04.
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「スティール伯爵家御令息令嬢、入場!」
スティール家の馬車が会場に着いたのは遅くもなく早くもない時間だったが、既に王宮のホールには多くの令息令嬢が舞踏会を楽しんでいる様子だった。
伯爵家というのはこの国では男爵家の次に多い爵位だ、派閥に属しているわけではない我が伯爵家は特に注目を浴びるような家柄ではないため入場のコールがあっても目線を向けるものはチラホラとしかいないようにも感じる。
兄様に習い、丁寧にお辞儀をして会場を見渡す
「(凄く、綺麗……)」
まるで、夢の世界に来たかのような装飾に息を呑む
豪華なのはホールの装飾だけじゃない、オーケストラの生演奏、各テーブルに並べられた高級そうな料理やドルチェ。
会場の奥には煌びやかな階段が設置されていてその階段の上には王座がある。
「毎年のことだが、凄いな」
このデビュタントの含まれる舞踏会が四度目になる兄様は、少し気後れをしたような表情で私に微笑んできた。
「舞踏会とはこんなに豪華なのですね」
「今年の舞踏会は王太子も参加されるから、特に豪華に感じる。王太子妃選びも兼ねているんだろ」
「まぁ、伯爵家には関係の無い話ですね」
「それもそうだな」
王太子のお妃様だなんて上級貴族だけの話、私には全く関係ない。
そんな事よりも知っている顔が居ないか見渡すが豪華な会場に目がチカチカしてしまい、上手く見つけられそうにない。
「ハロルド、ミレイユ!」
「リーシャ!」
そうこうしている内にリーシャ様がやってきて兄様とハグを交わした、自然に兄様の腕に手を添える彼女を見て思わず羨ましいと思ってしまう。二人は当たり前のようにお互いを想い合っている婚約者同士なんだ……
来年には結婚を予定している二人がとても眩しい
私もフィルとこうやって仲睦まじく舞踏会に参加したかったな、じっと見つめているとリーシャ様は優しく微笑んだ。
二人の仲睦まじい姿に、ミレイユは恥ずかしくなって少し俯いてしまう
「ミレイユ、初の舞踏会はどう?」
「豪華すぎて目が眩みそうです」
「ふふっ、私も初めて来た時そうだったわ。その内に慣れてくるから大丈夫よ」
優しい言葉に笑い返そうとリーシャを見上げるとその少し後ろにいる男性と目が合った。
ーーーあれは、
「(……フィル!)」
私が目を見開くとフィルはすぐにフイっと視線を逸らしてその場から逃げるように居なくなる。
四年ぶりに見た彼は背も伸びて体格もすっかり男らしくなっていた。だけど、見間違えるはずがない……この国では珍しい黒髪で黒眼、幼い時の面影もあった。
あれは絶対にフィルだ。
一瞬、絶対に目が合ったのに……なんですぐに逸らされたの……?
「どうした、ミレイユ」
立ちすくんでいると兄様が心配そうに覗いてくる
「に、兄様ごめんなさい!ちょっと席を外します!」
「え、ちょっと!ミレイユ!?」
フィルが離れていった方に急いで足を向ける。まだそんなに遠くに行ってないはず……!
そう思って見渡すとフィルらしき男性がホールの入り口とは違う扉から出ていくのが見えた。
急いで私もその扉を開けて追いかける。
「フィル!」
もうこの辺りには居ないのか……
デビュタントの式にはまだ時間もあるし、少しだけでもフィルと話したい!
キョロキョロと周りを見渡しながらヒールで小走りしているとドンっと誰かと肩がぶつかってしまう。
ぶつかった拍子に少しよろけると、ぶつかった男性がスマートに支えてくれた。
「ごめんなさいっ」
「大丈夫かい、レディ」
「申し訳ありません!急いでいて、前をよくみていませんで……え!」
急いで体勢を立てなおそうと支えてくれた男性をよく見ると、その男性の胸元には太陽の家紋が入ったバッジが付いている。
もしかして、この人…
「お、王太子殿下……!」
「その顔はスティール伯爵令嬢だね、そんなに慌ててどうしたのかな?」
「おおおお王太子殿下にぶつかってしまうなんて、御無礼をお許し下さい!」
このバッジを付けているのはエドワード王太子殿下と国王陛下のみだ。金髪蒼眼の見目麗しい青年は王太子であること間違いない。
一瞬、なんでスティール伯爵令嬢だってわかったの?って思ったけど、そんな事よりも王太子にぶつかってしまっただなんて大問題だ。下手したら不敬罪で罰せられる可能性だってある。
私は無礼に対して深く頭を下げた。
「顔を上げて、ミレイユ・ラズ・スティール伯爵令嬢」
「王太子殿下……どうしてお名前を?」
「父上に貴族令嬢の絵姿を全部見せられたからね」
「えっと、何のためにでしょうか?」
「聞いてない?今回の舞踏会は王太子妃探しも兼ねているって」
「あ……」
会場に入ったばかりでの兄様との会話を思い出す。
確か王太子妃選びがなんとかとか言っていたような気がした、伯爵家までも覚えさせられるなんて王太子は大変な立場のようだ。
「そうだったのですね、王太子殿下に素敵な出会いがありますように心からお祈り申し上げます」
「うん、ありがとう」
「並びに、急いでいたとはいえ王国の太陽に無礼を働いてしまったことを深くお詫び申し上げます」
「うん、ミレイユ嬢に怪我が無くて良かったよ」
ーーーー?
ーーーーー??
お別れの挨拶をしたつもりなのだが、一向に王太子殿下がその場を離れる様子はなくこちらに人の良い笑顔を向けたままである。
「王太子殿下?」
「ああ……急いでいたんだっけね、また後で会おうミレイユ嬢」
手を出されたので、咄嗟に利き手を乗せると手の甲にチュッと唇を落とされた。こんなことを男性にされたことが無くて思わず顔が真っ赤になってしまう。
王族ってこんな感じなの…?
幼い頃から婚約者のいたミレイユは箱入り娘だ、婚約破棄されたあと家族はより過保護になり令嬢達のお茶会以外は殆ど参加したことがない。なので家族とフィル以外の男性は知らないも等しい。
真っ赤になって固まっていると後ろから誰かに肩をガシっと掴まれる。
「ミレイユ……」
「……フィル!?」
そこには険しい顔をしている愛しい元婚約者が居た。