第四十九話 人気者の勇者ギルバート
船から馬車へ乗り継いで行くと、そろそろ王国の首都を囲う壁が見えてきた。
壁の外で馬車代を払い終えると、歩いて皆で城下町へ歩く。
城下町は賑やかで、城下町の入り口には吟遊詩人たちが音楽を奏でていた。
軽やかな音楽に浮かれてしまう。音楽は少し離れた先でも微かに聞こえていたが、通りの市場に入ると一斉に大きな店主達の声で音楽はかき消える。
それでも賑やかに商売をする人々の顔は活き活きとしている。
兄様に気づいた肉屋のおばさんが、兄様に声をかける。
「ちょっと! アンタ、今日は沢山の女連れかい!?」
「ああ、ちょっと王様に用があってな。儲かってる?」
「ここのところ魔物に襲われないし、お陰で大事な豚や鳥ちゃんは無事ってわけさ! 儲からないわけがないよ、この状態で!」
おばさんははっはっはと快活に胸を張って笑った後に、紙袋へベーコンと卵を入れて兄様へ包み渡す。
「これで精をつけて頑張るんだよ、アンタには期待してるからね! 勇者さま!」
「うお、こんなに貰っていいの!? ありがと、おばちゃん! 今日も美人だね!」
「あらやだよ、この人ったら口が上手い! もうっ、ベーコンもう一つ持ってお行き!」
「やったァ、おばちゃん大好きィ」
けらけらと笑い合う兄様と肉屋のおばさん。
皆でおばさんにお礼を言いながら、城へと歩いて目指していく。
その道すがらで兄様に声をかける人は多かった。元気にしてる? とか、聞いてくれよから始まる困った話だのを兄様は嫌な顔をひとつもせず聞いていた。
兄様は確かに色んな人を魅了し、味方する天才なのかもしれないと私は感じ取り、シラユキもそれは感じたのか少し寂しげだった。
シラユキに声をかけようとした刹那、兄様はシラユキの手を引き、皆へ「行くぞ」と声をかける。
シラユキの顔は真っ赤に染まり、やっぱり指先が少し溶けていた。
城へ入るなり王座に通され、私達は王様への謁見を許可された。
謁見の間に入れば兄様は頭を垂れ、私達も最上の礼儀でもってお辞儀をする。
それに王様は最初は強ばった顔つきだったが、徐々に穏やかに変化した。
「ギルバート、お前の手紙の通りだ。まずは面をあげよ。改めて問う、勇者の元妹よ、本当に魔物と人間の和解を望むのか?」
「はい、我々は人々と共にありたいと思います。少なくとも、我が夫のゼロの配下は皆従います」
「……ふむ、条件がある。精霊と神に認めてもらいたいのだ」
「精霊と神に?」
「朝昼晩、それから四季の精霊の七つ精霊。それから、天に召します我らが神にだ。それが条件だ、魔王の使者ウルよ」
王様は少しだけ嘆息をついて、改めて事情を教えてくれる。
「実は水の魔王ヴァルシュアからも使いがきてな、ゼロと組むのであれば敵とみなす。自分たちと組むのであれば、人里を襲わないという話がきたのだ。ただ、ヴァルシュアは魔崩れの複製を作っていると噂で聞いてな、少し人道と外れている」
「陛下はなんとお答えになられたかお聞きしても宜しいでしょうか?」
「お前たちと同じ条件だ。七つ精霊と、神からの祝福だ。その話がついぞ二日前になる」
「陛下、恐れながら進言致します。ヴァルシュアは信頼出来る者ではありません。あれは、人を物と見ております。ゼロは人を個人として見ております。ヴァルシュアを認めるのはあまりに恐ろしい賭けかと」
兄様が顔をあげながら忠告すれば、王様は頷き笑った。
「故の条件だ。本当に人と共存する気があれば、この人と縁の強い精霊が認めてくれるだろう。何かあれば見抜いてくれるはずだとな。よい、お前の心配は汲もう」
「はっ、失礼致しました」
兄様は王様の言葉に納得すると再び頭を下げて、王様は改めて魔物の私達を見つめる。
「よいか、七つ精霊と神が認めるのであれば我ら人間は何があっても、魔物を信じることとしよう。願わくば、勇者の妹であるお前たちのほうが認められる時期が早々であることを願おう」
「有難き幸せ」
私はワンピースをつまみ、お辞儀すると王様は笑って暖かな眼差しを向けた。
「それで面白い話を聞かせてくれぬか? 私は人の恋の話に興味が深いほうでな。元人間と魔王の恋物語、さぞかし楽しい話となりそうだ」
「お、王様! それは……その……」
「恥ずかしがる姿も可愛い物だ、今宵は城に泊まって行きなさい。勇者よ、いつものもらい物のベーコンもシェフに調理させてやるからのう、城で食べていけ。町人の気遣いは無駄にはせんよ」
「誠に感謝致します!」
あのおばちゃんからの差し入れは恒例行事みたいなものだと分かった私達は、勇者とは最強の魅了技の持ち主かもしれないと思い始め笑った。




