知らないということ
歩美の体から激しく光が漏れだすと、身につけていた服装が少しずつ変わってくる。見た目はピンクの高そうなドレスに見えるが、スカートが太ももまでしかなく、所々に花模様がある。そして、髪には2つのリボンがついている。
「オーバーリミットですか…… 考えましたね」
「これが私に出来ること…… そして、あんたを倒す討伐士の最終奥義よ!」
「ホホホ、それが一体どういうものかわかって使っておられるのですか?」
「勿論よ、絶大な力を得る代わりに最低半年は治療しなくてはならないということを」
「なるほどなるほど、貴方達はそれしか知らされてないのですね。 知らないということは非常に哀れだ」
「たとえ知らないことがあったとしても私は2人を守るためなら後悔はしないわ!」
歩美はそう言うと飛び出す。2つの剣を目の前で交差させている。マルドゥック・ディザスターはその剣を爪で受けるが、先程とは比較にならないほど重く、後ろに足が下がってしまう。
「隙ありよ!」
歩美は受けるだけで精一杯のマルドゥック・ディザスターに追撃をかける。今の歩美は単独でBランクが精々限界だったが、オーバリミットによって強化されSランクを凌駕するほどにまでなっていた。
(オーバリミット…… 実際にそれによってもたらされる影響は絶大です。 しかし、それは強い討伐士が使ったならです)
「雑魚がオーバリミットを使おうとも所詮は私に及ばない」
「あら、そうかしら? 随分押されてるようだけど? それに先程までの不快な笑いはどうしたのかしら?」
「人間が……」
だが、実際無数の剣撃を仕掛ける歩美を止めることができていたなかった。少しずつ下がっていく自分の足がその差を理解していた。
歩美はその余裕からか力を込めて剣を振るう。その隙を見逃さなかったマルドゥック・ディザスターは華麗に避け、距離を取ることに成功する。
(つい力を入れてしまった…… けど、私の優勢は変わらない!)
歩美がマルドゥック・ディザスターに近づこうとすると、その道化師が指を指す。その先を確認するように見る。すると、そこには未だここから退避できてなかった隼人と翔太が獣魔に囲まれて襲われていた。
「隼人! 翔太!」
「ホホホ、あなたはまだ卵ですね。 自分の戦いに集中するあまり周りの状況が見れていない。 あなたのせいで友達は死にます」
マルドゥック・ディザスターはそう揺さぶりをかけるが、歩美は顔を上げ笑う。
「大丈夫よ、翔太がなんとかしてくれる。 それにあなたを先に倒せば私も加勢できる。 翔太なら言うはずよ、目の前の敵に集中しろと」
「ホホホ、そうですか。 では続けましょうか」
マルドゥック・ディザスターがそれを言い終わると同時に彼女の剣が道化師を貫こうと動き出す。しかし、それを察知していたのか避けられしまう。
「ホホホ、面白いことを考えますね。 ですが、断言します。 あなたは私に勝てません」
「うるさい! それは私が決めるのよ!」
「はあ〜 そうですか。 ――火炎――」
歩美の目の前に巨大な炎の球体が現れる。あまりに突然のことで驚くが、手に持っている剣の片方でそれを縦から斬り裂く。斬られた炎は地面に落ち、少し燃え上がると消えてしまった。
(あの獣魔どこいったの……)
歩美はあの巨大な炎で視線を遮られてしまっている間に見失ってしまう。腕輪には情報が流れてきていないことを確認すると、隼人たちを助けたい気持ちを抑えゆっくりと見渡す。
(どうして出てこないの? まさか…… 時間稼ぎ!)
そう思い隼人たちに体を向けた瞬間、後ろから不気味な気配を感じる。
「あなたならそうしてくれると思いましたよ。 それと動かない方が賢明ですよ」
「どうして……」
「せっかくなので答えてあげましょう。 あなたにも能力があるでしょ? それ私にもあるんですよ。 いや、私だけではありません。 名のある獣魔なら全員持ってます」
「私たちを一体どうするの……」
「こうするのですよ」
マルドゥック・ディザスターがそう言うと、歩美の背中に鋭利な爪が入る。あまりの痛さに膝をついてしまうが、なんとか動けるようだ。
「ホホホ、やはり強さと伴って防御力も上がるのですかね? 殺す気でやったはずなんですけどね…… 少しショックですがいいでしょう」
マルドゥック・ディザスター再び爪を振るう。それを再び耐える。歩美はオーバリミットで能力を上げなければ死んでいたと思う。その間にも攻撃は続き、6回目であまりの痛さからか気絶して倒れてしまう。
「死ぬには至りませんか…… これで新人とは末恐ろしい存在ですね。 あの時油断しなければ勝っていたのはあなたかもしれませんよ」
マルドゥック・ディザスターはそう言うと隼人たちの方に向かって歩き始める。その時何かがそこに降ってくる。激しい衝撃波によりそこにある全ては飛ばされる。翔太たちはそれによって獣魔から離れることができたが、それが何かわからずに隼人を抱え怯える。
歩美は重症のようだが、オーバリミットのおかげかあの衝撃波でのダメージはないようだ。そんなことを確認していると砂煙の中から1人の男が現れる。
「大丈夫かお前たち」
その姿は半袖シャツと短パン、腰まで伸びた長く白い髪に鋭い目つき、そして巨大な筋肉には傷が1つ入っている。それは噂に聞くG地最強の討伐士オーガの姿そのものだった。