第2話「またしても絶体絶命」〜フィリス編〜
ドンッ!!
「なーに、してるのかなぁ?」
…私は昨日に引き続き、また壁際に追い込まれて、今度は両頬を長い指で押さえ込まれている…
「んぐっ…んぐうぅ!!」
「えー、何言ってるのか聞こえないな〜?」
……あんたが口元押さえてるから、しゃべれないんでしょうがぁーっ!!!
ニヤニヤと妖艶な笑みを浮かべるこの男は、昨日のリードベルではなく、第二王子のフィリス・モウブレーだ。
彼もこのゲームの対象者で、ヤンデレ系たらし王子だ。
女子顔負けの透き通るような白い肌に、柔らかく、少しクセのある金髪に綺麗な青い目をした王子だ。
ハッキリ言って超絶美形である。
だが、いま私はそんな美形王子に頬をムギュッと掴まれ、両足の間に膝を入れられて、ゼロ距離で迫られている…
「んん!んぐぅっ!ん〜っ!!」
どうにか誤解を解こうと口を開くが、マトモに言葉が出てこない…
「ふふ…すごい顔してるね、美人な顔が台無しだよ…?」
えっ、美人!?と一瞬沸き立つ。
前の世界では平々凡々にも程がある顔立ちだったから…
っていやいや!!
女性の無様な顔をこんな風に馬鹿にするなんて…
こいつもリードベルに負けず劣らずサイテーなクソ野郎だわ…!
イラッとした私が無理矢理彼の手を振り払って抗議した。
「でも、たかがパン一つでこんなに怒る事ないじゃないっ!!」
……
…そうなのだ…
私はまたしても、ゆるふわ腹黒ヒロインのマイラに騙されて、フィリスが食べるはずだったパンを食べてしまったのだ…
ああ、昨日の今日でまた騙されるなんて…!私のバカバカバカーー!!
前の世界では、マイラのようなあざと系女子とは極力関わってこなかったから、人間関係の経験が浅くて、単純な私はすぐさま騙されてしまう…
…にしたって、たかがパンくらいで、ここまで怒らなくてもいいのに〜!!
「…たかがパン一つ……?」
それを聞いたフィリスの目が鋭く光った…
あ…なんかヤバい気がする…
そう思った時には足を払われて、床に押し倒されていた…
尻もちをついた衝撃に耐えている間に両腕に手枷のような物を嵌められた…
というか、手枷だった…
……えっ!?
なんでこんな物が部屋にあるの!!!?
手枷は床と壁に二つずつぶら下がっているようだった。
あなた普段この部屋で、一体どんなことなさってるんですかあぁぁぁっ!!!?
目の前に膝をつくフィリスが暗い妖艶な笑みを浮かべる。
その顔がまた不気味で怖い…
とてつもなく怖い…
「…このカンパーニュは、僕のためだけにある地域から特別に取り寄せた物なんだよ。今回はそれで最後だと言うのに…」
「よくもそんな貴重なパンを食べてくれたね…?」
表情は極めて穏やかで、深い笑みを浮かべて微笑んでいるのがまた怖い…!
さすがヤンデレ系王子…!!
パン如きでこんなSMプレイするのやめてよー!!
パンなんてまた来年まで我慢すればいいじゃんー!!
…って言いたいけど、そんなこと言ったら何されるか分かったもんじゃないから、それは心のうちに留めておく…
「ちょっとお仕置きが必要だね…」
そう言って、システィーナの口に食べかけのパンを詰め込んで口を紐で縛ると、システィーナの豊満な身体にゆっくりと触れた。
「………っ!!!」
システィーナは、悪役令嬢という設定なだけあって、つるぺた幼児体型のヒロインのマイラに比べて、メリハリがしっかりしている豊満ボディだ。
グラビアアイドルになったようで、ドレスも映えるしで、これだけは転生してよかった☆と思える点だった。
……
……だが、今はそれが仇となっている……
フィリスは楽しむように、手枷を嵌めたシスティーナの脇の下から腰までをいやらしく触った。
「ひーっ!!ひゃーっははっ!!あめえ(やめて)っ!!ふふふっはい(くすぐったい)ーっ!!あーはっはっはっ!!!」
…だが、
マイラのような男性経験が皆無のシスティーナにとって、それはただのくすぐり攻撃でしかなかった…
「うわぁ…なにその反応…興醒めだね…」
フィリスが私の反応にドン引きしている。
いや、こっちはあんたの行動にドン引きだわっ!!
こっちはまだ恋愛未経験の27歳の乙女なんじゃい!!
まともな恋愛する前に、いきなりおかしな特殊プレイを経験させんじゃねーよ!!
ブルドッグのような顔でフィリスを睨み付けると
「…きみ、見た目より中身は随分と幼いんだね。あーあ、なーんか冷めちゃった…」
そう言うと、フィリスは立ち上がり、部屋を出て行ってしまった。
おい…!待て!どこに行く…!?
行くなら、この手枷を取ってからにしろー!!
おいコラ!この変態SM野郎ーーっ!!!
「んー!!んんーっ!!」
口に入れられたパンを食べようとするけど、思いの外大きくて上手く食べられない…
しばらくジタバタしていたら、ガタッとドアが開いた…
帰ってきた…!助かった…!!
そう思ってドアの方に目をやると、こちらを見て固まっている第一王子のリードベルの姿があった…
こちらとしても、見られてはいけないところを見られてしまった感じで、少々気まずくなる…
そしてリードベルは、何を勘違いしたのか、
「……信じられない……なんて不潔な女なんだ…」
と低い声で、蔑みの目をシスティーナに向けてきた。
あれあれー?違うよーー!?私は被害者だよーー!?
好き好んでこんな格好をしてるんじゃないよーーー!?
そんなシスティーナの心の声が届くはずもなく、リードベルは乱暴にドアを閉めて足速に去って行った。
「………」
システィーナはしばらく足をジタバタして助けを呼ぼうとしていたが、後半は諦めて口のパンをどうにか食べることに専念した。
ーーー
しばらくすると、ガチャリ…とゆっくりドアが開く音がしたので、今度こそフィリスかと思って顔を上げたら、
ドアの隙間からゆらりとこちらを覗く人影が見えた。
「んんっ!?」
おもわず幽霊かと思って心臓が飛び上がる。
「おやおやおやぁ?探しましたよ〜。」
ニッコリと微笑む彼は執事のマーカスだ。
黒髪黒目で服も真っ黒な彼は、執事としていつもニコニコしているが、いつも目が笑っていないのが怖い…
確か彼は攻略対象ではなかったはずだ…
よくは知らないが、腹黒そうな不気味な相手だ。
「お部屋にいらっしゃらないと思ったら、こんなところでハメを外しておられたんですねぇ。」
どう見てもおかしな状況のシスティーナを見ても、眉一つ動かさず話し続けるあたり、やっぱりこの人もおかしいっ!!!
「ふふ、とても美味しそうですね…」
美味しそう…!?
いま美味しそうって言った!!?
マーカスは薄ら笑いを浮かべてシスティーナに近づいてしゃがみ込んだ。
えっ!なに!?怖い怖い怖い…っ!!!
大丈夫だよね!?この人大丈夫だよね!?
怪しさ満点だけど、一応執事だもんね!?
さっきのフィリスにされたことを思い出して顔を青くする。
ひんやりと冷たい指先が頬に触れる。
ひえぇっ!!
恐怖に顔をこわばらせたのも束の間、システィーナの口の紐をゆっくりと解いて、パンを取り出してくれた。
え…っ!解いてくれたの!?
……
……天使じゃんこの人ーー!!!
さっきまでは漆黒の悪魔に見えていたのに、今度は真っ白な羽根が生えた天使に見えてきた…!!
「あいあとうごあいまふ…」
口を開けすぎて上手く口が動かせないが、とりあえずお礼を言っておく。
「なるほど…このお仕置きは、このパンが原因ですね。」
マーカスは一瞬で事情を理解したようだった…
「…! そのパンには何かあるんですか…?」
「詳しくは知りませんが、亡きお母様に所縁のあるパンだそうですよ。」
「……っ!!」
なんだって…!?
それはめちゃくちゃ大事なやつじゃないか……!!
今更になって、自分がやらかしたことの重大さに気付いた。
「…今年はこれが最後だと言っていました…」
だからフィリスはあんなに怒ったのだ……
……
……怒り方はちょっと変質者じみてたけど…
「私…謝らなくては…」
「それがいいでしょうねぇ。…また同じ目に遭わないといいですけど…ふふ…」
え…なんでそこで笑うのよ…
意味深すぎて、変なフラグ立ちそうだからやめて…
無事にマーカスに身体を解放してもらい、部屋を出たシスティーナはあることを考えた…
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