第14話「深夜のダンスレッスン」
リードベルとのムカつくやり取りの末、無事に媚薬の疑いも晴れ、出来立てのスコーンとカンパーニュを取り戻すことができた。
…スコーンは一個奴に食べられたけど。
気を取り直して早速エリオットに渡しに行く。
コンコンッ
「はい。」
きゃあ!エリオット様の声っ!!
この瞬間は、いつもときめいてしまう…っ!!
ドキドキしながらも、おずおずとドアを開ける…
エリオットは、また机に向かって何か作業をしていたようだった。
「あの、先程お話していたスコーンを持ってきたのですが…」
「…本当に持ってきたんだ…」
こちらを振り返ったエリオットが少し照れたような顔で、こちらに近付いてくる。
きゃあぁあっ!
麗しのエリオット様自らが私の方に向かって歩いてきた…っ!!
それだけでドキドキする……っ!!
「…あの…よかったら、これ…もらってください…っ!」
部活上がりの先輩に差し入れする後輩マネージャーの気持ちで、エリオットにスコーンを差し出した。
「…ありがとう。」
エリオットは少し頬を染めて、素気ない態度でスコーンの入った紙袋を受け取った。
…今度は受け取ってもらえた…!
嬉しい…っ!!
「ありがとうございます!!」
私は嬉しさに舞い上がって、赤面したまま満面の笑みでお礼を言った。
もう公爵令嬢の表情管理も完全放棄だ。
「…!」
「…うん…」
照れたお顔も素っ気ないお顔も最高です…っ!!
生まれてきてくれてありがとうございます!!
私は幸せな気分のまま、エリオットの部屋を後にした。
続いて訪れたのは、フィリスの部屋。
ノックすると、すぐさまドアを開けられる。
一瞬私を見て目を見開いたが、すぐに
「待ってたよ。」
と柔らかな笑みを浮かべる。
…待ってた…?
待ち合わせとかしてましたっけ…!?
「あの…今日はカンパーニュの他に、スコーンも焼いてみたのですが…」
「僕のために?嬉しいなぁ〜!まあ、中に入ってよ!」
お邪魔するつもりではなかったのに、有無を言わさず手を引かれて部屋の中に入ることになった。
「今ひと息つこうと思ってたところだったから、一緒にお茶しよう。」
フィリスが侍女を呼んで、二人分のお茶の用意をさせる。
お茶にはもちろん私が焼いたスコーンが用意された。
他にスコーンにつけるためのクロテッドクリームやいろいろな種類のジャムも用意された。
イチゴやアプリコットなど、赤やオレンジのジャムがまるで宝石のように色とりどりに並べられた。
「わぁ…キレイ…!」
私は目をキラキラと輝かせてそれらを眺めた。
「クス…君にかかると、ジャムも宝石のように見えてくるんだね。」
フィリスが青い瞳を細めて王子様らしい爽やかな笑顔でこちらを見る。
「いやだって、この盛り付け方といい、透明で小ぶりな容器にカラフルなジャムを入れて並べているところといい、コックのセンスを感じませんか!?」
謎の熱弁をするが、フィリスはそんな私を見てクスクスと楽しそうに笑っているだけだった…
「ちなみに、今更なんですが、スコーンはお好きですか…?」
「どちらかと言えば好きじゃないけど、君が作ってくれた物なら、なんでも美味しく食べるよ。」
天使のような笑顔でニッコリと微笑んだ。
えっ!?
またしても!?
「あ、じゃあ、このスコーンは私が食べますので、フィリス様はこちらのカンパーニュをお召し上がりください…!」
「やだ、こっちも食べる。」ニッコリ
「!?」
「できたら、あーんしてもらえると、もっと美味しさを感じられると思うんだけど…?」
そう言って口の端を上げて悪戯げな顔でこっちを見た。
「そ、それは無理ですっ!!」
私は顔を赤くして慌てて両手を振る。
「そっか、残念…」
ふぅと息をつく。
結局フィリスは、あまり好きではないと言っていたスコーンを全て平らげてしまわれた…
一体なぜ…っ!?
まだまだ彼の考えはよく分からないのだった…
紅茶を飲みながら二人でのんびりしていると、不意にフィリスが喋り出した。
「…ちなみに、さっきマーカスが来て、ダンスレッスンの講師が到着したから、君に会ったら一階の大ホールに大急ぎで来るように伝えてくれって言ってたよ。」
「………へ?」
「……えーーーっ!?」
「なんでそれを早く仰ってくださらないんですか!?」
「結構ゆっくりしちゃってましたよねーー!!?」
私は椅子から立ち上がってフィリスに顔を近付けて抗議する。
「だってぇ〜、それを先に言っちゃったら君とゆっくりお茶できないでしょ?」
王子様スマイルで爽やかに返される…
ぐぬぅ…小悪魔王子め…っ!
とにかく急いで大ホールに向かわねばっ!!
私は急いでフィリスの部屋を後にして、大ホールまでダッシュした!
ーーー
「……随分とゆっくりされていたようですが、何をされていたんですか……?」
ニコニコと黒い笑みを浮かべている執事様に無言の圧力をかけられる…
とてもとても「優雅にお茶してました♪」なんて言える雰囲気ではなく、ただひたすら「ごめんなさい!ごめんなさいっ!」と平謝りした。
「…まあ、いいでしょう…但し、次はないですよ…?」
黒い瞳の奥がギラリと光った。
「ひゃ、ひゃいっ!」
システィーナは恐怖で背筋が凍りついた。
「…それでは、パウル先生、よろしくお願いします。」
「畏まりました。」
パウルと呼ばれた男性は、30代後半から40代前半くらいのすらりと手足が長い細身の長身で、前髪とヒゲがくるんと跳ね上がって、いかにも芸術家って感じの出立ちの先生だった。
「初めまして、システィーナ様。」
「早速ですが、まずはあなたのレベルをご確認させて頂きたいので、一度お一人でステップを踏んでいただけますか?」
「……はい!?」
それはいきなりハードルが高すぎやしませんかね〜〜!!?
そうこうしている間に音楽が鳴り始めるので、仕方なく私も思い切ってステップを踏み出す。
公爵令嬢だった私の身体は意外と覚えていたようで、流れるように正しくステップを踏むことができた。
音楽が鳴り止むと同時に決めポーズをして、誇らしげにマーカスを振り返る。
マーカスは、そんなシスティーナを見てニッコリと微笑んだ。
「はい、0点ですね。」
「!!」
ガーーーーンッ!!
その後、マーカスとパウルによるめちゃくちゃスパルタな地獄の基礎レッスンが休む間も無く行われたのであった…
ーーー
「はぁあぁ……」
初日からのスパルタレッスンのおかげで、口から魂が飛び出そうなほど燃え尽きた…
今や大ホールには私一人…
マーカスとパウルによるダンスレッスンは終わったのだが、気を利かせてくれたマーカスが、夕食をこの部屋に運んでくれたのだ。
…うん、もっと一人で練習しろってことだね☆
そんなこと言われても、慣れないヒールでのステップ練習に、足はもうガタガタだ…
これ以上、何を練習しろと…
マーカスの言葉を思い出す…
「あなた方は王子達の虫除けになって頂きますので、ダンスくらい完璧に踊っていただかないと他の女狐共に付け入る隙を与えてしまいます。よろしくお願いしますね。」ニッコリ
どうでもいいけど、言い方ぁっ!!
…そう言われましてもね…
あと一ヶ月もあるんだから、初めからそんなに飛ばさなくてもいいじゃないよ…
明日絶対筋肉痛で死んでるよ…
あ〜早くお風呂入って寝たい…
今日は何時に帰っていいんだろ…終わりが見えない…
…てか、ステップ自体は間違えずに踏めるのに、これ以上どこをどう直したらいいのかが分からない…
夕食を食べ終えて、しばらく紅茶を飲みながらボーっとしていたら、不意にホールの扉が開いた。
「!!?」
マーカスかと思っておもわず立ち上がり、練習をしていたフリをする。
「やあ、レッスンは順調?」
現れたのはフィリスだった。
「フィリス様…」
「こんな時間まで偉いね。」
フィリスは風呂上がりらしく、寝間着姿で金髪の髪が少し濡れていた。
全体的に石けんのいい匂いが漂っていた。
「僕で良かったら力になるよ?」
そう言って、私に手を差し伸べる。
「いえ!せっかくお湯を浴びた後なのに、汗をかかせては申し訳ありませんから…っ!」
私は慌てて申し出を断る。
「遠慮しないでいいよ。僕としても公然と君に触れられる滅多にないチャンスだからね♪」
…この人、公然とか人の目とか、あんまり気にしなさそうだけど…
でもまあ、せっかくのお言葉なので、躊躇いつつもお願いすることにした。
「じゃあ、とりあえずステップを踏んでみせて。」
「はい!」
私は先程二人に死ぬほど教え込まれたステップを自信満々に披露した。これだけは完璧に覚えたはずだ…!
足はガクガクだったけど、他の筋肉を使ってなんとか足を動かした。
ひとしきり踏み終えてフィリスを振り返る。
フィリスもニッコリと微笑む。
「…うん、これは酷いね。」
ガーーーーンッ!!
マジですかっ!!?
一体どこが…!!?
「何て言うか、ダンスって人柄が出るからさ、君のダンスはなんかお堅い感じがするんだよね〜。ダンスはもっと華やかに艶めかしく踊らないと…」
華やかで、なまめかしく……???
「……それは一体どうやって……???」
「うーーん、そうだねぇ…」
「まずは僕と一緒に踊ってみる?」
「……へ?」
そう言うや否や、フィリスは私の身体をぎゅっと抱きしめてきた。
「ひゃいっ!!!?」
「ダンスでは、こんな風に男女の身体を密着させながら、パートナーと息を合わせて踊るんだよ、まずはそれに慣れないとね。」
フィリスが艶やかに笑う。
「な、慣れるって言われても…っ!わゎっ…!!」
今ので完全に気が抜けて、足が生まれたての子鹿のようにプルプル震えだしたので、私はフィリスに自らしがみ付いて必死に身体を支えた。
「クス…情熱的な抱きしめ方だけど、それじゃさすがに動けないよ…」
フィリスはシスティーナを揶揄って笑う。
「やめてください!笑わないでくださいっ!笑ったら余計に力が入らなくて立てなくなりますから…っ!!」
足が極限のX内股になり、もはや腕の力だけでなんとか立っている形だ。
クスクスクス…
「やめてぇ〜〜っ!!」
深夜の大ホールに叫び声がこだました…




