05.
「私の幼馴染が殿下に無礼を働いたようで申し訳ありません」
「ただ少しぶつかっただけだから平気さ。それよりもフィル……久しぶりだな、色々あって大変だったろう。もう大丈夫なのか?」
「ご心配おかけしました、色々と混み合った事情があり殿下に直接ご連絡することが出来ませんでした」
「仕方ないさ、王太子が絡むと色々と面倒事になる」
フィルは王太子殿下と知り合いだったのか……そんな話、聞いたことなかったけど。
知らなかった事実に胸がズキリと痛む、突然の婚約破棄といい私はフィルのこと全然知らなかったのかもしれない。
王太子殿下と話しているというのに冷たく突き放すような声色に、まるで別人を見ているようだ。
「そろそろ行かないと、フィルもミレイユも今日の舞踏会楽しんで」
「お心遣い感謝致します」
「ミレイユ、ティアラの戴冠式楽しみにしてるね」
「は、はい!宜しくお願いいたします!」
忙しいことを思い出したように王太子殿下はその場を去っていった。
いきなりの呼び捨てには、ビックリした……それにしても王太子は何というか、人の良さが滲み出ているような御方だ。
残された私とフィルの間に沈黙が走る
「……フィル、あのっ」
「ミレイユ、いきなり婚約破棄になってすまなかった」
「えっ……」
私が話しかけるのと同時にフィルが頭を下げた。
だけど下げた頭をすぐに戻してフィルは私とは目も見合わせず背を向ける…
「それだけだ、じゃあな」
「フィ、フィル!?ちょっと待って…!」
そんな、それだけ?
私はフィルの手を思わず掴んでしまった、彼の顔色は曇っていて以前のような優しさは無い。
あまりの変わりようにたじろいでしまうが、この機会を逃してしまえば永遠に疎遠になってしまうかもしれないし……出来るだけ笑顔で顔を向けるとフィルの眉間の皺が深くなった
「……なんだ」
「久しぶりなんだし、少し話そうよ」
「俺はもう話すことは無い」
「私はあるよ、元気だった?とか」
チラリと目を合わせてまた逸らされる
「至って普通だ」
会話はそっけないが掴んだ手は振り解かれることはなく、フィルはじっと固まっている。
「そっか、良かった。色々大変だったみたいだね」
「あぁ……」
それ以上は何も言わない。私と話したくないんだろう、気にはなるけどこれ以上はもう無理なのかな……。
しつこくしては逆に嫌われてしまう、私は掴んでいた手をそっと離した。フィルは相変わらずこちらを見ようとしない。
そう、この恋は”もう、終わった事”なのだ
「私、フィルのこと大好きだったよ。今更だけど今まで本当にありがとう」
泣いてしまうのを我慢しながらその場を離れようと後ずさると、
今度はフィルが私の手を掴んだ。
「……どうしたの?」
「……ミレイユは元気だったか」
「へ?」
元気だったか?と言ったのだろうか、フィルの顔を見るとその顔は少し悲しく心配そうなそんな表情をしていた。
話すことなんて何も無いって言ってたのに。私を気遣っているのか、彼の不器用な優しさに心が温かくなるのを感じる。
すぐに掴まれた手をぎゅっと握り返した
「げ、元気……ではあったかな?」
「そうか」
「婚約破棄されて、悲しかったけど両親も兄様もとても良くしてくれたから……あの……」
困った、これ以上何を言ったらいいかわからない
フィルを責めたかったわけじゃなく、彼の優しさに応えたかっただけなのにうまく言葉にならない。
「伯爵にもハロルド兄さんにも迷惑かけた、夫人に至っては合わせる顔もない」
「そんなことない、もう四年も経ったし時効だよ」
「……ミレイユ」
私と話すのはそんなに辛い?私の家族の事を想うと申し訳ない気持ちになる?どうして、そんなに悲しそうなの
今引き止めてくれたのは、私への優しさと同情だってことぐらいはわかる。今この瞬間だって期待しちゃいけないのに。
叶わない想いからか我慢していた涙が、ぽろぽろと溢れた。
「俺はもうスティール伯爵家と関わる権利は無い」
「そんなっ」
悲しい事言わないで、そう言おうと口を開いたらフィルに優しく涙を拭われた。
「だがミレイユ……戴冠式後のファーストダンスを一緒に踊ってくれないか」
「ファースト、ダンス?」
「パートナーになる約束は守れなかったが、せめてファーストダンスだけでも」
スッと腰を落としたフィルは私の手にそっと口付けをした。
フィルってこんな風に女性に接するんだ。
先程、王太子にされた時は比べ物にならないぐらいに心臓がバクバクと音を鳴らしている。吃驚して涙がすぐに引っ込んでしまった。
急に、どうして……そう思うのに心は拒否が出来そうにない
「喜んで、お受け致します」
同情か負い目か……私への罪滅ぼしなのかはわからないけど、この手を永遠に離したくはないと思ってしまった。