第31話「マーカスの話とマイラの思惑」
フィリスが寝込んでから3日が経った。
幸い、気を失った翌日の朝には無事に意識が戻った。
…ただ、やはり体調は優れないようで、まだ眠っている時間がほとんどだ…
それでも、起きている間は何事もないかのように振る舞い、私から差し出す食事もすべて完食してくれる…
私から食べさせた食事は全て平らげるため、フィリスが回復するまでは、三食とも私が全て食事を食べさせるようにと、マーカスから指示があった…
食事以外の時間も私はフィリスのそばを離れずに看病を続けた。
ーーー
「ふぅ…」
いつものようにフィリスに昼食を食べさせた後、再び眠りについたフィリスの顔を見ながら、脇の椅子にもたれかかる…
3日前には顔面蒼白だったフィリスの顔も、今日は少し顔色が良いように見える。
……本当によかった……
一時はどうなることかと思ったから……
「………」
私は徐に3日前のマーカスの言葉を思い出した……
“…あなたは、この世界があのゲームの中のお話だと思っていますか…?”
“ …なにせ、あのゲームの考案者は他ならぬ私ですから…”
ー
ーー
ーーー
「…どういうことですか…!?」
「私達が今いるこの世界は、あのゲームの中の話ではないのですか…!?」
「違います。」
マーカスがはっきりと断言した。
「…だって!ここで起こる出来事は、あのゲームと類似していることばかりだったとマイラが言っていたのに…!」
「…逆なんです。」
「…逆…!?」
「…この世界の全てを見てきた私が、それを元にあのゲームを作った…。だから、あのゲームに類似したイベントが起こっているように錯覚しているのです。」
「……っ!!」
「そんなまさか…っ!?」
「…だって、現にマイラはこの世界を何ループもしていると言っていたんですよ…!」
「ええ。それは、この世界を作った創造主が決めたことです。こちらの世界はある条件を満たさないと永遠にループしてしまう仕組みになっているんです。」
マーカスは確信をもった口調で断言している。
「……創造主って…!?神様のこと…!?」
「…いいえ、もっと上の存在です。」
「…神よりも…上の…存在……!?」
「…じゃあ、マーカスももしかして…」
「ああ、私は違いますよ。私は神でも創造主でもなく、ただのごく普通な一般人です。ただ、私の魂が彷徨っている間にその話を聞く機会があっただけです。」
「………」
……どう考えても一般人の会話ではないのだが…そこは敢えて突っ込まないことにした……
「…ある条件って何ですか…?」
「…すみません、それを話すのはルール違反になってしまうので…」
マーカスがわざとらしく眉を下げて言葉を濁す。
「…でも今回は、ほとんど条件は満たしておられると思うので、無事にループは回避されると思いますよ…」
マーカスが意味深に笑った。
「……やはり、あなたを再びここへ連れてきてよかった…」
「再びここへ…!?」
「じゃあ、まさか…!?」
「…ええ、あなたが小さい頃にこの世界へ連れてきたのは、他ならぬ私なのですよ…」
マーカスは黒い瞳を細めて言った。
「………っ!!」
「たまたま事故で意識を失い、彷徨っていたあなたの魂を私が見つけて、システィーナの魂と強制的に入れ替えたのです…」
「あなたはあちらの世界ですぐに意識を取り戻してしまったので、5日で元の身体に戻さなければいけませんでしたが…」
…そういえば、小さい頃に交通事故に遭って何日も眠り続けたことがあるってお母さんが言っていたのを思い出した…
「…それでも…あなたは十分にリードベル様のお心を解放してくださいました…」
マーカスが満足げにシスティーナを見つめた。
「……!?」
「……ループ回避の条件に、リードベルが関わっているということですか…?」
「!」
「…おやおや…私としたことが、つい口を滑らせてしまいました…」
そう言ってマーカスはまた笑う。
「…これ以上ボロが出ないうちに、今日のところは退出すると致しましょう…」
淡い笑みを浮かべたまま、マーカスはゆっくりと部屋から退出した…
ーーー
「………」
…ループ回避の鍵はリードベルが握っていて、今回はほとんどその条件を満たしていると、マーカスは言っていた…
一体なぜリードベルが鍵を握っているのだろうか…?
いくら考えても、答えは出てこなかった…
ーーー
その後、考え事をしながらうつらうつらしていたら、不意にドアがバタンと開いた…
「……マイラ……!」
マイラは扉の所に立って、私を睨み付けていた。
…実は、フィリスが意識を失った翌日に、私とマイラはフィリスの看病を取り合って大喧嘩をした…
私が絶対に譲らない姿勢を見せていたために、遂にはマイラが折れたのだった…
そのことをずっと根にもっているようだ…
「…あんたの看病が悪いから、フィリス様がまだ良くならないんじゃないの…!?」
「…風邪じゃないんだから、そんな急に良くなるものばかりじゃないでしょ…」
「はっ!何よ!偉そうに!!あんた何様なのよ!?」
「あんたなんか、一生帰ってこなければよかったのに…!!」
「………」
私は黙ってマイラを見返す…
「………そうだ!」
マイラが何か思いついたように明るい表情になる。
「…フィリス様に何かあったら、フィリス様のお食事係は私に交代になるわよねぇ…?」
マイラがニヤリと笑った。
「!?」
「……フィリス様に何かする気…!?」
「別にー?そんなことしたりしないわぁ〜!?」
「………そんなことしたら、あんたのこと絶対に許さないからね………!?」
私は本気の怒りを込めてマイラを睨み付けた。
「…っ!!」
私の勢いに一瞬たじろいだマイラだったが、再び「今に見てなさい!」と捨て台詞を残して勢いよくドアを閉めた。
……大丈夫よね…?
まさかフィリス様にまで、変なことしたりしないわよね…?
私は嫌な予感がして落ち着かなかった…
ーーー
その日の夕方…
「あの…!」
フィリスの部屋へ夕食を運ぶ使用人にマイラが声をかけた。
「…その食事…私が運びます…」
「!!」
「いけません!マイラ様にそんなことしていただくわけには…っ!!」
「…私も何かお手伝いさせて頂きたいのです…」
目をウルウルさせて使用人に懇願する。
「うっ…!」
マイラに見つめられた使用人は顔を赤らめた。
ーーー
「くくく…!」
「…本当男なんて、みんなバカばっかりなんだから…!」
そう言いながら、使用人から受け取ったフィリスの食事をこっそりと自分の部屋に運ぶ。
そしてポケットから出した薬をこっそりスープに入れて混ぜた。
「…これで、あのシスティーナも終わりよ…!」
マイラは顔を歪ませてほくそ笑んだ…
そうっと部屋を出ると、向かいの壁にリードベルが寄りかかっていた。
「!!」
「リ、リードベル様…!」
……見られてないわよね…!?
内心焦りつつ、いつものように笑いかけて、何気なくやり過ごす。
……ふぅ……
リードベルを無事やり過ごして、フィリスの部屋へ歩いて行く…
ガシッ!
「…おい…」
「お前…いま何してた…!?」
次の瞬間、リードベルに肩を掴まれて背筋が凍りつく…
「…え…?なんのことですかぁ?」
笑顔で誤魔化すマイラ。
「…そうか…」
そう言ってマイラの正面に立つ。
パァン…ッ!
リードベルが、マイラの頬を軽く叩いた。
「……っ!!」
「……お前……いい加減にしとけよ…!」
リードベルが怒りを露わにした瞳でマイラを睨み付けた…
リードベルも手加減をしたためか、痛みは全く感じなかったが、頭の中では大きな鐘がガーンとなったような衝撃を受けた…
「…お前、このままじゃ、ロクな死に方しねぇぞ…?」
「システィーナを陥れて、今度は病人のフィリスにまで手を出そうとしやがって…!」
「お前の人生それでいいのかよ…?お前はそれで幸せになれるのか!?」
リードベルに真正面から迫られて、マイラはハッとしたような顔をしていた…
「自分の大事な人生の時間を、人の足を引っ張ることにばかり使うんじゃねぇよ!もったいねぇだろ!」
「…お前は本当は何がしたいんだよ?何をしたら幸せになれるんだ…?賢いお前なら分かるだろ…!?」
リードベルに真剣に見つめられて、マイラの目が揺らいだ。
動揺のあまりに答えられないでいるマイラの手から、食事の乗ったお盆を受け取った。
「…俺はお前が自分の幸せの為に生きていけるようになることを、心から願うよ…」
「………っ」
そう言って、食事を作り直してもらうべく、階段を降りて行った。
マイラは身動きできずに、しばらくその場に立ち尽くしていた…
ーーー
今日のフィリスの夕食は、なぜかムスッとした表情のリードベルが持ってきた…
……なぜ!?
私は先ほどのマイラの思わせぶりな言動が気になったので、警戒しながらフィリスの食事を全て毒味した。
その様子を見ていたリードベルが言った。
「…これは俺が直接調理場から持ってきた物だから、毒など入っていない…安心しろ…」
「…たぶんもう、大丈夫だと思う…」
そう言いながら、部屋を出て行った。
「……!?」
…マイラと何かあったのかな…?
…でもリードベルが大丈夫と言うのなら、きっと大丈夫なのだろう…
私はほっと胸を撫で下ろした…
ーーー
その後、フィリスを起こして夕食を食べさせた。
「…ああ、もう最高だなぁ…君に毎日食事を食べさせてもらえるなんて…」
フィリスは軽口が叩けるくらいにまで回復してきた。
「ねぇ、あーんて言ってくれないの…?」
「言いません…!/////」
「君の時はしてあげたのに…」
真っ赤になる私をクスクスと笑うフィリス…
…よかった、元気そう…
ーーー
…夕食の後、再び眠りに入ったフィリスを隣で見ていると、マーカスが入ってきた…
「…どうですか…?」
「今日も夕食は完食でした。」
「そうですか、何よりです…ではあなたもどうぞお食事を済ませてきてください…」
「はい…」
ーーー
夕食を済ませた後、再びフィリスの部屋へ戻ると、待っていたマーカスに、今まで気になっていたことを尋ねた。
「あの…私が元の世界へ行っている間は、本物のシスティーナが戻ってきていたと聞きましたが、あの方はまた私の身体に戻っていったのでしょうか…?」
「いいえ。あの方はあの世の教育係の方に引き渡してきました。これ以上長く生きていても、無駄に魂を穢してしまいそうでしたので、手遅れにならないうちにと、ご本人を説得して連れていきました…」
「…なので、いま滝川ひなの身体は抜け殻の状態です。」
「……」
「病院で延命措置をしなければ、長くは生きられないでしょう…」
「今ならまだ引き返せますが、どう致しますか…?」
マーカスが問いかける。
「…私はこの世界で生きると決めました。なので、もうあちらの世界に帰れなくても構いません…」
あちらの世界を出る時に、両親への手紙も書いてきた。
もう、後悔はしない。
私はマーカスを見つめる。
「ほう…」
マーカスは椅子から立ち上がると、システィーナの方へ歩み寄った。
「…では、こちらの世界へ引っ越してきた者同士、よろしくお願いしますね…」
そう言ってシスティーナの手を握った。
くいっ!
「!!」
その瞬間、腕を引かれてマーカスに抱きしめられる。
「……っ!?」
「……すみませんね…私の都合にあなたを巻き込んでしまって…」
いつになく低い声でマーカスが言う。
「……っ!い、いいえ…!」
突然のマーカスからの抱擁に心臓がびっくりして騒ぐ。
マーカスが何か口を開こうとした瞬間、後ろから声が聞こえた。
「……ちょっと…」
「……人が寝てる間に何してるの…!?」
フィリスがマーカスを睨んでいる。
「フィリス様…っ!」
いつの間にかフィリスが目覚めていた。
「…申し訳ございません。」
「私、恋人の目の前で相手を奪うというシチュエーションに興奮してしまうタチでして…」
しれっととんでもないことを言う執事。
反省の色が一切見えない…!
「…全く、油断も隙もない…!」
ムスッとしながら身体を起こして、システィーナの腰を抱き寄せるフィリス。
マーカスはそんな二人を見て、笑いながら静かに部屋を退出して行った。
…本当に何を考えているのか分からない相手だ…
マーカスが去った方を唖然と見ていたら、不意に後ろから声をかけられた。
「システィーナ…」
「!!」
「…全く君は…」
「油断すると、すぐ他の男に誘惑されちゃうんだから…」
「…ずっと腕の中にしまっていないといけないかな…?」
そう言って首を傾げながら長いまつ毛をふせて笑う。
「……っ」
その笑みがやけに艶っぽくて、ドキッとしてしまう…
彼は掛けていた布団を持ち上げて、私を誘惑するように甘く微笑みながら言った。
「……おいで……」




