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2009.08/11 0424

物語とは、物語であって、誰かが何か対象物に対して語るわけだからこそ、その語りには始まりと終わりが必ずある。

その始まりがどんな物であったとしても、その終わりがどんな物であったとしても、語り始めた人間は、どこかでそれを終わらせなければならない。

永久に続く語りなら、伝え続ける伝説になってしまう。

物語という呼称を持つからには、必ず終わりがなくてはならない。

そんな事を思う。


つまり、語り始めた自分は、この語りを終わらせる義務がある。

だから、終わりの話をしていこう。


その前に、ひとつ話をさせてほしい。


これは、こういった場所にある語りであるからこそ、誰がこれを読むのかは分からない。

それこそ、知人かも知れないし、自分を馬鹿にする同僚かも知れない。

もしくは、家族かも知れないし、自分を慕ってくれる同僚かも知れない。


隠す事でもないし、むしろ知っておいてもらいたい事。



性同一性障害という言葉がある。

自分からすれば、これ程都合の良い言葉もない。


この言葉を知ったのは、自分が変わってから随分後の事。

知ったというよりは、存在しなかった言葉だった様に思う。


性同一性障害と書き続けるのも面倒なので、GIDと表記する。

Gender Identity Disorderの略なのだそうだ。


GIDについては、調べれば様々な事が分かると思うが、何かと誤解の多いものでもあると思う。

精神科医が言うに、自分はGIDである事は認められるが、それでどうこうなるものでもない。


こんな話題を出している時点で、これが物語である以上、自分の言う彼女という存在が「男」なのではないか?という様な考えに至る人もいるのではないだろうか。

それがそもそもの間違いだという話。


GIDはそういった類のものではない。

自分が他人に毎回説明する時に用いる表現としては、「男である事を、男として生まれた事を完全に理解し、克服した女」という言い方をする。

正にその通りなのだから、それ以外に言い様が無い。

しかし、自分の場合はそういう点では同性愛者になってしまうというのが自論である。


それなりに、自分がそうであるのか確信を持つ為にも色々と学んだ。

GIDは生まれながらにそうである場合と、生まれてからなる場合があるそうだ。

男であるのは仕方ない。しかし、心が女である以上は男として扱われる事も、体の様々な部分が男である事に違和感を感じる。

もしくは、それが苦痛で仕方ない、

自分の場合でいえば、身長、ひげ、体毛、肩幅、筋肉、などが特に気に入らない点になる。

声も本当は望ましくないのだが、今となってはこの声があってこその自分であるのだから、これを否定する事はできない。


上に書いた事だが、生まれながらにこの症状を持つ場合、さぞかし辛い思いをすると思うのだが、生まれた後になる場合には、その切っ掛けを明確に覚えている事が殆どであると聞く。

自分も同様に、その切っ掛けを明確に覚えている。

生きる為に、そう望んだ事を、忘れるわけがない。


この切っ掛けに関しては、多くを語らない。

語ったところで、ただの同情話になってしまうし、そういう流れでもない。

ただ、今になって冷静になると、20年もの間この状態でいる事になる。

今更、20年の歳月を生き抜いてきた自身の根本を変えるのは難しい。


自分が自身を指す言葉として、「僕」「俺」「私」を使わないのは、これが理由である。

「僕」「俺」は男の象徴であり、「私」は女性の象徴である様に思う。

又、同様に「男」と書くにも関わらず、「女性」という言い方するのも、自分が男を嫌いな象徴である。

自分は男でなく、男であって、女性ではなく、女性という状況。

この状況下において、「僕」「俺」「私」はどれも該当しない様に思う。

だからこそ、自身を「自分」と呼ぶ。


自分が女らしい事は、意識的であって、無意識下でもある。

又、同様に自分は他人と接する際に、いくつもの自分を演じる事で生き抜いてきた。

その中の根本が女性であるからこそ、自分は女性になる道を選んだ。

身体も声も力も男である事は変えられない。

例え、メスを入れたところで、根本は変えられない。

それなら、自分はせめて女性である様に振舞いたい。

女性の様な仕草で、女性の様な心で、女性の様な表現をしていたい。


意識的に女性になったからこそ、それは所詮は脳が支配している動作に過ぎない。

今の自分は、もう女性じゃない。男だ。

だから、今の自分は俺という表現が相応しい。

しかしながら、俺という表現をなんとも野蛮に感じる違和感が、20年の月日の結果なんだとも思う。


自分は人前で様々な自分を演じる事で、それを生き抜く術としてきた。

そうしなくては、とてもやりきれない状況であった事は、察して頂けると嬉しいのだが、それに伴い今更、それをやめる事はできない。

そもそも、こう演じる自分は、基本が自分の脳の制御下にない。

人と接して、演じる自分をその最中に気付く事はある。

だが、その最中に突然演じる自分を止めるのは不自然だし、むしろ演じる自分を脳で観察しているだけの方が、自然とその時間は過ぎていく。


自分の心が演じる自分は、恐らく防衛本能であると思う。

だからこそ、自分は彼女の前で演じる事は無かった。

しかし、それでも女性ではあった。


演じるのは心であって、脳じゃない。

女性であるのは、脳であって心じゃない。

人は自身の性別を、自身で認識する事で、自我を形成しているのだと聞く。

その通りであるとすれば、脳が認識した性別に心が連動する事になる。

脳が女性であると認識すれば、心も女性となり、心が女性であれば、その表現も女性になる。

故に、心が表現したいものを、脳が受け取り、身体に伝達し行動を起こすのだからこそ、仕草なども女性らしくなる。


今の自分は心身共に余裕というものが無い。

故に、女性を演じる事も、女性であるという事を認識する事もできない。

脳がこれを認識していない以上、自身の様々なものは本来の仕様で機能するしかない。

故に、自分は男なのだ。

他人と接するなら、それは本能によって演じる事が継続されているが、他人と接する自分を今では、毎回、脳の監視下にある。


彼女の前では、自分は何かを演じる事をせず、そして、今では女性である認識を忘れている。

それ程、余裕が無い状態であるからこそ、自分は彼女の前で男をさらけ出し続けてしまった。

しかし、彼女は男である自分を受け入れてくれた。

それは、自分が「女性でいなくてはいけない」根本を覆す事になる。

だからこそ、自分は彼女の前では、20年前に思い描いた「成りたい自分」になる事ができるのだと思い、そして感じるのだと思う。


最後にここに書いた手紙は、自然とした流れの中で彼女の手に渡った。

それから、28日を待たずに、彼女との関係は条件付で一時的に再開した。


この三日間、彼女は彼女のできる範囲で、自分を彼女で満たしてくれた。

ただ、話をするだけではあったが、満たされた自分は彼女に対して、男になった。

今日、彼女に対する思いが変わった。

そんな今日は、彼女が彼の家に行った日でもあった。

そして、彼女は彼に自分との事を話そうとしていた。

彼女の理想は、自分は友達で、彼が彼氏で、その後に自分と過ごす事。

自分はそれを受け入れる覚悟を決めた。


それを彼女に伝えようとしたが、今日はそれを伝えるには至らなかった。

だからこそ、彼女にメールで伝える事を告げて、ここにそのメールの内容を残しておく。

これが、この物語の終わりだと思ってもらっていい。


きっと、このメールで、ここに書く事はきっとなくなってしまう。

何故なら、これは物語であって、伝説ではないからこそ、何年間もこれを書き続けるべきではない。

このメールで、この物語は終わりとなる。


自分は彼女に約束した。

「今後、自分が何をしようと、何を言おうと、どうなっていようが、自分が待っている事は変わらないし、愛している事も変わらない。だから、それを絶対に疑わないでほしいし、信じてほしい」と。

これが自分の答えであって、二人の関係の答えでもある。

後、何日か、何ヶ月か、何年か分からない。

「そんなに待つ事などできない」と思うかもしれない。

だけど、今の自分ではない、数回だけ彼女の前に現れた「成りたかった本当の自分」は彼女に断言した。

「自分は貴女を幸せにできるから、待っている」と。

今の自分には、その確証は無い。

何がそれを言わせたのかも分からない。

でも、「本当の自分」は「その何か」を掴んでいるからこそ、それを言い放ったのだと思う。

だから、自分の彼女への約束の言葉と、その何かを自分も自分で信じるしかない。

きっと、それで間違いないのだから。




以下、メール本文。

※ 彼女の名前の部分を【貴女】に置き換え、一部修正をしています。


-------------------------


もしも、彼に改めて自分の話をしたときに、彼が「そういうのはやめてほしい」って言ったとしても、言わなかったとしても、【貴女】は「やめてほしいって言われた」って言っていい。

いつか、本当の事を言ってくれるなら、それでいいと思う。


そしたら、それを信じるつもり。

俺は【貴女】を疑いたくないから、その場で納得できなくても、その言葉を信じたい。

だから、そしたらちゃんと終わりにするしかないから。

終わりにする。


だから、【貴女】が終わりにしたくなったら、そう言ってくれていい。


俺が思うに、【貴女】は彼の彼女だし、彼は【貴女】の彼氏なわけで、俺とは違って好きだと思う相手だし、俺の場合と違って何か余計な引っ掛かるものを感じる必要がないわけだね。

【貴女】が昨日言ってたけど、だからこそ一緒にいたいなら泊まっても問題は何もないのだから、【貴女】が本当に一緒にいたいなら、そこまでするのも普通かと思う。

それなら、そこに違う男からメールが来るのは避けた方がいいと思うのもある。


それこそ、楽しくて、幸せな気分でいるのに、何かの拍子でメールに気づいて見た事で、気分を変えてしまうかも知れない。

今の現状においても、この先においても、俺がそこまでしていい権利なんて当然ないし、【貴女】はそんな状況下でまで、俺の事を考えちゃいけないと思う。


それこそ、【貴女】の友達が言った通り、「折角、好きな人と付き合えてるのに」って事。

だから、【貴女】にその判断は任せる。

俺は【貴女】に従うしかない。


【貴女】が近いうちにそれを判断するなら、約束は全部キャンセルでいい。

「約束したのに」とかそういうのも気にしないでいい。

人と人の約束なんて、果たせないのが基本であると思うのもあるけど、【貴女】はそんな俺が思う様に安易に約束を破る人ではないのを分かっているからこそ、それがキャンセルになる様な状況で判断をしたなら、「それほどの事なんだ」って信じる。


信じるかどうか分からないけど、今の自分はおかしくなってるわけじゃないし、投げやりになってるわけでもない。

今日、何かあったから、こんな事を言ってるわけでもないし、【貴女】が彼の家に行ったからこんな事を言うわけでもない。

ただ、ずっと考えていた事だし、【貴女】がこの数日間、俺を満たし切ってくれていたから、ちゃんと冷静になって、ちゃんとしないといけないと思ってた。

だけど、それを【貴女】に甘えていたのを分かってるよ。


そもそも、俺は【貴女】を苦しめたり、困らせるために好きになったわけじゃない。


もう男だよ。

【貴女】が幸せなのが、一番いいから、だから、男らしくちゃんと覚悟を決める。


そんな話。

それを伝えておこうと思って。


ごめんね。なかなか、覚悟ができなくて。


おやすみ

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