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第35話「戦争の兆し」

「おはようございます、システィーナ様!」


珍しく執事のマーカスが朝も早よから私の部屋へ尋ねてきた。

おまけに侍女達にも下がるように指示までして…


…内心、少しだけ警戒する…



「突然ですが、“決断の日”が早まりました。」



「………」

「…決断の日って何ですか……?」


突然ですがって、あまりにも突然過ぎるんですが……



「おや、ご存知ない…?」

「あのゲームで説明を聞いておりませんでしたか…?」


「…おりません…」

「自分はエリオット様ルートの前半の前半しかプレイしてなかったので…」


「そうですか…ゲームの冒頭にも説明があったと思いますが…そこはお読みではなかったということですね…?」ニッコリ


「ぅぐっ!!」

確かに、あのゲームの冒頭でマーカスが共同生活についての概要をタラタラと説明してくれていたが、私は適当に読まずにスルーしていた…


…私だって、それが自分に関係することだって分かってたら、もっと熟読してたよぉ〜っ!!



「…全く…仕方ありませんね…」

マーカスが呆れて、再度説明をしてくれる…



「決断の日とは、3年間の共同生活で王子との間に跡継ぎが生まれなかった場合、もしくは複数の跡継ぎが生まれた場合に次代の王たるあなたのパートナーを選ぶ日のことです。」


「前者の場合は、高位の身分である公爵令嬢のシスティーナ様が、将来の夫となる方を仮に選んで仮の婚約を結ぶと言うもの。」


……どんだけ仮だよ…!



「…仮にも公爵令嬢のあなたが見初めた相手でないと、できる跡継ぎもできないというお考えなのでしょう…」


…それでいいのか、次代の王選び…!!

悪役令嬢にこの国の未来を託すなよっ!!


「…ちなみにゲームでは、ヒロインであるマイラ様にとってのバッドエンド展開としてご用意しておりました。」


「後者の場合は、子を成した王子の中から次代の王を選びます。…が、決めるのは王の諮問機関なので、こちらに関しては我々の関与するところではありません。」


「…ちなみにこちらは、ゲームでは逆ハーレムエンドで、相手の好感度によって対象となる相手の人数が変わる設定でした。」


「ああ〜」

確かにありそう、そんなラスト…!


「…ちなみに、この私も隠しキャラとしてエンディングに含まれているんですよ…」


「へぇ〜そうなんですね!」

私は目を丸くした。


「おや、ご存知ありませんでしたか?それは残念…」

マーカスはニヤリと笑う。


「…だって、攻略本とか一切なかったじゃないですか!?ネット上にもほとんど情報が載ってなかったですし…!」


「ふふ…実際の人生に攻略本なんかありませんからね…この世界をゲームの中でもリアルな現実として味わってほしかったのですよ…」

マーカスがシスティーナに微笑む。


「……それに……」


「わざわざ苦労して作ったのに、そう簡単に教えてやる義理もありませんしね…作るのも面倒ですし…」

ボソリ…


いい話の後に、本音キターーーっ!!!



…さすが、規格外ゲーム制作者マーカス様だ…



私は気を取り直してマーカスに尋ねる。


「……でも、その3年後に行われるはずだった決断の日が、どうして突然こんなに早くに設けられることになったのですか…!?」



「……一つは、国王のお病気が関係しております…」


「!!」


「こんな馬鹿げた跡継ぎ案もそもそもの原因は国王の余命が関係しております。」


「…ああ、ちなみにこの話は、我が国でも最重要極秘事項ですので、どうぞご内密に…他言した場合は処刑されますので、お気をつけて…」


「しょ…っ!!!?」


そんな重要な極秘事項をいまサラッとおっしゃいましたね!?あなた!!


私は急に足の震えが止まらなくなった…



「…もう一つは、近々開かれるであろう隣国との戦争が関係しています…」


「!!」


…やっぱり、戦争は回避できないのね…

私は息を呑んだ…


「…隣国であるヨアルドは、我がミルキアム王国の肥沃な土地を欲しています…」


さり気なく国名情報きた!

って、ゲームの冒頭で説明あったのかもしれないけど。



「…でも、武力で奪って自分の物にしようだなんて、馬鹿げてる…!」


「…ええ、そうですね、とても子ども染みた愚かな行為と言えるでしょう…」


「…彼らも稚拙な理由で多くの命を奪った自分達が死後どうなるのか分かっていれば、このような愚かな行いは決してしなかったのでしょうが…」


「…え!?そういう人達の死後に一体何があるの…!?」


「ふふふ…それはもちろん、死よりも辛いことですよ…」

マーカスが不気味に笑い、私は背筋がゾッとした…


「…しかし、しょうがないところもあります…」


「…私達の世界にもあった過去の世界大戦で、多くの方が自らの手を汚し、心を汚し、魂を穢してしまいました…」


「そしていま、その時代の方々が次々と人が生まれ変わり始めておりますので、そういう魂をもった人間が多く集まる国では、再び戦争や犯罪などの負の行為が行われやすくなります…」



「……戦争は負の循環しか生まないということですね…」


「ええ…前世で命を搾取した物は、今度は搾取される側に回るでしょう…今世でも懲りずに搾取を続けた者は、死後に死よりも辛い再教育が待っていることでしょう…」


「………」


「…だから、本物のシスティーナ様も早めにご退場をおすすめしたわけです。」

「…もっとも、彼女の穢れなど、彼らに比べれば可愛いものですが…」


「………」


「…本当は、生きている間に自らが気付いて心を改善することができれば、それが一番理想的なのですが…」

マーカスが肩をすくめる。


「…私達の戦争の歴史は、繰り返される運命なんですか…?」

私は顔を顰めて尋ねた。


「…いいえ…」

マーカスは優しく微笑んだ。



「長い歴史から見ても、人類は争いばかりしていた野蛮なサルから知能のある人間へと…ゆっくりではありますが、着実に進化しています…」


「…まだまだ野蛮なサルは残存していますが、人権を尊重し、戦争の放棄や死刑の禁止を呼びかけるなど、戦争の惨劇を乗り越えて、魂を穢すことなく前に進み続けた者達が着実に人類の幸せな未来を作っています…」


「…つまり、戦争は今すぐにはなくならないかもしれませんが、遠い未来には必ず終息を迎えます。私達にできることは、例えどんな状況であっても前を向いて進むことを諦めないことですね…」


「…例え、収容所で死を待つ立場でも、自らを幸せだと決め、感謝する気持ちをもつことは、兵士にも奪えないように…どんな状況でも出来ることはあるのです…」



「幸せも不幸も伝染します。一人でも多くの方が、今もっている幸せに気付き、他者から奪う行為を止めることで、明日の明るい未来を作ります…」



「…だから、あなたも諦めず前に進んでくださいね…」

マーカスが私に笑いかけた…


初めて見せる、含みのない優しい笑みだった。


「……っ!」


「は、はい…っ!!」

おもわず赤くなって答える。



「…ふふふ…やはり、あなたの恥辱にまみれた表情はとてもいい…」

「!!」


気付けば、次の瞬間にはいつもの胡散臭い執事顔に戻っていた。



「ふふ…あなたとの会話が興味深くて、つい必要のないことまでベラベラと喋ってしまいました…」


そう言って背を向けて歩き出す。


「…とにかく、早急にご自分の伴侶となる方をお選びください」

そう言い残して、マーカス静かに部屋を退出して行った。



パタン…



……んな、無茶な……





…将来の伴侶を選ぶったって、選んだ相手が即王様ってことでしょ!?


…てか、私が王妃になるのは絶対案件なんかい…っ!!



そこに果てしない理不尽さを感じる…


…いや、本物のシスティーナは、ちゃんと幼い頃からみっちり王妃教育受けてきたけどね…!?


基盤はあるけどね!?

使いこなせないだけで…!


基本的に平民から成り上がったマイラではなく、公爵令嬢のシスティーナが次の王妃になることを前提に考えられているところが、マイラ視点のあのゲームの難しさでもあったのかもしれない…



「はあ…」

窓の外を見る…



…私が次の王様に選びたい王子は誰だろう……?


「………」



私は一人の王子の顔が浮かんだ……


 



ーーー





私は今日も朝食前にフィリスの様子を見に行くために廊下へ出た。


ガチャリッ!



……開けた先にマイラがいた…



……うっ!気まずい…



「…お…おはよう…」

とりあえず無難に挨拶をしておく。



「………はよぅ…」

マイラからも珍しく挨拶が返ってきた…



「…昨日のクッキー…美味しかったわ…ありがとう…」

私も顔を引き攣らせながら無理矢理言葉を発した。


…くっ…!

よりによって、いつぞやのリードベルのダメ反応を参考にしてしまった…!!




「…あそ…よかったね…」

マイラはそう言って、顔を赤らめて急いで階段を降りて行った。



……いや、なにその反応!?

どういう意味か分からんわ……!



ーーー




「さて…」


気を取り直して、フィリスの部屋をノックする。



コンコン


「はーい♪」


今日はすぐに返事が返ってきた…




「おはよう、僕の可愛いシスティーナ♡」

部屋へ入ると、ドアの近くにいたフィリスに抱きしめられる。


「フィリス…!どうして起きてるの!?まだ寝てなくちゃ…!」


よく見たら、今日は寝間着ですらない…


「…寝てる場合じゃないでしょ?戦争の噂もあるみたいだし、今は少しでも早く元の生活に戻していかないと…」


「!!」


「だから、僕も今日から君と一緒にパーラーで食事をとるよ。マーカスにももう伝えてあるから。」


「…そうなんだ…」

「…でも大丈夫なの…!?」


「うん、食事の時の痛みも大分よくなったし、吐血も治ったから!」

そう言って王子様スマイルを向ける。



……


………ん?


……吐血……!?



「…フィリス、吐血してたの!!?」


初めて聞く事実に驚愕する…


「あ、ごめん、マーカスに口止めされてたんだっけ…」


マーーーカーーースッ!!!



「…ああ、でも大丈夫だよ、マーカスによると、僕の症状はストレスによる“しゅっけつせーいえん”だから、心配はないってさ…」


青ざめる私に対して、当の本人はあっけらかんとしている…


きっと、マーカスが大丈夫だと言うなら大丈夫に違いない…


それでも不安で手が震える…

私はフィリスのワイシャツを掴んで見上げた。


「…本当に本当に大丈夫なのね…?」

「うん」


「…今は痛みはないの…」

「うん…」


「…苦しくもないのね…!?」

「…ないよ」


「…あとはがっ…!」


フィリスの顔が段々近づいて来たと思ったら、最後にはフィリスの口で口を塞がれてしまった…


「!!!」


「クスクス…心配してくれる君の顔は、これ以上なく愛おしいね…ずっと心配させていたいと思うくらいに…」

フィリスが艶やかに笑う。


「……もうっ!!」

恥ずかしくて、シャツを握りしめたままフィリスの胸にもたれかかる…


「………」

その手は僅かにまだ震えている…



大切なフィリスをなくしたくない…


守りたい…戦争からも、病気からも…


…自分に出来ることならなんでもしたいと、心の底から思った…



「…ありがとう、システィーナ…」


「…僕はもう君から離れないと誓うよ…」


そう言って額にキスを落とした…



「……たとえ…」


フィリスは声にならない声で呟いた…





ーーー





朝食後、部屋へ戻るリードベル捕まえて、フィリスと一緒に話を聞いた。



「…ああ、おそらくあと半月もしないうちに隣国のヨアルドから宣戦布告があるだろう…」


その言葉に私は愕然とした…


戦争という言葉が自分の中で徐々に現実味を帯び始めた…



「…だが…」


「…近衛兵は戦地に赴くことを許されずこの王都の警備で、俺達王子は戦争が終わるまで部屋で待機だとよ…!」

その言葉には怒りが入り混じっていた。


「…まあ、妥当な判断だね」

フィリスが冷静に答える。


「ふざけるな!俺が今まで一体何のために鍛錬を積んできたと思ってるんだ…っ!!」

「自分の身を守るためだよ」


「っ!!」


「奴らの一番の目的は王族の僕らだよ?」

「その僕らが第一線に顔を出したら、彼らを喜ばせるだけでしょ?」


「…だが!!自分だけは安全な場所にいて、この国の民がむざむざと死んでいくのをただ見ているのか…っ!?」

「そうだよ」


「…っ!!」

「てめぇ…!!」

リードベルがフィリスの胸ぐらを掴みかかる。


「…それで、もしこの国が負けた時に僕らが首を差し出すことで、残りの武器を持たない民達の命を守ることができるんだ…」


「………!」


フィリスは真剣な顔で言った。


「僕らの仕事は身体を使うことじゃない、どれだけ被害が少なく済むか頭を使うことだ。だから…気持ちは分かるけど、ここは冷静になろう…」


「……っ!」


…今までは自分の本音は隠して、人を小馬鹿にしたような態度で誤解を生むことが多かったフィリスなのに…


…今はあんな風に真正面からリードベルに本音をぶつけて話をしている…


私はフィリスの変わり様に驚いた…



「…くっ…」

リードベルが悔しそうに歯を食いしばった…




「……それでも俺は…目の前の民を…兵士を見殺しになんて出来ねぇよ…」


リードベルの思いが痛いほど伝わってきた…


…本当に…

誰にも傷付いてほしくない…


…戦争なんて馬鹿げてる…



「………」


三人を重い沈黙が包んだ…





ーーー




「はあ…」


昼食の後、私は一人で中庭を散歩していた…


心なしか屋敷中がバタついていて、私の心も落ち着かない…



中庭のガゼボにたどり着いて、ベンチに腰掛ける。



「…本当に始まっちゃうんだな…戦争…」


「…あのゲームはマーカスの見てきた世界だって言ってたけど、あのゲームではどうなってたのかな…?」


私がプレイしたエリオット様ルートでは、戦争のせの字もなかった…

…もっとも、前半しかやってないから、なんとも言えないのだが…



その時、後ろに人の気配がした。


「……マイラ!」


…こんな中庭で出くわすなんて珍しい…


もしくは、私に何か用事でもあって来たのか…?


マイラは相変わらず愛想の悪い顔を浮かべて口を開いた。



「…この後の展開がどうなるか知ってる?」


「…あのゲームの、この先の話を教えてあげようか…?」



「!!?」


私はおもわずベンチから立ち上がった。








いつもお読みいただきありがとうございます!


ちなみにフィリスの一人称ですが、このところ本人の心に余裕が出てきたので、また俺から僕に戻っています。

本人の気分により変えていますので、ご了承ください。

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