第40話「命をかけた戦い」
私を人質に取ろうとした別動隊の隊長は、フィリスのただならぬ殺気に一瞬たじろいだが、すぐさま騎士に命じてフィリスを取り囲んだ。
こちらの隊もリードベルの相手と同様に、30人ほどいる。
しかもフィリスはいま私を馬に乗せた状態だ…
私は乗せられた時のまま、ちょうどフィリスと向き合うような形で乗っている。
これでは動きも制限されるし、戦いにおいては不利でしかない。
…どうしよう…
…このまま戦ったらフィリスが危険だ…
…私はこのまま馬から降りるべき…!?
そう考えていたら、フィリスが私の背中を撫でながら言った。
「…ごめんね…少しの間だけ手を離すから、僕の体にぎゅっと掴まっててくれる?」
「くれぐれも馬から降りようなんて考えないでね。」
「!」
フィリスは私の考えを見透かしたようにクスリと笑った。
「この人数に囲まれておいて女といちゃいちゃとは、いい度胸だな!」
敵の隊長が勝利を確信して嘲笑する。
その声を聞いたフィリスは、再び刺すような鋭い目でその男を睨みつけた。
「…そこのお前はあろうことか、この子に乱暴を働いたようだね…」
「国の紋章を背負う騎士が女性に暴力を振るうなんて、君達の国のレベルが分かるようだよ…」
「なん…だと…!?」
男は怒りで身体を震わせた。
「お前達!この者を八つ裂きにしろ!!決して逃すな!!」
「はっ!!」
隊長の叫び声で、周りを囲んだ騎士達が距離を詰め始める。
それと同時にフィリスが勢いよく馬を走らせる。
「…っ!!」
私はフィリスの邪魔にならないように、フィリスの体にしっかりと捕まった。
少しのブレが命取りになると思ったので、おもいきり腹筋に力を入れて体幹がブレないように意識を集中させ、顔はぴったりと胸にはりつけた。
「ぐはっ!」
「かはっ!!」
激しい馬の動きと共に、男達が次々に斬りつけられている音が聞こえる。
…でも油断はできない、いまフィリスは複数の敵と1人で戦っているのだから…
しかも私を抱えた状態で…
5人、6人、7人…
右に左に馬を走らせ、次々と相手を斬り倒していく。
10人を超えた頃から、次第に呼吸が乱れてきたのを感じた…
…やっぱり1人でこの大人数を相手にするのは無茶過ぎる…
リードベルの方には確か兵士が5人ほどいたはずだ…
その人達の1人でもこっちを助けてくれれば、少しは違うと思うが、リードベルの方でも怒号が飛び交い、激しい戦いをしているのが聞こえてくる…
15人、16人…
「はあ、はあ……」
徐々にフィリスの息が上がってくる…
まだ変わらず半数の敵が残っているのに、まずい状況だ…
そもそもフィリスはこの前まで寝たきりで、体調も万全ではないのに…
…どうしよう…
…私に何ができる……!?
必死に頭を働かせていると、不意にフィリスが不自然に身体を右にねじり、それと同時に間近で衣服が裂ける嫌な音が聞こえた。
真上から「くっ…」というフィリスの苦しそうな声が聞こえた。
「フィリス!?」
驚いて一瞬顔を上げると、苦痛に顔を歪めたフィリスの顔が見えた。
今ので左脇腹を斬りつけられたようだ。
「!!」
まさか、咄嗟に身体をねじったのは、私をかばう為…!?
「フィ…」
「身体をつけて!まだ戦いは終わってないよ!!」
「は、はい!」
私は慌てて再びフィリスの胸に顔を付けた。
いま顔を上げて見えただけでも、まだ相当数の騎士達に取り囲まれていた。
「ぐっ…!」
フィリスは先ほどよりも苦しげな呼吸で、剣を振り回した。
左脇腹から流れる血がシスティーナの右膝を濡らしていく…
…まずい…どうしよう…
このままじゃフィリスが死んじゃう…!!
私は出血する傷口を必死に手で押さえながら、考え続けた…
20人倒したところで、今度は左後ろからやってきた敵に背中を斬りつけられた。
「うっ…!」
「!!」
フィリスの身体が強張り、私に寄りかかるように前のめりになる。
…フィリス!!
「とどめだぁ!!」
「待って!!!」
フィリスに近付いてくる馬の足音を聞きつけ、私はたまらず大声を張り上げた。
一瞬虚をつかれて静まり返ったこの場で、私は両手を広げて尚も大きな声で叫んだ。
「一人の相手にこんな大人数で取り囲んで、あなた方は恥ずかしくないんですか!?」
「それとも、あなた方の国では、騎士は弱い者いじめをする者なのですか…!?」
「はあ…?」
私の訴えを聞いて、騎士達の一番後ろにいた隊長が笑うと、周りの騎士達も同じように、馬鹿にしたように笑った。
「今は戦争中なんだ、なんでもありだろ…?」
「なんでもありなら、ただの傭兵と同じじゃない!」
「それなら、今すぐそのマントを脱ぐべきだわ!」
「何のために国のマークを背負っているの!?」
「それは母国に恥じない行いをするためではないの…!?」
「!!」
一瞬隊長の顔色が変わった。
「母国への誇りがあるのなら、こんな卑怯なことは、もうやめてちょうだい…!」
私は必死の形相で懇願した…
少し間を置いて、隊長が口を開いた。
「…はっ!そうは言うが、その男はもう何人もうちの隊のやつを殺してる、今さら見逃すわけにはいかない…」
「つまり、手傷の相手に一対一でも敵わない程、あなた達は弱いってこと?」
「なんだと…!?」
「…お前俺たちを馬鹿にすんのか…?」
心臓が凍るような冷たい目で睨まれて、先ほど殴られた後頭部がズキズキと痛み出す…
「…強いというのなら、証明してみせてよ…」
「…あなたがこの中で一番強いんでしょ…?」
私が悪役令嬢の笑みを浮かべて相手を見据える…
「当然だ…そんな手負いの男なんて、簡単に始末できる…!」
「…お前がそこまで言うなら、その勝負、受けてやろう…」
「……!」
私は内心でホッと安堵する。
「そう…じゃあこの勝負で、あなたが負けたらこのまま国へ帰ってちょうだいね。」
「いいだろう…その代わり、俺達が勝ったらお前には捕虜として来てもらうからな…」
そう言って男がニヤリと笑った。
「ええ、いいわ…」
恐怖心はすべて心の奥に隠して、強気に口の端を上げた。
「システィーナ…」
話を黙って聞いていたフィリスが真面目な顔で私を見つめた。
「ありがとう…時間を稼いでくれて…」
「君を捕虜なんかには絶対させないから安心して…」
無理に笑顔を作ってはいたが、顔には尋常じゃない汗が浮かんでいた。
「うん…」
…本当は傷付いたフィリスをこれ以上戦わせたくなかった…
でも、あのままだったらきっと次の一撃でフィリスは殺されていただろう…
リードベル達が助けに来てくれると信じて、今は時間を稼ぐしかない…
「悪いけど、馬を降りた白兵戦でもいいかな?」
「流石に手負いの上に女性を乗せたまま戦うのはハンデが多過ぎるから…」
フィリスが、呼吸を落ち着かせながら、いつものように穏やかな口調で提案する。
「ふん!いいだろう!死に損ないの最期の願いくらい聞いてやろう…」
隊長が小馬鹿にしたようにフィリスを見下す。
ーーー
馬から降りた二人は、長剣を携えて、お互いに見合った。
その周りを騎士達が囲んで見守っていた。
その間もフィリスの出血は止まることなく、左足と背中が真っ赤に染まっていた…
早く出血を止めないと、死んでしまう…
私は祈るように両手を胸の前で組み、力を込めた…
「いつでもかかってこいよ、優男。」
敵の男が余裕げな構えで挑発した。
「はあ…はあ……よかった…君だけは刺し違えてでも倒したいと思ってたから、助かったよ…」
フィリスが肩で息をしながらもいつものような笑みを浮かべる。
「…僕の可愛いシスティーナに行った所業…絶対に許さないから…」
その瞬間、鋭い瞳で勢いよく踏み込む。
「!!」
男が咄嗟に交わすも、フィリスが素早く次の一撃をくらわせた。
まるで怪我などしていないかのような無駄のない素早い動きで相手を圧倒した。
「くっ…死に損ないのくせに…!」
男が力任せに剣を振り上げたところで、フィリスが目を見開いて、渾身の力で相手を深く斬りつけた。
「がはっ!!」
男は腹を掻き切られて後ろに倒れ込んだ。
「…次はレディの扱い方をちゃんと習ってから生まれてきてよね…」
フィリスが冷たい目で見下ろした。
「くそ…!お前達…!そいつを殺せ…全員がかりで構わん!!ぶっ殺せ…!!」
倒された隊長は、声を振り絞って死に際に叫んだ。
「…そんな…!!約束が違うじゃない…っ!!」
私も動揺した様子で叫んだ。
…正直、約束をちゃんと守ってくれるかは半信半疑だったけど、やっぱりそうなるのね…
私は内心ため息を吐いた…
さすが、戦争を仕掛けようなんて考える愚かな国の戦う民には、道徳心と言ったものが欠如しているようだ…
これも戦争のせいだと片付けてしまえばそれまでだが、非常事態を理由に非情な行動に流される者たちが作る未来は決して明るくはないだろう…
抜剣した騎士達がかけ声と共に、フィリスに向かって一斉に馬を走らせる。
「フィリス!!」
私も馬の手綱を握って敵と一緒に中央になだれ込む。
「来ちゃダメだ!!」
フィリスが叫ぶが、私は手綱を緩めなかった。
こんなところでフィリスを見殺しにするわけにはいかない…!
絶対に連れて帰るんだ…!!
フィリスは敵の馬達を巧みに避けながら、騎士達の足を斬りつけて回った。
動けば動くほど血が流れ、地面が赤く染まっていく。
私は騎士達に阻まれてフィリスに近付けなくなった。
尚もその中心で戦うフィリスに向かって必死に叫んだ。
「これ以上動いたら死んじゃうよ!!お願い馬に乗って!!」
泣いている場合ではないのに、勝手に涙が流れてきてしまう。
そうこうしている間にまたフィリスが左腕を斬りつけられ、地面に倒れた。
「!!」
もうダメ!!
お願い…誰か…!!
そう思った瞬間に、私の横を何かが通り過ぎた。
「待たせたな」
リードベルだった。
リードベルは、真っ直ぐフィリスがいる輪の中に強引に突っ込んでいくと、瞬く間に周りの者たちを倒していった。
遅れてやってきた他の兵士たちも別の方向から敵を崩していき、あっという間に敵が全滅した…
私はすぐさま馬を降りて、倒れているフィリスに駆け寄った。
「フィリス!?フィリス!?」
必死に呼びかけるも、既に意識はなかった…
ただ、まだ呼吸はしているようで、胸は早く上下している。
でも触った指先は恐ろしいほど冷たかった…
私はすぐさま自分の服を破って脇腹と肩を縛って止血した。
「大丈夫か!?」
リードベルも馬から降りて、後ろから駆け寄ってきた。
「リードベル!!どうしよう!!フィリスが…!!」
「落ち着け!泣いてもどうにもならないだろっ!!」
リードベルが一括する。
「…ご、ごめん…」
そう言われて、自分がまだ泣いていたことに気付いた。
手の震えを誤魔化すように、両手を握り合わせた…
「…いや、悪い……お前はこんな戦いの現場に来たことなんてないのに…無茶を言ったな…」
「…むしろ、こんな中でよく頑張った…」
そう言って私の頭にポンと手を置いた。
「…フィリスだが…本当はこの辺で町医者を探したい所だが、またヨアルドの兵士達と遭遇でもしたら厄介だ。一度王都の隠れ家まで戻ろうと思う…」
「…うん、わかった…すぐ出発しよう…!」
私は涙を拭いて立ち上がった。
…早くフィリスを休ませなくては…
…このままでは死んでしまう…
私は青ざめたまま意識を失ったフィリスを見て、震える手のひらを握りしめた…
本日もお読みいただきありがとうございます!40話でキリよく終わらせるつもりが、書ききれなかったのでもう少し書きます〜!




