第18話「リードベルの謝罪とフィリスの激情」
ふぅ…
今日は本当にいろんなことがあった…
リードベルと街に出かけたら、手を繋がれるわ、スパイを疑われて殺されそうになるわ、挙句の果てには本物のスパイが出てきて、そいつらにまで殺されそうになるわで、5年くらい寿命が縮んだわ…
…いや、バッドエンド回避で、むしろ伸びたのか…!?
「いたたっ…!」
侍女達がいつも以上に慎重に湯殿の間で身体を磨いてくれたのだが、ちょっとした拍子に首の傷が痛む…
あろうことか、首に2箇所も傷をつけられてしまった…
せっかく侍女達に素敵なドレスをあつらえてもらったのに、この傷が悪目立ちしないといいんだけど…
しかも1箇所は他ならぬリードベル自身に付けられたっていうね…
あの野郎…許すまじ。
…帰りの馬車では、めちゃくちゃ平謝りされたけど…
とりあえず、あのおしゃべりなスパイ達のお陰で、私のスパイ容疑は無事に晴れたのでよかった…
マーカスのお買い物メモにあった「私の欲しい物」とやらを買えなかったので、今度また街に一緒に買い物に行くことを約束してくれたが、それは丁重にお断りした。
誰があんな奴とまた出かけたいものか…
またうっかりマイラに騙されてバッドエンドが発生でもしたら大変だ。
…ちなみに今日買った物は護衛騎士に持たせていたため、すべて行方知れずになってしまっていた。
その事を帰ってからマーカスに恐る恐る伝えに行ったところ…
ーーー
「おや、残念でしたねぇ。あのチーズとウィンナーは、本日のワインのお供にするはずでしたのに…」
と残念がられた。
えっ…!?
いやいやいや!
あんたまさか、自分のつまみを王子に買いに行かせたの!?
午前中の仕事サボらせて!?
「………っ!」
私達のダンスレッスンの一環とはいえ、開いた口が塞がらなかった…
やっぱりヤバいわ、この人…っ!!
マーカスという人間の規格外さを痛感した瞬間だった…
ーーー
入浴を済ませて、侍女に首の傷の手当てをし直してもらい、いつものように寝間着姿でフィリスの部屋を訪れた。
コンコン
「失礼します。」
「はーい。」
ベッド脇の椅子に座って何か書き物をしていたフィリスが笑顔で振り返る。
「やあ、今日のリードベルとのデートはどうだっ……」
私を見るなり急に言葉を失うフィリス。
「…?」
「………どうしたの、それ?」
私の首の手当ての跡を見るや否や、急に表情が強張る。
「えっ!?こ、これはその…っ!!」
フィリスの変わり様に、逆に私が慌てる。
…私は正直に、リードベルに他国のスパイだと疑われて剣を突きつけられたことや、その後、本物のスパイが襲ってきた事、そのスパイに人質にとられたことなどを洗いざらい話した。
フィリスの表情は晴れるどころか、どんどんドス黒いオーラを纏っていき、しまいには「アイツもう殺すしかないね…」と言ってゆらりと椅子から立ち上がった。
わわわっ!これはマズい…!!
立ち上がったフィリスを正面から全力で止める。
「フィリス様!?フィリス様!!」
フィリスの顔を見上げるも、私の姿など全く視界に入っていないご様子…
ヤバいヤバい!
ど、どうすれば…っ!?
…あ、そうだっ!!
私は思い切ってフィリスの首に手を回して抱きついた。
「!?」
「フィリス様!!わたし、今日は怖い目にあったから一人になりたくないよー!早く一緒に寝ましょぉー?」
「…!」
慣れない言葉でおもわず棒読みになってしまった…
恥ずかしい…っ!!
でも僅かにフィリスの動きが止まる。
よし、あともう一押し!
「…わ、私を一人にしないでぇー!」
首に巻き付けた手に力を込める。
「お願い…っ!!」
今からリードベルとひと悶着起こしたら、また面倒なことになっちゃう…!それはごめんだっ!
今日はもう疲れたからゆっくり寝たいのに…っ!!
「………」
しばらくして、フィリスが動きを止めたので、ホッとしたのも束の間、次の瞬間そのままお姫様抱っこされてベッドまで運ばれた。
ドサッ
「…アイツのことを殺しに行こうかと思ったけど、君の必死のおねだりが可愛かったから、今日はやめといてあげる。」
そう言うと、鼻と鼻がくっつきそうな距離まで顔を近づけて笑った。
オ、オネダリ…!!
世にいう、モテ女子が彼氏にするというアレね…っ!!
今のがそれなのかっ!?
だとしたら、めちゃくちゃ恥ずかしいな!!
あんな事をサラッと言ってのける女子は、相当に鍛錬を積んでいるに違いない…!!
とはいえ、無事にフィリスがベッドに戻ってきてくれたので、胸を安堵させた。
私が寝た後にフィリスがこっそりリードベルの寝首を掻きに行かないように、念のためいつも以上に強く腕を巻き付ける。
ぎゅっ…
「!」
「おや…今日の君は甘えん坊だね…よっぽど今日のデートが楽しかったらしい…」
「マーカスの作戦も成功したってことかな…?」
フィリスは、表情の読めない顔をして言う。
あ、甘えん坊とか…っ!!
またしてもモテ女子のキーワードを…!!
モテ女子に憧れてはいたけど、実際に甘えん坊とか言われると、顔から火が出るほど恥ずかしい…っ!!
なぜかついでに、リードベルの前で子どものように駄々を捏ねた本日の黒歴史まで思い出してしまう…
私は真っ赤になった顔を隠すように俯くが、すぐにフィリスに顎を上げられてしまう。
ひぃっ!!
「クスクス…恥辱に悶える君の表情も最高だね…」
変な言い方で表現するのやめてー!!
余計恥ずかしくなるじゃんーーっ!!
首を振りながら必死に抵抗するが、それすらも楽しそうに眺めるフィリス。
もうもうもう〜〜〜っ!!!////////
ーーー
「それで…どうだった?街歩きデートは。」
ひとしきり戯れ合った後に、いつものようにシスティーナを優しく抱きしめたフィリスが尋ねた。
「街並みは素敵でしたが…個人的にちょっとショックなことがありました…」
「ショックって…その首の傷のこと…?」
そう言って優しく首筋に触れる。
再びフィリスの殺気が湧き上がってきたのを感じて慌てて否定する。
「ちっ違いますっ!!」
「じゃあ何か変なことされた?」
「いっいえ…そんなんじゃなくて…っ!!」
口づけしそうなほどフィリスに顔を近付けられて、おもわず息が詰まる。
「あの…手を…」
「手!?」
「握られて…」
「……?」
フィリスが不可解な顔をする。
「私…いつか恋人ができたら、その人と手を繋いでデートをするのが夢だったんですけど…」
「うっかりそれをリードベル様としてしまったことに気付いて…」
「…へぇ…?」
「あ、あっちはただエスコートのつもりだったのは分かってるんですけど…最近それだけを励みに生きてきたところがあったので、その初めてを思いがけずリードベル様に奪われてしまったのがちょっとショックで…」
「よく考えたら、初めての壁ドンのお相手もリードベル様でしたし…」
ファーストキスはフィリス様だったけど…
それは敢えて言わない。
フィリスに話せば話すほど、自分の夢がしょうもないことのような気がしてきて、急に恥ずかしくなる…
「………」
しばらくしてフィリスが口を開く。
「…でも別にリードベルは恋人って訳じゃないでしょ?」
「も、もちろんですっ!!」
「初めての壁ドン?はいつだったの?」
「それは、マイラ様のナイフ斬りつけ事件の時です…」
「ああ、あの時ね。…でもあれは、ただ首を絞められただけでしょ?」
「ええ、まあ…」
“ただ首を絞められただけ”っていう表現も、なかなかにおかしいが…
「そしたら、本当の意味での壁ドンは、次の日の僕が初めてってことになるよね?」
「…押し倒されたのも僕が初めてかな…?」
フィリスが王子様な笑みを向けてきた。
押し倒されたりとかもありましたね、そういえば…
てか、あの時のあれは壁ドンというか、結果的にSMプレイみたいな感じになってましたけどね…
チラリと以前壁にぶら下がっていた手錠があった場所を見遣る。
…あれを見る度に私が怯えるので、後にフィリスが取り外してくれたのだ…
それを言うなら、初SMプレイ体験でもある…
まだ1ヶ月も経っていないのに、短期間でもの凄い経験を積んだんだな私…
恐るべし乙女ゲームの世界…
そして今まさに超絶美形王子と添い寝なんかしちゃったりしてるわけだし…本当、人生って何があるかわからないものね。
「ねぇ、どうなの?システィーナ?」
甘えるように尋ねてくる超絶美形王子のフィリス。
「そう、なりますかね…?」
素直に認めると、フィリスは満足したような顔になり、
「あとは何の初めてがないの…?」
と言いながらニッコリと笑いかけてきた。
えっと…
「もしかして、私の初めてを狙ってます…?」
「もちろん♪」
「余計なことしないでください!!フィリス様はもう十分いろんな方の初めてを奪ってきたでしょっ!?」
「まあね。でも今は君のいろんな初めてが欲しくなっちゃったんだよね♪」
そう言って、悪戯げな天使の微笑みを見せる。
…なるほど…
病んでらっしゃるっ!!
「丁重にお断りします!!」
「私は純粋に普通の人と、安心安全で持続可能な普通の恋愛がしてみたいんですよ!」
「普通?僕は普通じゃないの?」
「…恐らく…遊び人の類の方かと…」
「遊び人って、何人からが遊び人になるの?」
「えっと……ご、5人……とか……?」
「ぷっ…たったの5人で遊び人になるの…!?」
そう言って吹き出すフィリス。
はい、あなたは遊び人確定です。
「…笑わないでください…!」
口を尖らせてフィリスを睨む。
「ごめんごめん…もう、本当に君は可愛いなぁ〜!」
そう言って私の頭を撫でるフィリス。
……いま私何か可愛いことを言ったのでしょうか…?
私はそんなあなたの思考が理解不能で恐ろしいです……
「とにかく、私はフィリス様みたいな遊び人にボロ雑巾のように捨てられたくはないんですっ!!」
「ボロ雑巾ねぇ〜!…ちょっと楽しそう。やってみたいな♪」
「やめてください!!」
「とにかくっ!私はいつか普通の恋人を作って、手を繋いでときめいたり、手を繋いでデートしたりしたいんです〜〜っ!!」
「…へぇ…」
「…それは…楽しみだね…いい人見つかるといいけど。」
「もちろんっ!!何がなんでも見つけますよっ!!フィリス様も、どこかにいい人がいたら紹介してくださいね!」
フィリスに迫る。
「………」
「……?」
途端に暗い表情になるフィリス。
「…どうしたんですか…?」
「……何が?」
「急に静かになっちゃって…しかもその顔……どこか痛むんですか…?」
「そう?気のせいじゃない?」
フィリスは力なく笑う。
「……?」
顔を覗き込むシスティーナを不意に強く抱きしめる。
「!!」
「君のさ……一番大事な……」
「は、はいっ!?」
「……ううん、なんでもない……」
「おやすみ……」
「……?…おやすみなさい…?」
その夜、フィリスはそれ以上何も喋らなかった…
「………」
ーーー
翌朝。
いつものように4人で朝食をとっていると、珍しくマイラが話しかけてきた。
「システィーナ様、昨日はリードベル様とのデート楽しめましたかぁ?」
今日も小動物系ゆるふわヒロイン全開で可愛さを振り撒きながら、小首を傾げて話しかけてくる。
「ま、まあね…」
私は顔を引き攣らせながら、適当に返事をする。
そんなの私じゃなくてリードベルに聞きなさいよっ!!
途端にマイラとフィリスの表情が変わる。
「へぇ〜、昨日僕がベッドで聞いた時には、そんな話聞かなかったんだけど、君もまんざらではなかったってことかな〜?」
フィリスが再びドス黒いオーラを放って微笑みかける。
ちょっ…!!ベッドでとか!!
他の人に怪しまれる言動はやめてーーーっ!!!
「おやおや、システィーナ様は昨日もフィリス様と楽しまれていたのですか…リードベル様とのデートの後だと言うのに、お転婆なお嬢様ですね…」
「ですが、お相手は1日につき一人にしていただかないと、後々ややこしい事になると困りますので。」
すかさず執事のマーカスがいらぬ援護射撃を放ってくる。
ほら!フィリスのせいでみんな盛大に誤解してるじゃないっ!!
じとりとフィリスを睨むが、フィリスは微笑みながら涼しい顔で食事を摂っている。
「…システィーナ様って、はしたないお方でしたのね…!間違いのないようにエリオット様にも話しておかなければ…」
と心配気にマイラが言う。
「!!」
ニヤリと他の男性陣には見えないように、こちらに笑いかける。
…よりにもよってエリオット様にそんな話をするなんて最低…っ!
私はマイラを睨み付けた。
「きゃっ!システィーナ様、怖い〜っ!」
すかさずリードベルの腕にもたれかかるマイラ。
コイツは相変わらずだな…
ところが、今日のリードベルはいつもと違った。
「お前こそ、食事中にはしたないぞ。」
そう言ってマイラを嗜めたのだ。
「!!」
これにはマイラも驚いた様子で、信じられないと言った顔でリードベルを見上げた。
「…そんな…どうしてそんなに冷たいのですか…?」
「ま、まさか昨日システィーナ様と何かあったのですか…!?」
ピクリとナイフを持つ手を止める。
「別に……何もない。」
そう言って素気なく食事を続ける。
…いやいや、あんたの激変ぶりにその返答じゃ、なんかあったって言ってるようなもんじゃんっ!!
実際なんか(スパイ騒動)はあったけどさ!!
マイラはそれを聞かされていないらしい。
「へぇ…僕も詳しく聞きたいな。そこまでリードベルが骨抜きにされるなんて、昨日君と夜を過ごした僕としては黙ってられないんだけど…」
なぜかフィリスまで参戦してくる。
しかもまた誤解を受けるような事を念押しして言ってくる始末…っ!!一体なぜ…!?
私は心の中で涙目になった。
マイラは思いもよらないリードベルの態度に、人知れず唇を噛み締めた…
ーーー
午後。
「さて、本日も元気にダンスレッスンを始めましょうか。」
最初だけ執事のマーカスが取り仕切る。
「お二人には昨日の成果を期待していますよ。」
そう言って甘い笑みを向けられた。
「あははは…」
…昨日の成果などあるものか。
残ったのは、この首の傷跡だけだ。
マーカスがフィリスペアの方に歩いて行く。
「フィリス様達も今日も練習にいらしたのですね、感心です。」
「ああ、来なくてもよかったかな?」
「いえ、そんな事は申しておりませんが、今日はお二人ともいらっしゃらない気がしておりましたので、少々意外でして…」
「僕も来るつもりはなかったんだけど、気になる事ができちゃってね…」
「ほぅ…」
マーカスが興味深し気に目を細める。
「…これはいい事をお聞きしました。あなたを公務に引っ張り出したい時には、是非活用させていただくとしましょう…」
そう言って口の端を上げる。
「…彼女を変な事に使わないでくれる…?」
そう言ってフィリスが睨むが、マーカスは「おお、怖い…」と言って笑いながら去って行くのだった。
ーーー
「さて、練習を始めましょうか。」
パウルが私とリードベルに言う。
「昨日の街歩きはいかがでしたか?」
人の良さそうなパウルが笑顔で言ってはならない質問をする。
システィーナはありったけの愛想笑いで誤魔化して、リードベルと向き合う。
気まずい雰囲気の中、やはりお互いに表情が固いまま、向き合い、踊り出す。
「…ほぉ…っ!」
パウルが驚きの声を上げる。
ふふん!
昨日までの私とはちょっと違うのよ!
リードベルの前で恥ずかしさをすべて曝け出した上に、相手が自分と同程度の戦闘力のゴミだと知り、ダンスでもいつもよりやや強気で踏み込むことができた。
ある意味フィリス相手よりも…
その分、足は昨日より踏んだが…
…まあ、安全靴履いてるみたいだし、大丈夫でしょ。
「どう?少しは上手くなったでしょ?」
曲が終わった後、私はドヤ顔でリードベルに尋ねた。
「ああ…」
ふふん!でしょでしょ?
「………な、わけねーだろ、バカ女っ!!」
「なっ!!?」
「なーにが、“なっ!!?”だっ!!」
「どんだけ俺の足を踏むんだ馬鹿野郎っ!!俺の足は石じゃねーんだぞっ!?」
……どうやら、ただ単に痛いのを我慢していただけだったらしい。
「あらー、てっきり硬い靴でも履いてるのかと思ったわ!ごめんあそばせ〜!!」
私は悪役令嬢らしく高笑いをしてみせる。
「てめぇっ!!お前も足踏んでやろうかっ!?」
「あら、紳士ならそれくらい我慢するのが当然でしょ〜っ!?」
「この野郎〜〜っ!!」
「…どうですか…?」
パウルに近付いてきたマーカスが尋ねる。
「少し良くなった様な気がしたのですが…気のせいだったようです…」
「…全く、似たもの同士な二人で困りましたね…」
マーカスも無表情でため息をついた。
舞踏会まで、あと9日だ…
本日もお読みいただきありがとうございます!




