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08.





 少ししてから会場に戻るとどうやら戴冠式は終盤を迎えていて、それぞれの令息令嬢がダンスパーティーに向けてパートナーと準備しているようだった。


 とても、ダンスを踊るような気分になれないまま兄様の元に戻るとその場に来ていたリーシャ様に優しく抱きしめられる。



「リーシャ様……」

「何も言わなくていいわ、ミレイユ」



 リーシャ様の胸で泣きそうになるのをぐっと堪えると兄様も私の肩に手を置いてくれた。



「不甲斐ない兄で申し訳ない、これ以上ミレイユが悲しむことの無いようにもっと努力するよ」



 私が王太子妃候補になり混乱していた兄様もリーシャ様に会って少し落ち着きを取り戻したのだろうか。先程のような悲壮感は無く、今はただ私とフィルの関係を心配してくれているようだ。



「ご心配おかけして申し訳ありません、もう大丈夫ですので……」

「まぁ!そんな顔で何を言っているの、無理しなくていいのよ。緊張して体調悪くなったとか適当な理由つけて化粧室いきましょう!」



 リーシャ様に手を引かれる、今はこうやって気遣ってくれる人がいる事が本当に有難い。



「失恋に男子禁制!ハロルドはここで待ってて!」

「え!リーシャ、俺も……」

「ここは私に任せて、女同士の方が今はいいの」








 ハロルド兄様を制してリーシャ様は私を個室の化粧室まで連れてきてくれた。

 女性らしさが溢れたその部屋には、ドレスの替えやお化粧道具、焼き菓子や紅茶まで用意されている。舞踏会の会場のことを何も知らなかったが、こんな部屋があるなんて……



「ダンスの時間は空いているの」



 ニコリと笑うリーシャ様は私を丁寧に椅子に座らせてくれた。



「配慮してくださり、ありがとう御座います」

「いいのよ、ミレイユには恩があるから」


「恩……ですか?」



 唐突に言われた言葉にビックリしてしまう、恩?

 リーシャ様にはいつも助けてもらうことはあれど、恩など売った覚えなんてない。



「今ハロルドとこうやって上手くいってるのは貴女のおかげなのよ」

「兄様は元よりリーシャ様に惚れ込んでいますよ、私のおかげではありません」

「いいえ、貴女が居なければ私はハロルドと婚約することはなかったでしょう」


 丁寧に紅茶を淹れてくれたリーシャ様は、私の目の前に座った。



「私ね、ずっと自分に自信が無かったの」



 とても穏やかな表情をしているリーシャ様は美しい。自分に自信が無かったなんて信じられなかった。



「ほら……私って太っているでしょ?」

「え……?」



 確かにリーシャ様は他の令嬢に比べたら膨よかだけど、女性らしさが出ている身体付きはむしろ羨ましいぐらいだ。

 兄様だって「リーシャはとても魅力的だ」といつも言っているぐらい。



「ハロルドを最初見た時はなんて美しい男性なんだろうと思ったわ、でも同時に釣り合わないとも思ったの」

「そんな、リーシャ様は美しく魅力的な女性です!」


「ふふっ、顔合わせのとき同じ言葉を貴女に言われたわ」



 兄様とリーシャ様が婚約したのは私が十歳ぐらいのときだ、顔合わせのときから美しいと思っていたけどそれを言葉にしたかどうかだって思い出せない。



「『とてもお綺麗ですね!リーシャ様のような方が姉様になるかもしれないなんて凄く嬉しいです!』そう言った貴女を、今でもたまに思い出すわ」



 綺麗な動作で紅茶を一口飲むと、静かに目を閉じた。



「とても目をキラキラと輝かせてそう言うのよ、そんな事言われたことがなかったから……嬉しかったの。その日は私にずっとくっついて回って、やれ美しいやれ優しいと褒めまくるのよ」

「えっと、馴れ馴れしかったですよね……!」

「いいえ、自分を認められたようで嬉しかったの。また貴女に会いたくてスティール家に通ったわ。最初こそ特別な態度を表さなかったハロルドも次第に私を魅力的だと言ってくれるようになった」



 確かにそんな事もあった気がする。

 兄様の婚約者候補のリーシャ様が家に初めて来た時に所作が綺麗で優しい眼をしている彼女に惚れ込んだのだ。

 でも、確か兄様はもう初見からリーシャ様が良いと言っていた気もするけど……



「リーシャ様が魅力的だから兄様が惚れたのです!」

「ミレイユがそう言ってくれたから今の私があるだけ」



 席を立ったリーシャ様は私の手を優しく握る。



「ミレイユ、貴女は素敵な女性よ。優しくて真っ直ぐで相手をとても大切にできる子」

「リーシャ様……」



 目を合わせて少し泣きそうになってしまう。そんな風に思っていてくれたなんて知らなかった。


 私が手を握り返すと彼女は私を立ち上がらせた。



「王太子殿下も見る目があるわ」

「そんな、私なんて……」


「今はまだ先のことなんて考えられなくて当然、だけど貴女を見てくれる人がいることを忘れないで。ミレイユなら大丈夫、きっと幸せになれるわ」



 気付いたらリーシャ様の胸で大泣きしていた。

 メイド達がせっかくドレスアップしてくれたのにメイクも髪もぐちゃぐちゃだ、国王陛下が被せてくれたティアラも落ちかけている。リーシャ様はそのティアラが落ちないよう髪から優しく取ってくれてテーブルに置いてくれた。


 彼女の髪をそっと撫でるリーシャ様、それがミレイユの涙に拍車をかけたーーーー






 一頻り泣き終えると、”コンコン”とドアがノックされる。



「ハロルドかしら」



 泣いていた余韻がまだ残る中での突然の訪問に少しドキドキしてしまう。髪もメイクもボロボロなのに……流石にこんな姿、兄様にも見せられない。



 リーシャ様がドアを開けるとそこには見知らぬ男性が立っていた。



「エドワード王太子殿下がミレイユ・ラズ・スティール様に御目通りを所望しているのですが今よろしいでしょうか」

「王太子殿下が?……ミレイユ、どうする?」


「待って下さい、今……髪もメイクもボロボロでして……」


「畏まりました、ではこちらで使用人を用意致します」



 ーーーーえ?


 突然やってきた王太子殿下の従者らしき人物は、部屋に使用人を何名か招き入れた。

 腫れた目も何も言われないままに冷やされて、

 私はあれよあれよと言う間にドレスを着替え、メイクや髪も整えられた。


 リーシャ様も私のせいでドレスが汚れてしまった為、同じく着替えさせられる。



「貴女、本当に王太子殿下に気に入られたようね」

「リーシャ様、私ちょっと状況についていけてないのですが……」

「失恋の薬は新しい恋とも言うじゃない?綺麗にしてもらったのだし、少し楽しんでいらっしゃい」



 さっきまでフィルを想い泣いていたのに、もう次の男性……しかも王太子殿下なんて考えられるわけない。

 それに、リーシャ様は”失恋に男子禁制”と言っていたのに、リーシャ様の言葉に目をまんまるにして戸惑っていると彼女は笑った



「一頻り泣いた後は笑うだけよ」



 ああ、リーシャ様はやっぱり綺麗な方だ。

 私と違って前向きで明るい




「ミレイユ・ラズ・スティール様、どうぞ応接室にご案内致します」

「あ、はい」



 やはり、一人で行かなきゃいけないのか……

 リーシャ様を見ると相変わらずニコニコと人の良い笑顔を向けてくれる。




「いってらっしゃい、ミレイユ」





「(ええい!もう、どうにでもなれ!)」



 ミレイユは化粧室を出て従者の案内の下、応接室に向かった。





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