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野球が好きなんです。

「〇×大学か。もうちょっと上を目指せるんじゃないか?」

 高校二年生の夏。私が提出した進路表には、この高校のレベルから言えば、かなり下の大学名が書かれている。

 心配そうに私を覗き込む先生の瞳。きっとこの先生も、私たちに良い大学に進学してもらって、高校の地位を、自分の地位を高めたいだけだろう。きっとそうだ。私の成績は右肩下がりだから、それを知る担任の青山なら、もうちょっと上を目指せるなんて言わないはずだから。

 なんて、これも言い訳。本当は受験勉強をして、その結果大学に落ちて、私は本当は天才なんかじゃないんだ、と事実を突きつけられてダメージを受けたくないだけだ。才能の数値化なんてできないから、私は受験戦争をしないことで、興味なんてないというふりをすることで、保身に走っている。

 というか、単に勉強したくないっていうのもあるけれど。昔から暗記が得意で、教科書ぱらつかせればテストくらいは楽々突破できたから、勉強の習慣が身についてない。今更紙に単語書いたりするのがあほらしく思えてしまうのだ。そんな私だから、テストの結果はごまかしごまかしやれるのだけど、本当に学力が身についているわけではない。一夜漬けの記憶は定着しないってやつだ。

 

 ともかく私はこんな進路指導などはやく終わらせて、もはや日課になりつつあるテレビでの野球観戦がしたいのだ。野球は良い。私を無心にさせてくれるし、ほぼ毎日、それも平日の夜と休日の昼間にやっているからいつでも楽しめる。それに、この夏場は見所で、今首位を走るチームは既に優勝が決まっているようなムードなのだけれど、Aクラス争いをする下の五チームがとにかく熾烈な争いをしていて面白い。特に贔屓のチームがなく、その時放送している試合を見る私にはこの時期のAクラス争いと、夏場に調子をあげてくるベテランのプレイ、若手の台頭を見るのが一番好きなのである。

 そんなわけだから青山先生の話には適当に相槌を打ってさっさと帰路につき、コンビニでちょっとしたお菓子でも買って家で寛ぎたい。失礼かもしれないけど、だいぶおっさんくさくなった私。


「いえ、私にはこの程度が関の山なので。話がそれだけなら──」

「ああ、待て待て。もう一つ話がある」


 さっさと席を立とうとした私を呼び止める青山。一体なんの権利があって私を静止しようというのか。こちらは数少ない趣味に感心がいってしまって、もうこの後数分刻みのスケジュールを脳内でたてているというのに。

 仕方なくスカートを正しながら行儀よく席に座りなおした私に、青山は何やら神妙な面持ちで話し始めた。


「お前、確か野球部の星野と仲良かったよな?」


 頭の中でクエスチョンマークを浮かべながら、私は頷く。星野とは、私の幼馴染である星野祐樹くんのことで間違いないだろう。

 そういえば、青山は野球部の顧問も務めていたはずだな、と思い出した。星野とは現在クラスが違うが、廊下で話しているところを目撃した覚えがある。

 というか、頷いたはいいけれど私は別に星野と仲良くはない。野球部として推薦で同じ高校に入学した星野とは確かに幼馴染だけあって付き合いは長いし、それこそ小さい頃はよく遊んだものだが最近はあまり話さないし、野球一筋で今ではちょっとワルも入っている彼と私とではタイプが真逆だろう。情報源はどこだ、青山。

 そうして肯定したことに軽く後悔している私を気にも留めず、青山は話を続ける。


「実は話ってのは星野のことなんだがな」


 嫌な予感がする。


「あいつ、野球部をやめたがっていてな」




 ◇


 

 青山の話は要するに、星野を野球部に引き留めてほしいという話であった。まあそこまで私に期待しているわけではたぶんないと思うけれど、訳を聞いてきてほしいということである。言われて思い出したくらいの話ではあるが、確かに最近星野の悪い噂をたまに聞くことがある。やれタバコを吸っているだの、やれ人を殴っただのと、そういう類の。

 まあ、もう関わることはあまりないかなと思っていたので、半分聞き流して頭の隅に置いていた記憶なのだが、実際こう現実としてのしかかってくると、少し心配になる気持ちもある。

 星野は同じ野球部内でも仲が良い様子の部員がいないらしく、めでたく私に白羽の矢が立ったらしい。

 プロ野球を見たいという欲求はあるもののなんだかんだ暇である私は、そんな頼みを断り切れずにオーケーしてしまったが、普段そんなに話をしない知り合いにそんなことを聞くだなんて些かハードルが高すぎやしないだろうか。一体どう切り出せばいいのかだなんて皆目見当もつかない。

 足取り重く岐路につく私。一応デリケートな話であるので二人で話したいところをどこで話せばいいのか、という疑問が渦巻く。

 家は近所で通学路も同じはずなので偶然ばったり、なんてパターンもあるだろうが、そんな偶然に期待するのは仕事に消極的な感じがして嫌だし、かといって家に尋ねるのは論外だ。二組の星野をわざわざ訪ねに行くのも恥ずかしいので却下。

 なんだかんだ私は真面目なのである。頼まれたことはしっかりやり通したいが、如何せん普段絡まない相手へ話しかける、あまつさえそこそこデリケートな話というのはかなりハードルの高いことなのだ。

 そうこう考えているうちに、気づけば星野の家の前に私は立っていた。帰りがけ立ち寄れる位置なので、どちらにせよ自然と通ることにはなる。家の前で待ち構えるのもあり得ない話ではあるが、この状況ですっと立ち去るのもなんだかな、という思いもあり、なんとなく立ち止まってしまったのである。

 さて、どうしたものか。といっても先に述べた通り直接家を訪ねる気は皆目ないので、ここで悩んだところで結局私は立ち去ることになる。ならこんな無駄な時間を過ごしていないでさっと帰ってあとでメールでも送るか、などと思案。


「おい、何してんだそんなとこで」

 

 不意に声をかけられ、心臓がばっくん跳ねる。聞き覚えのある声に振り向いてみれば、些かだらしない着こなしのYシャツと、見覚えのある坊主頭。間違えるはずもない、星野その人である。

 自分の家の前で立ち尽くす幼馴染の女子高生、って果たしてどううつっているのだろうか。なんだか気があるみたいで嫌だななんて思うのは、なんだかんだ私も心根はしっかり女の子ということだろうか。現実逃避にも近いそんな思考はいったん隅に置いておいて、この偶然に感謝しつつ、探りを入れなければなるまい。


「星野じゃん。久しぶり、ぐうぜんだねぇ」

「そんなわけあるかよ。俺の家の前に立っといて」


 なんか用? とか言いながら近寄ってくる星野。時間的にうちの野球部ならまだ練習しているはずだし、どうやら本当にサボりでご帰宅している様子だ。

 まあ家の前に立っていること自体を追求しようとはしないあたり、星野はさっぱりしていていいやつである。そんなところがなんとなく懐かしく感じて、私はくすりと笑った。


「や、なんか懐かしくてね。進路一緒な癖に、私たち全然話もしないし」

「確かにな。つか、俺たちに共通の話題もねーしクラスも違うからな」

「そう? 私、結構野球好きだけど」


 なんだか意外そうな顔で私を見下ろす星野。余談ではあるが、流石に野球の特待生で投手だけあって私と星野の身長差はかなりある。別に私も低身長というわけではないのだけれど。


「まだ夕暮れ前だけど、野球部はどうしたの? 休み?」


 丁度よく野球の話にもっていけたな、なんて自分のトークセンスを自画自賛しながら、そのまま野球の話に切り込んでいく。まだ何をしたわけでもないが、なんだか探偵にでもなった気分だ。不謹慎だが、なんだか少し楽しくなってきた私。

 星野は一瞬口を噤み、少し不機嫌そうに、怒っているのか悲しんでいるのかは定かでないが、歯を食いしばったように見える。


「……野球は、もういいんだよ」


 星野は目をそらし、私を押しのけるようにして家へ帰ろうとしてしまった。やっぱり地雷だったか。わかってはいたけど、軽率すぎたかな。


「また、あしたね」

「おう」


 それでもこうしてまた明日、とやり取りをしてくれるだけ、彼はやっぱり善人なんだろう。性善説を唱えているわけではない。しかしそれでも、見た目が少しグレていようが、やっぱり彼が何の理由もなく決めたことを投げだしたり、非行に走るような人間には見えない。

 星野が今何を思い何をしているのか私はさっぱりわからないが、久々に会った彼は少々懐かしい雰囲気を感じさせながらも、やはり変わってしまったようにもみえる。だが、引き留めて会話をする雰囲気ではなくなってしまったし、きっと引き留めたところで答えてもくれないのだろう。小さい頃とのギャップに、なんだか私も、星野に何があったのかと気になってくるのは、意地の悪い野次馬根性だろうか。



 人の気持ちなんてわかるわけない、と私は思っているので、基本的には愚痴を聞くとか、逆に私が愚痴を言うとかしても、適切なアドバイスなんてしないし貰えるわけがないと思っている。だから私は、人に心を開くことはあまりしない。星野の件だって、気にはなるがきっと力にはなれないし。

 それでも人は、たまっているものを人に吐き出したがる。SNSで愚痴を言ってみたり、時にはそれがポエムのようになっていたり、私はわからないが、きっとストレスをアルコールで洗い流すような人種も同じなんだろう。

 みんな、きっと心のどこかで思っているんだ。自分の気持ちなんて誰もわかってはくれないって。だけどだれかに吐き出したくて、聞いてほしくて、わかっているような雰囲気を出すのがうまい男に女は心を開いてしまう。人はそうやってできている。

 私だって吐き出したいものはある。だからこうして気持ちを整理して、そんな私をくだらないなってもう一人の私が笑うんだ。常に私を俯瞰する私がいるような感覚で、私のことを心から理解してくれるのは彼女だけなのである。

そんなに長くは続かない予定です。

好きな作家や音楽がモロバレしそうな文章・作風になっている気がしますね。

ちなみに自分自身は女子高生でもなんでもなく、なんなら男子高育ちです。

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