めちゃくちゃ歩きにくいんだが
ブラックタイガーの討伐後……二時間ほど経っただろうか。
俺たちは無事に王都レベルオンに到着することができた。ここレベルオン王国において、言うまでもなく最大の規模を誇る街である。
「す、すごい……」
その瀟洒な町並みに、俺は思わず見惚れてしまう。
故郷たるフェミア街も、そこまで小さな街ではないのだが――さすがは王都となると、その比ではないな。
周囲を大きく取り囲んでいる外壁に、遠くのほうでそびえたつ王城。大通りに並ぶ建物はどれもお洒落だし、等間隔に木々や花々が並んでいることから、人工物に溢れているわけでもない。
実にバランスの取れた、美しい街並みだった。
それに――
「ふふ、フェミア街とはえらい違いでしょ?」
そう言いながら、ルリスも俺の隣に並んでくる。
もちろん帽子を目深に被っているから、一目見て彼女を《王族》だとわかる人はいない。よほど親しい人間でなければ難しいだろう。
「そうだな……。なにより、人々が活気づいてるっていうか……」
「活気づいてるわけじゃないわよ。これが普通。フェミア街の人たちが……元気なさすぎるのよね」
「…………そうか、これが普通、なんだな……」
遠くから子どもたちのはしゃぎ声が聞こえてくる。
どうやらボール遊びに興じているようだが、あの光景もフェミア街ではあまり見られなかった光景だ。
貧乏人が多すぎて、小さい子どもたちですら家事を手伝っていたから。もちろん俺もそうだった。
「…………」
謀らずも、街にいるみんなのことを思い出してしまう。
両親のことはもちろん、仲の良かった幼馴染――ユリシアのことも。他にも、大勢の友達がいた。
もし彼らも、この王都のように、華やかな笑顔を浮かべることができたら……
そこまでを考えて、俺はぶんぶん首を横に振った。
あまりにも非現実的な願いだ。レクドリア家は大貴族であり、王族との縁も深いと聞く。いくら《勇者》になれたとしても、レクドリア家になにかをするのは不可能に近い。
「……大丈夫よ、アルバート」
そう呟きながら、ルリスが俺に腕を絡めてきた。
「私も協力する。私の力だけじゃ無理でも、あなたが《勇者》として名声を上げれば――きっと、あなたの願いも叶うかもしれない」
「ルリス……」
驚いた。
まさか俺の想いを読み取ったということだろうか。
この察しの良さ――さすがは第二王女と言うべきだろう。
「ありがとう。そうだな、俺が勇者として名を上げれば、あるいは活路を見いだせるかもしれない……」
あくまで《仮初の恋人》のはずなのに、ここまで俺のことを思ってくれるなんて。
こんなにありがたいことが他にあるだろうか。
「優しいな……。ルリスは」
だから自然とそんな言葉が口をついて出たのだが、思いのほか嬉しかったらしい。頬を赤く染めながら、ルリスがぼそりと言った。
「そ、そう? 他にもなにかあったらなんでも言って? なんでもするから」
「な、なんでもはさすがに……」
ありがたい申し出だが、それに甘えるのも良くないからな。俺はできる限り自分の力で、自分の未来を切り開いていきたい。
――と。
「アルバートさぁん!」
いきなり背後から呼びかけられ、俺は肩を竦ませる。
この声。まさか……
「お待たせしました! さあ、一緒に王都を……って、あれ?」
さっき出会ったばかりのSランク冒険者――エリ・ファーラスが、目を丸くして立ち止まった。
「ちょ、ちょっと待って。あなた、まさか……」
「え……? あっ、エリっ!」
なんと。
驚いたことに、二人は知り合いらしいな。
ルリスは高貴な身分ではあれど、エリとてSランク冒険者。なんらかの形で知り合っていてもおかしくはないが……
「な、なんであんたがアルバートさんのところにいるの? アルバートさんは私とデー……じゃなくて、王都を散策する予定だったのよ!」
「なに言ってるの! そんなことよりもっと大事な用事があるんですぅ!」
なんだろう。
小声で話し合っているあたり、一応は周囲のことを配慮しているんだろうが……
二人は相当に仲が良いようだな。それぞれの顔を至近距離に詰め合わせて、ギャーギャー言い合っている。
というか、なんでこんなに怒っているんだ二人とも。
「なるほどね。たしかに《勇者》になりに行くんだったら、散策なんかしてる場合じゃないでしょう」
ギャーギャー言い合っているうちに、決着がついたらしい。
エリが意見を飲み込む形で、いったん落ち着いたようだ。
「でも、デー……散策を諦めたわけじゃありませんからね。私も一緒に王城に行くわよ、もちろん」
「な、なんであんたまでついてくるのよ……!」
「いいじゃない別に。愛よ、愛!」
ということで。
左腕に、エリ。
右腕に、ルリス。
それぞれ腕を掴まれた形で、王城へと向かうことになった。
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