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12.




 そうこうしている間にあっという間にお茶会の日になってしまった。


 あれからミレイユもドレスを新調したり王宮でのマナーを学び直しお茶会の数日程前から軽い断食までして身体のメンテナンスをしたりと忙しく過ごした。



「(王太子妃候補って大変……)」



 余計な事を考えなくてすむから有難いけど、勉強や断食は正直辛かった。出来るなら二度としたくないと思ってしまうけど、これからこういった機会が沢山あるのだろう。


 

 今回は定期的に行われている王太子妃の剪定会でもあり候補者同士の顔合わせと親睦会も兼ねている為、王太子妃の候補者達は先にお茶会をスタートしていた。

 美しい女性達の中には公爵位から資産家の男爵令嬢までいるし公国の姫様だっている。王太子殿下から直接候補に上げられたのはミレイユだけだ。

 相変わらず自分の置かれている状況についていけてないミレイユは数人の令嬢が優雅にお茶を飲む中で明らかに一人浮いているようだった。



「ミレイユ様、大丈夫ですか?」



 隣に座っていた資産家男爵家の令嬢に不意に話しかけられる。



「はい、こういった席が初めてで……緊張してします」

「顔色が悪いわ、少し風にでも当たりましょうか」



 連日続く勉強と追い込みの断食、それに追い討ちをかけるかのような緊張感からミレイユの顔色が真っ青になってしまっていた。



 男爵令嬢に連れられて、風の当たるバルコニーに出ると少しだけ緊張が解れた。

 候補達の姿絵を覚えたばかりのミレイユはおそるおそる彼女の名前を呼ぶ。大丈夫、何度も絵姿は確認した。



「……アステラ様、お気遣いありがとうございました」

「いえ、私も丁度あの場から離れたくて。ほら私って男爵令嬢でしょう?」

「でも大変有益な資産家だと聞きましたが……」

「財産で爵位を貰った成金ですよ」



 彼女は少しだけ悲しそうに笑った。

 高位貴族達の前では男爵や伯爵はやっぱり場違いなのだろう、彼女の言葉に「そんなことないですよ」とは言いづらかった。



「王太子殿下から候補同士の争いはご法度だと誓約書を書かされていますが、内心どう思われているかなんてわかりませんからね」

「そうかもしれませんね、しかも私なんてぽっと出なので余計気に入らないかもしれません」


「……ミレイユ様は王太子殿下に見染められたと大変注目を浴びていますよ」



 ……やっぱり、ね。

 経緯が経緯のためにそうなるしかなかったとは言え、本当に惚れられたわけじゃないので上手く説明が出来ない。



「お兄様のハロルド様も美しいし、元婚約者様のフィル・フォン・カーランド様も男らしくてかっこいいし王太子殿下にまで声をかけられるだなんて……ミレイユ様は大変運が良いのですね!」



 ーーーーん?

 アステラ様の言葉がひっかかる。何処か棘のあるような……そんな気さえしてしまう。

 言葉を返せずにいると、アステラ様はニコリと笑う。



「それに、王宮の騎士を頂いたのでしょう?」

「確かに頂きましたが」

「オーター・ウィルズ卿といえば若くて優秀な騎士として有名なんですよ、今日はご一緒してないのですか」


「見せびらかす者ではありませんので、今は会場の外に居てもらっていますが……」


 そう言うとアステラ様は急に私に興味を無くしたように真顔になってしまった。

 な、何、どういうことなの?ウィルズ卿に会いたかったとか……?



「そろそろ皆さんがご入場されるので戻りましょうか」

「え、ええ、そうですね」



 何はともあれ、アステラ様のお陰で多少の緊張は和らいだ。

 お茶会の会場には続々と貴族達が入ってくる。その中に兄様もいてほっと息を撫で下ろした。


 散り散りになった候補の令嬢達を見習い、ミレイユも席を立つ。

 するとアステラ様にそっと手を取られた。



「わたくしもハロルド様へご挨拶をしてもよろしいですか?」

「……はい、勿論です」




 どうして?とも思ったが断る理由も無かった為、勿論と言うと彼女は私にぴったりとくっついてきた。






 兄様は私を見つけると側にすぐに駆け寄ってくる




「兄様」

「ミレイユ、顔合わせはどうだったかい?」

「滞り無く終わりました」


「それは良かった。おや、そちらは……」



 私の隣にピッタリとくっつくアステラ様を見ると兄様は人の良さそうな笑みを向けた。

 兄様も候補の絵姿が全て覚えているはず、挨拶を交わすための前振りなのだろう。



「ミレイユ様と同じ王太子妃候補のマーティア男爵家アステラ・マーティアと申します。ハロルド様にお会いできて光栄です」



 完璧な令嬢のお辞儀をする彼女を見て正直驚いてしまった。

 私には少し遠慮の無い態度を取っていたのに、兄様の前では完璧だ



「丁寧に有難う、私の名前まで知っているんだね。改めましてスティール伯爵家の嫡男ハロルド・ラズ・スティールだ」

「ハロルド様のような素敵なお兄様がいらっしゃってミレイユ様が羨ましいですわ」



 アステラ様が兄様に右手を差し出すと兄様はその手に唇を付けずに形式ばかりの挨拶をした。



「あら、御婚約者様をとても大事にされているという噂は本当でしたのね。素敵です!」

「それもあるが、令嬢のような素敵な王太子妃候補のお手先に唇を付けるような無礼はしませんよ」

「ふふ、口も上手くていらっしゃるのね」



 貴族の礼儀として兄様が彼女を褒めると、ズズズっと近寄るアステラ様に兄様の姿勢は後ろにそり気味だ。彼女は完璧な令嬢ではあるけど淑女としては距離が近すぎると思う。

 リーシャ様を想うと、やっぱりあまり好きにはなれないかもしれない。



 普通だったら今から適当な席に着き、殿下や陛下が来るまで交流を楽しむのだが兄様はチラチラと私の様子を伺ってくる。



「アステラ嬢、知っての通り私には愛する婚約者が居ます。距離を保ってもらうことは可能ですか?」

「ごめんなさい……! よく距離が近いと言われますの、気をつけますわ」



 憂を帯びた表情をする彼女はとても愛らしい、本当に申し訳ないという顔をした彼女は私の隣に戻ってきた。



「ミレイユ様と仲良くするのは構いませんよね? 宜しければお茶をご一緒したいのですが……」

「それは勿論です。ご一緒しましょう」



 不安だった王太子妃候補、仲良く出来る人が居るのはとても有難いけど……兄様に拭いきれない違和感を伝える術が無いまま一緒に席に着く事になってしまった。













***










 席に着くと使用人達が菓子と紅茶を用意してくれる、そのどれもがキラキラとしていて高級品だというのが良くわかる。

 普段お目にかかれないような菓子に私は目を輝かせた。



「美味しそう……!」

「せっかくだから頂こうか」



 私が手に取ったのはクッキーの真ん中に宝石のように輝いたジャムのような物が付いている焼き菓子だ。

 不思議に思いながらその焼き菓子を見ていると、アステラ様がクスクスと笑った。



「それはドレンチェリーが乗った焼き菓子ですね、王宮では定番のお菓子ですよ」

「この真ん中のはドレンチェリーと言うのですね」



 何年も前から候補の座に着いているアステラ様には珍しくは無いのだろう、彼女のお皿には何も乗っていない。

 こんなにお菓子が沢山あるのに……食べないなんて勿体無いな。それに断食が続いたから目の前の焼き菓子が私にはご馳走に見える


 サクサクと食べているとアステラ様はまた憂いを帯びた表情で笑った。



「美味しそうに食べられて羨ましいです、私は候補の中でも一番の下位貴族ですので見た目だけは保たなくてはいけないので……」



 んぐっ!

 喉にクッキーが詰まりゴホゴホと咳が出る。

 直ぐに紅茶を飲んだから大丈夫だったが、先程のアステラ様の台詞は頂けない。明らかな嫌味、私はあまり貴族らしい貴族では無かったけどこれはわかる。遠回しに”王太子妃候補なのにお菓子にがっついてる”と言いたいのだろう。


 素直に頷けなくて少し嫌な顔をしてしまった。



「それは、可哀想ですね。こんなに美味しいのに!」



 そして、嫌味で返してしまった。

 ちょっとした女の争いに兄様も気づき苦笑いを浮かべている。


 アステラ様の事はあまり好きになれないかもしれないな、そんな風に思っていると彼女は酷く傷ついたような顔をした。



「酷いわミレイユ様、そんな嫌な言い方するなんて……!」



 うるうると涙を浮かべている彼女は兄様をチラっと見た、明らかに助けを求めるような視線に冷や汗が流れる。言いすぎちゃった……?でも先にふっかけてきたのはアステラ様だし、



「あの、アステラ様ーー」



 先に嫌味を言ったのは、と言いたかったが辺りが明らかにざわついた。王太子殿下と国王陛下、王妃様がお茶会の会場に入場したのだ。


 なんて、タイミングの悪さなの……


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