13.
エドワード殿下達は位の高い順から挨拶に回っている一方、アステラ様は私とは目も合わせようとせずに兄様に泣きついている。
「ミレイユが傷つけてしまったならすまない、でも……兄として擁護させてもらうならばアステラ嬢がミレイユに発した言葉と態度も十分無礼だと感じたけどね」
驚いた、平和主義の兄様のことだからてっきりアステラ様を慰めるかと思ったのだけれど、案外冷たく言い放つんだ。
「そんな、ハロルド様……私は素直に羨ましいと思っただけでっ」
「それならミレイユも素直に可哀想だと思って言ったんじゃないかな?」
「なっ……!」
「如何致しましたか?」
私たちの不穏な空気を察したのか、使用人の一人が間に入ってくる。面倒なことになったかもしれない。
「いえ、何もーー」
「スティール伯爵家の御兄妹が私の事を可哀想な女だと言い放ったのです!」
「えっ」
思わず、声が出てしまった。
アステラ嬢に少し言い返しただけだ、そんな騒ぎになるような事じゃ無い……と思うけど……これって貴族からしたら大事なの?
呆気にとられているとアステラ嬢は続けた。
「下位貴族は見た目を保つ為にお菓子も食べれないなんて可哀想ね、と……」
「そんな風に言った覚えはありません!」
何度も見た憂いを帯びた顔、啜り泣く声、状況はどう考えても私が悪者。周りからもヒソヒソと私を非難している声が聞こえてくる。
デビュタントの時も同じ視線を浴びた……リーシャ様の言ってくれた“こういう時こそ堂々と”……しているべきだと、顔を上げた。
「これが争いごととなるなら、それでかまいません。然るべき処分は謹んでお受け致します」
「ミレイユっ!」
「ですが、兄様や伯爵家は関係ありません。私が起こした事なので処分は私だけを……」
覚悟を決めて、処分を受けることを伝えると不意に肩に手を乗せられた。驚いて振り向くとそこにはエドワード殿下が相変わらずの笑みを向けながら立っていた。
「エ、エドワード殿下!」
「どうしたの、揉め事?」
「殿下ぁ! ミレイユ様ったら酷いんですよぉ」
アステラ様はすぐにエドワード殿下に駆け寄り腕にしがみつく。そんなアステラ様に彼はにっこりと笑みを深めて、先程声をかけてきた使用人に目を向けた。
「状況の説明を」
「はい、王太子殿下。どうやら揉めているような様子でしたのでお声をかけさせて頂きました。マーティア男爵令嬢様の言い分としてはスティール伯爵家様ご兄妹がマーティア男爵令嬢様を”可哀想”と陥れたと。スティール伯爵令嬢様は”そのようには言っていない”と否定されているようでした」
「ふむ……」
使用人が一部始終を語るとエドワード殿下は少し考えるような素振りをしてアステラ様を見やる。
「そんな事で、騒いだのか?」
「え……そんな事……ですか?」
「報告は受けているよ、君だってミレイユに嫌味を言った。言い返される筋合いぐらいはあるでしょ」
「嫌味だなんて……」
身に覚えが有るのか無いのか、アステラ様は顔を真っ青にさせた。
正直、嫌味と思われることは何度か言われたけど……いずれも人が居ないところだったと思う。
「『お兄様のハロルド様も美しいし、元婚約者様のフィル・フォン・カーランド様も男らしくてかっこいいし王太子殿下にまで声をかけられるだなんて……ミレイユ様は大変運が良いのですね』」
……!
バルコニーでアステラ様に言われた言葉だ、あの時は周りには誰も居なかったはず。驚きのあまり言葉を失っているとエドワード殿下は続けた。
「それに先程は、『美味しそうに食べられて羨ましいです、私は候補の中でも一番の下位貴族ですので見た目だけは保たなくてはいけないので』と言ってミレイユが菓子を食べているのを、嘲笑ったようだし」
「嘲笑うだなんて、そんなっ……!」
「君の品行方正についても、度々報告を受けている」
ーーー怖い。
当事者なのに蚊帳の外にいるような感じがしながらブルっと寒気がして自分の身体をさすった。どうしてその状況を知っているのかとか、アステラ様が今後どうなってしまうのかとか……エドワード殿下が下した判断で全てがひっくり返ってしまうこの状況が怖いと感じる。
一瞬でアステラ様はすっかり悪者。
流石の彼女も縮こまってしまっている。
「これ以上状況が悪くなる前に大人しく席に座る? それともまだ何かあるかな?」
「…………ミレイユ様は狡いです」
少しの沈黙の後に、アステラ様が口を開いた。
「狡い、ねぇ」
「狡いです! だって、私なんて王太子妃候補になる為に血の滲むような努力をして!やっとここまできたのに、こんな風に殿下の気まぐれで王太子妃候補を連れてくるなんてっ」
そりゃ、そうだ。と納得してしまった。
王太子妃候補の令嬢のほとんどが、この年に数回の選定会の席に座る為に努力してるのに……私が王太子妃になれる事は無いとは思うけど、なんの努力もせずにここに居る事がとても恥ずかしい。
「そのように、感情的にモノを言う事が君の”血の滲む”努力なのかな?」
「もう、おやめ下さい。エドワード殿下……」
「ミレイユ、これは君だけの問題じゃないんだ。ここで終わりにしてしまえば後に響く」
「だけどっ!」
私が止めに入るとアステラ様は私をキッと睨みつけてズンズンと近寄ってきた。その瞬間、
ーーーーパンッ
乾いた音が響き、頬に刺すような痛みが走った
アステラ様は一瞬で騎士たちに取り押さえられる
数秒の出来事だが、目の前の光景がゆっくりと流れているようにも感じた。少しの迷いも無い平手が私の頬を叩いたのだ。
こんなにも人に敵意を向けられた事がなくて足がブルブルと震えている。
「この男たらしっ!!!あんたのせいでジェネットもっ!」
「!!」
この状況で、どうしてジェネット嬢の名前が……
エドワード殿下の寵愛を受けていると勘違いして怒ったんじゃ……いや、それは絶対そうだろうけど。何故ーー
「即刻連れていけ!」
アステラ様は口を塞がれて騎士達に連行されていく
最後までこちらに敵意を向けているアステラ様が見えなくなったとたん、私は膝から崩れ落ちた。
「ミレイユ!!大丈夫か!?」
「兄様……」
「兄様がついていながら……すまない」
大きな騒ぎとなったお茶会はエドワード殿下がその場を宥めてすぐに元の雰囲気戻ったが、私は治療の為に別室に案内される事になり兄様に支えられてすぐにその場を後にした。