もふもふは三文の得
2019年「なろうラジオ大賞」参加作品です。
いつ頃からだろう――「もふもふは三文の得」と巷でささやかれるようになったのは。最近人間の間でブームらしい動物動画のせいなのかもしれない。もふもふな動物を見かけるたび、頬擦りをする人間たち。
今や「朝起きは三文の得」だった頃は、遠い昔だ。
俺はポメラニアンの勘太郎。
二歳で『もふもふ三段』、白くてふわふわした毛並みが特徴のオスだ。
え、もふもふ三段が解らないだって? ――ならば教えよう。
五級から始まる『もふもふ資格』は、人間と仲が良く長い毛を持つ動物に認定されるものだ。最高は十段。認定本部はもふもふの本場であるアルパカのふるさと、ペルーにある。朝の散歩などで人間たちが俺たちのもふもふ感に負け、思わず頬を擦り擦りしてしまったりすればこちらの勝ち。それを申請していくことで昇級、昇段が認められるのだ。
この歳で既にもふもふ三段という将来有望な俺が、日課の朝の散歩でやって来たのは見慣れたいつもの公園だった。そよ風に自慢の毛を靡かせて颯爽と歩く俺の前に、あろうことか伝説のもふもふ十段、セントバーナードのゼルゼフ氏が現れたのである。
流石は、日本もふもふ界の重鎮でレジェンド。体全体のもふもふ感がハンパない。それに比べれば自分などただの子供だましに思える。御年十二歳のレジェンドが、ゆっくりとこちらに向かって来る。
と、その辺にいた小さな人間の女子が、俺のことなどそっちのけ、ゼルゼフ師匠に近づいて熱烈な頬擦りを始めたのである。
「ありがとう、お陰でいい気分。今朝は得したわ!」
女子はお礼のキッスをレジェンドの頬にすると、何処かへ行ってしまった。
嫉妬心が燃え上がる俺に向かって、レジェンドが言う。
「ふぉっふぉっふぉ、わしのもふもふは最強じゃ」
が、俺は見てしまったのだ。彼の肩口にあるチャックを。
「チャック? ってことは、もふもふは偽物?」
顔を覆い尽くす体毛に埋もれていた師匠の瞳が、きらりと光った。
威圧的な視線にたじろいだ俺だったが、小型犬だって忖度ぐらいは知っている。今の日本でそれを知らないイキモノなんていないだろうし。
「ういっす。そんたくっす」「うむ、そうよな若造よ」
満足げに頷いたレジェンドは去って行った。セレブな飼い主さんとともに。
次の日のことだ。二階級特進で、もふもふ五段になったとペルーの認定本部から連絡があったのは。
俺は、二歳初の五段になった。
(了)