第24話「リードベルの過去」
フィリスと別れたあの日から、私の毎日はとても空虚なものになった…
食べる物は何も味がしなくなり、何も楽しいと思えなくなった…
まるで自分の感情が抜け落ちてしまったかのように、何も感じなくなった…
あれからフィリスは一切私に話しかけてこなくなった…
目も合わない。
当然だ…
時々廊下を歩いていると、マイラと腕を組んで楽しそうに話しながら歩いているフィリスを見かける。
それを見るたびに私は胸が潰れそうになった…
全く…自分の決意の甘さに呆れてしまう…
私はそっとドレスのポケットに手を入れる。
あの舞踏会の夜にフィリスが送ってくれたチョーカーを今も肌身離さずハンカチに包んで大切に持っている。
本当…未練たらしくて、自分でも笑ってしまうほどだ。
…でも、私にはもうそれしか、寄りかかれるものが残っていなかった…
日を追うごとに、自分がどんなにフィリスに甘えて、彼に頼り切りだったかを思い知らされた。
…そんなことに今更気付いたところで、もうどうにもならないのだが…
ーーー
…ある日、中庭のベンチでボーッと空を眺めていた。
今日も天気が良い。
でも澄み渡る空に反して、私の心の中はあれからずっと雨が降り続いているように真っ暗だ…
「こんな所にいた…」
気付くと目の前にエリオットが立っていた。
「……エリオット様……?」
「………」
エリオットが黙って隣に腰掛ける。
そして徐に袋に入った食べ物を渡す。
「…これ食べろ…」
「……?」
中にはサンドイッチが入っていた。
「…あんた、あの舞踏会の日からどんどん痩せていってる。もう1ヶ月だ。食べなきゃダメだ。」
誰かから事情を聞いたのだろうか、私を元気付けようとしてくれているようだ…
あのエリオット様が私にこんな優しい言葉をかけてくれるなんて…
心の中がじんわりと温かくなった…
「…ありがとうございます…ありがたく頂きますね。」
私は微笑んだ。
すると、エリオットもふわりと微笑んだ。
「…やっと笑った…」
「……!」
「あんたは、やっぱり、笑ってる方がいい…」
その優しい眼差しに、おもわず顔が赤くなる。
「あ…ありがとう…ございます…っ!」
推しメンだった彼は今日も全てが美しい…
私がサンドイッチを全て口に詰め込むのを見届けると、安心したように帰って行った。
私の体調を気遣って、わざわざ食事まで用意して探しにきてくれたんだ…
エリオットの優しさで胸が温かくなった…
ーーー
その日の夜。
「………」
私は夜が更けても一向に眠れず、いつものようにあの塔へ足を運んだ…
すると、またもや先客がいた。
「…よう、また来たのか…」
リードベルだった。
彼も眠れない夜は時々ここに来ているようだった。
「不眠症は、相変わらず治らねーみてーだな。」
彼はいつものようにバルコニーの柵に寄りかかって、暗闇を眺めていた。
「………」
私は無言で少し離れて柵に寄りかかる。
「………ちっ」
「…お前いつまでフィリスのこと引きずるつもりだよ!?もういい加減忘れろよっ!」
痺れを切らしたリードベルが突然叫ぶ。
「…放っといてよ、バカ…」
「…私だって、もういい加減忘れなきゃいけないって思ってるんだから…」
声が掠れる。
「………」
「………はあ…っ!」
「毎日辛気臭ぇ顔を見せられるこっちの身にもなってみろよっ!」
「だから放っておいてってば!」
「放っておけるかっ!!」
リードベルに凄まれる。
「……っ!?」
「………明日街に行くぞ……」
「……へっ……?」
「準備しとけ。だから今日はもう寝ろ。」
そう言われて、無理矢理肩を掴まれて、抵抗も虚しく部屋まで連行された。
部屋に戻る途中、不意にフィリスの部屋のドアが開いた。
そのドアからはなんとマイラが出てきた。
「!!」
マイラの後ろにはフィリスが立っていた…
咄嗟に目が合うも、すぐさまフィリスによって目を逸らされてしまう。
「……じゃあね、マイラ」
「はい!おやすみなさい、フィリス様♡」
甘えるような声でフィリスに笑いかけるマイラ。
ドアが閉められ、私を一瞥した後に、ルンルンと軽い足取りで去っていくマイラ。
……彼女がこんな深夜にどうしてフィリス様の部屋なんかに…!?
そんなことを想像しただけで胸が潰れそうに苦しくなった…
立っているのが辛くて、座り込みそうになるのをリードベルが慌てて肩を抱き寄せる。
「おいっ!お前…!」
「…!!」
リードベルが振り向くと、システィーナは静かに涙を流していた…
「……お前……」
リードベルがそのままぎゅっとシスティーナを抱きしめた。
「……本当バカだな……お前……」
私は部屋の中にいるフィリスに聞こえないように、必死に声を堪えて、リードベルの腕の中で泣いた…
……こんなんじゃダメだ……
……早く忘れなくちゃいけない……
ーーー
翌日。
私はリードベルと二人馬車に揺られて街へ向かっていた。
「………」
「…あの時、お前の欲しい物が買えなかったからな…」
「別に…何もいらない…」
私は呆然と窓の外を見ていた。
「………」
もう欲しいものなど、何も無くなってしまった…
「…俺たちの情報が欲しいんじゃなかったのか…?」
「…そんなもの……もう必要なくなりました…」
もはや何を目的に生きていけばいいのか分からなくなってしまった…
いつまでここにいられるのかも分からない…
私もマイラのようにループするだけなのか…
むしろバッドエンドで死ねば、この世界から解放されるのかもしれない…
「この世界で生きている意味なんてもう…」
無意識にそう呟くと、向かいに座っていたリードベルに突然胸ぐらを掴まれた。
「…お前いい加減にしろよな…!」
その金色の目は本気で怒っていた…
「…あの時、奴隷だった俺を救ったのはお前だろ…!?」
「お前がそんなこと言うなよ…っ!!」
「!」
「…奴隷だった…!?」
突然の言葉にリードベルを見上げる。
…だって彼は王子なのに…
「………」
リードベルは真っ直ぐに私を見る。
「…お前は子どもの頃、奴隷商人に売られていた俺を助けたんだ。それから五日間、俺はお前の屋敷で過ごした…」
「…その時お前は、自分はシスティーナ・ブルワーではなく、“たきかわ ひな”なのだと名乗っていた…」
ああ…
そうだったのね…
私の記憶がゆっくりと紐解かれる…
ーーー
……あの日、馬車で外出していた際に、目の前の大きな荷馬車が転倒したのが見えた。
乗っていたのは、自分と同じくらいの大勢の子どもの奴隷達だった…
「……っ!!」
私はおもわず馬車を飛び降りた。
前に乗っていた奴隷商人と御者は座席の下敷きになり、死んでいた…
後ろの荷台に乗っていた子ども達は無事だったが、全員両手を縛られていた。
「……ひどい……っ!」
私はすぐに両親と思しき二人に、この子達を施設に送ることを懇願した。
奴隷は逃げてもまた奴隷になるしかないのだと、システィーナの記憶で知ったからだ…
嫌がる両親を渋々納得させると、従者に荷馬車に繋がれていた馬で、近くの施設に話をつけに行かせた。相応のお金を持たせて。
両親は突然の私の積極的な行動に驚いているようだった。
私は一人で奴隷だった子ども達に近付いた。
皆んなが怯えた顔をして見ている中、一人だけが獲物を狙う狼のような鋭い瞳で私を睨み付けていた…
「………っ!」
その子を見つけた瞬間に、私は魂が震えた…
私はこの子を見つけるためにここに来たのだと思った…
私は睨み付けるその子の前に歩いて行き、手を差し出した。
「…お待たせしました。」
私は頭に浮かんだ言葉をそのまま述べた。
「……!!」
鋭い目付きの男の子は、一瞬驚いた顔を見せつつも、警戒するように私を睨み付けた。
「あなた、私の所に来てくれる…?」
「……やだ」
「私、さっきこの世界に来たばかりなんだけど、たぶんあなたに会うために呼ばれてきたんだと思うの。たぶんそんな気がするの。」
「……っ!?」
私のめちゃくちゃな説明に驚きを隠せない様子の男の子。
「私の名前は滝川ひな、あなたは?」
「……リードベル……モウブレー……」
「モウブレーが名前?」
「違う、リードベルだ。そんなことも知らねーのか。」
「だって今きたばっかりだって言ったでしょ。私がいた所は苗字が先だったもん。」
「じゃあお前の名前はひなか…?」
「うん、ひなだよ。」
「………」
…その後、両親に懇願に懇願を重ねて、リードベルだけは公爵家の屋敷へ連れて行くことを許してもらえた。
彼は勉強漬けのシスティーナに初めてできた友人だった。
私は片時も離れず、彼をそばにおいた。
勉強もダンスの練習も全て一緒にやった。
別世界から来た私よりもリードベルの方がいろんなことを知っていた。
というか知り過ぎていた。
リードベルは、自分は元は侯爵家の者で、国王に呼ばれて領地から王都に向かってる途中に盗賊に遭い、両親は殺され、自分は奴隷商人に売られたのだと話してくれた。
それまでは将来王族になるために高等な教育を受けていたのだと言っていた。
それを聞いた家庭教師達も顔を青くしていた。
数日後、それが事実だと判明し、リードベルは王家へと送られることになるのだった…
ーーー
「………思い出した………」
私はリードベルを見上げた。
「………あなたは侯爵家のリードベル………」
リードベルが目を見開いた。
「………そうだ………」
リードベルは掴んでいた服を離して、目の前に跪いた。
「……お前と過ごした五日間は、俺にとってかけがえのないものだった……」
「俺と出会った五日目にお前は突然倒れ、意識が戻らなくなった。奇しくもその日に俺は国王から王子として認められ、宮殿に上がることになった。それ以降、お前に会うことは叶わず、手紙を書くことも許されなかったため、ずっと再開の時を心待ちにしていた…」
「…ところが、流れてくるのはよくない噂ばかり…」
「たまに会う舞踏会でもお前は高飛車で傲慢で…俺が知っているひなとは、すっかり別人になってしまったのだと知った。」
「……今の私も、大して立派なもんじゃないですけどね……」
前のシスティーナはよっぽどな奴だったらしい…
…恐らくその五日目に倒れた時にまた元の世界へ戻ったのだろう…
「俺は心底がっかりした…そんな中で、お前やマイラとの共同生活が始まった。」
「お前は来て早々平民出のマイラをいじめていて、俺はやるせない気持ちと同時に怒りが湧き上がってきた。」
「…あの奴隷達を助けたお前が、なぜそんなことをするのかと…」
「…でもお前と関わるうちに、この世界のことをまるで知らないことや以前のシスティーナと明らかに違う態度を見て、お前がまた別の人間に入れ替わったのだと思うようになった…でも俄には信じ難いことだった…」
「以前のシスティーナは料理なんかするような奴じゃなかったが、お前の作ったクッキーは…美味かった。」
「子どもの時にお前が作ってくれたクッキーと同じ味がした…」
……あの時の……
リードベルと過ごした五日間、私は勉強の合間を縫って、何度か調理場を借りてクッキーを作り、リードベルに食べさせていた。
リードベルがとても嬉しそうに食べていたのを思い出した…
「あの時にお前と食べたクッキーはめちゃくちゃ美味くて、俺はその味がずっと忘れられなかった…」
リードベルが表情を和らげる。
「お前と過ごした五日間は俺の宝物だった…」
「……俺は……ずっとお前に会いたかった……」
リードベルがまっすぐ私を見つめる。
「……!!」
「……そんな……っ!あんた今までずっと嫌な奴だったじゃん……急にそんなこと言うなんて……っ!!」
私は動揺して顔を背ける。
「……そうだな……マイラの言葉に惑わされて…俺は本当に馬鹿だったよ…」
あっさり間違いを認められて困ってしまう…
「……なによ……そんなの急に…調子狂うじゃん……」
「そうだな…」
そう言ってリードベルはふっと笑った。
「……そろそろ街へ着く。今日はこれまでの詫びをさせてくれ。」
そう言って私に手を差し出した。
「………」
私は無言でその手を取った…




