篭城カウンセリング
フハハハハ! って漫画の登場人物みたいに笑う兄は全然笑ってるように見えなくて、これはいじめられても仕方がないなっていう気持ち悪さがある。
親友の彼氏を好きになっちゃって、誰にも話せなくてうっかり引きこもりの兄に相談したんだけど、話を聞くなり笑い飛ばした————顔は笑ってないけど————のを見て失敗だったなと思う。
「いやいやごめん、しょうもないなって思ってさ」
ごめんと謝りつつさらに失礼なことを言う兄にもう怒る気も失せた。
「いいよ別に。もともとお兄ちゃんにアドバイスを求めようと思ったわけでもないし、話したらなんかすっきりしたから。そもそも恋愛経験なんてなさそうなお兄ちゃんから建設的な意見が出てくるなんて思ってないし」
「まあ待てよ。確かに俺は恋愛なんてしたことないけど、結局恋愛だって人間関係の問題だろ? 人間関係に関してなら俺は誰よりも悩んできたよ」
「得意げに言ってるけどアンタその人間関係から逃げて引きこもってんじゃん」
指摘するとまたフハハハハ! ってあの笑い方で、やっぱり顔が全然笑ってなくてムカつく。
「お前の言うとおり俺は引きこもってるけど、でも人間関係から逃げっぱなしでもないんだぞ。ホラ」
と言ってノートパソコンの画面をこっちに向ける。
『光ヶ丘光のお悩み相談室』?
何かのホームページみたいだけど、表示されてるアクセス数が……え。多い。これ何桁?
「俺はこのサイトに送られてくる悩みに答えることで人と繋がってるんだよ。これすごいぞ? 匿名だからどんなことでも気軽に相談できるんだろうな。学校の担任と付き合ってるとかいじめっ子の給食に洗剤混ぜちゃったとか、アホがいっぱい集まってくる。こいつらを正しく導いてやるのが俺の仕事」
「アンタが光ヶ丘光って顔かよ」
やってることがアホすぎて力が抜ける……
「人の悩みなんかに関わってる暇があるなら自分の問題解決しろっての」
「引きこもりは問題ではあるかもしれないけど、でも俺悩んではいないよ? 相談室に送られてくる悩みって基本的には人間関係の悩みで、実際に現実で人と向き合うと大なり小なり出てくるものなんだよな。そこにいくと俺が現実で接するのなんてお前と父さん母さんぐらいで、悩む要素なんてないもんな」
「パパとママはアンタのことで悩んでるけどね……」
返しつつもなんだか私の気分は楽になっている。『光ヶ丘光のお悩み相談室』とかいうふざけた名前のサイトにたくさんのアクセスがあるってことは、この馬鹿は馬鹿なりに人の悩みを解決したりしてるんだろう。人間関係の悩みを。
こんな兄でも解決できるんなら、私だって解決できるはずだ。
「ありがとうお兄ちゃん。なんか大丈夫そうな気がするよ」
「フハハハハ! どうしても駄目ならまた相談しに来いよ。この光ヶ丘光にな」
自分の力で妹の悩みが解決に向かってると思ってる風のセリフにイラっとくるけど、今日はじめてちゃんと笑ったような兄の顔を見て、文句を言うのはやめておくことにする。
まあ、あながち間違いでもないし。