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ネバネバ!  作者: 坊田曜寛
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2.きゃらめいくで/ざんねん


 厳真は時間通りにログインし、予想通りに待ち構えていた賢人と落ち合った。

「遅いぞ、ゲンさん!」

「いまが七時だ。文句は受け付けない」

「文句はないって。でも待ちきれないの!

 ようやくだぜ、仲間で一緒にゲームできるなんてサイコーじゃん!」

「認める。ぼくも楽しみで仕方がない」

 辰郎もすでにログインしていて、厳真に声をかけてくる。

「やあ、いらっしゃい。準備はできているよ。

 認証関係は、すべて問題なく完了した。

 ネバーネバーランドへようこそ、長谷くん」

「時間がかかりそうです。名前に馴染むのに」

 仲間が次々とログインしてきて、すぐに勢揃いとなった。

 全員を見回し、賢人が大きく頷く。

「よし、ゲームを始めよう!

 だがその前に、いくつか大事なことを決めておかなきゃならない。

 まずは、おれたちのリーダーを決める!」

 春花が、胡散臭そうに賢人を睨む。

「まさかあんたがなるって言うんじゃないでしょうね?」

「違うって。おれは何てーの? 参謀? リーダーの後ろからあれこれ指図する人になるの。

 おれにリーダー務まるわけねーじゃん。人望とか信頼とかがあるやつを立てるんだぜ、リーダーって」

「……自分をテキカクに把握してるバカって、どうなんだろ?」

「とにかく、チームにはリーダーが要る。

 ヒロ、おまえ頼む」

 いきなり言われて、広宣はうろたえる。

「ぼく? 無理だよ! リーダーシップとかないし!」

「そうかな? コマっちなら、適任だと思うけど」

「うん。わたしも文句ない」

 麻由里と春花に推されて、広宣は益々恐縮する。

 賢人は、腕組みをして頷く。

「ヒロが嫌がるだろうな~、とは思っていた。

 けど、いろいろ考えていくとヒロが候補に残っちまうんだよな。

 実際、『リーダー』ってとこだけ考えると、女子の二人がいい線いってるんだよ。

 石川はゲームに慣れてるし、落ち着いてあれこれ考えるタイプだ。誰とでも普通に接するし、他人にイヤなことしないしな」

 春花がニヤつく。

「へ~え、ケントが女子誉めるところなんて初めて見た。

 そうだよね、マユって可愛いもんね」

「何言ってんの? リーダーの最有力候補って、おまえだったんだぜ?」

 賢人の返しに、春花はうろたえる。

「へ? わ、わたし?!?!」

「だってそうじゃん。おまえ、リーダーシップの塊じゃんか。決断力あるし、行動が伴うし、大人相手でも気後れしない。

 おれについて来い!って気迫に満ち溢れてるじゃんか。

 はっきり言って、この六人の中で一番男気あるのおまえだぜ?」

「誉めてないからね、男気それって」

「ゲーム初心者ってところが、どうしてもマイナスなんだよな。

 で、どうせならゲームに馴染んでもらうこと最優先にしようと思ったんだ。ゲーム初めてであれこれ大変なのに、リーダーまで被せちまうと疲れるかな~って思って止めにした。

 石川は、さっき言った通り適任なんだけど、スエキチが傍にいると気持ちがそっちに行っちまうんだよな。頼りにしすぎる。

 これもスエキチの溢れる男気が悪さをして──」

「よし。わかった。黙れ」

 春花の気迫が生み出した沈黙を、広宣は活用する。

「で、でも、だったらゲンさんは?

 ゲンさんが一番しっかりしてると思うんだけど」

「絶対に『うん』って言わないぜ、ゲンさん。

 人望とか信頼とかはダントツだけど、本人にやる気がないんじゃしょうがないだろ?」

「で、でも! だったらぼくは?!」

 広宣の抗議に、賢人は厳かに頷く。

「押しに弱い。絶対に『うん』って言わせる自信があります」

 唖然とする広宣の肩を、厳真が叩く。

「済まない、広宣。ぼくからも、きみを推す。

 きみは自分から前に出るタイプではないが、責任感は強い。

 何より、誰とでも分け隔てなく付き合える懐の深さがある。視野が広く、困っている人間をすぐに見つけるし、こだわりなく助けにいける素直さがある。

 ぼくは、人見知りが激しすぎる。リーダーは無理だ」

 厳真の言い様に、麻由里がくすぐったそうに笑う。

「長谷くん、なかなかわたしと喋ってくれなかったもんね。嫌われてるのかと思ってた」

 辰郎は、どこまでも意外そうだ。

「長谷くんが人見知りって、ピンとこないな。

 ぼくと初めて会ったときは、実に堂々と受け答えしていたと思うけど」

「大人が相手だと、大丈夫なのです。相手の節度に期待できる。最初から壁があるので、防御に不安がない。

 ですが同年代だと、困る。どこまで踏み込んでいいのか、どこまで踏み込んでくるのか、まるで見当がつかない。

 対応できないのです、不甲斐ないことに」

 思いつめたように、厳真は喜史に向き直る。

「済まない、喜史。不快な思いをさせているのかもしれないが、どうしてもきみに対しては態度がよそよそしくなる。

 きみに非はない。きみが温厚で、誠意あるクラスメイトだというのはわかっているのだが、どうしてもきみに対しては気後れしてしまうのだ。

 理由がわからず、ぼくは困惑している」

 大丈夫、心配ないというように、喜史は片手を上げる。大仏のように、慈悲深げに。

 うん。ぼくも困惑している。

 そっと喜史から視線を逸らし、叫びたい気分で辰郎は厳真に同情する。

 広宣は口を引き結び、いろいろ呑み込んだ表情で決意を口にする。

「わかった。リーダーやってみるよ。上手くできないかもしれないけど、頑張る」

 厳真が小さく頷いてみせる。

「気負わないでくれ。みんな協力する。

 これは、ゲームだ。お互いに楽しもう」

 賢人が、勢い良く手を叩き合わせる。

「よし! リーダーの件は片付いた、と。

 あとひとつ、これは決めるっていうんじゃなくて、話し合っておきたいことがあるんだ。

 パーティーを組むわけだし、誰がどの役割をやるかってのを相談したい。

 それぞれが好き勝手に決めればいいとも思ってるけど、パーティーの編成が偏るといろいろ不都合だろ?

 ケンカしないで済む程度に役割分担できないかなって思ってる」

 厳真は全員を見回し、頷く。

「異議はない」

「オーケー!!

 じゃあさっそくだけど、おれ『盗賊』ね!!

 いいよね?! いいよね!!!!」

 春花が、いつも通りの冷ややかな視線を賢人に据える。

「話振ったやつがこんなんでいいの? ほんとガキなんだから」

 麻由里の方を向き、尋ねる。

「役割、って、どういうこと? 『盗賊』も役割のひとつなわけ?」

「そうだよ。

 RPGだと、仲間と協力してモンスターと戦ったりするんだけれど、その戦いの中でどんな行動をするかを事前に決めておく感じかな。

 職業ジョブ、って呼ばれることが多くて、その言葉の意味でイメージするとわかりやすいかも。

 武器を持ってモンスターに突撃するのが『戦士』、遠くから魔法で攻撃するのが『魔法使い』、傷ついた仲間を癒すのが『僧侶』って感じに役割を分担しているの。

 ネバーネバーランド・アドベンチャー(仮)だと、〝職業〟というより〝肩書き〟に近い扱いみたいだね。スキルでキャラの特徴づけをしているから、この〝職業〟だからこれができる、できないって区分けがきっちりとはないみたい。

 『魔法使い』だから魔法が使えるんじゃなくて、魔法メインで戦ってると『魔法使い』って呼ばれちゃう感じだね」

「──で、このナマエマケは『盗賊』がいいと言ってるわけか。

 カッコイイ職業なの? 『盗賊』って」

「おうよ! 玄人好みのナイスなジョブだぜ!

 用意されてるクエストには、迷宮探索なんてのもあるみたいだから、『盗賊』は必須だ。パーティーの要だぜ。

 鍵開け・罠発見に解除、その他もろもろ『盗賊』向けのスキルがてんこ盛り!

 それに、『盗賊』と言えば素早さだ。戦いは速さだよ、アキニ! 

 速さイコール打撃力って攻撃スキルもあるみたいだから、ゆくゆくはサブアタッカーも務まる万能職だぜ。

 臨機応変の才に溢れたおれにぴったりだっつーの!」

 賢人の雄弁を見事に聞き流して、春花は友人たちを見回す。

「クロウト好みとかどうでもいいけど、反対する人はいないんだね。

 だったら安心。いいよ、別に。ケントが『盗賊』で」

 賢人は、魂のガッツポーズを決める。

「よっしゃぁぁぁぁぁあっつ!! おれ『盗賊』!

 じゃあ、次は盾職決めようぜ、前衛の『戦士』ってとこか?

 二人は欲しいよな、状況見極めて守備と攻撃切り替えなきゃなんないし、ある程度ゲームに慣れて立ち回れるやつがいい」

 春花は腕を組む。

「慣れてないとダメか。

 なら、わたしは無理ね」

「違うぞ。経験より意欲優先だ。

 やりたいやつがやる。これ大前提ね。

 どうする、スエキチ? おまえがやる気なら、誰も文句ないと思うぞ」

「う~ん、どうだろ? やりたいか、って言われると微妙。何もわかってないから、『わたしはこれ!』ってのがないんだよね」

「似合ってると思うぞ、『戦士』。

 ゴリラ並みの腕力で、ゴーカイに武器振り回すおまえのイメージは、もう頭の中にあるもん」

「──うん。腕力はいらないけど、バカを殲滅する攻撃力は欲しいかも」

 険悪な面持ちの春花の肩に、麻由里は後ろから両手を添える。

「ハルちゃんは、『魔法使い』がいいんじゃないかな。たぶん、アタッカーに向いてると思う」

「火力積んで、砲台に徹するわけか。やることはっきりしてる分、ゲームに不慣れでもとっつきやすいかもな。

 どうする、スエキチ?」

「じゃあ、それで」

 素直に受け入れる春花に、麻由里は感極まったように抱きつく。

「わたし、『戦士』になる!

 ハルちゃん守るからね!」

 広宣がおずおずと手を挙げる。

「ぼくも『戦士』で。ゲームなら、暴れるキャラが好きだし」

 賢人が親指を立ててみせる。

「いいね! やる気があるやつは気持ちがいいって。

 ──さて、ゲンさん。ゲンさんにはやってもらいたいことがある。

 どうしてもイヤなら諦めるけど、回復職やってくれないか?」

 厳真は頷く。

「やる。

 嫌じゃないし、もともと回復職でいくつもりだった」

「さっすが! 頼りになるぜ、ゲンさん!

 リーダーはしょうがないとしても、ゲンさんに回復任せられたらなあって思ってたんだ。

 状況をテキカクに判断して、先読みで回復まわせるやつがいると戦闘が締まるんだよな。

 く~~~っ、ほぼ理想の編成じゃんか、やっぱ参謀の手腕?!」

 広宣は喜史に向き直る。

「ヨッシーは、好きにキャラ決めていいよ。必要最低限のところは抑えたみたいだから」

 喜史は、幸せそうにぼんやりと頷く。

 全員を見回して、賢人は声を張り切る。

「よし! それじゃあキャラメイクだ!

 どうする、全員一緒にわーっとやっちゃうか?

 おれとしては、お披露目でサプライズがしたいから、それぞれ個別にやりたいんだけど」

「ぼくも個別に賛成だ」

 厳真が言うと、反論は出そうになかった。

 ひとり、またひとりと、テレビの電源が落ちるように姿が消える。全員が、それぞれに割り振られた私有スペースへと移動していくのだ。

「ハルちゃん、わたし手伝おうか?」

「マユはマユで自分の準備があるじゃない。

 マニュアルもあるみたいだし、まずは自分でやってみるわ。

 どうしてもダメだったら泣きつくから、その時はお願い」

 女子の会話に、捨て台詞のように賢人が割り込んでいく。

「イメージ大事だからな、スエキチ。

 〝魔法使い〟、あるいは〝魔法〟を感じさせるビジュアルだぞ。

 あと女子だし、可愛さもアピールで。

 別に内面セキララなゴリラでもいいけど」

「死ね」

 春花の呪いを背に受けながら、賢人の姿も消えていく。

「──イメージね。魔法で、可愛くて、ゴリラは却下。

 なんとかするわよ」

 春花は麻由里と手を振り合い、二人とも消える。

 ひとり残された辰郎は、無為の時間を厭うことなく、悠々とすごした。

 やがて、一人目がロビーに戻ってくる。

 現れたのは、小柄な姿だった。

 アニメ的なビジュアルで、四頭身くらいの少年のようなキャラクターだ。

 見るからにはしっこそうで、目や表情に生気が溢れている。生意気そうな雰囲気が、誰のキャラクターかをあっさりと明かしてしまっていた。

「──なるほど、『盗賊』って感じだね。

 ホビットにしたんだね、高井くん」

 ホビットとは、人の亜種──種族の名前だった。

 ファンタジーでは定番のキャラクターだ。

 いわゆる小人で、大人でも人間の子供くらいな外見にしかならないとされている。敏捷性に優れ、頑健で疲れ知らずだ。盗賊としては、うってつけだろう。

「ザ・盗賊ってとこ。

 やっぱね、定番は押さえとくべきだって。

 見た目が量産型でも、行動で光るイケてるやつを目指すのさ!」

「こだわるね、きみは」

「ゲームだし。がっつりのめりこむの、おれは。

 このゲーム、ビジュアルはリアル路線かと思ってたけど、プレイヤーキャラはこんな感じなの?」

「いや、デモとかの絵でそのまま動いてるよ。

 ただ、年少者を受け入れるに当たって、ビジュアルにR⑮モードを追加したんだ。

 すべての映像処理が、アニメ的にシフトしている。モンスターの中には、そのまま顔の正面に来ちゃうとトラウマもののやつもいるからね。開発者なりの親心さ」

「へー、ちゃんと考えてるんだな。タツローって、ボーッとしてるように見えるのに」

「白状すると、きみたちの先輩プレイヤーたちから要望があったんだ。

 子供たちの精神衛生に配慮しろ!って。

 あと、自分たちでも結構きついんですけど?!って意見もあった」

「全然オッケーよ。ムダにリアル風味極めなくたって、楽しいゲームは楽しいし。ドット絵だから感情移入できないとかないしね」

 辰郎は賢人のキャラクターに視線を固定し、ゲーム用のコマンドを念じる。

 賢人の頭上に、何もない空間に、情報ウインドウが開いた。細かな文字で、キャラクターのステータスが列記されていく。

 目を近づけないと読み取れないサイズの文字のはずだが、問題はなかった。情報を確認しているということが誰にもわかるようにという演出なだけで、データそのものはウインドウを眺めている者たちの脳内に直接出力されている。

 辰郎は感心する。

「初期の武装が貧弱な代わりに、最初から基本的なスキルをいくつも装備しているんだね。

 『開錠』、『罠感知』、『罠解除』、『先制回避』か。

 攻撃スキルがひとつもない。小学生の男の子としては、珍しい構成じゃないかな」

「だって盗賊だもん、おれ。

 ホビットだと、盗賊に必要な能力数値項目ステータスに上限まで振り切っても、ポイントたっぷりあまってたんだよな。

 で、いろいろちょこちょこと調整しながら、装備スキルメインで決めたんだ」

「名前は『キップ』か」

「軽やかですばしっこそうな感じだろ?

 おれはもうケントじゃない。

 この姿のときは、キップと呼んでくれ」

「了解した、キップ」

 そのとき、ちょうど二人目が戻ってきた。

 女の子のキャラクターだったが、キップよりは二周りは大きい。

 ぽっちゃり体型だが、鈍重というより弾むボールがイメージされる。

 雄牛を思わせる角つきの兜に、丸い盾と斧を装備。短パンと袖なしのシャツ、それにブーツ。

 肌は浅黒いが、髪は鮮やかな金色だった。注連縄のようなおさげが、兜の下から腰の高さまで垂れて──いや、突き出ている。

 キップは歓声を上げる。

「おー、それっぽいそれっぽい。

 やるじゃん、石川。

 ホットパンツの女戦士って、意外に新鮮かも」

「『キャディラック』といいます。

 呼ぶときは『ラック』になるのかな?

 よろしくお願いします」

 麻由里が──ラックが、深々と頭を下げる。

 辰郎も頷きを返す。

「種族はドワーフか。パーティの盾って感じだね。頼もしいじゃないか」

 言われて、ラックの丸々とした目が嬉しげに細まる。

 ドワーフもまた、ファンタジー世界の住人だ。

 ホビットと同じく小人とされているが、ゲームキャラクターとしては、むしろ大柄なイメージか。

 背丈は人間に及ばないものの、横幅はまさに酒樽。

 頑丈で、頑固。言葉より行動を重んじる。

 困難に対して一歩も下がらない戦士であると同時に、手先の細やかな職人としての側面も持つ。

 キップが首を傾げる。

「そういえば。ドワーフって、女でもヒゲが生えるんじゃなかったっけ?

 ないじゃん、ラック」

 辰郎が悲しげに首を振る。

「ゲームが始まったときには、種族の基本形として髭の設定はしてあったんだよ。

 でも、非難が山のように寄せられて。基本のビジュアルは、女ドワーフに髭はないように変更されている。

 もちろん、髭を生やせるようにはなっているよ。でも、それをしている人を見たことはない」

 ラックはにっこりと鉄壁の微笑をキップに向ける。

「わたし、ヒゲはいらない」

 いくらか冷えた空気が、三人目の登場で完全に冷え固まった。

 だれもが絶句し──そしてキップが笑い転げる。

「ぶっ──ぶはははははは!!!!

 ちょっ──マジ?!

 妖精?! 花の妖精?!?!

 ティンカー○ルじゃん、ヤベーぞ、ティ○クがハイパー化した!!!!」

 大きな花びらを繋ぎ合わせて作ったようなドレスを着て、女の子が立っていた。学芸会かコスプレでしか見ない光景だ。

 周囲の空気とキップの馬鹿笑いから察して、女の子の表情は硬い。

「たっ──大変だ、スエキチ!

 羽! 羽付け忘れてる! 

 背中に羽ねーじゃん、それじゃ飛べねーって!

 キラキラの光の粒振り撒いて飛ぶお約束のシーンが──」

 女の子が──春花が放った魔法が、キップを紅蓮の炎に包む。

 炎が収まったあとには、黒焦げになってピクリとも動かないキップが転がっていた。

 辰郎は頷く。

「魔法使いとして、火力は充分のようだね」

 春花はラックに──麻由里に泣きつく。

「変?! わたし変?!?!

 考えたんだよ、一生懸命考えて、でも良くわからなかったから何か参考にできることはっていろいろ思い出して──」

「うん。うん、大丈夫。

 一緒に考えよう?」

 二人は連れ立って消える。

 ロビーは静寂に包まれたが、いきなり起き上がったキップの喚き声でにぎやかに震える。

「ちくしょう! あのボーリョク女!

 まだゲーム始めてもいないのに、死ぬところだった!!」

 辰郎が、聖者の面持ちで宥めにかかる。

「ここは戦闘エリアじゃないからね。死ぬことはない。

 大丈夫だよ、キップ」

「だっておれ、黒コゲの丸焼きに──」

「いまはもう違う」

「──あれ、ほんとだ」

「戦闘エリアじゃなくても、攻撃のアクション自体はできるようになってるんだ。

 で、ダメージはないんだけど、攻撃をくらったリアクションがいくつか設定されている。

 さっきのきみみたいな黒焦げとか、ケチャップ塗れとか、中途半端幽体離脱とか──」

「そこ、そんな凝らなくていいから」

 鼻息が多少やわらぎ、落ち着きを取り戻したキップは、ふと自分の隣に立つ誰かに気づく。

「──あれ? ヒロ、おまえいたの?」

「いたよ。末吉さんとほぼ同時に戻ってきてた」

 所在なげに立ち尽くしていたのは、剣と盾を手にした戦士のキャラクターだった。精悍な顔立ちだが、表情が曇っている。

 男子は何人もいるが、その雰囲気から、キップには──辰郎ですら──相手が広宣だとわかる。

「おー、やるじゃん、ヒロ。おれと同じで『ザ・戦士』だな。

 考え方一緒じゃん、外見や装備にポイント使わず、ステとスキルにがっつり振り込んでる。

 でもおまえ、キャラの名前まで『ヒロ』って……」

「キャラに名前がつけられるときは、たいてい『ヒロ』にしてるんだ」

「『ヒロは考えることをやめた』」

「変なナレーションいらない」

 なおも言い合いだの意見交換だのを続ける二人を沈黙で引き裂いたのは、次に戻ってきた人物だった。

 辰郎も含めて、全員が彼を見つめ、口を噤む。

 絶句しているわけではない。言いたいことが山になっているが、言っていいのかどうかを思案しているのだ──キップでさえ。

 これまた雰囲気だけで、そのキャラクターが厳真であることはわかっていた。

 スキンヘッドに眼鏡。

 暗色のローブを地面にまで引き摺り、手には年月を経た古木の杖を持っている。

 その杖を地面に突き立て、直立する姿は、戦士よりも戦闘的に見えた。

 辰郎は、キップとヒロの視線が自分に集まっていることに気づいていた。無言の圧力に屈する。

 大人として、また部外者として、一番遠いところから爆弾かもしれないものを突いてみる。

「長谷くん、だよね?

 何というか、そのビジュアルは──」

 無念を滲ませ、スキンヘッドが頷く。

「沈黙は雄弁です。

 あまり良くないのですね」

「いや、良くないというか──不穏だ。

 特定のキャラをイメージできないけれど、どうにも、その──『若かりし頃の悪魔神官』的な?空気感がひしひしとだね──」

 それ以上、苦しい言葉を継ぐまえに、スキンヘッドの服装が変わる。

 眼鏡はそのままだったが、スキンヘッドは頭巾に包まれ、ゆったりとしたズボン姿の上からポンチョ風の外套を被っている。

 シンプルなデザインの小さな盾と戦鎚メイスを手にしていて、ずいぶんと身軽なイメージになった。

 ヒロの顔が綻ぶ。

「何だ、ゲンさん、ちゃんと第二案も考えていたんだ。

 うん、ぼくはこっちの方がいいな。並んで戦うのが頼もしく感じて──」

 キャラのステータスを確認したらしいヒロの顔が、訝しげに固まる。

「──キャラの名前って、漢字使えるんだ。

 これ、『モモシロ』じゃないよね、『トウハク』でいいの?」

 スキンヘッドが頷く。

「そうだ。『桃』に『白』と書いて『トウハク』と読む」

 キップは首を捻りながら感想を述べる。

「何か缶詰みたいな名前だな」

「まさにそれだ。

 イメージの元は、白桃の缶詰だ。

 『癒す者』のイメージから、何故か病気のときに目にすることの多いあの缶詰を思い出して、名前にしようと思ったのだ。

 『ハクトウ』では名前として違和感があるので、上下をひっくり返して『トウハク』にした。同名の著名人もいることだし、名前として妥当と考えた」

「長谷川等伯か。ハセつながりだな」

「きみは意外に博識だな、賢人──いや、キップ、か」

「呼び方どうしよう。

 『トウハク』のままでいく?

 それとも『モモ』とか『ハク』とか?」

 ヒロの問いかけに、勢い込んでキップが食いつく。

「ヤベー! いますげーことに気づいた!

 『桃白』の呼び名だけどさ、『タオパ○パイの一字違い』ってどう?! どう?!?!?!」

「『ハク』がいい。『ハク』で頼む」

 キップを見て、ヒロに向き直り、桃白が──ハクが真剣な面持ちで告げる。

 脅威の粘り腰を見せるキップだったが、そこへ女子組が戻ってきて、すべての熱意がリセットされてしまった。

 ラックが得意げに押し出してくる女の子に、皆の視線が集まる。

「やったじゃん、すげー良くなったよ。

 これはこれで『魔法使い』だよな」

「特に似てるってわけじゃないけど、シリーズ初期のハーマイ○ニーのイメージだよね」

 キップが誉め、ヒロが何度も頷く。

 そのたびに、女の子のぎこちなさが増していくようだった。

 キュロットスカート。

 白いブラウスの襟元を、紐のタイで蝶結びに留めている。

 丈の短い上着をかっちりと着込み、手には指揮棒を思わせる短杖ワンドを持っている。

 ふわふわの癖っ毛を短く刈り整え、気の強そうな太い眉の下に、怒ったような目を丸く愛らしく開いている。

 やはり、どこか本人の面影がある。春花は、春花にしか見えなかった。

「最初からマユに頼めば良かったわ」

 不貞腐れたように、言う。

「何で? 楽しくなかったか、キャラメイク」

 不思議そうに尋ねるキップに、ハーマイ○ニーが噛み付く。

「さんざんバカにしたじゃん、おまえ! 空が飛べないとか!」

「悪かったよ。

 でも、真剣に笑えた。あれはあれで成功だろ、本人にその気がなかったとしてもさ。

 いまのそれだって、おまえの意見が全然入ってないわけじゃないんだろ? 

 もしなかったとしても、おまえがそれでいいって決めたんだろ?

 すげーじゃん、センスあるよ」

 素直に、おだてる気もなく淡々と言葉を重ねるキップに、ハーマイ○ニーは後ずさる。

「マ──マユ! わたしを守って!

 こいつ何か企んでる! 絶対に悪いこと!!」

「大丈夫よ、マギー。悪いところばかりじゃないのよ、キップだって。

 あと、わたしはラックね」

 ラックはハーマイ○ニーの──マギーの背中を支え、子供をあやすように宥める。

 ハクがステータスを確認し、頷く。

「マギー──マーガレット、か。

 愛らしい名前だ」

「あ──ありがとう、え~と──桃白」

 ゴッドファーザー的な貫禄で言われ、マギーは恐縮する。

「よ~しよしよしよしよし!!!!

 パーティ、って感じになってきたぜ!

 仲間がいれば不可能はない!

 どんな敵でもかかってこいやー!!!!」

 感極まったキップの叫びに答えたのだろうか。

 不穏なBGMが流れる。

 何事かと見回す全員の視線が、ある一点に集中する。

 ロビーの何もない空間に、全員が床としている水平面に、丸く何かの文様が光となって浮き上がっている。

 文様が、大きく広がった。

 その中央から、何かがせり上がってくる。

 邪気に腐食されたかのような、古く汚れ損なわれた鎧兜。

 丸めた背が、おぞましい兜首を前へと突き出している。

 般若とも髑髏ともつかない仮面の奥に、鬼火のような眼光が冷たく燃えている。

 全身が黒い靄に包まれていて、その揺れる様が瘴気の炎に焼かれているようだった。

 頭身が、ビジュアルが、キップたちとは違っている。

 デモムービーで見た、モンスターそのものだ。

 ……カカ……カカカッ!!

 髑髏が唇のない歯を打ち鳴らすような音を立て、怨霊武者が身を起こす。仰け反るように。襲い掛かるように。

 キップが絶叫する。

「エ……エンカウント?! 敵が出てくんの?!

 もうゲームスタートしてる?!

 デモ戦闘だよね、勝てる気しないんだけど?!?!」

 女子組が悲鳴を上げ、ヒロが皆を守るように先陣に──というか生贄に──泣きそうな顔で飛び出ていく。

 ひとり、ハクだけが必死に状況を整理しようとしていた。相手を、見ている。

「ちょっと──皆、待ってくれ。

 表示が違う。

 敵ではない。NPCノンプレイヤーキャラクターの識別ではないんだ。

 これは──プレイヤーだぞ。

 つまり、その──ここにいるということは──」

 全員が固まり、少しずつ理解に近づいていく。

 ヒロはハクを見て、ゆっくりと怨霊武者を振り向く。

 震える腕で、指差す。

「……あの……あの……ヨッシー、ですか?」

 思わす敬語になるヒロに、怨霊武者が──喜史が片手を上げる。『おいーっす』風の、気楽さで。

 キップの絶叫が戻ってくる。

「ヨッシー?! これヨッシー?!?!

 何でこいつだけこうなの、敵だよこれ?!

 てゆーかR⑮モードどーなってんの?! モザイクかかっちゃうレベルだよ、これ!!!!」

 辰郎は、懸命に作業をしている最中だった。

 空中に浮き出たいくつものモニターやタッチパネルを操作して、状況の確認と改善を目指している。

「済まない! さっそくきみたちのテストプレイが役に立った。

 不具合がいくつも重なっている。

 システムが『種族・亡霊』をPCプレイヤーキャラクターとして認識していない。

 PCに選択できるものの、いろいろと誤作動を起こしている。

 ちょっと待ってくれ、いま対応プログラムを走らせる」

「亡霊?! 亡霊って種族?!?!

 自キャラに選べちゃうの、これ?!

 てゆーか選んじゃったの、ヨッシー?!?!」

 キップの金切り声が続く中、怨霊武者のビジュアルが変わる。

 四頭身。アニメ風に、丸く愛らしい姿になる──怨霊武者としての限界はあるが。

 ハクが頷く。

「だいぶ直視しやすくなった」

「それでも怖くない、これ?!?!

 人魂とか追加されちゃってるよ、顔がゴ○ゴ13風だよ、だからこんなとこに凝るなって!

 紐で吊られてるのが愛嬌だけど、その吊り紐つまんでる出どころ不明の手が怖すぎる!!!!

 なあ、女子! 女子的にはどうなんだ、これ?!

 いいのか、これ許しちゃって?!?!」

 キップの必死の訴えに、ラックとマギーは顔を見合わせる。

「わたしは、いいかな。

 確かにびっくりはしたけれど、中身が太平くんってわかってるなら、怖くないかも」

 あっさりと、ラックは言う。

「わたしもオーケーよ」

 一番金切り声を上げていたマギーさえ、この意見だった。

 キップはマギーに縋りつく。

「何で?!?! あんなに怖がってたじゃん、おまえ!

 ほんとにいいのか、これ?!」

「いいよ。怖いけど。

 だっておまえが嫌がってるし」

「チッキショー!!!!

 恨んでやる、ずっとおまえの隣に置いとくからな、それ!」

 女子組が頼りにならないと見て、キップは男子の友人たちに期待する。

「なあ、ダメだよな、これ?! 

 ゲームとしておかしいよ、フォア・ザ・チームの精神に反する!」

 ヒロは困ったように後ずさる。

「ぼくは……その……好きに選んでいいって言っちゃったし……」

「ビジュアルのことを言っているのなら、ぼくに文句はない。

 ただ、問題は他のところにある」

 ハクの指摘に、キップは怖気づく。

「ほ……他の問題って?」

「ステータスだ」

 ハクが、怨霊武者のステータス確認画面を開く。

「名前は、『クビヅカ』。

 これは良いセンスだと思うが、ステータスの数値がのきなみ最低に設定されている」

「おい?! ちょっと?!?!

 オール1だよ、腕力とかだけでなく、HPヒットポイントMPマジックポイントまで!!!!

 どうなってんの、これ?!?!」

「どうやら、キャラの作成ポイントのことごとくを、外見を整えるために使ったらしい。初期の設定値をさらに削ってまで振り分け、ビジュアルの完成度を追い求めたようだな。

 種族に亡霊を選んだだけで、ここまで和風かつ怨霊風な外見にはならない。見た目の特殊効果をこれでもかと注ぎ込んで、この恐ろしさを演出している。

 見事な割り切りと言えなくもない」

「ヨッシィィィィッ!?!?

 何考えてんの、ヨッシィィィィィッ!!!!」

「追い討ちをかけるようで申し訳ないが、どうやらきみが見落としている点がある。

 オール1ではないぞ。多くの項目はゼロやマイナスにならないように設定されているが、ひとつだけマイナスが可能な項目がある」

「ど……どれ?!」

「幸運度だ。マイナス1〇〇になっている」

 キップは穴が開くほどハクを見て、クビヅカの頭の横に浮かぶステータス画面を見た。

 穴が開いても、まだ見ている。

「……幸運度マイナス1〇〇って、どうなっちゃうの?」

 質問を受けた辰郎も、困惑している。

「前例がないので、なんとも。

 ただ、イメージとしては、野外ステージに出た途端に自分でつまづいて転んでクリティカルダメージ。

 即死の可能性もあるんじゃないかと」

「HP1なんだって! 即死確定だって!」

 ひとしきり悶えたあと、キップは最後の希望に縋って喜史に──クビヅカに対峙する。

「……ヨッシー? 

 キャラ……作り直す気は……?」

 クビヅカは、首を横に振った。

 キップが膝から崩れ、地に手を着いてうなだれても、クビヅカはひたすら首を振り続ける。

 ヒロが、なんとかキップを奮い立たせようと試みる。

「ね──ねえ、こう考えたらどうかな。

 前例がないってことは、テストプレイとして価値ある成果が期待できる、って。

 現にもうバグをひとつ見つけちゃったしね。

 とりあえず、ゲーム始めてみようよ。どうにも進められないってなったときは、もう一度みんなで考えることにしてさ」

「……ゲームを……始める……?」

 うわごとのように呟くキップに、ヒロは勢い込んで言葉を被せる。

「そう! ゲーム!

 みんな楽しみにしてきたんだ、まずはやってみようよ!」

 絶望のポーズだったキップが、立ち上がった。

 震える拳を握りこみ、声を張る。

「……やってやる……!

 やってやるぜ、くそったれ!!

 これくらいでメゲてられっか、おれのゲーム魂は不滅なんだよ!!!!」

 キップのコワレモノな空元気を損なわないように、辰郎は朗らかに告げる。

「きみたちは、最初からパーティーとしてゲームを開始するんだね?

 まずは、冒険の始まりとなる街を選んでくれ。選択肢は三つだ。

 大都市。

 港町。

 開拓者の村。

 どれがいい?」

「選んでくれ、リーダー」

 キップに言われ、ヒロはまごつく。

「え……?!

 でも……どうしよう」

「どれでもいいよ。スタート地点に選べるってことは、低レベルプレイヤーがうろついても問題ない場所ってことだ。

 気分で決めちゃえよ」

「じゃあ──大都市で」

 辰郎が頷く。

「大伽藍の街、オプトレイバにようこそ。

 良い冒険となることを祈ってるよ、みんな」

 手を振る辰郎の笑顔が遠くなり、消えていく。




 湖のほとりに立っていた。

 いや、畔と言うほど近くはないか。

 見下ろす水面は、遠いと思えるくらいの距離にある。

 壁、あるいは橋、なのだろうか。

 恐らくは多目的の機能を持つ構造物の上に、キップたち新米プレイヤーたちは佇んでいる。

 太陽は高く、柔らかに揺れる湖面に賑やかな反射を散らしている。

 湖は広く、穏やかで、どこまでも静かだった。

 振り返ると、そこには対照的なまでに雑然とした人の街がある。

 まるで巨大な塔のようだった。

 大きく裾野を広げる山肌を、びっしりと建物が埋め尽くしているのだ。

 山頂には、寺院と思える荘厳な建造物が載せられている。

 数知れない塔が、高さを競うように上へ上へと伸びている。頂がそこで終わらず、雲の上、天の先へと続いているように。

 誰からも、言葉は出なかった。

 湖を、山の街を、頂上の大伽藍を眺め、また視線を戻しては沈黙の雄弁さを野放しにする。

「ちくしょう、やっぱスゲー!!!!

 生きてて良かった、やっぱ少年の夢は長生きだよな!!!!」

「口、塞いどけば良かった。最初の一言がやっぱりこいつだし、やっぱり頭悪くて感動が台無しだもん」

 キップの絶叫に、マギーの嘆息が続く。

「……でも、ほんと凄いよね。

 どこかで見たような景色の気もするけど、とにかく何ていうか──きれいだ」

「世界遺産をあれもこれもとゴチャ混ぜにした感じだな。街のイメージは、たぶんドゥブロヴニクだ」

 ヒロの夢見るような呟きに、ハクが解説を重ねる。

「キ○が住んだ街のモデルだよね? うん、イメージある」

 ラックが相槌を打ち、クビヅカが何度も頷いている。

「行こうぜ! とにかく街の中!

 探検探検、あっちもこっちも見て回るんだよ!」

「いや、まずは状況確認を。

 おそらくは、チュートリアル的なクエストが用意されているはずだ。それをこなしてゲームの導入部を──」

 キップを引き止めようとしたハクだったが、聞く耳を持たない相手には無駄だった。

 それどころか、キップを追いかけるようにしてクビヅカがどたどたと走っていく。

 マギーの手を引いたラックも、それに続く。

 呆然とそれらを見送るハクの隣で、ヒロが困り顔で笑っていた。

「ぼくらも行かない?」

「選択の余地はない」

 迷子にならないように、しないようについていくのは大変だった。

 建物がひしめく下町は、細い路地が入り組む迷路だった。

 広場に抜けると、いきなり露店が連なる市場だったりもする。

 どこへ行っても、人の姿が途切れなかった。

 ゲーム世界の住人であるNPCノンプレイヤーキャラクターが大量に配置されていて、またそれに負けないほどのプレイヤーたちもひしめき合っている。

 キップは誰彼構わず話しかけ、露天をひやかし、ハクたちを引き摺り回しながら東西南北を走り回った。

 最初は驚き、感動しきりだったマギーだが、やがてハクの肩を捕まえると許可を求めた。

「──ねえ、わたしがあいつを止めてもいい?」

 その形相から、足のことなのか息の根のことなのかがわからず、ハクは安全策を採った。

「いや、おれが止める。方法に当てがある」

 ハクは声を張り上げる。

「キップ! 外に出てみないか?!

 手頃な敵を見つけて一戦してみよう。

 クビヅカを守りながら戦えるかどうか、試しておく必要がある」

 遠ざかるばかりだった背中が振り向くと、いきなり目の前にキップの顔があった。

 エサか散歩を期待する子犬のように、期待に弾ける顔がハクを見上げている。

「戦闘すんの?! やる!!

 すぐ行こう、外だ外々!! 

 油断するなよ、特にクーちゃん!

 無理に攻撃とか考えなくていいからな、とにかく自分を守るんだ! レベル上げないことには何にもできそうにないんだからな!」

 今度はパーティー全員を追い立てるようにして、キップが最後尾を忙しなく跳ね回る。

 最寄の門まで、たいして時間はかからなかった。

 全員を見回し、キップが気合を入れる。

「よし、行くぞ!

 この門を出れば、そこは戦場だ!

 どこから何が襲ってくるかわかんねーぞ!

 街の中とはルールが違うからな、すべての行動にダメージ判定がある!

 気を引き締めていけよ、特にクーちゃん!!」

 キップの名指しに、クビヅカは厳かに頷く。

「おれが先頭を行く!

 ヒロは一番後ろ!

 ラックはクーちゃんのそばに貼りついていてくれ!

 ハクとマギーは周辺の警戒! 異常があれば、すぐに大声で知らせること!

 準備はいいな?!

 よーし、行くぞ! 

 冒険の始まりだぜ!!」

 意気揚々と、しかし緊張感を持って、キップが門をくぐっていく。

 外。

 街道の石畳を踏みしめる。

 感動に身震いしながら、キップは歩を進めていく。

 後続も、ばらばらとキップを追っていく。

 言われた通りの隊列だが、どこかみなぼんやりと周りを見回している。

「……油断するなと言われても」

「モンスターの気配なんてないよね。隠れるところもないし、こんなに街の近くまで来たりするの?」

 ハクが、ラックが手持ち無沙汰に呟く。

 気づいたのは、マギーだけだった。

 何かを感じて、ふと頭上を見る。

「危ない!!」

 マギーはクビヅカを突き飛ばした。

 まさに今いたその場所に、レンガが落ちてくる。

 門の上、城壁から剥がれたもののようだった。

 勢い余って転んだものの、自分もどうにか避けきって、マギーは大きく息をついた。

「……街から出るなりこの有様? クビヅカの不幸って相当ね。

 これじゃ本当に気が抜けない──」

 マギーは、それ以上言葉を継げなかった。

 クビヅカが、突き飛ばされた先でラックにぶつかっていた。

 壁をずり落ちるように、ラックの背中にもたれていく。

 地面に転がり、動かないクビヅカに、仲間たち全員の視線が集まる。

「ちょ──ちょっと?! クビヅカ?!?!」

 慌てて駆け寄るマギーの声が、上擦る。

「……HP、ゼロになってるね……」

 ヒロが呆然と見下ろす。

 キップも駆け寄ってきて、大の字にうつ伏せのクビヅカと棒立ちのハクを交互に見ている。

「クーちゃん?!

 傷は浅いぞ、しっかりしろ!!

 ハク、頼む、回復を!」

 ハクは沈痛な面持ちで首を振る。

「死亡状態から回復させる魔法は、まだ習得していない。

 それに、もしその魔法が使えたとしても、事態は好転しないだろう」

「ど──どういう意味?」

「種族の特性として、『亡霊』はHPがゼロになると、死亡ではなく消滅ロストすることになっているようだ」

 転がったままのクビヅカの輪郭が、影のようにうっすらとぼやけていく。小さな光の粒となってほどけて沸き立ち、風に散る。

消滅ロスト?! 一発で消滅ロスト?!?!

 なんじゃそりゃ~~~~!!

 ちょっと待ってちょっと待って!

 クーちゃん?! ダメだって!

 まだ戦ってもないんだぜ?! 門から外に出ただけ!

 なのに消滅ロスト?! 

 おかしいだろ、これ?!

 どうなってんの、これどうなってんの?!?!

 クーちゃん! きみのことは忘れない!

 忘れたいけど忘れられない!

 どーすんの、これどーすんの?!?!

 冒険! どーなっちゃうの、このパーティー?!?!」

「わたし?! わたしのせい?!?!

 いきなり味方殺しちゃった?!?!

 犯罪者だよ、わたし!

 いやぁぁぁぁっ!! 何これ、どうなってんのこれ、そんなつもりじゃなかったの、どーしようマユ?!?!」

 錯乱ぶりを競り合うように、キップとマギーが騒ぎ立てる。

 狂騒が、裏腹にのどかな青空へ、ぽかぽかの陽気に吸い込まれていくだけだった。


──続く

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