第三十話 ゼリアの旅立ち
団長、副団長が揃って治癒室で世話になるのは前代未聞だったらしく、毎日ミディ団長のベッドには以前から治癒で世話になった魔物達が押しかけてきた。
私のベッドには、ラクスターやシラユキ、ゼロが毎日やってきてくれていた。
やがて治癒が完全に終わる頃合いに、ゼリアは修行に入るとのことで、産んだ母親の元に飛んでいくこととなった。
見送りの日が決まれば、ミディ団長は気絶するまで喜びを叫び続けていたのは、ゼリアには内緒の話。
だってとても喜んでまた大変なことになりそうだから。
見送りの日に、ゼリアは荷物を一つも持たず、人型の姿で皆に微笑んで別れを惜しんだ。
城中に居るゼリアのファンや親馬鹿たちは阿鼻叫喚図だったが、ゼリアの微笑み一つで応援態勢になったから末恐ろしいドラゴンだと、私は笑った。
ゼリアはミディ団長と私に歩んでにこっと微笑んだ。
「とと様、絶対にいつか勝負させるわ」
「ぜっっっっっっっっっっっったいにお断りだね! ひゃっほおおおおう、解放されるううう!」
「仕方の無いとと様」
ミディ団長が喜びで駆け回っていると、ゼリアはこそっと私に耳打ちをしてくれた。
「魔王様、貴方が逃げ回っている間、泣きそうにみえたの、ゼリアには。恩人様、魔王様を幸せにできるのは貴方だけ。魔王様のこと、ヨロシクお願いします。とと様のことも、ゼリアがまたくるまで大切にしてね?」
「うん、有難う、ゼリア。元気でね」
私とゼリアが抱きしめ合ってから、ゼリアは身を離し、ミディ団長に一瞬で近づく。
びくっとしたミディ団長に、ゼリアは頬へ口づけにやりと笑った。
「いつか忘れ物を取りにくるわ、未来の旦那様という忘れ物をね! それでは、またね、ばいばいみんな」
ゼリアは大きく無邪気な笑みを浮かべてから、大きく美しい真っ赤なドラゴン姿になると、大きく羽ばたき飛んでいった。
「龍の忘れ物か、相当大事にされたなミディ」
「へ?」
「あの言葉の意は、今は貴方を自由にして貴方の気が自分に向いてくれるまで永久に待ち続ける、ってことだぞ」
「そ、そんな日、死んだってこないんだね!!」
「ミディ団長も頑なね」
私とラクスターが笑い合う中で、ゼロだけが真摯にゼリアの飛ぶ姿を視線でいつまでも追いかけていた。
「……忘れ物、か。我が乙女にも、忘れ物があるのだろうか。アルギス……いいや、いいやそんなものはない。あったとしても、……余があますことなく燃やしてその思いなかったことにしてやろう。我が乙女の気を引く者など、必要ない。要らぬわ」
ゼロが何かを呟いていたけれど私には聞こえなかった。