第23話「フィリスとの別れ」
舞踏会の翌朝。
私は久しぶりに心地よい朝を迎えることができた。
まだぼんやりとしながら目を瞑ったまま、その感覚に浸る…
温かくていいにおいがする…
朝日の光が瞼の裏にも感じる…
私は徐に昨日の舞踏会のことを思い返していた…
昨日はいろんなことがあった…
フィリスとも仲直りできたし、リードベルとのダンスもなんとか上手くできたし、…マイラにはしてやられたけど…
それから…
リードベルと昔に出会っていたことが分かって驚きだった…
いまだに彼の子どもの頃の面影しか思い出せないけど…
「昔はあんなに可愛かったのに…」
…いや、でも尖ってたのは今と同じか…?
彼がまさかあんな立派な王子になるなんて…
昨日の舞踏会でも、周りの貴族達は彼を王子だと信じて疑わない様子だった…
本当によかったね…
……そういえば、私舞踏会で何か大事なことをしようとしていたような……?
「ああっ!」
「恋人候補の貴族子息様を見つけるの忘れてた…っ!!」
次に参加できる舞踏会がいつあるのか分からないのに…!
これじゃいつまで経っても恋人を作れないじゃないか…っ!!
「…へぇ…」
地の這うような声にビクッと身体を震わせる。
恐る恐る目を開けると、目の前にそれはそれは美形の王子様が青い美しい目でこちらを見ていた。
「あ…っ」
…私いつの間にか声に出ちゃってました…っ!?
「…昨日俺の気持ちは伝えたはずだけど、それを知った上で別の恋人を作ろうと思ってるってこと…?」
フィリスがこちらを見据えたまま、ゆっくりと身体を起こす。
……やばい……
……やばい、やばい、やばい……!!!
私の心臓が警鐘を鳴らす。
ギシッ…
フィリスの手が私の顔の横に置かれ、私の上に跨るような形で見下ろした。
「………っ!!」
ドクドクと心臓が鳴る。
「ねぇどうなの……?」
その青い瞳は私を捉えて離さない…
「……えっと……」
「マイラに嫉妬したのは、俺のことが好きだからじゃなかったの……?」
「……っ!!」
痛いところを突かれて、顔が赤くなる…
「……私は……」
「私は……フィリス様のことを……」
「………」
フィリスが身動きもせずに次の言葉を待っている。
「……好きになっては……いけないと思っています……」
「……はぁ……?」
「……なにそれ……」
フィリスが私を見つめる。
私も真剣な眼差しをフィリスに向ける。
「………はっ…!」
そう言ってフィリスはゴロンとベッドの上に寝転がり、腕で顔を覆う。
「………なにそれ……」
「俺に初めてこんな気持ちにさせといて、今度は俺を振るって言うわけ……!?」
笑うように言うが、その表情は見えない…
「………ごめんなさい……」
フィリスを拒絶しなければならない自分に胸が痛む…
「……ははっ……笑える……」
震えるフィリスの声を聞いて、私は返す言葉が何も浮かばなかった…
ーーー
「……じゃあさ……」
少しの沈黙ののち、フィリスが話し始めた。
「……俺がマイラとくっついたとしても、君は平気なんだね……?」
「……それは……」
……正直…全然平気じゃない……
二人が仲良さげに話しているのを想像するだけで、辛くて涙が出てくる…
……でも……
……私はフィリスのように美しい容姿があるわけでもなければ、人格者でもないただの凡人だ……
……私は次代の王妃の器ではない……
そもそも、この世界にいつまでいられるのかも分からない……
跡継ぎなど以ての外だ……
こんな半端者の私がフィリスと釣り合うわけがない……
そう思った時に、初めて私はこの世界の誰とも恋愛する資格なんてないことに気付いた…
恋愛は相手がいて初めて始まるものだ…
恋愛からその先に進んで家族になることもある…
私が突然前の世界に戻るようなことがあれば、相手の気持ちや家族をすべてこの世界へ置いていってしまうことになる…
私にはその認識が全く抜け落ちていた…
「……私の考えが甘かったです…」
「本当にごめんなさい……」
我慢しようと思えば思うほど、涙が止めどなく流れ出てきてしまう…
私が泣いてる場合じゃないのに…
「……どうして君が泣くの……?」
腕を外したフィリスがこちらを見ていた。
彼の目からも涙が溢れていた。
「……泣いてません……」
バレバレの嘘で精一杯強がる…
そんな私をフィリスが抱きしめる。
「……泣くほど俺のことが嫌い……?」
私は顔を両手で覆いながら必死に首を横に振る。
「じゃあどうして……!?」
「………っ!」
おもわずすべてを曝け出してしまいたい衝動に駆られる。
フィリスを抱きしめ返して、自分も好きだと言いたい。
フィリスにまた笑ってほしい…
……でもそれはできない…
……無責任なことをしてはいけない…
そう思えば思うほど、胸が張り裂けそうなほど痛む…
人を好きになることがこんなに苦しいことだなんて知らなかった…
「………」
「……分かった……」
フィリスが抱きしめていた手を離して、そっとベッドから起き上がった。
「……君がそういうなら、僕も無理強いはしないよ……」
「今日限りで君のことは忘れることにする…」
「僕はマイラと恋をする…いいね?」
「………はい………」
胸がズキズキと痛む。
「もう部屋にも呼ばないから、君ももう入ってこないで。」
「……はい……」
「パンももういらないから…」
「……はい……」
そう言って、私もベッドから降りて、フィリスを見ることなくフラフラとドアに歩き出す。
ドアノブに手を掛けたところでフィリスが口を開いた。
「……でも覚えておいて……」
ピクリと手が止まる…
「君に初めてキスしたのは僕だってことを……」
そう言われた瞬間、涙が堰を切ったように溢れ出てきて、私は声を抑えるのに必死で、頷くことしかできなかった…
部屋から出た後、私は廊下に座り込んで声を殺して泣いた…
忘れることなんてできるわけがない…
あなたは私が初めて好きになった人だから…
辛いことも嬉しいことも全部教えてくれた人だから…
いつの間にか始まっていた私の初恋は、気付いた瞬間に終わりを告げた…




