仮初の恋人
王都への道すがら。
俺は馬車に揺られながら、ルリスから衝撃的な話を聞いた。
「こ、恋人のフリをしてほしい……⁉ どういうことですか!?」
「あはは……。ごめんなさい、やっぱり嫌でしたよね……?」
「い、嫌っていうわけではないですけど……。あまりにも突拍子がないっていうか……」
そう。
いくらなんでも突拍子がなさすぎる。
さっきまで普通に窓の外の風景を眺めていたのに、いきなり「恋人のフリをしてほしい」と言われたわけだからな。
さすがに驚きを隠せない。
ルリスは美人というだけでなく、レベルオン王国の第二王女だ。
俺なんか一生届かないほどの相手だし、王女と交際するとなれば、貴族や周辺諸国などにも影響を及ぼすことになる。
見方によっては《勇者》よりも重大な責任がのしかかるわけだ。
にもかかわらず、ルリスは《自分の恋人のフリをしてほしい》と……そう言ってきたのである。
これに驚かないわけがないのだ。
「……無理なお願いなのはわかってます。でも私、なんとしてもレオンとの結婚だけは逃れたくて……」
「は……!? レオンとの、結婚……!?」
「はい……」
しゅんとうつむくルリス。
おいおい、初耳なんだが。
レオン……すなわち、さんざん俺を罵倒してきた大貴族の息子。
一般市民の知らないところで、二人の婚約が進められていたっていうことかよ。
「で、でも……たしかに、お二人がご結婚しても不思議はありませんね。レクドリア家は国内でもトップクラスの大貴族ですし……おおかた、レオンの父が強引に迫ったのでしょうが……」
「ええ。しかもレオンが《全魔法の使用可》を授かってしまった以上、婚約は間違いなく成立へと向かっていくでしょう」
そこでルリスは、初めて女の子の表情を俺に浮かべた。
「でも……嫌なんです。レオンの悪評はあなたも知っているでしょう? まだ普通の恋愛もしたことのないのに、そんな人と結婚するなんて……」
「王女殿下……」
でも――それは、わかる気がするな。
レオンはとにかく横暴な男だ。俺だってさんざん暴力を振るわれてきたし、それは他の人だって同じだ。自分の権力と地位をひけらかすのが、本当に大好きだったから。
そしてそれは――今後もまたエスカレートしていくだろう。
《全魔法の使用可》は正真正銘の《当たりスキル》。そんなものを授かってしまったとなれば、より横暴になっていくのは想像に難くない。
そんな男と結婚を強要されるなんて、誰だって嫌だろう。
「そうか……そうですね……」
正直、あまりに荷が重い使命だけれど。
それでも、ルリスは俺の恩人ともいえるからな。彼女と出会えたからこそ、俺はこうして職に就けるわけだ。
だったら。
「わかりました。俺にうまく務まるかはわかりませんが……このアルバート・ヴァレスタイン、仮初の恋人として、ルリス王女殿下に寄り添いたいと思います」
俺は深く頭を下げ、もてる限りの語彙力をもって決意を表明した。
――が。
なにかが不満だったのか、一方のルリスはぷーっと頬を膨らませている。
「あ……あの、王女殿下。なにか失礼を言ってしまいましたか……?」
おそるおそるそう訊ねると、
「……呼び捨てで、呼んでください」
と呟かれた。
「よ、よよ……呼び捨て……?」
「当たり前ですわ。恋人に《王女殿下》と呼ばれるなんて、寂しいじゃありませんか」
「な、なるほど……。それもそうですね……」
「あと敬語も禁止! 恋人同士、砕けた口調で話さないとね!」
「うはぁ……」
第二王女を呼び捨てにして、かつため口かぁ……
初っ端からびっくりするくらい難易度が高いが、勇者たる者、これくらいはやってしかるべきなのかもしれないな。
「わかったよ……。最初はぎこちないかもしれないけど、これでいいか? ルリス」
「うふふ……。そう、それでいいの!」
そうして俺たちはにこやかに笑い合い、互いの手をぎゅっと握り締め合うのだった。
――そう。
このときはあくまで、レオンを回避するための一時的な措置のつもりだった。
このときまでは。
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