第15話「舞踏会までの約束」〜フィリスとの朝〜
ダンスレッスンの翌朝。
なんだか今日はとても心地がいい…
まるで温かい何かに包まれているような安心感があった…
夢心地で目を覚ますと、目の前にフィリスの美しい寝顔が見えた。
「……!?」
「!!!!!????」
「うわっ!うわあぁぁっ!!!?」
ベッドから飛び起きようとしたけど、フィリスの両腕でしっかり身体をロックされてる上に、両足に激痛が走って起き上がれなかった。
「ん……起きたの……?」
まだ目を瞑ったままのフィリスがやや寝ぼけた声で尋ねる。
「あああの、あの…どうしていまこんな状況になっているのでしょうか……!?」
まだ頭が混乱していて思考が追いつかない。
「なんだ…忘れちゃったの……?」
フィリスが青い瞳をうっすらと開けて笑った。
ゔっ…っ!!
間近での超絶美男子の笑顔は心臓に悪すぎる…っ!!
そうして、心臓の音とともに次第に昨日の記憶が蘇ってきた…
あのダンスレッスンの後、私は完全に生まれたての子鹿Xになってしまい、呆れたフィリスにお姫様抱っこしてもらい、私の部屋まで運んでもらったのだった。
部屋まで運んでくれたのはよかったのだが、部屋に着くなり侍女達に「これから舞踏会が終わるまでの一ヶ月間、システィーナは僕の部屋で一緒に寝るから、毎晩そのように準備するように」と宣ったのだ。
それを聞いた侍女達3人の目がキュピーンと強く光ったように見えた。
その後はベルトコンベアで運ばれるが如く、凄い勢いで風呂場で洗われ、寝間着に着替えさせられて、瞬く間にフィリスの部屋まで送り届けられたのだった…
私が王子の部屋で寝ると、侍女達に特別手当てでも出るのだろうかと疑うくらい、もの凄い熱意と素早さだった…
バタンッ…!
フィリスの部屋に放り込まれ、ドアを閉められる。
「やあ、早かったね。」
振り向いたフィリスと目が合い、慌ててドアに向かって後ずさるも、近付いてきたフィリスにひょいっとお姫様抱っこをされて、あっという間にベッドに連れ込まれてしまった。
「あああの…その…!これは一体どういうことでしょうか…!?」
どうしてこんな流れになったのか、全く理解できなかった…
「ん〜?君はダンス以前に男性にもっと慣れた方がいいんじゃないかと思ってさ。こうして毎日僕に抱かれながら寝れば、少しは耐性がつくんじゃないかと思ってね!」
「だっ……抱か……っ!!?/////」
「あ、変な意味の方じゃないよ、ただ抱き締めるっていう意味ね。」
ああ…びっくりしたぁ…っ!!
一瞬心臓が爆発するかと思った…っ!!
「…もちろん、君が良ければ僕はいつでもオーケーだけどね…」
システィーナの身体を抱きしめながら耳元で囁いた。
ぴぎゃぁぁーーっ!!
し、心臓が!心臓がぁ……っ!!
心臓が胸の中で激しく騒ぎ立てて、今にも飛び出しそうに痛い。
ベッドの中で身体をぎゅっと抱きしめられ、気が変になってしまいそうだ…っ!
「それじゃあおやすみ…」
そう言われて、おでこにキスされる。
……や、やめて……!
これ以上、私の心臓を刺激しないで…!
本当に爆発してしまう……っ!!
こんな状況ですぐに眠れるわけなんてなく、何度も何度も寝返りをうちながら、フィリスの逞しい腕に抱き寄せられる度に心臓がドキンと飛び跳ねて、眠れない夜を過ごしたのだった…
でもさすがに前日に地獄のダンスレッスンを行なっていたこともあり、日が明けてきた5時頃に突然眠気に襲われて、そこから深い深い眠りに落ちていったのであった…
「……全部、思い出しました……」
「そう?よかった…」
そう言いながら、改めてシスティーナを両腕で抱きしめた。
ぎゅうっ…
「ぴぎぃっ!!」
昨日から働きすぎの心臓が悲鳴を上げる。
…い、息が……苦しい……!!
…いつまで持つかな、私の心臓…
私は心の中で涙した……
ーーー
本日も午後からダンスレッスンが始まった。
大ホールには、またしてもマーカスとパウルと私だけ…
「あのー、ちなみにマイラ様は…?」
私は気になって尋ねた。
「ああ、昨日あなたが来る前に少し見させてもらったのですが、とてもお上手でしたので、今日はお呼びしていないのです。」
やっぱり……!
伊達にループ4回目の先輩じゃないよね。
…まあ、こちらとしてもマイラはいない方が都合がいいから良かったけど…
いたら、またどんな難癖付けられるか分からないし…!
「それでは、時間も惜しいので早速始めましょうか。昨日の練習の成果を見せて頂きますよ…」
マーカスがキラーンと鋭く微笑む。
「は、はひ…っ!」
わ、私だって伊達に昨日寝ずによく分からない敵と闘っていたわけではないのよ…!!
男慣れした(!?)練習の成果を見せてやるわ…!!
私は筋肉痛で激痛の足を引きずって、ステップを踏み始めた。
ーー5分後。
「ふむ…」
「ど、どうでしょうか…?」
恐る恐るマーカスに尋ねる。
「全然ダメですね。」どキッパリ
ガクーーーンッ!!
項垂れるシスティーナ。
さすがに1日ではダメですよねー…チーン
「まずは、その筋肉痛を治さないことには話になりませんね。今日は滋養のある物をしっかり食べるように。」
「は、はひ…」
「それでは今日のレッスンを始めます。」
やるんですねーーっ!!
再びガックリと項垂れるシスティーナだった…
夕食はまたしてもシスティーナの分だけ大ホールへ運ばれ、その後は個人練習の時間となった。
サボりたい気持ちは満々だが、マーカスを怒らせたら後がとても…とてもとても怖そうなので、渋々真面目にステップの練習をした。
フィリスはもっと華やかに艶めかしくって言ってたな…
…なんだろう、もっとクネクネした方がいいのかなあ?
試しにタコのように両手をクネクネさせながら足を動かしてみる。
…ふむふむ、なんかさっきよりも滑らかに動けてる気がするぞ…!
前の世界にもこんなダンスする人達いたよね?
ヒップホップ的な…!?
…よしよし、いい感じ!
もっとタコのように滑らかに…!
しまいには口も突き出して、タコになり切る。
…私の手はタコ…!タコよ…っ!!
左右の手をクネクネと交互に動かしてみる。
…うん!この方が膝も腰も柔らかく使えるようになって、前よりずっといいかも…!!
いいぞ…この調子だ…!
私はいまゾーンに入っている!!
ふふふ…と不気味に笑いながらステップを踏んで一人フィニッシュした。
……ふっ決まった……!!
「うん、いいんじゃない?」
「だっはぁーっ!!」
「いいいいいつの間にそこに!!?フィリス様!!」
いつの間にか扉の前に立っていたフィリスが拍手をしている。
「んー?君が怪しい動きをしながら口を突き出して踊り始めた頃くらいからかなぁ?」
ほぼ最初からじゃないですか!!!
私は恥ずかしさで顔が本物のタコのように真っ赤になる。
それがまた更に恥ずかしい…!
「クスクス…でも、昨日よりだいぶマシになったよ。」
そう言いながらこちらに近付いてきて、ガシッと腰と手を掴まれる。
「ひゃぁっ!!」
「…今日はちゃんと立ってられるよね?」
肩越しにいい声で囁かれて、おもわず腰砕けになりそうなところをなんとか踏ん張る…!
「クス…いい子だ…」
そう言ってフィリスに手を引かれて踊り始める。
フィリスのダンスはまるで流れる水のように滑らかで綺麗だった。
「……っ!」
おもわず見惚れてフィリスを見つめる。
「…なに?そんなに見つめて…惚れ直した?」
フィリスがいつもの余裕の表情で微笑む。
「はい…!」
「!!」
感心のあまり夢中で頷くと、今度はフィリスの方が顔を背けた。
「……ホント…君のそういうの、反則……」
逸らした顔は少し赤くなっていた。
…あ、可愛いフィリスだ。
「ふふふ…あはは…っ!」
そんなフィリスを見て、おもわず笑ってしまう。
「…!」
「…なんだよ…随分と余裕じゃん…」
不貞腐れて口を尖らせたフィリスがまたいつもより幼く見えて可愛らしい。
「あははは…!」
尚もおかしく笑っていると、突然両手で腰を掴まれて持ち上げられる。
「はは…うゎっ!うわぁーっ!!」
「君は本当に俺を挑発するのが得意だよね…」
見下ろした時には既に夜の男に覚醒したフィリスの顔になっていた。
……ヤバい……
またやっちまった……!!
私を下ろしたフィリスは、背中に両腕を回して胸元に口づけをした。
「…!!」
「ちょっ!フィリス様…っ!!?」
突き放そうとフィリスの胸を押すが、力強く抱きしめられて全くびくともしない…
華奢に見えるが、やはり歴とした男性なのだと思い知らされる…
しばらくしてフィリスが口を離したが、その部分が少し赤くなっていた。
「……っ!!!」
ここここれはまさかっ!世に言うキスマークというやつではないだろうか!!?
なんていやらしいものをーーー!!!!
真っ赤になって固まった私を見て、フィリスが満足気に微笑んだ。
「あーあ、赤くなっちゃった。これじゃドレスの上からでもわかっちゃうね〜!」
「わ、分かっててやったんじゃないですか!!!変態ーーっ!!」
「だって、君が僕のこと誘ったんでしょ?」
「誘ってませんっ!!」
もうもうもう〜〜〜っ!!!
こんなもの付けてたら、また変に勘違いされるに決まってるじゃん〜〜っ!!!
てか、恋人と手を繋ぐファーストステップから始めたいと思ってるのに、変な経験値ばかりが上がっていく〜〜っ!!
こんなはずでは…!!
まだ恋する相手すら見つかってないっていうのに…!!
私は普通に恋愛したいだけなのに〜〜〜っ!!!
私はガックリと項垂れた…
「…さて!スッキリしたところで、練習の続きをしようか♪」
フィリスが爽やかな満面の笑みで言う。
私はスッキリしてません〜〜〜!!!
むしろ余計モヤモヤしましたーーーっ!!!
ご機嫌になったフィリスは、そんな私のことなど気にせず、また手取り足取り踊り始めた。
観念した私は、その後は言動に細心の注意を払いながら、大人しくフィリスの動きに身を任せた…
ーーー
部屋に戻ると、案の定胸元のキスマークに気付いた侍女達に質問攻めにあったが、「何でもない」という私の言葉を信じる者は誰もいなかった…
うぅ…やっぱりね…
そして再びベルトコンベアの如くフィリスの部屋に運ばれてドアを閉められる。
バタン…
今日という今日はさすがに警戒心が最大限まで高まり、ドアに張り付いたまま動けない。
さっきの続きなんてされたらたまったもんじゃない…!
私の普通恋愛計画が台無しになる…っ!!
フィリスはそんな私を見てクスッと笑う。
「そんな顔しなくても、何もしないってば」
その言葉に何度も裏切られてるから、信用できない…
じとりとフィリスを睨む…
フィリスは微笑みながら近付いてきて、人差し指で顎をクイっと上げる。
「さっきは僕のこと揶揄ったから仕返しにやっただけ。今までだって一線を越えたことはないでしょ…?」
フィリスがふんわりと柔らかい笑みを浮かべる。
…フィリスの言う一線がどこなのか分からないが、私基準では手を繋ぐ以降は全部一線のあっち側だ。
「でも、私にとっては…」
「それにほら、ダンス踊れないと、困るんでしょ?」
「…っ!」
…途端にマーカスの悪魔の笑みが思い浮かぶ…
「まずは、そのカチコチの心をほぐしていかないとね!」
「でも…っ!」
「大丈夫!この1ヶ月の間は何もしないって誓うから。」
そう言ってシスティーナをひょいっと抱き抱えた。
「……約束ですよ…?」
私は疑惑の目をフィリスに向けた。
「もちろん!ただ、君がまた僕のことを揶揄ったりしたら、ちょっとやり返しちゃうかもしれないけど?」
そう言って悪戯げに笑う。
「う…っ、ぜ、善処します…」
俯いてフィリスの胸に顔をもたげる。
優しくベッドに寝かせられ、その隣にフィリスが入る。
今夜もきっと寝不足に違いないと覚悟して横になったが、昨日の睡眠不足と連日のダンスの疲れで、横になった瞬間に眠りに入ったのだった…
すぅ……
「…え…っ!?」
「あれだけ警戒しといて、こんなに早く寝る…っ!?」
さすがのフィリスも驚きを隠せなかった…
「全く…」
「敵わないね、君には…」
そう言って、笑いながら眠ったシスティーナの頭を優しく撫でた…




