第二十九話 残酷なおねだり
しかしあれから誰も気づく気配がない。
少し空気が薄くなってきていて、私とミディ団長は意識が少しだけ朦朧としてきた。
「参ったな……僕はともかく、奥様の顔色がとても悪い」
「……私の魔法を使えば出られますかね」
「いや、装備が燃えるのは貴方によくない思いを抱いている者の装備もここにあるから、宜しくない。心証が悪くなる」
「……でも、この、まま、だと」
息が苦しい。とても苦しくて、その場に立っていられなかった。
ミディ団長が駆け寄ってきて私を抱き上げる。
「奥様、しっかりするんだね! 奥様!」
「……この状況、死ぬ前を思い出します。アルギスも、死ぬ前に、こうして、手を取ってくれてました」
「奥様! 泣かないで! きっと魔王様はくるんだね!」
「ゼロ……ゼロは、来てくれる……? 兄様みたいに、置いていかない?」
「大丈夫だね、気をしっかり奥様!」
死ぬ直前のことが一気に思い出される。
アルギスが手を取って、必死に励まし続けてくれたのに、私が死んでしまったこと。
帰ってきた兄様が私の亡骸を前に、大泣きしていたこと。
そんな兄様を殴って、出て行けと恫喝したアルギスのこと。
(アルギス、貴方が囚われてしまったのは私のせいなの?)
アルギスは私を燃やす直前まで私の亡骸に泣きついて、ひたすらに悲しんでくれていた。
私は葬式のあとのアルギスがどうなったかは分からない。
そこから先は、兄様についていき、魔王の城に入り結界に閉じ込められたから。
ゼロを思い出す、ゼロが幽霊時代のときにも穏やかに笑いかけてくれたことを。
「もう一度、笑顔が見たいわ」
それはアルギスになのか、ゼロに対してなのか。
「もう一度、貴方の笑顔が、見たかった……」
「奥様! くそ、やむを得ないね、こうなったら僕が……」
よろけながら、扉に向かってミディ団長が近づいたところで、扉が吹っ飛んだ。
ミディ団長が何かをしたわけではない、現にミディ団長も吹っ飛び意識を失っていた。
外側から現れたのは、ゼロ。鍵を開けるのではなく、扉を壊して現れた。
「我が乙女よ!」
「ゼロ……」
ゼロは私を姫抱きし、ゼリアにミディ団長を回収させると、急いで治癒室へと向かってくれた。
「笑って……お願い……」
「このような状況で笑えるものか、ウルよ、しっかりしろ!」
「お願い、アルギスじゃなく、貴方の笑顔を覚えていたいの……」
ゼロは私の我が儘に、目を見開くと、辛そうな顔で私の手を取り、治癒室に寝かせるとずっと側に居てくれて、笑顔で居続けてくれた。
私はこの世で一番残酷な我が儘を言ってしまったかもしれない。