■フィル視点①
ーーーミレイユは親が決めた婚約者だった。
物心ついたころから共に遊び成長していった同士のような存在、それでも俺と彼女は決定的に違うものがある。
家族に愛され、幸せに過ごしているミレイユと
家族……特に父親からは厳しく教育させられていた俺とでは環境が正反対だった。
「フィル!」
いつもニコニコと笑いかけてくるミレイユが鬱陶しくて仕方なかったときもある、それだけじゃなく……俺の父親がミレイユのことを自分の娘のように可愛がっているのも心の中では、嫉妬していた。
俺は父上にそんな顔をされた事なかったのに
幼少期の俺は、父上に叱られない為にミレイユに対してそれなりに出来ていたと思う。
でもそんなのが続く中で、ミレイユは俺に言うんだ
「私、フィルの婚約者で嬉しい」
「フィル、大好きだよ」
飽きもせず、毎回必ず歩み寄ってくる。
ミレイユの両親や兄でさえ俺をかけがえのない家族のように接してくれる、それがくすぐったいような心地良さで……
鬱陶しかった存在はいつの日か、“俺の婚約者”へと変わっていった。
勿論、たまにお花畑のようなところもあるが真っ直ぐで嘘が無いミレイユをこのまま幸せに過ごさせてあげたいとも思うようになり、彼女と一緒なら俺もそれなり平和に過ごせるかとも思っていた。
そんな想いはある日突然崩れ去る
「フィル……辺境伯家の末娘、ジェネット=シュタンベルクと婚約するんだ」
「……急に何を言っているのですが父上。俺にはミレイユが居るじゃないですか」
「これも侯爵家の為だ」
確かに父上はミレイユを可愛がっていたはず、それを急に他の令嬢だなんて。
何か、ある
そう心は警告を鳴らしているのに十四歳になったばかりの俺にはどうする事も出来ずにいた。
“辺境伯家の令嬢”
魔法使いは辺境伯家の血筋が多い、確かそんな噂を耳にしたことがある。
ジェネット=シュタンベルクは魔法を使える女なのかもしない、そう確信に近いものを感じたのは彼女に会ってすぐのことだった。
「やっと、フィルの婚約者になれたわ」
ニヤリと笑うその女に鳥肌立つ
辺境伯の娘がこんなに自信満々に家に居座る様子を見ると、ジェネット嬢に何かしらの権威があるに違いないと思うのは当然のこと
「君は、魔法使いなのか……」
「あら、どうかしら?お義父様に聞いてみたらいいんじゃない?」
また気味の悪い笑みを向けてくるこの女をみてすぐに察してしまう。
この女は父上に能力を買われたのだ
でなければ、あんなに可愛がっていたミレイユとの婚約をすぐに取り消すなど出来ないはず……
俺は人伝に”子息たっての願い”で婚約破棄が成されたと聞き、父上に何度も事実確認をしようとしたがもうその頃には父上は俺と目も合わせようともしなくなり、
ジェネット=がシュタンベルクが魔法使いか問いても答えが帰ってくることは無かった。
……何故父上は魔法を使える女なんて招き入れたのだろうか
その間もジェネット=シュタンベルクは侯爵家で我が物顔で使用人達に指図をし、俺との婚約をいい事にべったりとくっつかれるのが正直鬱陶しい。
不意にミレイユの笑顔が脳裏に浮かぶ
「(あの笑顔がもう一度みたい……)」
父上と話そうにも話にならないし、ミレイユとの接触や手紙は厳しく禁じられてしまった。
彼女は俺を深く慕っていてくれたはず、今頃泣いているかもしれない……そんなミレイユを優しく支える男でも現れてしまったら、想像したくも無い未来が脳裏を過ぎる。
眠れそうに無い日々が続いた。
このまま、ミレイユに会えないのか……漠然とした不安と何処にも向けられない怒りを感じながら、何処か逃げたいような気持ちを胸に父上とジェネット嬢には何も告げずに久しぶりに母親の居る領地に出向くと俺は信じられないものを見てしまう。
それは、変わり果てた母上の姿だった。
「は、ははうえ……」
母上は使用人に押さえつけられながら庭で暴れまわっていた……
手首には鎖のようなものを付けられていて、どう見ても”逃げ回っている”様子。
「な、にがあったのだ……」
俺に気付いた使用人達は酷く焦った様子で狼狽えている、早々に母上と思わしき人物を屋敷の中に入れ込むと父上の側近の従者が屋敷の外に出てきた。
「坊っちゃま、中でお話出来ますでしょうか」
「……ああ」
従者は丁寧に紅茶を淹れると俺の前に跪いた。
「驚かれたでしょう」
「母上はどうしたというのだ」
「ここからは、私の独断でお話させて頂きます……」
どうして、父上の口から直接言われないのかと不審に思ったが従者の言葉をとりあえず聞く事にした。
「奥様は、魔薬中毒になってしまいました」