第39話「リードベルと過ごした夜」
「な…っ!?」
…何が起こったの…!?
目の前で不敵な笑みを浮かべたリードベルが私の顔を覗き込む。
「一夜を共にするっていうのは、こういうことだよ…」
そう言って、今度は唇に噛み付くようなキスをした。
「ふぐっ…!」
…どういうこと…!?
誰か辞書を持ってきて…!!
必死にリードベルの両肩を押し退けて唇を離す。
「はぁはぁ…」
「な、なんで急にこんなことを…!!?」
私は驚愕した顔で後ずさる。
リードベルはいつになく熱を帯びた表情でこちらを見つめる。
「…お前って、全然男のこと分かってねーんだな…」
「……っ!?」
なに、男のことって…!?
そんなの全然分かりたくもありません!!
「は、離してよね…!」
私はありったけの虚勢でリードベルを睨む。
「はっ!そんな震える声で言われても怖くないね。」
そう言って、今度は私の首筋をかじる。
「ぴょぉっ!?」
「…なんだ、その声は?」
リードベルは余裕ありげに笑う。
くそぅ…!
なんかすごく悔しい…
私は両手でリードベルの両頬を横に引っ張りながら、首から顔を引き剥がした。
「なにすんのよ、この変態野郎!!」
「は…その様子だと、敵のあの男にも何もされてなかったようだな…」
「…あのね、逃亡中の非常時にそんなバカなことする奴いるわけないでしょ!!」
「いや、する奴はする。」
「俺みたいにな。」
そう言ってまた私の唇を奪う。
「……っ!!」
今度は濃厚で官能的な口づけで、思いがけず心臓が鼓動を早める。
「…お前、人生の伴侶に俺を選んだか…?」
リードベルが耳元で囁く。
「!?」
「決断の日だよ…」
「マーカスに聞かれたんだろ…?」
「お前は誰を選んだんだ…?」
リードベルは右手で私の顎をすくって尋ねる。
「…え……あ…私は……っ!」
戸惑って言葉に詰まる。
「お前は誰が好きなんだ…?」
リードベルが近距離で私を見つめる。
「…私…は……」
「私が…好きなのは…エリオット様で…」
「まだそんなこと言ってんのか。それはただの憧れだろ?」
「俺か、フィリスか、どっちか選べよ。」
「な…っ!?」
なぜ2択…!?
しかもその2人で…!?
「……その2択なら、断然フィリスだけど…」
私は眉を寄せながら言った。
リードベルはそれを鼻で笑った。
「は…それは違うな。」
「!?」
「なんでよ…当の本人がそう言ってるだか…」
「お前が好きなのは俺だ。」
「!!」
突然のリードベルの発言に、みるみる顔が赤く染まった。
…いや、これじゃまるで肯定してるみたいじゃん!
「違う違う!全然違うから!!」
そう言うのに、顔は益々火照るばかりだ。
いや、ホント違うから!!
やめて!私の顔っ!!
「お前…自分でも気付いてねーんだよ。」
「お前が好きなのは俺なんだ…」
唇が触れそうな距離で、甘い声で囁かれて頭がクラクラする…
リードベルの言葉がまじないのように頭にこだます…
私は息を吐いて必死に心の動揺を鎮めた…
「じゃあ…」
「一生気付かないままでいいわ!!」
「は…もう気付いちまっただろ…?」
そう言って、またキスをしようとする。
私はリードベルの口を咄嗟に手で塞いだ。
「気付いてない!!」
「気付くってか、そんなもの存在しないんだけど!!」
私は必死に強がる。
「………」
リードベルはそんな私を半笑いで長いこと見つめていた。
「……っ」
…なによ…!
…なんなのよ…!!
あの時の言葉は酔った勢いじゃなかったっていうの…!?
私はリードベルと街歩きをした夜に言われた言葉を思い出した…
“俺はシスティーナじゃなく、“たきかわ ひな”が好きなんだ…”
そんなことを考えたら、心臓の音がより一層激しく鳴るのだった…
…違う違う…!
私は突然リードベルに変なことを言われたから、動揺しただけだ!!
それ以上でもそれ以下でもない…!!
私は数回深呼吸を繰り返すと、やや冷静な顔になって、黙ってリードベルを見返した。
「……」
それを見取ったリードベルは
「はっ!つまんねー」
と言って、サッと私から離れたのだった。
はぁ…
私は全身が脱力して、その場にへたり込んだ。
それをリードベルが横目で見ていた。
そして、どこか遠くを見て話し始めた。
「…俺は、次代の王になり、この国を変えたい…」
「!」
「奴隷制をなくし、誰もが豊かで、争いのない国を作っていきたい…」
「うん…」
…それはとてもリードベルらしい話だと思った。
私が頷くと、リードベルが続けた。
「…だから、俺を次の王に選んでほしい…」
「そして、お前と共に新しい国を作っていきたい…」
「…っ!」
私はリードベルを見上げた。
「お前はここよりもずっと進んだ文化をもつ世界からきたんだろ…?」
「まあ…うん…」
もちろん私も、誰が王になろうとも、今もっている知識を活かして、この国の発展に尽力しようとは思っていたから、それは願ってもない提案なのだが…
「だが…」
「?」
「それを差し引いても、俺はお前が欲しいんだ…」
「お前に命を助けられたあの時から、ずっとお前だけを求めてきた…」
「……っ」
「俺には、お前以外の相手と人生を歩むことなど考えられない…」
「どうか…」
「どうか、俺の妻になってくれないか…」
リードベルは私の前に跪いて手を取り、まっすぐに私を見つめた。
「……っ!!」
「…そんな…っ」
「い、いつも、ふざけてるくせに、急に…こんな真面目なこと言われたら…調子狂うじゃん…」
私はリードベルの顔をまともに見られなくて、そっぽ向いたまま、あえてつっけんどんに答えた。
一方のリードベルは、強気な笑みを浮かべて、私を見る。
「俺はいつでも気持ちをぶつけていたつもりだが…?」
「…っ!?」
「こんだけ大真面目に向き合わねーと、お前が取り合ってくれねーって分かったからな…」
「……っ!」
…そんな…!
まさか、本当に本当だったなんて…!
…どうしよう…
…どうしたらいいの…!?
せっかく冷静さを取り戻した心が再びかき乱される…
「お前の答えを聞かせろよ…」
リードベルの大きな手が私の顔をこちらへ向かせる。
「……っ!」
「わた…わたしは…っ!」
「うん?」
目の前で発せられるリードベルの低い声にドキリと心臓が跳ねる。
……え?
…まさか、本当に私、リードベルのことが好きだって言うの…!?
今まで1ミリも及ばなかった考えに、心が動揺する。
リードベルに聞こえてしまうんじゃないかと心配になるくらい、心臓がドクドクとうるさく音を鳴らす。
まさか…そんな…
違うよね…!?
でも、この胸の鼓動は一体なに…!?
まさか…私、本当にリードベルのことが…!?
…いやいや…!!
急にそんなこと言われて、動揺してるだけだよね…!?
あれこれ考えて目をぐるぐるさせていたら、見かねたリードベルが再び私の顎をすくって口を開いた。
「迷うくらいなら俺を選べ。」
「お前のこと、一生幸せにするって約束する。」
「フィリスみたいに絶対泣かせたりしない…」
「…!!」
フィリスという言葉を聞いて、胸がズキリと痛んだ…
「お前はあいつといると、泣いたり落ち込んだり、いつも苦しそうにしてるが…そんなのは幸せって言わねーんじゃねーのか?」
「……っ!」
…確かにそれは私も思うところではあった…
…でも本当にそうなんだろうか…?
今の私には、考えても分からなかった…
ーーー
…結局リードベルはそれ以上私に触れることはなく、2人は別々の場所で眠りについた…
「………」
フィリスとエリオット様…それからマイラに侍女達…
みんな無事かしら…
私がいなくなったことで、マイラ達に危害が及ぶことはないだろうけど…
私をさらったあの男は、王子達を殺すように指示を出していた…
フィリス…
エリオット様…
大丈夫…きっと2人とも無事よね…!?
だって2人とも乙女ゲームのキャラクターになるような人物だもん…
簡単に死んだりしないはずだわ…
最後に見た2人の血だらけの姿を思い出して全身が震える…
…リードベルに伝えたところで、彼は戻らないだろう…
それにきっと、今ごろはもう決着がついてるはずだ…
大丈夫…2人は強いもの…
私は冷たくなった手を胸に当てて、祈るように目を瞑った…
ーーー
翌朝…
「おい、起きろ。」
「ふがっ!?」
目覚めた私の真上に、支度を整えたリードベルが立っていた。
「…たく、緊張感のねぇ女だなぁ…」
リードベルが呆れたようにこちらを見下ろす。
「なによ!!よく寝れるに越したことないでしょー!!」
私が恥ずかしさを誤魔化すように真っ赤になって反論すると、
「ははっ!ちげぇねぇ!」
と無邪気に笑って見せるので、おもわずその顔にドキッとしてしまった…
ドキ…!?
いやいや、違うから!!
たまたま血流が良くなって心臓の動きが早まっただけだから!!
それ以上でもそれ以下でもないからっ!!!
昨日のリードベルのせいで、妙にアイツのことを意識してしまう…よくない。
そして、ここにきて、初めてリードベルの服が返り血で汚れていることに気付いた。
「え…リードベル…戦ったの…?」
「おい!今更かよ!!」
「ここは国境付近だからな、別動隊と遭遇したんだよ。」
「!!?」
そんな危険な場所で、よく野宿なんてできたものだ…!
こっちの世界の人間の図太さ驚く。
「…さて…!待機させてる仲間と合流するか…!」
そう言って立ち上がったリードベルの顔は、昨日とは違う騎士の顔をしていた。
黒髪に金色の鋭い目つきが、今日はなんだかとても凛々しく見えた…
私はリードベルに手を引かれるまま馬に乗り、元来た道を戻っていった。
昨日までの大雨が嘘のようで、今朝の空は雲ひとつない青空だった。
ーーー
私とリードベルが3時間ほど馬を走らせた所で、昨日の地点まで戻ったが、リードベルの部下達は何者かと交戦中だった。
「…ありゃあ、ヨアルドの別動隊だ…!まだいやがったのか…!」
リードベルの目が鋭くなる。
…そんな…!!
遠目から見ても騎士が30人はいる…
それに対して、こちらはリードベルとその部下のせいぜい5人…
絶望的な状況だ…
「システィーナ!お前はその辺の木陰に隠れてろ!絶対に見つかるなよ!!」
敵の兵士達に気付かれる前に素早く私を馬から下ろして、敵の後方から近づいていった。
そして敵が背後の気配に気づくと同時に剣を振りかざし、数名をあっという間に薙ぎ倒していった。
……やっぱり…強い……
しばらく、遠くの木の陰から静かにリードベル達の攻防を見守っていた。
すると次の瞬間…
ドカッ!!
全身に強い衝撃が走り、後ろから何者かに後頭部を殴られたのを理解した。
倒れる前に髪を鷲掴みにされて、リードベル達のいる方へ馬に乗った状態のまま引きずられた…
…そんな…
他に仲間がいたなんて…!
「おい!戦いをやめろ!」
私を引きずる男が騎乗から叫んだ。
「!!」
「システィーナ!!」
ぼんやりする視界の中で、リードベルが取り乱して叫ぶ声が聞こえた。
「くくく…動くな!動いたらこの女も殺すぞ!」
「おい、今のうちにその元気な男を殺せ!」
私を捕まえている男が命令する。
…!!
マズい…!!
リードベルが殺される…!!
「くっ…!!」
リードベルが苦々しげに言葉を吐く。
…いけない…!!
私が掴まれてる髪を必死に振りほどこうとした瞬間…
ザシュッ!!
聞き慣れない物音と共に私は解放されて倒れ込んだ。
次の瞬間、ぎゃあああっ!という男の叫び声が聞こえ、馬から落ちる音が聞こえた。
振り向く前に私の前に誰かが馬から飛び降りて、私を抱きしめた。
…ああ…この感じは…
「…フィリス…」
顔を見なくても、においと、私を抱きしめる腕の感触でわかった…
「無事だった!?」
「ごめん…!君を助けにくるのが遅くなった…!」
私を強く抱きしめる腕から、フィリスの思いが痛いくらい伝わってきた…
「…フィリス、どうしてここに…?」
「王子は自分の命を守って頭を使うのが仕事だって前に言ってたはずじゃ…?」
…こんな国境近くの危険な前線に来るなんて…
素早く私を馬に乗せるフィリスを振り返って尋ねた。
「…悪いけど僕は、君を失ってまで冷静な王子をしていたいわけじゃないんだ…」
いつになく殺気じみた険しい目で見返されて、おもわず心臓が凍りつく…
普段あまり見せることのないフィリスの本気の顔だ…
「さあ、さっさとここを片付けて帰るよ、僕らの屋敷へ…」
フィリスが、その殺気を宿したまま不気味に笑った…




