第42話「決断の日」
フィリスが目覚めた10日後に、戦争は終結した。
以前、マイラが話していたゲームの筋書きと同じように、フィリスとエリオットの働きかけによって、隣国の仲裁が入り、戦争は収束することとなった。
そして、次は自国がと恐れた国々から、ヨアルドに対して厳格な報復措置がとられたのだった。
3ヶ月後にはヨアルド国内で内乱が起き、戦争を指揮したヨアルドの幹部達が次々と処罰され、国力が急速に弱まっていった。
その頃…
ーーー
「システィーナ!」
いつものように朝食へ向かう私にフィリスが後ろから声をかける。
戦争の終結から数日経って、私達はまた前の屋敷へ戻ってきた。
荒らされた部屋は、先に戻った使用人達の手によって綺麗に修繕されていた。
秘密の抜け道のある部屋は、再び施錠されることとなり、その部屋の鍵もマーカスによってすべて回収された。
…できれば、もう二度と使わずに済むことを願いたい…
フィリスはこの3ヶ月間で順調に回復し、顔色も随分と良くなった。
まだ傷跡は生々しいけど、ベッドから出て、みんなと一緒に食事も取れるようになった。
私とマーカスの民間療法と栄養学の知識の賜物だ…
「いよいよ、明日だね…」
階段を降りながら、フィリスがいつもの王子様スマイルを向ける。
「うん…」
私の顔に緊張が走る。
明日はいよいよ、私が自分の伴侶という名の次代の王を決める「決断の日」がやってくる…
私の他に、3人の王子とマイラの全員が宮殿に呼ばれ、国王と女王陛下の前で、私が自分の心のうちを伝える。
かなりの緊張案件だ。
開戦前にマーカスを通して、内々には伝わっているはずだが、今回はそれを公の場で発表する初めての場となる。
「……」
私の顔を見て、フィリスもいつになく神妙な面持ちになる。
「よっ!不潔女!」
そこに後ろからリードベルが近づいて来て、私の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「ちょっと!髪がぐちゃぐちゃになっちゃうでしょ!?」
「はっ昨日はちゃんと風呂に入ったんだろうな!?」
最近は、これが奴のからかい文句となっている。
「入ったに決まってるでしょ!!もう、せっかく侍女達がセットしてくれたのに〜!」
ぷんぷんしながら手で乱れた髪を直すと、フィリスがその手に自分の手をそっと重ねて言った。
「そうだよ、リードベル、好きな子には優しくしないと、嫌われちゃうからね…?」
そう言って妖艶に笑った。
「なっ!!」
リードベルと一緒に私まで赤くなる。
騒がしく階段を降りていくと、後ろから「おはよ」と声をかけられる。
「!!」
「え、エリオット様!!?」
そこには、まだ眠たげなエリオット様がいた。
「ま、まだ朝ですよ!?」
「うん、なんか目が覚めちゃったから…」
いつも通りの掠れたハスキーボイスと、短い毛先が跳ねた髪型がカッコよくて、おもわず見惚れてしまう…
「そうなんですね…おはよう…ございます…」
「うん、おはよ」
ニコッ
エリオットがこちらを見て柔らかく微笑んだ。
きゅーーーん!!!
はああ…!!
私の推しメン王子様は、今日も世界一カッコいい…!!!
今日も生きててよかった!!ありがとう人類!!
はああ〜!!
朝から超幸せだ〜〜!!!
今日もいいことありそう〜!!
「…ちょっと…」
「おい…」
浮かれていたら、両脇から低い声が聞こえてきた。
「二人の世界に入らないでくれる?」
「お前、俺とは随分態度が違うじゃねーか!?」
「へ?へ?そ、そうかな…!?」
照れて赤くなった顔に、両側から整った顔で詰め寄られて、更に動揺して赤くなってしまう…
その横をマイラが通り過ぎる。
「相変わらず、ヒロインよりヒロインしてるじゃない…」
その目は冷たいが、前のような悪意は感じられない。
それどころか、3人の王子達の前でも素の自分を見せるようになり、ゆるふわキャラから一転して、クールなサバサバキャラにど変身した。
「君からシスティーナに、男を嫉妬させない正しい男女の接し方について教えてもらえない?」
「ふふ、それはお断りしますわ!」
水面下であんなに歪みあってたフィリスとマイラの関係も今では普通に会話できるほど良好だ。
「じゃあ、人を見て態度を変えないように、正しい淑女教育を教えてやってくれ」
「!!」
「そ、そんな、淑女教育だなんて、私にはとても…っ!!」
リードベルに対しては、相変わらず顔を真っ赤にして余裕なく対応しているみたいだけど…
でも、男慣れしてた前よりもずっと好感がもてる…
みんなでワイワイしながら、朝食の用意されたパーラーへと向かう。
ようやく平穏な日常を取り戻しつつあった…
願わくば、この時が永遠に続くようにと願いたくなるほどに…
ーーー
その日の夜。
「………」
ベッドに入ったものの、なかなか眠れずに月明かりをぼうっと見ていた…
…明日ですべてが変わる…
そのことに、先の見えない不安と緊張で胸がざわめいて落ち着かなかった…
…それでも…
…今よりもきっとより良い未来が来ることを願って、私は再び目を閉じた…
ーーー
翌朝。
私達は宮殿に招集された。
今日はいつもの赤いドレスではなく、誰のカラーでもない真っ白で清楚なイメージの袖付きドレスを身に纏って登場した。
通された部屋は会議を行う為の部屋のようで、両脇が階段状の席になっており、既に二十名ほどの貴族の面々が座っていた。
中央の高い席には国王と女王が並んで座り、王子達はその脇の席に座った。
私とマイラは出口に近い一階の末席だった。
呼び出されたら中央の証言台まで行って発言するらしい…
まるで裁判だ…
自ずと緊張が高まる…
「これは、ゲームとは比べ物にならない緊張感だわね…」
「いや、本当だよ…!!」
マイラに笑われて、私も苦笑いする。
「…でも今日はもう決まってることを公で宣言する形式的なものなんだから、大丈夫でしょ?」
「う、うん…」
それでも緊張する…
ここにいる大半の貴族達は、まだ話の内容を知らない筈だから…
やがて、国王と女王陛下が入室し、会議が始まった。
国王は病に臥しているという話だったが、今日は無理を押して出席されたのだろうか…
遠目には、その様子は分からない…
ーーー
「それでは、ブルーナー公爵令嬢、システィーナ・ブルワー、前へ」
「はい!」
静まり返った会場で、緊張がMAXになる…
証言台へ向かう私に対して、貴族達が向ける視線は冷たいものだった…
だが、それも致し方ない…
私の魂が転生する前のシスティーナは、ゲームで悪役令嬢として登場するほど、我儘で、高飛車で嫌な女だったようだから…
私の身体に転生した際の病院や会社での様子からもその横暴ぶりがうかがえた…
きっと、嫌な思いをさせられた貴族の娘達もたくさんいるのだろう…
私のせいではないが、皆んなに私のせいじゃないという説明も証明もできない…
…だからせめて今からの自分は、人に認められるような公爵令嬢たる言動を心がけるしかない…
いつだって、出来ることは“今ここから”だから…
証言台へ立った私は、一度深くカーテシーをした。
公爵令嬢らしい美しい身のこなしに、周りから感嘆の声が漏れた。
「表を上げよ。」
国王の命で顔を上げる。
「………」
国王が口を開く。
「この三人の王子達は皆次代の王たるに相応しい資質を身に付けておる。この者達から伴侶を選ぶがよい。」
「僭越ながらお答えいたします。」
「私が次代の王に相応しいと思う相手は…」
「………」
全員の視線が突き刺さる…
私は周りの雰囲気に飲まれないように、そっと拳を握りしめて言葉を発した。
「…第一王子のリードベル殿下です。」
私の言葉に会場がどよめいた。
リードベルが、息を呑むように目を見開いて私を見ていた。
「リードベル殿下は、直情的なところがありますが、反面、人情に厚く、民への思いやりと、この国の明確な未来像をもっています。彼こそが次代の王に相応しいと私は思います。」
歓喜、好奇、興奮、様々な感情が織り混ざって会場をざわつかせる。
そんな中、フィリスは一人立ち上がって、席を離れようとしていた…
「…お待ちください、フィリス殿下!」
私はすかさず声を張り上げる。
「…無理だよ、これ以上は耐えられそうにない…」
そう言っていつものように笑うが、私にはその顔は今にも泣きそうに見えた。
「話には、まだ続きがあります。」
再び会場がしんと静まり返る…
「…先ほど、次代の王にはリードベル殿下が相応しいと申し上げましたが、私の伴侶には、フィリス殿下以外に考えられません。」
「!!?」
私の言葉を信じられないと言った顔で見返すフィリスが見えた。
会場は、再び何を言っているんだという疑惑の目を私に向ける。
国王が冷静に尋ねる。
「…それでは、リードベルの跡継ぎを作る相手はどうするのだ…?」
「…それについては、一つご提案があります。」
「…私は現在の国王のみが絶対的な権力をもつ絶対君主制を取りやめてはどうかと考えています。」
「なんだと…っ!?」
周囲の貴族達の動揺した声が聞こえてきた。
「…どれだけ優秀な人間を選ぼうとも、人間ですから時には道を踏み外したり、偏った判断をしてしまうことがあります。」
「ですので、新しい国王は議会の制限を受ける立場にし、他の二人の王子も等しく政治に関わり、その権力を分散させ、正しい政治を行えるようにしてはどうかと考えます。」
「そうすれば、王族に次代の王に相応しい跡継ぎが生まれなくとも、議会の代表者達によって未来永劫正しい政治が行われ、先の戦争のように執拗に王族に関わる者の命が狙われることもなくなります。」
「王の独裁政治では、我が国もいつヨアルドのようになるやも分かりません。」
「新しい時代に対応していくために、今が良い機会かと思います…」
私は真摯に国王を見つめた。
会場は私と国王の言葉に耳を傾けるように静まり返っていた…
こんな公の場で革命を示唆するようなことを言うなんて、一歩間違えば反逆罪だ…
どの立場で言ってるんだと言われればそれまでだが、もうこんな馬鹿げたゲームは私達の代で終わらせたいと思ったのだ。
私は国王の次の言葉をひたすら待った…
「………」
「其方の言い分は分かった。だが…」
「!」
「この場はあくまで、其方の伴侶となる次代の王を決める場である、したがって、先のような話は新しく王となる者の判断に任せる。ここは一公爵令嬢が理想を語る場ではない。」
「…はい、失礼いたしました…」
私は頭を下げた。
…それでも、この大勢の場でこの意見を出せたことに意味はあるはずだ…
貴族達の私を見る目も先程とは少し変わって見えた。
彼らにとっては、王の権限が制限されることは願ってもないことだろう…
最初はそれでいい…
初めは甘い餌でつり、そこから徐々に体制を変えていくのだ…
「それで、次代の王についてだが…」
「…!!」
国王の声が会場内に響き渡る。
「先程の意見を鑑みて、第一王子のリードベル・モウブレーを新王とする。」
リードベルは、国王の視線を受けて、覚悟を決めたように頷いた。
続いて国王は私を見遣り、口を開く。
「そして、そなたの伴侶だが…」
「……っ!」
ゴクリと唾を飲み込む…
「第一候補をフィリス・モウブレー、第二候補をリードベル・モウブレーとする。」
「………へ……?」
ーーー
「…あれはどういうことですか…!?」
帰りの馬車の中、私はマーカスに詰め寄った。
本来、マーカスは使用人用の馬車に乗るはずだったのだが、帰り際に捕まえて私とマイラの馬車に乗せて問い詰めた。
「まあまあ…そんなに接近されては、旦那様候補のお二人に嫉妬されてしまいます…」
マーカスは相変わらず含みのある笑みを浮かべて私をなだめた。
「あんたも少しは落ち着きなさいよ、馬車の中で立ち上がったら舌噛むわよ?」
マイラが冷静に諭す。
「ふーっ!!」
私は息を吐きながら心を落ち着けて、ドカッと椅子に座る。
「…いきなり体制を変えろと言われても、今のやり方しか知らない国王陛下や貴族の面々にとっては、すんなり受け入れられる事柄ではありませんので、これは精一杯の妥協策だったわけですよ…」
「でなければ、あなたは、強制的にリードベル様の妻となっていたでしょう…」
「…そんなこと言ったって、これじゃまるで…」
「今までと変わらないわね…」
マイラが呆れたように窓を見ながら言葉を続けた。
「ええ、そうですね…」
マーカスがニッコリ微笑んだ。
「システィーナ様もそれを望まれたのではないですか…?」
「え、それは…」
…確かに現状維持の未来を望みはしたけど、これは想像の斜め上過ぎる…!!
「てか、伴侶候補って何よ!?そんなの貴族達の前で言っちゃってよかったの…!?」
「いやはや、国王陛下もなかなかに柔軟な方で、私見直してしまいました…」
マーカスが胸に手を当てて、感動した素振りを見せる。
…いやいやいや!!!
どう考えたっておかしいでしょ!!
この国大丈夫かーー!!?
ーーー
屋敷へ着くと、先に着いた三人の王子達が玄関ホールで迎えてくれた。
「お疲れ!」
「お疲れ様」
「…お疲れ…」
うっ!!
三者三様の美男子に迎えられて、おもわず目が潰れそうになる。
後ろにキラキラのエフェクトが見える…
眩しい…っ!
そして、三人がエスコートのために同時に手を出す。
「!!」
えっ!?
ナニコレ!?ナニコレ!?
手は2本しかないのに、3本の手がある…!
一体どうすれば…!?
「……っ!!?」
私は歩みを止めることなく、そのまままっすぐ歩いて行って、真ん中にいたエリオットの手を掴んだ。
「…っ!」
少し驚いた顔のエリオットの白い頬がうっすら赤くなる。
「!!」
…驚いた顔のエリオット様も可愛い…っ!!
その顔を見た私もおもわず赤くなる。
「………」
「ちょっと…」
「おい…」
次の瞬間、両側から地の這うような声が聞こえてきて我にかえる…
「…普通、ここは僕の手をとるはずだよね…?」
「…お前、俺を次の王に選んだんじゃねーのか…?」
後ろにゴゴゴゴ…という効果音が聞こえてきそうである。
「あ〜ははは…!」
ちゃっかりエリオットの手は握ったまま、ゆっくり後ずさる。
「まったく…」
後ろからマイラがやってくる。
その後ろからマーカスも現れた。
「システィーナ様、お役目ご苦労様でした。」
「今日よりリードベル様は新王となるべく、様々な引き継ぎと戴冠式に向けての準備を行っていただきます。」
「システィーナ様はフィリス様を中心に積極的にご世継ぎをご検討ください。」
「すみません、何言ってるかよく分かりません。」
「3ヶ月後に終戦の祝いと新王となるリードベル様のお披露目を兼ねた王族主催の宮廷舞踏会がございますので、他の皆様はそちらの準備をお願いします。」
無視かい。
「はーい!」
フィリスの軽い返事で解散となり、みんな部屋へと戻った。
ーーー
「ねぇ」
階段を上がって、部屋へ戻ろうとしたところで、フィリスに手首を掴まれた。
「さっきのことだけど…」
「!?」
“私の伴侶には、フィリス以外に考えられません。”
私は先程の宮殿での発言を思い出して、顔が赤くなった。
「あ、あの…あれは…っ!!」
「…俺でいいの…?」
「………へ?」
返ってきたのは意外な言葉だった。
フィリスの顔はいたって真面目だ。
「…君はリードベルが好きなんじゃなかったの…?」
「…え…?」
フィリスの思いがけない発言に胸がドキリと跳ねる。
「…どうして、そんなこと聞くの…?」
「…近くで見ていて、そう思ったから…」
「僕を選んでくれるのは嬉しいけど、自分の心に嘘をつくのはやめてほしいんだ…」
フィリスが肩をすくめて私を見つめる。
「………」
「…確かに、最近リードベルを前にすると、不意打ちでドキッとさせられることもあるけど…それは好きとは違うんじゃないかと思う…」
「…ふーん…じゃあエリオットは…?」
「…好きです。」
「…じゃあ俺は…?」
「!?」
「…え、えっと…っ!」
「…好きじゃないの…?」
「えっと、それは…!!」
「………」
フィリスが表情の読めない顔で見返す。
「………分かった…」
「!」
「君の気持ちはエリオットにあるようだ。それなら僕が入る余地はないね。」
フィリスがきっぱりと答えた。
「…え…?」
「悪いけど、僕は伴侶候補を辞退させてもらうよ。第一候補はエリオットに交代してもらうといい。」
そう言うと、さっさと自室に入ってしまった。
バタン…
静まり返った廊下に一人取り残される…
…え…
えーーーーっ!?
私は再び頭を抱えたのだった…




