■フィル視点②
”魔薬中毒”、魔法で作られた薬を服用し続けるとなってしまう病気……依存症のようなもの。勿論一般人の魔法の使用が禁止されているこの国では違法だ。
主に王族の治療などに使われるような薬だが、きちんとした魔法医師の元に処方される為に”中毒者”になることはない。そんな薬が、何故母上の元に
「何処から入手したのかは、まだわかっていませんが……半年程前からこのように暴れ始めるようになりまして」
「半年前……」
元々各地を飛び回っていた俺と父上は忙しく、丁度半年近く母上と顔を合わせて居なかったのだ。
その間にこんなことになっていただなんて
「今はジェネット=シュタンベルク様が時々治療に訪れております」
「あの娘が?まさか、」
「魔薬を抜くには魔力が必要に御座います、ジェネット様は魔法が使えるらしく」
そういうことか。
全てが繋がった、ジェネット=シュタンベルクが家にやってきたのはそういう事だったのか。
従者は続けて事の経緯を話し始めた。
侯爵夫人が魔薬中毒になってしまえば、爵位剥奪でさえあり得る話……
王家に相談することも出来ない為、魔法使いが居るかもしれないと辺境伯家に出向いたら、シュタンベルク辺境伯家の三姉妹が出てきたという。
我が侯爵家には末娘のジェネットが行くと言い始めた。
一日でも早く来てもらいたいと辺境伯家の主を尋ねに行くが「娘が年頃の令息が居る領地に頻繁に通わせるのであれば婚約を」と条件を突きつけられて、行くだけでも半月はかかる辺境伯の領地。父上は俺の許可も相談も無く、それを承諾したらしい。
しかも三姉妹に辺境伯爵には、魔法の事は秘密だと言われて怪しむものの承諾したと
他に方法が無かったと従者は言った。
「しかし、あのジェネットという娘は信用が置けない」
魔法使いは王族が管理している国の財産だ、魔力があるからと勝手に魔法を勉強するのはご法度どころか犯罪。
母上の事で仕方なし、だとしても父上のしたこともまた法に問われる事である。
この全てが偶然とは思えない。
「旦那様もわかっていてお連れになったのかと……」
「何故、父上は俺に相談しなかったのだ」
「……何故旦那様が坊っちゃまに相談しなかったかは、わかりかねます。ただ、坊っちゃまには合わせる顔が無いとは言っておりました」
合わせる顔ねぇ……
“侯爵家の為”と言った父上にそんな感情が果たして本当にあったのかは謎だが、全ての事がもう後戻り出来ない状況だからこそ父上も俺に会おうともしなくなったのだろう。
「坊っちゃまにお願いが御座います」
「……だいたいの予想はつく」
「魔薬の入手ルートを探っていただきたいのです」
そう項垂れた様子で言ってきた。
どうやらこの屋敷で働く使用人達の間では、母上は誰かに魔薬中毒にさせられたのではないかという懸念が飛び交っているという。
母上を想うのであれば、罰を受けてでも王家に相談するべきだったんだ。そうすれば調査に入ってもらえたかもしれないのに。
「(王家はそこまで甘くはないと言う事なのか……)」
母上は芯の強い女性だった、ルールやマナーに厳しく特に非行は絶対許さない姿勢だったはず。魔薬に手を出すとは考えにくい。父上も普通はそう考えるはずだが、ここまで中毒症状が出てしまえば本人の証言は証拠にはならないし、秘密裏に魔法使いに頼んだ方が早いと踏んだのか。
王家が”絶対に”調査してくれるとは限らない
下手すれば魔法使いの管理問題になる、父上も全く考え無しというわけでもないのか……
だがもう遅い、魔法使いまで招き入れてしまえば魔薬に手を出した罪を認めたようなもの。
何もかもが勝手だ、相談無く勝手に行動し魔法使いを招き入れた父上の落ち度……だが、母上と侯爵家の為に父上も形振りをかまっていられなかったのだろう。
覚悟を決め、拳を握りしめた。
「そこまで言うのであれば怪しいと思うルートでもあるのか」
「……勝手では御座いますが、旦那様の書斎から辺境伯家の名簿と親戚図を取って参りました」
やはり、あの辺境伯家か
侯爵家に入る事を予想していたかのような動き、気付く者は気付くだろうな。
俺は天を仰ぐ
ーーーミレイユとの未来は絶たれたも同然
これは、長期戦だろう。そして決して安全とは言えないし彼女を巻き込むことは出来ない。
ミレイユは今、十四歳……婚約破棄された側でもある為に次の婚約者が出来るのは少なくとも二、三年後。社交界に顔出し始めるのもおそらく十八歳頃だろう。
その頃までに解決出来るか出来ないか、だな
解決したとて、一度破棄した男ともう一度は難しい。誰かが彼女の隣を立つ事を想像するとやり場の無い怒りが溢れてくる。
”二度と会わない”
自分の為にもミレイユの為にもその選択肢以外有り得なかった。
ミレイユの事を出来るだけ考えないようにしながら、日々を過ごしてく。
ジェネット嬢を側に置き出来るだけ情報を集めながらも表向きは仲の良い婚約者を演じた。母上の治療という名目で屋敷を離れるときは付いていかずアカデミーの友人などにそれとなく探りを入れたり、人を紹介してもらったりした。
少しづつ有力な情報提供者に繋がっていき事の次第を掴んでいく。
そこで出会ったのが王太子殿下だ、
管理外の魔法使いが居ては困るのは、魔法使いの指揮官でもある王家の人間だった為すぐに動いてくれた。ただし直接手を下すと管理不足とされ枷をかけられるのは直系の王族だった為、彼と協力をし秘密裏に事が進んでいった。
もうその頃には父上も疲弊し、魔薬の事と魔法使いを招き入れた罪を償う決意さえ出来ていたと思う。
王太子の協力もあり
それからは早々に三姉妹が魔薬の売人の証拠を掴み、断罪する結果となったのだ。
悪魔と契約した令嬢は事実上の死を意味する、と王太子殿下は言っていた。救う事は出来ないと……
人生を狂わされた俺は、王家の計らいにより処刑の前にジェネット=シュタンベルクと面会する権利を与えられた。
「……どうして、母上を狙ったのだ」
「どうして? 私はね……黒髪で黒眼な貴方に心底惚れてしまったの」
「黒髪で黒眼?」
「だって貴方と子を成したら、魔力を持つ黒い赤子が産まれるのよ……とても素敵だと思わない?」
「そんな理由でっ!」
「そんな理由なんかじゃないわ、女はいつだって自分の信念で生きているのよ」
「狙った相手を間違えたな、俺には心に決めた女がいる」
俺の言葉に怪しく笑う、最後まで頭のおかしい女だった。
全てが終わり無気力になる、父上は泣いて俺に謝罪をし成人が済んだら俺に爵位を渡すとも言うぐらいに弱ってしまっていた。
父上は魔女を招き入れた幇助罪で入牢するかと思いきや、魔女を摘発した栄誉を讃えられて母上の無償治療と領地を与えられることになった。
「父上、まだ引退は早いですよ」
「全て動いたのはお前だ、フィル。領地も栄誉もお前の物だ」
「時が来たら全て頂きます、今は一人の男として母上に付き添ってあげてください」
そうしてやっとの思いで本当の家族の形を取り戻したときにデビュタントの招待者リストが届く、男性側の出席を問う手紙だ。
”ミレイユ・ラズ・スティール侯爵令嬢”
その名前に目が止まる……ついに今年デビューするのか。今でも鮮明に思い出せる彼女の姿に、色々とあってから初めて涙が出た。
「ミレイユ……」
くそっ、会いたい……
ーーーー俺は、こんなにもミレイユを愛していたのか
今まで押し殺していた感情が溢れ出てくる。
会ってただ抱きしめたい、全てを話してしまいたい。魔女について緘口令が敷かれている為それは叶わないが、事情を話してもう一度婚約を……そこまで考えてふと我に返る
婚約者がまだ宛てがわれていない事は、知っているが今更彼女にも彼女の家族にも合わせる顔さえない。
ミレイユの幸せを願うのが俺の役目だ
だが、一目だけでも……会えないだろうか。声を交わせなくても姿だけでも見て安心したい。
それだけでは済まないことを、本当は心のどこかでわかっていたのに俺はデビュタントの戴冠式のある舞踏会に参加の返事を書いた。
話せなくとも、会うだけーーー
静かに目を閉じる、成長したであろうミレイユに想いを馳せた。