3.へんじがある/でもしかばねだ
ロビーに戻った一行は、辰郎を交えて円陣を組むように集まっていた。
誰も、何も喋らない。
考えあぐねたように、時折お互いに顔を見合わせるだけだ。
その円陣の中央に、誰とも視線を交わさず、ひとりだけ座っているのがクビヅカだった。
座っているといっても、正座だった。誰に求められたわけでもなく、自分からそうなっていた。反省の色はなく、介錯人待ちの侍のように淡々とそうしている。
結局、喜史はキャラを作り直したのだが、それでもやっぱりクビヅカだった。
またも現れた怨霊武者に、仲間たちは呆然とするだけだったが、クビヅカは小さく会釈してそこに正座し、身じろぎもしないままに、ただ時間だけがすぎていく。
その場には、全員がそろっているわけではなかった。
キップが、席を外すと言って個人用スペースに移動していた。彼の落胆を思い、それもまた仲間たちの沈黙を重くしている。
リーダーとしての立場からか、ヒロが歯切れ悪く切り出した。
「あの……クーちゃん?
それ──やっぱりそのままなんだね?」
クビヅカが頷く。
「どうしても、それにこだわるんだ。
クーちゃんとしては、譲れないところなんだね」
クビヅカは、深々と平伏する。
『わたし、土下座されたの生まれて初めてだよ』
個人指定用の対話モードで、マギーがヒロに話しかける。
『どうしよう? 止めさせた方がいいの? どうやって説得しよう。
ケントの──キップのバカも引きこもっちゃったし、どうにかしないとって思うんだけど、どうしたらいいのか。
やっぱり、このままはまずい、よね?』
『ゲームを進めていくには問題があるよ。
そもそも進めていけるのか、って感じだし』
『キップのやつ、怒ってクビヅカ仲間外れにしちゃうかな? あいつ、ゲーム命って感じだし』
『それはないよ。
別に、いまも怒って引きこもってるわけじゃないと思う。
ただ、気持ちを落ち着ける時間が欲しかったんだよ。すぐに戻ってくるよ、キップは』
通常の会話モードで、ラックが辰郎に尋ねている。
「亡霊種族の一発消滅って設定、キツくないですか? プレイヤーキャラクターとしては、もう少し使いやすくして欲しいような」
辰郎が眉をひそめる。
「実際に直面すると、そう思っちゃうよね。
ただ、ゲームの設定とかバランスとかは、もう設計者であるぼくでさえ気軽には触れなくなっているんだ。全プレイヤーの合議制で、必要の都度、迅速に調整・変更が行われている。
亡霊の消滅仕様については、問題提議することはできても今すぐどうにかできることじゃないんだよ」
ハクが腕組みをして呟く。
「全プレイヤーの合議制、か。
理想的ではあるが、実際の運用を考えると大変そうだ。どうやって意見をとりまとめるのかという以前に、迅速な処置自体が絶望的に思える」
辰郎が、ハクに気後れがちな微笑を向ける。
「実は、きみたちがプレイヤーとして登録された時点で、ゲームの運営スタッフとしても参加することになってるんだよ。
きみたちはいま、ゲームのキャラクターとしてここにいるわけだけれど、それとは別に、本人そのものが実際の生活を行っている。
それでいて、本人もゲームキャラクターとしてのきみたちを把握していて、きみたちがゲームの中で感じる楽しさや驚き、感動を共有している。
それと同じように、『ゲーム運営スタッフとしてのきみたち』も存在しているんだ。
これは、限定された機能のみを持たされたデータで、きみたちに直接のフィードバックもない。
だが、彼らは勤勉に務めを果たしている。ゲーム内の隅々にまで目を光らせ、問題が見つかれば即座に対処するんだ。
彼らには、きみたちの判断能力がコピーされている。いわばきみたちプレイヤーの代理人なわけだ。きみたちならこう判断するだろうという結果を弾き出し、議論を戦わせ、総意をもって結論を得る。
それが即座に──あるいはタイミングを待って──ゲーム世界に反映されるわけだね」
ヒロが、驚きの表情で辰郎を見る。
「つまり、ぼくたち自身がこのゲームを作ってるってことなんですか?」
「正解だよ。
実は、きみがきみの言葉に込めた意味以上に正解なんだ」
辰郎が頷き、どこか探るように小さく首を傾げる。
「このゲームはね、きみたちの脳を、システムの一部として使わせてもらっているんだ。
当初はメインのシステムを機械装置で構築していたんだけど、プレイヤーの人数が増えたいまでは、プレイヤー側のリソースが膨大になってメイン機能がプレイヤー側に移行してしまっている。
プレイヤー個人としては、システムの最大稼働時でも脳機能の0.2パーセントにも満たない部分を提供しているだけなんだけれど、ゲームの運営として充分すぎるだけの余力を得ている。
現在のプレイヤー人数が三分の一にまで低下しても、現状の機能が維持される計算になっているんだ」
ハクが、じっと辰郎を見つめている。
「プレイヤーが、デバイスによってシステムとの常時接続が可能になったからこその結果なのですね。
これは──このシステムは、ゲーム以外の用途にこそ使うべきなのではないですか?
教育や医療、経済活動や──考えたくはないですが、軍事とか。
これ、世界を変えかねないシステムなのでは?」
辰郎が肩を落とす。
「誰からも、そう言われるよ。
だけどぼくは、ゲームがしたくてゲームを作ったんだ。他所で使い回す分には気にしないけど、全部を持っていかれるのは困る。
たとえスタッフがぼく一人になったとしても、ぼくはゲーム部門を守ってみせる! たとえじゃなくて、実際そうなっちゃってるけど!」
拳を握り、天を仰ぐ辰郎を見て、ハクは頷く。
「いろいろと了解です。
峰頼さんが変質者呼ばわりされても街をうろつく理由もわかりました」
マギーがハクの袖を引っ張る。個別会話での耳打ち。
『ねえ。ムズカシー話してたけど、凄くない?
これ、ゲームってだけじゃなさそうだよ?』
『そうらしい。ひょっとしたら、峰頼さんさえ知らないうちに、いろんな実験が被せてあるのかもしれない。
ただ、このゲームの保守は、運営側でさえコントロールしきれない形になっているようだ。メインのシステムがプレイヤー側にあるというのは、そういうことだろう。
おそらく、峰頼さんがそうデザインした。最初からなのか、途中で変更したのかはわからないが。
見た目と違って周到な人だ。得意分野に特化した才能なのかもしれない。
何も心配はない。ぼくらはただの小学生で、ただゲームを楽しめばいいだけだ』
マギーは小さく息を吐く。
『ゲームを楽しむにしたって、どーするのよ?
クビヅカは折れそうにないし、キップは戻ってこないし』
『大丈夫だ。
クビヅカのことは、みんなでなんとかする。
キップは、もう戻ってくるだろう』
仲間たちの会話や向けられる気後れがちな視線にも何の反応も示さなかったクビヅカが、ゆっくりと動いた。
手招きをしている。
「──え? わたし?」
周りを見回し、自分を指差して、ラックがクビヅカに近づく。
傍までいくと、しゃがみ込むことになった。
ぼそぼそと耳打ちしてくるクビヅカの言葉を、辛抱強く拾い上げる。
「クーちゃんね、『ごめんなさい』って言ってるよ」
ラックが言い、またクビヅカの口元に耳を寄せる。
実際には個別会話をしているのだろうが、クビヅカは小声で話しているという雰囲気にこだわっているようだ。
「『みんなに迷惑をかけているのはわかっている。
だけどもぼくは、どうしてもクビヅカでやっていきたい。
パーティーを離れようと思っている。
どうか許して欲しい』だって」
ラックが困り顔で通訳する。
誰も返事や意見ができないところへ、キップがロビーに帰ってきた。
小柄ながらも背を伸ばし、表情に生意気さが戻っている。
「わりーな、待たせちまって。
やろうぜ、作戦会議」
「作戦会議?」
ヒロの問いかけに、キップは重々しく頷く。
「そうだよ、どうにかしないとだろ?
このまんま無策でゲーム進めていけるとは思えねーし。
みんなで考え出し合おうぜ」
マギーがキップに詰め寄る。
「まさかクビヅカを首にするつもりじゃないでしょうね?」
「話が行きすぎてる。
せっかく仲間でゲームできるのに、人数減らしてどーすんだよ。
確かに困ったもんだけど、本人がやりたいならおれらでフォローしようぜ。
試せること全部試して、それでもダメなら諦めさせる方法考えるけど」
マギーが、目を丸くしてキップを見つめる。
「……全然悩んでた感じの言い方じゃないんだけど。
おまえ、クビヅカが気に入らなくて引きこもってたんじゃないの?」
「気に入らないっていうか、すげーびっくりしたよ。
そんだけで引きこもったりしないって。
どーすっかなーって、考えてたんだよ。
参謀なんだぜ、おれ? 無策で仲間の前に立てるかよ」
「ちょっと感心した。
不貞腐れて一人でイジケてるんだと思ってた。
それか、本人に怒鳴り散らして絶交宣言とかやっちゃわないように頭冷やしに行ったんだ、ちょっとは脳みそ使ってるんだーって思ってた」
「おまえと絶交したい。
困ってはいるけど、怒ってはいないって。
おまえ含めて、他のメンバーがパーティ編成では協力してくれたから、パーティーとして大きな問題はないんだし。
クビヅカが趣味全開なのは、むしろゲームとして王道だぜ。これをフォローできなくて何が仲間かって話だよ。
で、まず確認なんだけど、ゲームとして『種族・亡霊』の一発消滅仕様はバグじゃないんだな、タツロー?」
「仕様です」
テンプレを貼りつけるように、辰郎が言う。
「もともと、敵キャラクターとして設定されていたんだよ、亡霊属性は。
ただ、テストプレイが進む内に、プレイヤーたちから使える種族を増やしたいって要望が出てね。
もうメインシステムが仕様変更の検討に入っちゃったんで、ぼくも協力して現行の仕様にまとめたんだ。
現状では、ゲーム内に存在する種族属性はすべて、プレイヤーキャラクターとして使用可能です。PCとNPCで若干の差はあるけれど、基本項目は同一のものを使用しています。
敵キャラクターとして出現する亡霊も、倒してしまえば魔法やアイテムでの復活はないよ。
その分、他で強力なスキルを持っているからね、亡霊は」
キップが勢い込んで尋ねる。
「それ! それ聞いておきたかったんだよ!
インフォメーションでも確認はしたんだけど、PCとNPCとの違いが結構あるだろ、亡霊は。
説明してくれ、途中で質問挟みまくるだろうけど、そこは大人の器量でスマイルプリーズ!」
辰郎は腕組みをして、記憶の整理に入る。
「──まず、状態異常のほとんどを弾くね。
毒、麻痺、眠り、石化、即死、魅了、エナジードレインと、この辺りは完封。
沈黙、忘却、恐怖、忘我、沈静については、強力な耐性がある。
憑依については、特殊な判定と効果がある場合がある。ここはややこしいので、必要なら後で追加の説明をするよ。
あと、呪われたアイテムを普通に使うことができる。呪われたアイテムには強力なものが多いんだけれど、使用者に反動がくるものがほとんどだ。亡霊種族は、それをリスクなしで使うことができる。
受けた攻撃のダメージを軽減する能力もあるね。NPCだと打撃・射撃・魔法全部を削るけど、PCだと闇属性の魔法のみ軽減だね。闇属性つきの打撃・射撃は、完全回避。
ただし、軽減効果があるのは敵が自分より下のレベルである場合のみだ。
難点としては、すでに話題の一発消滅。
あと、通常の回復が効果なし。魔法もアイテムも、亡霊種族専用のものが必要になる。
成長が遅いのも、亡霊種族の特性だろうね。レベルアップに必要な経験値が、他の種族より多く設定されている。
気をつける必要があるのが、〝浄化の祈り〟(ターンアンデッド)だね。これ、味方が使ったやつにもフツーに巻き込まれるから。『逃走』判定なら戦闘エリアからの強制退去だけで済むけれど、『昇天』判定だと一発消滅だからね、お大事に。
──おおまかなところは、こんな感じかな。
対人戦闘だと、またいろいろややこしく変わってくるんだけど、説明が非常に長くなる。
省いていいかい?」
「うん、いまは必要ない。
説明上手いじゃん、タツロー。質問挟めなかった。
でもそうかー、そうだよなー、強力なキャラではあるんだよなー、亡霊」
「強いけれど脆さもあるって感じだよね」
キップの感想に、ヒロも同意する。
ハクも頷くしかない。
「それだけのスキルが標準装備なら、パラメータの低さも仕方がないのかもしれないが──HP1だけは、どうにもならない」
「味方が援護のスキルを積めるだけ積むしかないんだけど、それでも庇いきれないだろうな~」
「初期レベルだと、積めるスキルにも限界がある」
「運頼みで序盤を乗り切って、HPの成長に期待するか。
でも、幸運度自体がサイアクなんだよな~」
「初期設定パラメータが、そのまま成長の度合いを決めているようだ。クビヅカのHPは、おそらく成長が鈍い。先行きは、なかなかに厳しいぞ」
キップとハクの会話は、そのまま全員の考えだった。
全員が頭を悩ませているところへ、またもクビヅカの手招きが入る。
ラックが耳打ちされ、仲間に告げる。
「クーちゃん、何か見て欲しいものがあるって言ってるよ」
クビヅカが差し出した手は空だったが、宙から湧いて出たように剣が載っている。
「これ? 剣?」
キップが手に取り、しげしげと眺める。
辰郎が注意を促す。
「触るのはいいけど、『装備』しちゃだめだよ。
それ、呪われたアイテムだから」
「マジ?! やべー!!!!」
キップが慌てて持った手を自分から遠ざける。
ハクがアイテムのステータスを確認する。
「アイテム名は、『没落の剣』か。攻撃力が+15。ぼくらの初期装備より、かなり強力だな」
キップが眉をひそめる。
「攻撃力が上がったって、問題の解決には──」
「そして、HP+30の付加効果がある」
一瞬、その場の時間が止まったようだった。
時間を動かしたのは、キップの金切り声だ。
「30?!?! +30?!?!
マジで?!?!
クビヅカ装備したら、パーティーで一番HP多くなっちゃうぜ?!
でも呪いは?! どんな呪いがかかってんの?!?!」
「戦闘ごとに所持金が減る。敵に与えたダメージが、そのままマイナスの金額になる。
ただ、身に着けるのがクビヅカなら、何も問題はない」
「そうか! アイテムの呪いを弾くんだっけ、亡霊は!
すげー! 何これ、すげーじゃん!
どーした、クーちゃん!
これ、どっから出したんだ?!」
クビヅカの耳打ちを受け、ラックが答える。
「さっき、街の中を見て回ったでしょ?
そのとき、市場で売りに出てるのを見つけたんだって。
呪われてるせいかタダ同然の値段だったから、キャラ作り直してわたしたちのところへ来るまえに買ってきたんだって」
「装備! 装備して見せてくれ、クーちゃん!」
キップが押し付けてくる剣を、クビヅカはゆっくりと立ち上がって受け取った。鞘から抜き放ち、禍々しい刃を天に突き上げる。
クビヅカのステータスを確認したキップが、歓声を上げる。
「HP上限値31!
キタよコレキタ、ばっちり解決じゃん!
呪われたアイテムは、例外除いてNPC相手の売買ができないから、捨て値で売りに出してるプレイヤーもいるんだな。
全身コレ系の装備で固めたら、クビヅカ前衛デビューも夢じゃないぜ! てゆーか盾やれるんじゃねーの、たいがいの状態異常弾くし、即死もない。鉄壁じゃんか、これ!!!!」
ヒロが昂ぶるキップをなだめにかかる。
「HPについては解決の目処が立ったけど、他にも問題はあるよ。
とにかく全部のパラメータが最低だから、即死判定はなくても一撃死はありうるし。
攻撃は当てられないし避けられない、攻撃もらったら全弾クリティカル。
とにかく、幸運度-130はどうにかしないと」
はしゃいでいたキップが、石化したように固まった。
軋む音が聞こえるような調子で、キップの首がゆっくりとヒロに向けられる。
「……-130? 100じゃなかった?」
ヒロが悲しげに眉をひそめる。
「剣を装備したら130になった」
クビヅカのステータスを確認し直したキップが、絶叫する。
「ホントだよ、何だよこれ、ホントに130になってる!!!!
どーしたクーちゃん、呪い弾くんじゃなかったのか?!?!」
ハクが重々しく頷く。
「ちゃんと呪いは弾いている。
幸運度-30は、装備補正であって呪いじゃない」
「そんな正論聞きたくね~~~~!!!!
バグだろこれ、バグにしとこう、出番だタツロー、チャッチャッと直して──」
「仕様です」
あっさりと、辰郎は言い切る。
ハクが、キップに指を一本立てて見せる。
「ひとつひとつだ、キップ。
HPの問題は解決した。
次は幸運度をどうにかしよう。
魔法で補正がかけられないかと思って、いくつか案を考えてみた。
魔法が正常に動作するエリアで効果を試したい。クビヅカを借りるぞ」
ハクがクビヅカと連れ立って、ロビーから消える。
二人を見送り、ラックが笑顔で仲間たちを振り返る。
「何とかなりそうだね。どうなるんだろって思ってたけど」
腕を組んだキップが、勢い良く頷く。
「これがチームプレイってやつだな! 参謀として、みんなの協力に感謝する。
さて、居残り組はもうちょっと知恵絞っとこうぜ。盾の二人が中心になるけど、守備のスキルのどれを選んで誰が受け持つかを話し合おう」
活発に意見を出し合い、一応のまとまりがついた頃合に、ハクたちが帰ってきた。
「朗報だ。『祝福』が使える」
ハクがいきなりそう切り出す。
キップがインフォメーションを確認する。
「え~と、祝福、祝福、っと。
──あったけど、この説明文なんなんだ? 『対象を不幸から遠ざける』って、具体的な効果が全然わかんないんだけど」
ハクが頷く。
「魔法やスキルの説明は、たいていそんな感じだな。
このゲームには、似たような効果のスキルや魔法が山のようにある。詳細の仕様を説明してしまうと、使われるスキルや魔法が固定化してしまうからかもしれない。
おそらく同じ理由からだろうが、スキルには細かい仕様変更や調整が頻繁に入っているようだ。定番・鉄板のスキルが生じないように、運営が気を配っているのかもしれない。
おかげで実際に試してみないとわからないことがたくさんある。
試した結果では、『祝福』の使い勝手が良いと判断した」
「どんな魔法なんだ?」
「通常時でも戦闘時でも使用が可能な魔法だ。対象は単体。効果は一定時間続く。
効果の内容は、対象のパラメータのマイナスを帳消しにすることだ」
キップが目を丸くする。
「帳消しって──ゼロになるのか? -130が?!?!」
「ああ。数値に関係なく、マイナスがあればすべてゼロに補正する。マイナス付きのパラメータが複数あっても、そのすべてに効果を及ぼすようだ。他の魔法を弾くことはできないが、『祝福』の効果自体が消えることもない。
つまり、素のパラメータにマイナスがあれば、それをゼロに書き換える魔法なんだ。
たとえば、『没落の剣』の幸運度-30が呪いだった場合は、『祝福』によってクビヅカの幸運度はゼロになり、そこから30ポイントが引かれて-30になる。
だが、この幸運度のマイナスは、装備の補正によるものだ。
なのでまずクビヅカの幸運度が-130になり、それを帳消しにする形で『祝福』が働く。結果として、クビヅカの幸運度はゼロになる。
ここに他の呪いが被せられたとしても、『祝福』の効果は消されることがなく、あくまでもゼロから呪い分が引かれるだけとなる。
もちろん、対抗魔法で『祝福』自体がキャンセルされてしまえば、効果は消えてクビヅカの幸運度は-130に戻る」
「でも、『祝福』の効果さえあれば、クビヅカは特別運が悪いやつってわけでもないんだな。
いや、幸運がゼロなんだから運が悪いのは間違いないけど、外に出た途端に隕石に当たって死ぬようなレベルの不幸じゃなくなってるわけだな。
上等! ただフツーに運がないだけなら、おれたちのフォローで何とでもなるぜ!
やったじゃん、ハク! やっぱおまえ頼りになるぜ!」
ハクが小さく息を吐く。
「MP量の関係で、回復を使ったりすると『祝福』の常時維持が困難になる。ぼくのレベルが低いうちは、綱渡りなのは変わらないだろう。
ただし、ずいぶんと太い綱にはなったはずだ」
「大丈夫! おれたちまだレベル1だぜ?!
そうそう回復必要になるような敵と戦わないって!
よし、戦いだ! おれたちより弱いヤツに会いに行く!!」
ラックがくすぐったそうに笑う。
「その通りなんだけど、そのまんま言葉にしちゃうと情けないよね」
「いいんだよ、序盤なんだからレベル上げと慣らし運転は必須だぜ!!
弱っちいやつを数倒す! ジャスティスなんだよ、これは!!」
キップは気勢を上げ、仲間たちを追い立てるようにしてゲーム本編へ移動していく。
そのネズミは柴犬くらいの大型だった。
ジャイアントラットと名付けられていて、単独で行動し、街の城壁の影がかかるくらいの近場でも遭遇する。
人を怖がらず、むしろ待ち受けるようにその場に留まり、キップたちが攻撃を選択すると躊躇なく受けて立ってきた。
ヒロが最前線で剣を振り回し、ラックは下がってクビヅカを庇うように貼りつく。
その周囲を固めるように、キップたちが集まっている。攻撃が抜けてくるかもと身構え、あるいは遠距離攻撃ができる者たちはその準備をして、ヒロの戦いを見守る。
噛みついてくるネズミを盾で押し返しながら、ヒロは攻撃を続けた。剣で何度か斬りつけると、ネズミは地面に転がって動かなくなる。
倒れたネズミが幻のように消え去ると、キップたちの頭の中で、小さく短くファンファーレが鳴る。
テレビのテロップのように戦闘結果が表示され──入手した経験値や金銭、ドロップアイテムなどの一覧だ──しばらくすると消える。
ヒロは仲間たちを振り返って、緊張を笑顔で解す。
「何かリアルだよ、手ごたえとか。これ、ホントなら結構怖い感じだと思うけど、ゲームってわかってるせいかそうでもない。
興奮する。何か楽しい!」
キップが親指を立てる。
「よし、ほぼノーダメージだよな。
入ってきた経験値見た感じだと、あと五匹も倒せばレベル上がりそうだぜ。
どんどん行こう、次は魔法の試し撃ちだ。
頼むぜ、マギー」
次の敵を探し、見つけ、戦いを仕掛ける。
先と同じ陣形だったが、今度はヒロは攻撃しない。
盾を構え、眼前のネズミと背後の仲間を遮る位置取りに努めている。
マギーが短杖をかざし、呪文を唱える。自分で演技しているわけではない。行動入力に伴う、定型の自動アクションだ。
いくつもの光の弾丸が、ネズミの体に突き刺さった。
転がったネズミが、消える。
キップは口笛でも吹きそうな様子で喜んでいる。
「一撃じゃんか、やっぱ魔法は強力だな!
やるじゃん、マギー! ちゃんと魔法使いに見えるぜ!」
マギーは小さく息を吐く。
「でもこれ、何発も撃てないよ?
いまのわたしのMP?だと、続けて撃てるの二発までだ」
「全然オッケーだって。魔法は切り札だし、MPは時間が経てば回復する。
おまえがガス欠の間は、みんなで袋叩きにすればいいんだよ。
どうやらこのまま行けそうだな、どんどん数こなそうぜ」
ハクが辺りを見回す。
「数をこなすのはいいが、敵はかなり散らばっているな。接触するまでが大変だ。
マギーの回復のことを考えると、好都合なのかもしれないが」
「ネズミ追いかけるのに夢中で、街や街道から離れるなよ。ネズミ相手ならラクショーだけど、これより強い敵に当たると死闘になるかもだぜ」
キップの警告に、全員が頷く。
街や街道など、PCの気配が濃い場所には、モンスターが近づかない設定になっていた。いたとしてもレベルが低い、いまのネズミのような敵だけだ。
だが、人里を離れれば、そこはモンスターの世界だった。敵の種類も、動物に毛が生えたようなものからどんどんと怪物に近づいていく。
ネズミのように、こちらから攻撃しなければ戦闘にならない敵ばかりではないのだ。強い敵であればあるほど好戦的で、向こうから襲い掛かってくる。
だからいま、キップたちがいる場所は、街を出たすぐのところで、街道のとなりに広がる荒地だった。キップたちからは、街も街道もよく見える。
当然、逆もそうなのだろう。街道を外れた二人組が、キップたちの方にやってきた。笑顔で手を挙げ、声をかけてくる。
「よう、ルーキーズ。
レベル上げか、がんばってるな」
二人とも、男のキャラだった。軽装だが鎧を身に着け、剣を腰に下げている。制服、というような、かっちりと整った統一感のある装いではない。冒険者風、とでもいうのだろうか。おそらくは、このゲームでの一般的なPCのビジュアルなのだろう。
キップも手を挙げて応える。
「よう、先輩ズ。
ええ、がんばってますよコノヤロー。レベル上限値か、スゲーなあ」
二人とも、ステータスはレベル30を示していた。ネバーネバーランド・アドベンチャーでは、PCの最高レベルが30だった。
男の一人が、大笑いに崩れる。
「おれたちも大概後発組だけどな。
フツーにプレイしてれば、すぐに追いつくぜ。
このゲーム、テスト始まって結構経ってるらしいし、そろそろレベル上限開放の噂もあるから、おまえたちもとっととカンストしちまえよ」
「急がずにボチボチやるよ。ワケありで、あんまり無茶な経験値稼ぎができないんだ。当分はネズミが主食だろうなあ」
キップの嘆きに、もう一人の男が提案してくる。
「ネズミ乱獲するなら、いい場所があるぞ。
西門と北門の中間辺りの壁際だ。ジャイアントラットが大量に湧くポイントがある。
ほぼ移動の手間なしで延々と狩り続けられるぞ。良ければ案内するけど」
キップが目を輝かせる。
「マジ?! ネズミ追いかけて走り回るのだけはタルいって思ってたんだよな。
いい狩場があるならマジ助かる、やっぱ先輩は頼りになるぜ」
二人組に先導され、パーティーは移動した。
街道に戻り、街の門に辿り着くと、壁に沿ってさらに進む。
門から離れると、街のすぐ傍だというのに人の気配がない。
人よりも低い背丈しかない木だけが、ぽつりぽつりと生えている。静かな荒地が、暑さを伴わない陽光に撫でられて見渡す限りに続いている。
変化のない風景の中をしばらく進んでから、二人組は立ち止まった。
キップたちを促すように左右に別れ、振り返る。
「だいたいこの辺りだと思うぜ。
少し探せば、ワラワラ湧いて出てくる」
「よっしゃぁぁぁっつ!!
狩り尽くしてやるぜ、行くぜみんな!
情け無用、マッスィーンに徹しろ、ネズミ狩りマッスィーンに!!」
荒ぶるキップが先頭で駆け出し、他の五人は慌ててそれを追いかけていく。
頭の中で、何か甲高い、張りつめた音が鳴った。
まるで、警報のような。
全員の足が止まり、顔を見合わせる。
「何だ? みんなに聞こえたのか?
それともおれだけ?」
「ううん、わたしも聞こえた。
たぶん、みんなも。
何の音?」
キップとラックが確認し合い、見回し、全員が同じ状況であることを察する。
キップたちの背後から、どこか間延びした二人組の声がする。
「ああ、それ、ただの警告音だ。
決闘区域に進入しましたよ、っていう」
二人組の笑顔が、友好的とは言えないものに変わっていた。嘲り、見下し、暗い愉しみに心を弾ませている。
剣を抜き、刃を肩に担いで挑発するように手招きする。
「ちょっと遊んでけよ。対人戦のレクチャーしてやるぜ」
マギーが訝しむ。様子がおかしいことに気づいてはいるが、何がどうなっているのかがわからない。
「何の話?! 案内してくれる場所が違うんじゃ──」
キップが、肩で後ろに押しやるようにマギーを制する。
『悪い。第一街人で、変なのに引っかかっちまった。
ゲームやってる連中が、こんなのばっかりだと思わないでくれよ。
こいつらレアポップの、ただのロクデナシだ』
パーティー内のメンバーだけと受け答えできる会話モードで、キップが謝る。
『あー、くそっ、腹が立つ!
あっさり騙されてんじゃねーよ、参謀のくせに!
バカをバカと見抜けないなんて、おれのバカバカバカバカ!!!!』
『騙されたって?』
『狩場教えてやるって言っときながら、対人戦エリアに引き込みやがった。
他のゲームでもそうなんだけど、プレイヤー同士で戦える環境があったりするんだよ。
結構エゲツナイんだよな、負けた方はデスペナルティで大損したりする。
このゲームだとどうなんだろ? 対人戦なんてアウトオブ眼中だったから、細かい仕様なんて確認してねーぞ。
こいつら、おれたちと戦う気だ。レベル1と30じゃ勝負にならねーって。イジメだよ、イジメ』
ラックとヒロが、仲間たちの前に出る。
「対人戦は、まだ早いですよ。わたしたち、レベル1なので」
「強さが全然つり合わない。教えてもらうのは、もう少しちゃんと戦えるようになってからにします」
二人組は、声を立てて笑う。
「遠慮すんなって。勝ち負けなんて気にすることねーよ、練習だ、練習。
痛い思いするから身につくってもんだろうよ」
二人組とやりとりしながらも、ラックが対応を探る。
『どうしよう? やっぱり逃げる?
対人戦エリアの広さがわからないから、どの方向に逃げるのが安全かわからない』
ヒロも考えあぐねている。
『前の二人を抜ければすぐに安全圏だけど、絶対に無理だろうね。
逆方向に走っても対人戦エリアから離脱はできると思うけど、たぶん追いつかれるよね。素早さのパラメータが全然勝負にならないし』
キップが説明する。
『対人戦の仕様を確認した。ザックリだから、細かいところは知らね。
やっぱデスペナルティあるわ。所持金の半減とレアアイテムの喪失。
おれたちレベル1だから、死んでもそんなに痛くはないんだよな。
ただ、バカにバカにされるっていう地獄の屈辱が待っている。
それに、問題はクーちゃんだ。対人戦でも消滅するかもしれない。調べてもよくわかんないんだよな、詳しく調べてる時間がない』
マギーが口を引き結んで頷く。
『とにかく、クビヅカ逃がせれば勝ちってことよね』
『そういうことだ。
全員、バラけて逃げるぞ。
クーちゃんに食いつくようなら、全員で時間稼ぎする。
まずはおれが囮を引き受けるぜ、生き残ってくれよ、我が友たちよ!』
『囮って、どうするつもりよ?』
マギーに笑顔で親指を立てて見せると、キップは二人組に流れるような罵詈雑言を浴びせ続ける。
二人組から嘲笑が消え、顔色が青くなり、赤くなり、怒り心頭で剣を振り上げる。
「このクソガキ、ぶっ殺す!!」
「黙れ、ワープア! ちゃんと年金払えよ、コノヤロー!!」
『釣れたし、逃げるわ。達者でな~』
呆気にとられている仲間たちに、キップは片手を上げて見せる。
その眼前を、影が通り過ぎた。
その姿を目で追いかけ──呆然と固まる。
理解が追いつき、キップが驚きの声を上げたときには、その背を見送るしかなくなっていた。
「クーちゃん?! ちょっと待て、おまえが前に出てどーすんの!!!!」
クビヅカが、二人組に向かって突進していく。剣を振りかぶり、振り下ろす。
刃を避けるのと撃ち込むのが同時だった。
男に斬り伏せられ、クビヅカが倒れる。
体から、蛍が飛び立っていくようだった。
光が散る。
幻のようにクビヅカの姿が薄れ、消えていく。
「クーちゃん!!
ちくしょう、よくも!!」
喚くキップを見て、二人組はいくらか余裕を取り戻したようだった。
「レベル1だからって、自棄になってんじゃねーよ。丁寧にいこうぜ、丁寧に。
自分を最大限に活かすんだ。どうすれば敵に最大のダメージを与えられるか、冷静に判断してな」
小馬鹿にするような講評に我を忘れ、男たちに突っかかっていこうとするキップの肩を、ハクが摑んだ。
『大丈夫だ。クビヅカは消滅していない』
『消滅していない?!
でもいま──姿が消えて──』
『パーティーステータスを確認してみろ。クビヅカの状態は、どうなっている?』
ハクに促されて、キップはパーティーの状態をチェックできるステータス画面を開いた。
メンバー全員の名前が並び、その横にHP・MPの現在値/最大値が表示されている。
名前の表示方法で、メンバーの現在の状態がわかるようになっていた。赤くなっていれば危機的な状況、重なっているアイコンによって状態異常がわかる、というように。
消滅していれば、その情報欄が暗くなってロストのアイコンが貼りついているはずだが、クビヅカの欄はそうなっていなかった。
名前が、赤黒く点滅している。
キップが呟く。
『これ──この表示って、憑依状態を示してるやつだよな?』
『表示は、その通りだ。憑依の一種、ということで処理されているようだ』
ハクの説明に、地の底から響くようなBGMが重なる。
周囲が、暗くなった。
地面に、光の模様が浮かび上がる。小さな円が爆発的に広がって、大きな魔方陣になった。
魔方陣の中央から、せり上がってくるものがある。地面から──地の底から、這い出してきたように。
怨霊武者。丸みを帯びた四頭身のキャラではない、リアルを追求しすぎて悪夢に行き着いたようなモデリングの姿が仁王立ちしている。全身に纏う瘴気が滴る血を巻き上げ、宙に舞わせる。
──『怨霊化』──
一瞬にテロップが流れ、消える。
固まっていた二人組が、ようやくのことで悲鳴を上げる。
「これ──何、これ?!?!」
「『怨霊化』って?! 何かのイベントなのか、これ?!?!」
怨霊武者が、横薙ぎに太刀を振るった。
紫黒の瘴気が、まるで炎の竜巻のように二人組を呑み込む。
瘴気が消えると、二人組が地に伏していた。ぴくりとも、動かない。
『走れ! 対人戦エリアを抜けるぞ!』
ハクの号令で全員が駆け出す。
怨霊武者の、倒れている二人の傍をすり抜け、止まることなく走り続ける。
かなり離れてから、ようやく立ち止まった。
「みんな──無事か?!?!」
キップの確認に、ラックが来た方向を指差す。
「うん。もうすぐ全員だよ」
どたどたと、怨霊武者が駆け寄ってくるところだった。キップたちの直前で、止まる。背を丸めたまま、じっとキップたちを見下ろしている。
キップは唾を呑み込んだ。
「その──間違いないと思うんだけど──
クーちゃん、だよな?」
キップの問いかけに、怨霊武者はカクカクと頷く。
「どうなってんの、これ?!?! 一番最初のビジュアルに戻ってんじゃん、R⑮モードどうした?!?!」
「亡霊のPCに関しては、まだ色々と不具合があるようだな。おそらく、スキル発動時のビジュアルにモード補正がかけられていないのだろう」
キップが尋ね、ハクが答える。
答えた相手に驚きながらも、キップが続ける。
「どうゆうこと? スキル? あの、『怨霊化』とか出てたやつか?」
「その通りだ。現状では、クビヅカだけが持つ固有スキルになる」
「固有スキル?!?! そんなもんあるの?!」
「ある。
いや、固有として設定できるわけではないぞ、現時点ではまだ広まっていないだろうという推測なだけだ。
このゲームのスキルや魔法は、プレイヤーが新規にデザインできるようになっている。コストをかけることで、まったく新しいスキルを作り出すことができるんだ。スキルや魔法が膨大な種類存在するのは、これが原因のようだ。
クビヅカのステータスが最低なのは、ビジュアルに凝りすぎただけではなかったんだ。新規にキャラクターを作る段階で、最初からオリジナルのスキルを設定してしまった。キャラ作成コストの大半が、スキル作成に注ぎ込まれているんだ。
『怨霊化』の効果は、絶大だ。敵の攻撃を受けてHPがゼロになったときに、怨霊として復活する。怨霊のレベルは、『元々の自分のレベル+自分を倒した相手とのレベル差の二乗 』、ということになっている」
「……二乗、って?」
「同じ数同士を掛け合わせることだ。
今回の場合、クビヅカがレベル1で敵がレベル30だった。レベル差は、29。29×29で、841。これに元のレベルの1を足して、842。
つまり、いまここにいるクビヅカは、レベル842の怨霊ということになる」
キップは、ゆっくりと首を回らせてクビヅカを見た。
そのステータス画面を、いつまでも見ている。
「……ホントにレベル842だよ。地球割れるんじゃねーの、こいつ。
てゆーか、チートすぎるだろ、『怨霊化』って!!
ゲームバランスどうなってんの?!?! こんなスキル、ほいほい作れちゃうんだ?!?!」
「もちろん、効果に見合った膨大なコストがかかる。
それに、作成したスキルが運用されるには、運営側からの許可が必要になる。強力すぎると判断されれば、ゲームへの適用が見送られてしまう。
『怨霊化』が認められたのには、相応の理由がある。
まず、発動条件が極めて限定されている。
対NPC戦では、発動しないんだ。対人戦闘でのみ、発動の可能性がある。
そして、スキルの秘匿レベルが最低ランクだ。敵PCからでも、ステータス確認で実装していることが見えるようになっている。戦闘の際、不意打ちでは使えないということだ。
つまり、『怨霊化』が効果的に発動する条件はこうなる。
レベルの高いPCが、こちらのステータスを確認もせず、あるいは確認してもなお戦闘を仕掛けてくる、という場合だな」
ハクの説明に、ヒロが勢い込んで重ねてくる。
「そうか! PK対策のスキルなんだ、これ!!」
マギーがヒロに尋ねる。
「PKって?」
「プレイヤーキラー、つまりプレイヤーを倒すことを楽しむ人のことだよ。
もちろん、対人戦闘自体はちゃんとしたコンテンツなんだけど、それを悪意で使う人がいるんだよ。
レベルの高い人が、低い人を狙って不意打ちするんだ。
今回ぼくらがされたのが、ちょうどそんな感じだったよね?
クーちゃんのスキルは、それに対するカウンターアタックの効果があるんだ」
クビヅカが、ラックにぼそぼそと耳打ちする。
「クーちゃんね、まえに他のゲームでPKに遭ったことがあるんだって。お父さんのキャラを借りて遊んでたら、そんなことになっちゃって。
とっても寂しい気分だったって。
だから、今度はそんなことにならないようにしたかったんだって」
キップが腕組みで頷く。
「気持ちはわかるぜ。サイアクだもんな、あんなの」
「びっくりさせてごめんなさい、って言ってる」
「気にすることはない。ぼくらも助かっている」
ハクがクビヅカを労う。
「みんなの役に立てて嬉しい、って言ってる」
「きみは良い友人だ、クビヅカ」
「PK爆散しろ! 倍返しヒャッハー!! って言ってる」
「そこは通訳しなくていい、ラック」
キップがハクに恨みがましい視線を送る。
「知ってたんなら言ってくれりゃ良かったのに。
おれ、あのバカどもに絡まれて、すげーヤな気分だったんだぜ?
みんなに悪いなーとか、おれってバカだなーとか、知ってたけどやっぱりバカなんだなーとか、色々とダークなこと考えて頭の中グルグルだった。
先にわかってたら、カモネギひゃっほいユーアーウェルカムなウキウキ気分だったのにな」
「事前説明が必要な事態になるとは想定していなかった。
それに、事前説明で問題が発生する可能性もあると心配していた。
こうも早くに役に立ったから良かったようなものの、もしそうでなかったらどうなっていたと思う?
活用できる場面が極端に限定されるスキルにポイントを注ぎ込んで、わざわざ仲間に迷惑をかけるキャラを作った。クビヅカが暗に、ひょっとしたら直接に非難されることになるかもしれないと考えていたのだ。
もちろん、友人として皆のことは信頼している。
それでも、感情はコントロールしづらいものだという認識があった」
キップが手をヒラヒラさせる。
「考えすぎ考えすぎ。
ちくしょーこのやろーとは思うけど、そんだけだって。
困難にぶつかり、それをどうにかしようと知恵を絞るのがゲームの充足感に繋がるのだよ!」
「ものごと全般に当てはまる話だが、きみにはゲーム限定なのだな」
ラックが、背伸びをするようにしてクビヅカの頭を撫でている。
「どうしよう? クーちゃんずっとこのまま?
バグでビジュアル戻らないの?」
ハクが諸々のステータスを確認し、推察する。
「バグではなさそうだぞ。
状況表示が戦闘中のままだ。
つまり、『怨霊化』スキルが発動したままになっているので、ビジュアルが戻っていないのだと思う」
ヒロは首を回らせ、遠くに倒れたままの二人組を確認する。
「でも、あっちはもうHPがゼロで──
いや──おかしい、確かに戦闘結果の表示画面が出てないよね、どうなってるんだろ?
対人戦闘エリアは出たから、それだけでも逃げ切りで戦闘終了するはずなんだけど」
「おそらくだが、向こうがまだ選択肢を持っているのだろう。
逃げ切りで戦闘が終了しないのは、とりあえずこちらが勝利条件を満たしているからだ。
ただ、その結果を差し戻す手段が向こうにあるのではないか?
死亡時に、プレイヤーを復活させるアイテムがあるようだ。任意で使える仕様なのかどうかは知らないが、それを使うかどうかで思案しているのだろう」
キップが訝しむ。
「とっとと使えばいいのに。こっちがこんだけ離れてるんだし、復活したら戦闘エリア離脱で引き分けになるんじゃねーの?」
「いや。戦闘が続行される。
ぼくらは戦闘エリアを離脱しているが、怨霊化したクビヅカが単独で戦闘状態を維持することになる。
いまのクビヅカは、NPCに準じた扱いなんだ。だから、対人戦闘エリアを離れても戦闘終了にはならない。
逃げ切りで戦闘終了させるには、非戦闘エリアに入る必要がある。
つまり、彼らは復活してすぐ街の中に逃げ込まなければならないが、それが可能かどうかを検討しているのだろう」
ラックがクビヅカに尋ねる。
「クーちゃん、追いかける?」
クビヅカが剣を薙いだ。
荒地を、瘴気の斬撃がどこまでも伸びていく。
キップが感心したように頷く。
「レベル800越えだもんな。復活した途端にプチッ、て感じか」
この斬撃が、二人組の戦意を喪失させたようだった。
倒れたままの姿が、幻のように消え失せる。
それを見たハクが、頷く。
「墓場に飛んだか。助けを請わないのは潔いな。
請われても復活の魔法はまだ使えないが」
死亡したPCの選択肢は、ふたつあった。
ひとつは、死体としてその場に留まり、誰かに蘇生の助けを求めること。
もうひとつは、街の中のような非戦闘エリアに用意されている墓場に瞬間移動して、自力復活することだ。
その場で蘇生を受ければデスペナルティを軽減することができるが、墓場に飛んでしまうと満額のペナルティを支払うことになる。
キップは頭の後ろで手を組んでいる。
「あんなロクデナシどもだもんな。助けに呼べる友達もいないんだぜ」
「いたって呼べないわよ。始めたばかりのプレイヤー虐めて、しかも返り討ちだもん。恥晒すだけじゃんか。
舌噛んで死ねって感じ」
マギーが辛辣に相槌を打つ。
戦闘の結果画面が流れた。
確認し、ヒロが頷く。
「対人戦闘だと、ほとんど入ってくるものないね。経験値なんてゼロだし」
「まーな。健全だよ。
PCで経験値入るなら、PK流行るし仲間で殺し合いっこするだろうし、メチャクチャだぜ」
「あるべきゲームの姿ではないな」
キップもハクも、淡々としたものだった。
クビヅカのビジュアルが元に戻り、ラックは人魂を手の平に載せて可愛がっている。
「良かった~、クーちゃん戻ったね。
やっぱりこっちの方がカッコいいよ、クーちゃん」
「いや、どっちもカッコいいとは──うん──何でもない」
マギーが言葉を濁し、そっと向こうを向く。
急に、ファンファーレが鳴り響いた。
同じメロディが、何度も何度も繰り返される。
みんな、何事かと辺りを見回す。
「何だ?! 何だこれ?!
何かのイベント?!
まだ来んの?!
ちくしょう、上等! どっからでもかかってこいやーーーーっ!!」
キップがカラテか何かの構えで周囲を威圧している。
最初に気づいたのは、ラックだった。
「──今の、たぶんレベルアップのオメデトーメロディだよ」
ヒロが驚く。
「レベルアップ?! でも、さっきのリザルト画面じゃ、経験値はゼロになってて──」
「クーちゃん、レベル11になってるよ」
ラックの指摘で、全員の視線がクビヅカに、そのステータス画面に集まる。
キップが金切り声を上げる。
「マジかよ!? ホントにレベル11だぜ!!
どーなってんの、これ?!?!」
ハクが小さく頷く。
「仕様を確認した。
亡霊は、やはり対人戦闘でも一発消滅のようだな。
そして、対人戦で経験値が入る数少ない種族でもある。
ただし、一度殺した相手と自分よりレベルの低い相手からは経験値を得られない。
おそらく、消滅仕様に対する救済処置も含まれているな。キャラを作り直しても、先行している仲間にいくらかは追いつける仕組みになっている」
全員が顔を見合わせ、またクビヅカに戻る。
マギーが眉をひそめる。
「──でも、良く見ると、ステータスの数字、そんなに上がってないよ?
キャラの成長って、こんなもんなの?」
ヒロが頭を掻く。
「いや、クーちゃんの場合、初期ステータスが最低だから、成長率も最低なわけで。
HPなんて41だよ、レベルアップ毎に必ず増える数値が1ずつしか上がってない」
キップがふんぞり返って宣言する。
「そんな細かいことはどうでもいいんだよ!
このゲーム、レベル差の補正がかなりデカいデザインになってるんだ。
仮に全部のステータスが同じ数字でも、レベル1と10が戦ったら、100%レベル10が勝つ。
つまり、クーちゃんは格下相手だと安全に戦える状況になったってことだ、スゲー助かるぜ、これ!」
ハクが眼鏡の位置を直した。
「ゲームを進めていける目処が立ったな。何よりだ」
「じゃあ、これはお祝いってことで。代表者、前へ」
キップが、恭しくヒロに剣を手渡す。
受け取ったヒロは、その剣を確認して驚く。
「これ……!
凄い剣だよ、ぼくのレベルだと性能上限使えないけど、それでも強力だ。
こんなのどうしたの?!」
「拾った」
歯を見せて、キップが笑う。
「ドロップアイテム?みたいなもんだよ。
ほら、あのヘッポコ二人組、デスペナルティくらったじゃん。
レア属性のアイテムを失ったわけだけれど、じゃあそのアイテムはどこにいくのかって話さ」
ハクが頷く。
「勝った者の、戦利品になるわけだな」
「そーゆーこと。
他にもいくつか拾ったけど、ヒロに渡した剣以外はレベル制限で装備さえできないんだよな。
強力なアイテムばかりだけど、気分悪い相手からの貰い物だし、売っ払ってカネにしちまおう。
で、今使える必要なものを買う、と。
クーちゃん最優先で装備充実させようぜ、序盤がサクサク進めるようになるかもな。
いきなりヤな経験しちまったけど、結果オーライか?
カモネギに感謝だな」
「感謝なんていらないわよ。ホントに爆散すればいいんだわ、あんなやつら」
憮然とするマギーを、ヒロが宥める。
「一応、仕様の範囲内での悪ノリだから、怒っても仕方がないよ。ぼくらが気をつけて身を守らないと」
「だね。
でも、あの人たちもこの街の住人なんだよね、また顔合わせるかもしれないって考えると気まずいかも」
ラックの心配に、ハクが一応の対策を示す。
「彼らについては、ぼくが『友人登録』をしておいた。
大雑把な位置検索ができるから、気をつけていれば不意の遭遇は避けられるだろう。
それほど気を揉まなくても大丈夫だ」
「『友人登録』じゃなくて、『絶交登録』の方がいいんじゃない? 相手からの位置検索ができなくなるし、『対話』もシャットアウトできるし。
嫌がらせがあるかもって考えると、そっちの方が良くない?」
「いや、『絶交登録』をしてしまうと、相手にもそのことがわかってしまう可能性がある。下手に刺激して、彼らの復讐心を煽るのは避けたい。
嫌がらせがあるようなら、運営側に通報して対処してもらう。
いまは『友人登録』の方が使い勝手が良い」
「そういうことなら、おれも『友人登録』しておくかな。パーティーでバラけて行動することもあるだろうし」
「そうだな。
だが、『友人登録』はぼくとキップだけでいい。彼らは友人ではないし、その彼らを友人リストに載せておくのは不本意だ。
事後承諾になるが、きみたち全員をすでに『友人登録』させてもらっている。友人リストの先頭があの二人になるのは残念すぎるので」
「ホント頭にくるよな、こんなことであれこれ知恵回さなきゃならないなんて。
でもまあしょーがない、今回はおれも不注意だったし」
「キップだけのせいじゃないよ。
責任っていうなら、リーダーのぼくがしっかりしてなくちゃいけなかったのに」
「誰のせいとかって話、おかしいでしょ?
悪いのあいつらなんだから。
気にしなくていいよ、キップもヒロも」
「何でおまえって男前なんだよ。ちょっとは女子力に回しとけ」
「訂正。おまえは気にしろ。深く反省して、山にでも篭れ」
「でも、本当に気をつけないとね。いい人ばっかりじゃないし、間違いだってあるから」
「その通りだ。近辺の対人戦エリアは、把握しておく必要があるな。他にもプレイヤー同士で問題のあった事例がないか、調べておく。
相手の行いを牽制するためでもあるが、ぼくら自身も無知から周囲に迷惑をかけるわけにはいかない。
ゲームを楽しむためにも、ゲーム内の約束事については下調べが必要だ」
言い合いながら、じゃれ合いながら、六人は街へと戻っていく。
不測の事態に、見事に対応した。その昂ぶりに、誰もが冒険への期待に胸膨らませて。
小学生×6はレベルが上がった!
リアルスキル『猜疑心』を覚えた!
──続く