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第八十一話 馴染まないアルギス

 一番の難関は棒読みのゼリアと、早口のシラユキだった。

 ラクスターは案の定、役が魂と沿うようにぴったりで演技が上手なのもあってか、するりと役を演じて見せてくれる。

 ミディ団長はミディ団長で、原作ファンっていうこともあってか、すんなりと役にはまることができたのだけれど……ゼリアとシラユキの演技が大変だった。


 ゼリアはどう頑張っても棒読みになってしまうし、シラユキは焦りか役に染まろうとしてか分からないけれど早口になってしまう。


 アルギスの演技指導がうなるところだった。


「ゼリア、ここはもしミディさんが他の女を選んだら、と考えて……」とか、「シラユキさん落ち着いて、皆は貴方の台詞をきちんと知りたいんだ」と指導してくれた。

 勿論出来てるところはきちんと褒めてくれたので、二人のやる気は潰えることはなかった。

 むしろ徹底した指導に、やる気をみせ、アルギスを唸らせてやるという対抗心を燃やしてくれたの。


 ゼロは舞台を片手間に作りながら、演技練習をする皆に少し面白そうに眺めていた。


「すっかり馴染んだなあの人間は」

「そうね、だからこそ悲しいわ」

「人間世界に戻すことがか?」

「ううん。きっとアルギスはどこに居ても、違和感なく馴染むよう、空気を沢山読みすぎてしまったのかなって。あの人が私のこと以外で怒鳴り散らす姿、私見たことないの」

「……それは馴染んだように見せかけるのがうまいのであって、あくまで本心はあの男は馴染んでいないということか。なるほど、それは確かに親しい者からすれば悲しいだろうな」


 私はゼロの隣に並んで皆の劇練習を眺めながら、こくりと頷いた。

 木の枝に二人で座って、少し離れた位置から皆を、アルギスを眺めていた。

 ゼロは特別アルギスをライバル視はしているけれど、嫌悪感はかつてのようには感じられない。

 それもアルギスの馴染もうとする技の効果なら、すごいことだけれど何処か悲しく感じる。


 あの人は何処でもうまくやっていけるけれど、その代わり手放したくない場所なんてないんじゃないのかと。

 拘る想いも、もう今は何もないのかもしれない。



「きっと余や魔物たちでは難しいかもしれぬな。あいつにとっては、皆すぐいなくなるその他大勢だ。あいつが恋心を誰かに抱かぬ限りは」

「……恋心?」

「何か執着を持つには恋心が一番だ。……ウルはやれぬが、誰か他の者であれば、祝福はしてやらんこともない」


 それだけアルギスに気にかけてくれるようになった私の優しい雄牛さんに、私は微笑んで頷いた。


「そうね、きっといい人が……アルギスにも……」






 ある日いつものように演技指導をアルギスがしているときだった。

 ちょっとした衝突を指導中にゼリアとアルギスが起こしてしまい、二人はああだこうだと話し合う。

 アルギスは鋭い言葉を控えながらゼリアの様子を窺うと、ゼリアはそれに益々怒り騒ぎはじめる。

 なんだなんだと皆の視線が二人に注目される頃合いに、理解するのでいっぱいいっぱいになったゼリアがわあああんと泣き出した。


「アルギスの言ってる言葉変よ!」

「どうして? 君の思いを尊重しようと……」

「駄目なら駄目って言いなさいよ!」


 アルギスはゼリアの大泣きに驚いたものの、慰めようとするとゼリアから「アルギスなんか嫌いよ!!」と逃げられてしまった。


 最初はミディ団長も放っておくとイイと、稽古をそのまましていたのだけれど。


 一向に帰ってこないゼリアに心配したアルギス。時刻を確認すると余計に頭をぼりぼりと掻いて焦り始める。

 ミディ団長は少しだけ嘆息をついた。


「いつまでたってもお転婆な小娘だね」

「ミディさん、あの人は貴方が思うより大人ですよ、そのゼリアがあんなに泣いたのだからそれだけ傷ついたという出来事を僕らは真剣に受け止めるべきだ」

「そうはいってもあのゼリアだね!」

「ある日突然いなくなってからじゃ気持ちは伝えられませんよ、探してきます」

「あ、わ、私も一緒に探すわ!」


 夕暮れの舞台から私とアルギスの二人は降りる。二人で駆けだして、城や城の付近を探そうと走り回ろうとする。

 ミディ団長は少しだけむっとした顔で、そっぽを向いていた。


 アルギスと二人で一緒に探し続けたけれど中々見つからない。

 どうして? 何処に行ったのゼリア?

 心配はどんどん募っていく、アルギスもそうなのか黙り込んで一生懸命探していた。


 やがて少し城から離れた花畑にゼリアは埋もれて花冠を作り泣いていた。


「ゼリア!」

「アルギス? な、何よ、ゼリアは悪くないわ。なんで貴方がくるの!? とと様を待っていたのに!」

「……そうだね、君は悪くない。僕が悪かったから、だから」

「ゼリア嫌いよ。貴方の嘘つきな声、その場のために謝る癖も」


 ゼリアの言葉にアルギスが息をのむ。

 アルギスは固まった笑顔で、慌てて取り繕いゼリアに詰め寄ろうとするも、ゼリアはつんとして睨み付けてくる。


「何を」

「貴方は好かれたいから本音を絶対に言わない。嫌いよ、本音を言わない人大嫌い。ゼリアが間違えたなら間違えたって言えばいいし、貴方自身を否定しなくてもいいじゃない。ゼリアはゼリアで正しい、貴方は貴方で正しいでいいじゃない」

「……ゼリア……僕は嘘なんか」

「ついてるわ」

「ついていない! 嘘じゃない筈だ!」



 アルギスが大きな声で怒鳴った後にはっとし、恐る恐る近づき、ゼリアの隣にしゃがみ込んだ。夕暮れに白い花畑が染まっている。

 夕暮れは平等に私達にもオレンジを浴びせ、綺麗な色合いを見せてくれた。

 アルギスの声色だけは落ち込んでいて、表情は物憂げだ。


「そんなに僕が嘘つきに見えるのか?」

「傷ついた? でも本当よ、ゼリアからはそう見えるわ。貴方は嫌われる言葉を絶対に言おうとしないもの」

「……参った、な。また、僕は……茨の道を進めというのか……」


 アルギスがぶつぶつと呟いて俯いていると、ゼリアは不思議そうな顔をしてから沢山作った花冠をアルギスに載せる。


「誰をも傷つけようとしない努力は凄いけれど、全員から好かれようとしないで。その為に、演技指導がおざなりになるのは嫌よ」

「ゼリア……僕の言葉が厳しくて怒ったんじゃないのか?」

「違うわ。気遣いしすぎで貴方の言葉気持ち悪かったの」

「……ああ、なんてことだ…………」


 アルギスは複雑そうに嗤って俯いたまま。ゼリアは無邪気に私にも花冠をくれて、「先に戻ってとと様にもあげてくる!」と気紛れに帰って行った。


 アルギスの顔を覗き込むと、アルギスは顔を真っ赤にしていた。


「アルギス?」

「……神様はよほど僕のことが嫌いなんだろうね。……また僕は、他の男を好きな女に……そういう性癖なのかな」

「ゼリアが好きなの?」

「素の自分を見透かされて驚いている……まだ分からない、ということにしておいてくれ。手酷い失恋は君で十分だよ、ウル」


 アルギスはそれでも笑いながら、頭に乗せられた花冠を大事そうに手に持った。



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