第5話「第三王子エリオット登場」
朝食の後、王子達はそれぞれ国王から任されている業務を行う。
第一王子のリードベルは主に国王直属の近衛兵の訓練や統率・指揮を行なっている。
第二王子のフィリスは王妃主催のお茶会や宮廷舞踏会の企画・手配の補佐など、社交にまつわる仕事をしている。
そして第三王子のエリオットは国民の裁判や条例などの事務作業の補佐をしている。…らしい。適材適所方式だ。
午後は、終わらない仕事を片付けたり、狩りだのお茶会参加だのと、貴族達との交友関係を深めるための時間に使われたりする。
そんな訳で、午前中はみんな忙しく仕事をしているので、私達女性陣は暇なのだ。
というかずっと暇だ。
王子達への差し入れも、デキル執事や使用人達がやってくれるし、本当にやることがない…
マイラは、早速街に出かけたりして、自分のドレスとかをちゃっかり公費で購入しちゃったりしてるみたいだけど。
さすが、したたかな女だわい。
前の世界では、社畜として働き詰めだったから、たまにはこんな休息があってもいいかな…と前向きに考えることにした。
まだこの世界に転移してから数日で、屋敷の外にもあまり出たことがないから、今日はちょっと外を散策してみようかな…
そう思って準備していると、トントンと部屋のドアをノックをする音が聞こえた。
…誰だろう…?
フィリスだったら絶対に開けない。
それだけは決定事項だ。
というか、この屋敷の中で部屋に入れたい相手が一人も思い付かない…
ホントなんて所だよ、チキショー。
ため息を一つ吐いて、警戒しながら恐る恐るドアを開けると、そこに立っていたのはマイラだった。
「いま大丈夫〜?」
「………」
大丈夫じゃない…と言いたいが、言えなかった。
この手のタイプの女を敵に回すと後が怖いと、前の人生で痛いほど学習してきたので、私はひとまず逆らわずに従うことにした。
「はい、何でしょうか?」
「ちょっと下まで来てほしいんだけど。」
「……何でしょうか?」
…また何か企んでるんじゃないんでしょうね…
私は外に出る準備を手早くして、マイラと一緒に部屋を出た。
廊下を歩きながらマイラが話す。
「この前のフィリス様のパン、ごめんなさいね〜!彼の大事なパンだなんて、私ちっとも知らなくて〜!」
と白々しく謝る。
……嘘だ!
フィリスを途中までプレイしたことあるって前に言ってたんだから、絶対パンのことも知ってたはずだ…
ちょっと不満げな顔でマイラを見る。
階段の所に来るとそこで急に立ち止まり、階段を背にしてシスティーナを振り返った。
「え、なに?何か言いたいことでもあるわけ?」
「てか、私も間違えたのは悪いけど、あなただって、食べる前にちゃんと確認した方がよかったんじゃないかしら?」
ハッ!とマイラが鼻で笑う。
ぐぬぬ…
私だってパンに「フィリス」って名前が書いてあったら絶対に食べなかったわっ!!
自分の席のお皿にパンが乗ってたら普通食べるでしょうが!!
…でもそんなことを表立って言えない私は、代わりに無言でマイラを睨む。自分のチキンぶりが恨めしい…
「てか、早速フィリス様に手を出したみたいね!昨日見てたわよ。」
「あなた大人しいと思ってたら結構淫乱なのね!」
口を開けて下品な笑いをするマイラ。
「違うわよっ!私はただ、食べてしまったパンのお詫びに別のパンを持って行っただけよ!」
「えー、そんなことでフィリス様の点数稼ぎしてるのぉ?やることセコイ〜!」
ぬぅ…イライラする…
なんて嫌な奴なんだ…
このまま後ろの階段へ突き落としてやろうか?
おもわずそんな誘惑に駆られる。
てか、下に行くって言ってるのに、なんで階段の上で立ち止まってるのさ…!
「あなた、フィリス様を狙ってるのね。」
「いや、全然!」
真顔で即答した。
「じゃあエリオット様?」
「っ!?」
おもわず動揺した私の顔を見て、マイラはニヤッと勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「そう、エリオット様なんだ〜!いいよね〜!私も2回目のループで完全攻略したけど、美味しかったわよ♡」
…え!?
美味しい…!?え??
頭の中がプチパニックになる。
「エリオット様は押しに弱いタイプなのよね〜♡可憐な大人しめの女子がタイプだから、多分あんたは興味ももたれないでしょうね、ご愁傷様♪」
「ちょっと…そんな言い方ないでしょ!そんなの分かんないじゃない…」
「分かるもーん!!」
ガキかよ!!
あーもうイライラするー!!
「ベッドの中で、エリオット様がどんな感じだったか教えてあげようか…?」
「!!」
真っ赤になる私を面白がるように言葉を続けるマイラ。
「彼はね〜!意外な一面があってね〜!」
「やだっ!やめてよっ!!」
そう言って彼女を軽く押し退けたつもりだったが、その瞬間彼女はニヤリと笑って、自ら階段へと倒れて行った。
「えっ…!?何やって…っ!!」
咄嗟に助けようと手を伸ばすが
「危ねぇっ!!」
と別の者に助けられてしまった。
そこに現れたのはリードベル第一王子だった。
マイラはすぐさま、
「リードベル様ぁっ!!」
と泣き真似をしながら、どさくさに紛れてべったりとリードベルに抱きついている。
騎士のような格好をしたリードベルは、これから近衛兵の訓練をしに行くのだろう。
鋭い目つきで悪役令嬢である私を睨み付ける。
「貴様…また性懲りも無く弱い者いじめをしてるのか…!」
「そんな…!私はちょっと押しただけで、その後はマイラが勝手に…」
「言い訳無用だ。」
「!!」
「秩序を乱す者を俺は許さない。貴様もこれ以上ふざけた真似をするなら地下牢へ放り込むぞ!」
静かだが、刺さるような殺気で、身動きがとれなくなった。
三白眼の金色の瞳がシスティーナを鋭く睨む。
「はい…ごめんなさい…」
私は雰囲気に押されて、おもわず謝ってしまった。
大人しく俯く私を見て、リードベルはマイラの方を見た。
「…大丈夫か、マイラ?」
「はい…!リードベル様ぁ!」
リードベルに見つめられて、瞳をうるうるっとさせるマイラ。
リードベルはそんなマイラを見て、再びシスティーナを睨み付ける。
……っ!
こいつ女見る目ねーな!!
ーそうは思うが、結局はマイラのような女性がモテるのだ。
なんだか正直に生きるのが馬鹿馬鹿しくなってくる。
かと言って、今さらマイラのような生き方なんて出来ないし、したくもないんだけど。
…それにしても、まんまと騙されてるアホなリードベルを見てるとイライラしてくる。
あっちもマイラを離すと、こちらを目で牽制しながらゆっくりと階段を下に降りていった。
「…女で破滅するがいいわ、ボケ王子!」
「何か言ったか!?」
「い、いえっ!!」
下からこちらを見上げて睨まれた。
…本当地獄耳だな、あいつ。
マイラをジロっと振り返ると「あ〜あ、またリードベル様に嫌われちゃったわね〜♪」と楽しげに笑って、ルンルンと軽い足取りで部屋へ戻って行った。
…もう抗議する気すら失せてくる。
はぁ…
ーーー
中庭をとぼとぼと歩きながら、私はさっきのことを思い返していた…
全くあのリードベルって奴は、本当女見る目なしの最低野郎だな…
こっちの話を聞きもしないで、頭ごなしに一方的に責め立てるなんてさ…酷いよ!
…まあ、あっちから見たら、私がマイラを押したように見えたのかもしれないけどさ。
それにしても乙女ゲームの主人公なんだから、もうちょっと他者への思いやりとか優しさとかあってもいいじゃんね〜〜!?
主人公のくせに残りの2人と比べて瞳も小ちゃくて目つき悪いし、口は悪いし、王子様ってよりはチンピラって感じだし。なんであんなキャラに設定したんだろ…
製作者の意図が全く分からんわ〜!
そうブツクサ言いながら中庭を歩いていると、白いガゼボが建っているのを見つけた。周りに誰もいないようだったので、中のベンチに座る。
今日は天気も良くて風も気持ちいい…
サワサワと木の葉が心地よい音を鳴らす。
……そういえば、マイラが言ってた用事ってなんだったんだろう……?
階段の前でわざとらしく立ち止まって話伸ばしてた感じだったけど…
むしろ煽ってたというか…
まるでリードベルが来るのを待ってたみたいに…
……
………
「……あーーっ!!」
そこまで考えて気付いた。
あれはキャラクター選択後のイベントではなかったか!?
攻略するキャラクターを選択した後に、悪役令嬢に階段から突き落とされる所を、選択したキャラが助けてくれるというイベントが発生するのだった。
そういうことかーーっ!!!
それをマイラは分かっててやったんだ!!
しっかり悪役令嬢としての仕事しちゃったじゃんー!!
もう私のバカバカー!!
今さら気付く自分の鈍さに呆れる…
…あそこでマイラを助けたのがリードベルとなると、今回マイラはリードベルを攻略対象として選択したということになる。
ここで一旦、頭を整理することにした。
…確かマイラが最初の頃に自慢しながら話していたことによると…
マイラは1回目のループでリードベルを選んでバッドエンドとなり、2回目でエリオットを選んで攻略完了、3回目でフィリスを選んであと少しのところでバッドエンドだったって言っていた。
つまり、大体のイベントは把握していると言っていいだろう。
…これは相当に分が悪いぞ…
このゲームはどうか知らないが、大体の乙女ゲームの悪役令嬢は最終的に国外追放だったり処刑だったりと、予後がとても良くない。
もちろん、謂れの無い罪で断罪される気なんてさらさらない。
私も先代の悪役令嬢達にならって、自分のバッドエンドフラグをへし折るのだ!!
そして素敵な恋人と出会って、真っ当な恋愛をするのよ!!
そう誓って立ち上がると、不意に奥の茂みからニャーと猫の鳴き声が聞こえてきた。
「…?」
声のする方へ行ってみると、そこにはグレーの色をした子猫がいた。
「!!」
かかか…!
かわええぇーっ!!!
すぐさまその子猫を捕獲して、膝の上ですりすりなでなでした。
「はぁ〜、めっちゃ癒される〜!!」
ひとしきり触ってから、ふと気付く。
はて…この猫、どこかで見たことあるような…?
……
………
…………
ああああーーっ!!!
この猫は、エリオット様が可愛がってらっしゃる「ルル」だわっーー!!!
そう気付いて悶える。
やだっ!!
もしかしたら、ここはいつもエリオット様が猫と戯れてらっしゃるエリアでは!?
ゲームでは、一瞬で場所移動しちゃうから分かんなかったけど、よく考えたら今いた白いガゼボも背景に映ってた所ではないかっ!!!
思わぬところで聖地巡礼できて、興奮ボルテージがMAXになる。
「ひゃー!ここもー!わーん!!」とか言いながら息を切らして辺りを見回していると
「……あんたそこで何やってるの?」
と背後から声が聞こえてきた。
「…っ!!」
恐る恐る振り向くとそこには…
エリオット王子がいた…
「……っ!!!!!」
こんな所で突然推しメンに会えて、おもわず奇声を上げたくなる気持ちを必死に抑えた。
あーでも上げたい!!上げたい!!
上げさせてください!!
それを無理矢理我慢してるから、多分いま表情がすごいことになっている。
ついでに息をするのも我慢してしまって、ふがふがと、かなり怪しい不審者になっていると思う。
エリオットも眉間に皺を寄せて、こちらを警戒するように見ている。
…生エリオット様だ…!!
真正面から見てしまった!!
美しい!!
尊い!!
美しすぎて目が潰れる…!!!
寝起きなのか、ちょっと癖のある金髪の髪が、今日はいつも以上にあちこち跳ねている。
そこがまた母性本能をくすぐられて、可愛いったらありゃしない!!
あーもう朝から眼福ですーっ!!
生きててよかった!!ありがとう神様ーっ!!!
はぁはぁ…
呼吸と精神を必死に落ちつけながら、頑張って顔を作って尋ねる。
「わた…わたしは…ちょっと…外の空気を……吸いに……」
「…エ、エリオット様はどうしてこちらに?」
確か今は執務の時間だったと思うけど…
「…コイツに餌をやりに…」
そう言ってルルの小さい頭を撫でた。
…コイツ!!
コイツですって!!
聞きました!?奥さんっ!!
私もその尊いお口でコイツとか呼ばれてみたいわーーっ!!
もうそのボイス永久保存版だわっ!!マジ尊いっ!!!
片手で顔を押さえて、口角が上がるのを抑えながら
「そ、そうなのですね…」
と、ちゃっかり隣に座って自分もルルを撫でる。
「ルル、ご飯ですって!」
「!!」
「…どうして、名前知ってる…?」
「俺とコイツしか知らないはずなのに…」
あ、しまった…
つい口が滑った。
「えーと…たまたま立ち聞きしちゃって…アハハハ…」
苦しい苦しい。
エリオット様も、もの凄く不審な目で見てる。
「…コイツに変なことするなよ。」
そう言って立ち上がると、警戒を露わにされたまま、エリオットは帰ってしまった。
あーあ、行っちゃった…
もっといろいろ話したかったのに…
でも…
憧れのエリオット様を間近で見られて最高だったわぁーっ!!
眼福っ!!尊いっ!!
「ありがとうルル〜!!」
ご飯を食べ始めたルルをわしゃわしゃ撫でて、ルルにもウザがられた。
ーーー
その日の午後。
トントン!
「はーい。」
「失礼します〜!」
「!? 珍しいね、君から僕の部屋に来るなんて。」
「えへへ、そうですか〜?」
昼食の後、私は湧き上がるハイテンションで、調理場を借りてクッキーを作った。
エリオット様とご対面できた記念のクッキーだ。
猫の形で作ってみた。
もちろん、エリオット様に渡すために。
…でもエリオット様だけに渡すのはさすがにアレなので、一応みんなにってことで、今こうしてフィリスの部屋にも配りに来たのだ。
「クッキーを作ったのですけど、よかったら食べませんか?」
「ありがとう、頂くよ。」
そう言って取りに来てくれた。
「今日は気色悪いほどご機嫌だね?何かあったのかな?」
フィリスが探るように見つめながら近づいて来る。
「え〜!そんなに違いますか?おほ、おほほほ…っ!!」
少しの嫌味も聞こえないくらいには舞い上がっていたかもしれない。
言うなれば油断しまくっていた。
自分からフィリスの部屋に近付くなんて。
フィリスがクッキーではなく、私の手首を掴んで壁に押し付けてきたところで、ようやく少し正気に戻った。
「誰のこと考えてそんなに舞い上がってるの?僕妬けちゃうなぁ…」
低い声で囁きながら首筋に唇を這わせようとしてきたので、
「あ、そういうの間に合ってるんで!」
と手で顔を押さえて真顔で返したら、フィリスも眉根を寄せてつまんないとばかりにあっさり手を離した。
…なんとなく、この人の扱いが分かってきた気がするなぁ。
「では!失礼しまーす♪」
そう言って再びテンション爆上げで去っていくシスティーナ。
バタンと閉められた部屋の中でフィリスは
「…ホント、意味わかんない奴…」
とクッキーを見ながら、ため息を吐いた。
フィリスにも渡したし、もう不自然じゃないよね…!?
次はいよいよエリオット様の部屋に持っていくわよ…っ!!
(リードベルの部屋素通り)
ドキドキしながら、エリオットの部屋をノックする。
トントン!
「…はい」
きゃーーっ!!エリオット様の声!!
やばい!!萌え死にするっ!!
それだけで、はぁはぁと呼吸が荒くなるが、にやける顔を押さえながらドアを開ける。
机で何か作業をしていたらしいエリオットは、こちらを振り返って私に気付くと、ちょっと不機嫌そうに眉を寄せた。
「…なに?」
「あ、作業中失礼します。あの…クッキーを焼いたのですが、よかったら食べませんか…?」
「いらない。」
「あ、でも…」
「甘いの好きじゃない。」
チーーン
「そうですか…では次はしょっぱい物を作ってきますね…」
「大丈夫、いらない。」
すげなく断られてドアの外で撃沈する。
ズーーーン
甘い物…嫌いだったのね…!
全然知らなかったわ……っ!!
基本情報的内容なのに…!!
私がプレイしてない先には出てきてたのかなー?
もう…なんで攻略本出してくれないんだよ〜!
最後は製作者への愚痴になっていた。
…でもでも!
今日はエリオット様とたくさん会話できたから良しとしよう…
クッキーを抱きしめながら、グスンと自分を慰めた。
そこへリードベルが通りかかった。
エリオットの部屋の前で屈んでいるシスティーナを見つけて、怪訝そうな顔をした。
「…お前そこで何してる…?」
「…別に何も…」
ムスッとして答えた。
「…エリオットに何か用なのか?」
「…あなたには関係ないでしょ。」
頬を膨らませ、不貞腐れた顔で睨む。
「そういう訳にはいかない、怪しい動きをしている奴は俺が…」
そう言って、しゃがんでいるシスティーナの肩を掴んだ瞬間、手からクッキーが落ちた。
「…!!」
「…お前、それ……!」
「?」
「…それ、お前が作ったのか…!?」
「……? はい。」
なんだろう…クッキーを見てから、目の色が変わった気がする。
コイツもしかしてクッキー好きなのか…?
「………」
黙ってクッキーを凝視している。多分そうなんだな。
でも残念ながら、お前にやるクッキーはねぇ。
私はクッキーを拾って立ち去ろうとする。
背中にめちゃくちゃ視線が刺さるけど知らん。
「………」
…でも…
どうせ誰も食べないし…
捨てるくらいなら…
そう思い、渋々振り返って
「あー、クッキー余ったんですが、食べますかぁー?」
と心のこもってない適当な顔で聞くと
めちゃくちゃ真面目な顔で
「……食べる……」
と言うので、黙って渡した。
なんだかすんごい気まずい空気が流れた…
なんだこれ。
いつもお読みいただきありがとうございます!
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