第七十一話 欲しかった人肌
氷の矢を無限に放つコピー。
薄ら笑みを浮かべ、じわりと私へにじり寄る。
その度にアルギスとラクスターが私を守るように立ち、私を背中に隠すがこの場ではけが人が多くて戦えない為に、守るしか出来ずシールドを貼るのに精一杯。
器用そうなアルギスはともかく、普段から特攻ばかり専門にしてるラクスターからすれば正念場だ。
ラクスターはイライラしながらも落ち着けようと、シールドを貼るのに集中する。
「堕天使さん、僕はね、知ってるよ。本物の知らない天界のこと」
「ああ? お坊ちゃんが何を知ってるってよ」
「お兄さんと会ったことがあるんだよ、お兄さんと話したことも。お兄さんは大層君を心配していらっしゃったよ。人間の魂に肩入れしたばかりに、堕天したと気に病んでらした」
「……ルネがそんなたまかよ。あいつは、いつだって! オレを! 馬鹿にして!」
「ラクスター!!」
集中力が乱れたラクスターが氷の矢で貫かれる、魔力が不安定になりシールドを突き破ったのだろう。
私は慌ててラクスターに近づき、回復魔法を施す。
アルギス一人でシールドを張って貰うこととなっているため、アルギスは少し辛そうな顔をしていた。
「堕天使さんは煽り耐性がゼロっていうのは本当みたいだね、そのお兄さんから教えて貰ったけれど。自分のことを話せば、きっと怒り狂うって言っていたよ」
「てっめえ……ってて……っぐ、こんな、とき、に、眠気、が」
春の陽気に負けたのかラクスターは眠ってしまった。
怪我自体は治ったけれど、春の陽気による試練で起きることは難しそうだった。
コピーはにこにこと嬉しそうにまた一歩近づいた。
「さて、あとは僕が相手だ。本物の僕相手だ、君には心を揺さぶるネタがたっくさんあるけれど、どれにしよう」
「……いい加減にして。どこまで、私の大事な人達を傷つければ気が済むの」
「無論君の目が僕だけを写すまでさ!! 何を馬鹿げた言葉を使うんだ、ウル! 全ては君への想い故になんだよ。君は気づかないわけがない! 気づきたくないんだ!」
「ウル、コピーの言葉だ、耳を貸さなくてイイ。気を乱さないで、貴方の魔力が途絶えたら皆に氷の矢が降ってしまう……せめて、せめて誰か他の魔物が一人くるまで」
「随分余裕そうだね、僕。……君にはあの話をしようかなあ、ウルが死ぬ間際のときの」
「ッ、やめて、くれ」
アルギスはそれでも精神を乱すことなくシールドを貼り続ける。
私は徐々に動けるようになってきたので、降ってくる氷の矢を炎で溶かせないかと苦戦する。
コピーの魔力は尋常じゃないほどに強く、未だに魔法をこれだけ使っていても涼やかな顔をしていた。
「ウルのこと、世界一大事だって顔をしながら、少しだけ分かっていたんだよね? ウルの寂しさの理由や自分がどうしてウルに拘るか。ウルだけが君を必要としていたからだ。この世の何処にも誰も僕を必要としてくれる奴なんていなかった! たとえ、生きていけないからという、単純な理由だけでも!!」
「やめて、くれ」
「君はウルを守りながらウルを利用していた世界一の醜いエゴを持った愚か者さ! ウルが死にそうな時、君が心配していたのはウルじゃなく……誰も必要としてくれなくなる世の中だろう!? ねえ、そんな君がウルを守れる? お笑いだよね、ウルが必要じゃなく君が欲しかったのは……」
私はこのまま吐くつもりのなかったアルギスの懺悔を聴くわけにはいかなかった。
アルギスはとても辛そうな顔をしている。
アルギスが自分から言うつもりがないことまで暴くなんて、非道なコピーだと嫌悪した。
私はアルギスのコピーへ駆け寄り、思い切り平手打ちをした。
アルギスのコピーは平手打ちされたというのに、恍惚とした顔で私を見つめ、抱き寄せた。
「そう、これだ。君が欲しかったのは、君たちが欲しかったのは同類の人肌さ」