第九話 奥様の杞憂
シラユキと城を守る幹部、それから私の直属の部下になったラクスターを控えさせて朝の食事をしているときに、その発言はふってわいてでた。
「楽しみですなあ、ウルシュテリア様とゼロ様の婚礼が」
いきなりの話題に私は慌てて、お爺ちゃんの姿をした幹部の鬼族の魔物を見やる。
「わしが生きてる間に、魔王様の結婚とは……感慨深いものです。しかしですな、一つ不安がありますのじゃ」
「何だ申して見ろ」
「死んだのでかつてのとはいえ、人間の両親にご挨拶なさらなくて宜しいのですか」
「あ、の……私の両親は死んでいますので」
できませんよ、という空気を出そうとしたら、幹部のお爺ちゃんはにこにことしたまま言葉を続けた。
「でしたら、兄君である勇者は招かなくて宜しいのですか? かつての妹とはいえ、他人の話では御座らぬでしょうに」
あ、ゼロの表情がぴしりと止まっている。
笑い声の気配がしたから、振り返れば後ろに控えているラクスターは笑いを堪えて、前髪の蒼い髪の毛で表情を隠している。
ゼロが嫌そうな声を出して、口元を拭いた。
「そんなものが必要なのか」
「人間の儀式に合わせるのでしたらな。魔王様の好む人間様式の結婚式にするのでしたら、そこの奥方をバージンロードに導く役をすべく人物ですじゃ」
「む、無理でしょう、兄様はもう今や敵なのですし……」
「本当に家族を思うのでしたら、敵だろうと出来るはずですぞ! 奥方、気をしっかりと」
そんなこと言われても……!
シラユキに視線を送ると、話題を変えるのは無理ですとばかりに首を振られて、悲しげに俯いた。
「ゼロ、無理はしなくていいのよ、あの、兄様はきっと忙しいから。貴方を……倒すのに」
私の兄は何を隠そう、世界を救うべく奮闘している勇者で、ゼロはこの世界を支配すべく奮闘する魔王。
要するに敵対関係であるのに、魔王ゼロは死んだ私を哀れに思い条件に嫁として迎え入れることと引き換えに生き返らせてくれた。
その顛末を理解しろ、というのが、あの世界の全ては善悪しかないと思っている兄には無理な話である。
今頃兄は、打倒魔王で倒すのに必要な強さや、武器やアイテムを集めまわっている頃。
ある程度集まってから挑んでみては負けて城に転送され、を繰り返している様子だった、幽霊のときに見ていた雰囲気だと。
だとしたら今頃も忙しいはず。
「い、いいんじゃないっすか。必要でしょ、人間側の理解も」
ぷぷっと笑い声を吹き漏らしながら、ラクスターは口を挟んだ。
振り返って睨んでも飄々として、笑顔で言葉を続ける。
「誰かに勇者連れてきて貰いましょうっすよ」
不慣れな敬語を使ってまで提案したかったらしく、睨みつづけてもラクスターはけらりと笑うだけ。
ゼロは考え込みながら、暫く目を閉じていたがやがて目を開き頷いた。
「分かった、使いを出そう。勇者のみ連れてきて貰おう」
「流石お心の深い我らが陛下、わしは感服致しました。その役目、わしが担いましょう」
「頼んだ、任せたぞセバスチャン。くれぐれも丁重にもてなせ」
鬼のお爺ちゃんは張り切って食事を終えた。
私も慌てて食事を終える、気づけば皆食べ終わっていたから。
皿をさげていき、廊下に戻ったラクスターの馬鹿笑いが聞こえたものだから、ため息が思わず漏れた。
――大変な事態を招きそうな予感しかしない。