14.
王族が管理している魔法士が調合した魔法薬ですぐに頬を治してくれて、腫れは引いた。
魔法薬とは大袈裟だとは思ったけど、とても断れるような雰囲気では無く素直に治療を受けることになり、初めての魔法薬のその効果に驚いたまま頬をさすっていると兄様が申し訳なさそうにこちらを見ていることに気づいた。
「どうやら私には女同士の争いはまだ早かったようです」
少しだけ戯けてみせると、兄様は前髪で顔が隠れるぐらいに項垂れる。
「王太子妃争いに巻き込みたくなかったのに……俺が無駄にアステラ嬢を挑発してしまったばっかりに」
「兄様は悪くありません、私を庇ってくれたのでしょう?」
「でも、結果的に相手に火を付けてしまった」
「私も嫌味で返しましたし、私も悪いので……」
実際に痛いぐらいに痛感した。嫌味に嫌味で返してしまえばやっている事はアステラ様と同じだし、貴族の言い回しが出来ない私が嫌味を言えばそれはそのまま相手を貶めたと言うことになる。
爵位としては格下ではあるが、スティール伯爵家はマーティア男爵家の財力の足元にも及ばないだろう。そんな彼女の喧嘩を買ってしまって、この状況でまだ済んでいるのはまだ幸運な方なのかもしれない。
初めてのお茶会でこんな騒ぎを起こしてしまうとは……私にはやっぱり王太子妃候補なんて、そんな風に思っていると部屋のドアがノックされた。
使用人がドアを開けるとそこにはエドワード殿下が立っていた。
「エドワード殿下!」
殿下はゆっくり入って来て私の側に立ち、優しく頬に触れた。
「もう痛くはないかい?」
「大丈夫です、治療の手筈をしてくださり有難う御座いました」
エドワード殿下は先程の兄様と同じような表情をしている。迷惑をかけたのはこちら側なのに、やっぱり殿下は人が良いのかもしれない。お茶会で感じた恐怖は威厳によるもので、優しさも厳しさも兼ね備えた正に次期国王に相応しい方なんだ……。
「ハロルド、ミレイユと二人きりにしてくれないだろうか」
「っ……はい、王太子殿下。仰せのままに」
チラリと兄様は私に顔を向けるが、殿下の”お願い”を聞かないわけにはいかないようで使用人達と部屋を後にした。
静まり返る部屋の中で、エドワード殿下は膝を付く。
「……このような事態になってしまって、申し訳なかった」
「い、いえ、謝るのは私の方です! 聞き流せばよかったのに、言い返しちゃったりなんかしたからっ!」
私の言葉に押し黙った殿下は意を決したように顔を上げた
「違うんだ。ちょっと事情があり、あの令嬢を泳がせていた」
「……事情、ですか?」
「マーティア男爵令嬢は今回悪魔と契約した魔女、ジェネット=シュタンベルクの親友だったんだ」
「え、は?」
「ミレイユとは別件で王太子妃候補として囲っていたが、まさかこんなに早く接触してくるとは……」
私には、王族がどれ程悪魔を警戒しているのかも敵視しているのかもわからない。だけど……王太子殿下が直接動かなければいけない程重要だということだけは、わかる。
「マーティア男爵家は調査中なんだ、金の出所に不審点が多すぎて魔女三姉妹やシュタンベルク辺境伯家との繋がりを調べていた」
「エドワード殿下……他にどれくらい魔女関係の令嬢を懐に入れてるんですか……」
「いや、君とマーティア男爵令嬢だけだ。危険だとわかっていながら黙っていてすまない」
私もエドワード殿下も押し黙る。
この部屋には使用人も護衛も誰もない、殿下と二人きりだ。「気にしないで下さい」と言えばいいのかもしれない、フィルの件で匿ってくれているエドワード殿下に感謝するべきだと心ではわかっているのにそう言えない自分がいた。
恨まれている、魔女と親友だったアステラ様に……
「だが、マーティア男爵令嬢とジェネット=シュタンベルクの仲が魔女になる前か後かがこれでハッキリするだろう」
「…………アステラ様が魔女である可能性はないのですか?」
「魔力の数値が低い令嬢だ、その心配は無い」
でも、きっと……フィルとの関係には気がついている。
「彼女は身の潔白が晴れるまでは幽閉されることになるだろう」
「そう、ですか……」
自分が回避しようのない事件に巻き込まれているのは確定のようだ。エドワード殿下は私に”こんなに早く接触してくるとは”と言った、きっと私と彼女の動向を探っていたのだろう。
私がエドワード殿下と少しだけ距離をとると、彼は少し気落ちした表情で見つめてきた。
「あと、勘違いしないでほしいのだが……監視の魔法をかけていたのは君にじゃなくてマーティア男爵令嬢だよ。怖がっていたから、一応……」
「あ」
「これからは、君に嫌な思いはさせないと誓うよ。だから、あのような顔は……出来ればもう見たく無い」
忘れてた。いや、忘れてたわけじゃないけど王太子のその表情に少しだけ張り詰めていた心が緩んだ。
その嘘の無い表情に、彼も彼なりに悩みながら行動しているんだとわかり私も不信感を抱くばかりじゃなくて協力しなくてはいけないと思える。
完璧な人間なんて、いないか……
色々とちぐはぐな理由があった訳をなんとなく察することが出来た。
「……っ、ふふっ。もう、わかりましたから」
「ミレイユ?」
「疑ってごめんなさい、協力出来る事は精一杯やります」
「君に危険なことはーー……いや、協力お願いしてもいいだろうか」
「はい、エドワード王太子殿下の仰せのままに」
私が淑女の礼をすると、エドワード殿下はほんの少しだけ悲しそうに笑った。
「ありがとう、ミレイユ」
改めて状況を確認すると、やはり王族は悪魔と魔女に関して大々的に動くことが出来ずに手を焼いているとのことらしい。
大々的に動けないのも過去の歴史が関係してるとのことだけど、エドワード殿下はこの国の為にも……悲しい連鎖を止めたいと言っていた。
「魔女は、どれぐらいいるのですか?」
「どれ程居るかはまだわかっていないんだ、摘発されるのも数年や数十年で1人、2人で中には普通に家族を築いている者でさえ居たぐらいだ」
「家族を……そんなのどうやってわかったのですか……?」
「だいたいは感づいた家族からの摘発、子が大きくなってから喰う奴も居れば赤子を間引いて喰うという報告もある」
「……酷い」
エドワード殿下は静かに頷いた。
「殺さないで悪魔を祓ってくれという家族も居たが、どれも悲惨な結果を招いている。放置すれば抜け殻になり、死んでしまう。今の処刑法になったのもそれが魔女になってしまった令嬢が唯一救われる方法というわけだ」
「悪魔自体を捉えることは不可能ということですね」
「そうだな、だが……悪魔を呼び出す禁忌を犯す者さえいなければ、現れることはない」
その言葉に私も顔をあげた。
エドワード殿下はぐっと口を閉じている、解決する方法はあるのだ”悪魔と契約する者をなくすこと”
ただ、それだけのことだった。