでしょう…?」
心がやさぐれ過ぎて、エリオットの前であることも忘れて腐る。
「…ナイフで手を傷付けたって…」
「あなたもマイラの言うこと信じるんですね。所詮男なんて可愛い女の言いなりなんですね。」
かなりやさぐれ過ぎて、前の世界の私怨まで持ち込んでしまった。他ならぬエリオット様に。
「………」
エリオットも黙り込む…
ああ、言ってしまった、もう知らん。
さらば私のリアル推しメン…
私は憧れだった推しメンに心の中で別れを告げた。
「………ごめん。」
なのに、返ってきたのは意外な言葉だった。
「……へ?」
「……あんたのこと、よく知りもしないのに、人から聞いた話だけで、勝手にいろいろ決めつけてた…」
「本当ごめん…」
綺麗な赤い瞳が真っ直ぐにこちらを見つめていた。
「……っ!!」
「そんな…私の方こそ、王子に対して失礼な物言いをしてしまいました。本当に…申し訳ございませんでした…っ!!!」
おもわずその場で盛大に平伏する。
「…!」
「クス…畏まりすぎ…」
「!!」
顔を上げると、はにかんで笑うエリオットの姿があった。
ドキンッ!!
ヤバい…やっぱりイケメンすぎる…っ!!
「…俺のこと、許してくれる…?」
「ゆゆ、許すだなんて、とんでもない!!」
「悪いのは全て私ですので!!」
頭がパニックになり、自分でも何を言っているのか分からなくなる。
「…じゃあ、おあいこ…」
そう言ってエリオットが赤い瞳を細めて柔らかく私に笑いかけた。
「………っ!!!!」
最高のスチル頂きましたー!!
カムサハムニダーー!!
推しメンのエリオットに許しをもらって、再び私の恋のボルテージはMAXまでぶち上がったのだった。
これが恋の力なのかしら…!?
ーーー
「えへへ…♪」
廊下をルンルンと歩くシスティーナ。
ルルがしばらく元気になるまでは、エリオットが部屋で面倒を見ると言っていた。その間は私も一緒に面倒を見ていいと言う許可をもらったのだ…っ!!
今日の落ち込みが嘘だったくらいに今は身体が軽い!
ついでにお腹も空いてきた。
舞い踊りながら歩いていたら、私の部屋の前でフィリスが待ち構えていた。
「エリオットに部屋に連れ去られたらしいね。何か変なことされなかった?」
「まさか!フィリス様じゃあるまいし!!」
顔を赤くして反論する。
「…でも、エリオット様の誤解を解くことができました…」
と言って嬉しそうに頬に手を当てる。
「ふぅん…」
途端に冷たい眼差しになるフィリス。
「それは楽しそうで何よりだね。それじゃ僕はこれで…」
「あれ…?何か御用があったのでは…?」
「別に…大した用じゃないから、またね。」
そう言って背を向けて去って行く。
「あっフィリス様…!さっきは助けてくれてありがとうございました!嬉しかったですっ!!」
そう言ってペコリとお辞儀をする。
あ、しまった、公爵令嬢ならカーテシーが正解だった。
まあ、フィリスは背中を向けてるから、どのみち見えないけど。
そう言われたフィリスは立ち止まる。
「……別に、レディを助けるのは紳士の嗜みでしょ?気にしないで。」
そう言って、今度こそ行ってしまった…
「……?」
フィリス様、何か様子が変だ…
一体どうしたんだろう…?
後で様子見も兼ねて、近いうちにまたパンを焼いて持っていこうと決めた。
そう思いながら自分の部屋へ戻ると、元気を取り戻した様子の私に対して、侍女達の質問責めが一晩中続くのだった…
お読みいただきありがとうございます!