いや、別に舐めているわけではないんですが
試験会場は、ごく簡素な広間のようだった。
壁面には剣や盾などが飾られているが、それ以外にはなにもない。高いところにある小窓から、少しだけ陽光が覗くくらいだ。
「……さて、自己紹介がまだだったな」
俺から数メートル離れた距離で、《勇者》の男はそのように切り出した。
「バルフレイ・シュガーマ。齢27から《勇者》を務め、そして現在に至るまで……勇者として活動を続けている」
そして背中にかけてあった大剣を手に取るや、片腕でそれを軽々と持ち上げてみせた。
「うはぁ……」
なんという風格。なんという威圧感。
さすがは長年《勇者》を務めているだけあって、戦う前から、その貫禄に圧倒されてしまう。
「そういえばそなたも、《フェミア街》から来ていたな。もうだいぶ前にはなるが……ネーニャという少女が私に挑戦してきたことがある」
「な……! ネーニャ姉さんが!?」
――ネーニャ・サテラ。
かつて近所に住んでいた少女で、スキル信託の日に《剣聖》という最高級のスキルを授かったことで一躍有名になった。
あの日から、彼女はフェミア街においては最強の剣士になった。
歴戦の戦士でさえびっくりするほどの実力を身に着けたのである。
俺の反応をどう思ったか……バルフレイが小さく笑った。
「ふふ……やはり知っておったか。剣筋はまだまだ未熟なれど、将来有望な剣士であったよ。あと5年もすれば、私の足元くらいには追い付けるかもしれんな」
「足元……くらいには……?」
「さよう」
そこでバルフレイは俺を真っすぐに見据えると――いままでよりも数段、凄みのある声をきかせてきた。
「《剣聖》スキルを授かったネーニャとて、私との戦闘で7秒と持たなかった。センスは凄まじかったが、経験が足らんなんだな」
「な…………!!」
嘘だろ。
あのネーニャ姉さんでさえ、バルフレイとは7秒しか戦えなかったのか。
たしかに彼女が勇者になったという話は聞かなかったが、こういうことだったとは……!
「だからそなたも決して油断はするな。一瞬の油断が命取りになると思え」
は……はははは。
本当にすごいな。いままでの敵とは、なにもかも格が違う気がする。
「ふぅ……。あの若者、果たして2秒も持つかのう……」
「大丈夫ですってお父様。アルバートなら問題ありません」
遠くの観客席から、国王とルリスの会話が聞こえてくる。国王は「この勝負など見るまでもない」とでも言うように、やや億劫そうな表情だ。
「さあ、剣を取れ。アルバート」
対峙するバルフレイが、変わらず厳かな声で告げてきた。
「通常の片手剣、大剣、小剣……。斧や鎌でも構わん。そなたが最も得意とする武器を選べ。この試験場には、おおかたの物は揃えられておる」
「いえ……結構です。剣はいりません」
「なに……?」
バルフレイの眉がぴくりとした。
「剣を持つと余計な動きが生まれますから……。素手でいかせてください」
「…………なるほど、そうか」
なんだろう。
バルフレイの威圧感が、さっきよりもまた数段増したような気がした。
「よもや私に素手で挑もうとする者がいようとはな……。舐められたものだ」
「え? いやいや、舐めているわけでは……」
「前言撤回する。そなたのような者は10秒どころか、3秒もあれば充分だ。こちらからいくぞ!!!」
そして突進してくるバルフレイの剣を――
俺は、驚きのままに回避してみせた。
「な、なにっ……!?」
ドォン! と。
数秒遅れて、周囲に突風が舞った。
突進するだけで風を発生させるとは……さすがは《勇者》といったところか。
たいしたスピードではなかったからよかったが、本気を出されたら危なかったところだ。
「……馬鹿な、いまの一撃を、避けた……?」
だが当のバルフレイは、どういうわけか目を瞬かせたまま立ち尽くしている。
どうしたんだろう。まさか俺の弱さに免じて、ハンデをくれているのだろうか。
「だ……大丈夫ですか? このままだと、もう3秒どころか10秒経ってしまいますが……」
「ふ……はははは」
そこでバルフレイの目つきが――変わった。
「これは驚いた。まさか私が煽られるとはな。であれば私も、手加減はせんぞ……!!」
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