従妹は悪役令嬢……だったはず?
カッとなってやった。
反省しかない。
どうも、初めまして。
カイン・ロンガヴィル、三歳です。
ロンガヴィル子爵家の二男一女の末っ子やってます。
僕には、科学技術万歳な日本人だった前世? の記憶があります。
この世界、いわゆる剣と魔法のファンタジー世界で、科学とか、ナニソレ美味しいの? レベルな水準しかない。
まぁだからどうした、という程度の認識ですけどね。上下水道設備はあるし、生活魔法は便利ですしね。
「カイン、少しお話し良いかしら?」
「なんですか、かあさま」
三歳児という特権を生かし、日々なぜなに坊やのごとく兄や姉、侍従や侍女や料理長に色んな事を聞いたり勉強や仕事‐洗濯や料理や掃除‐を教えて貰ったりしていたら、昼食後、母様に呼び止められました。
母様はおっとりさんです。家族、使用人、領民分け隔てなく丁寧に接する方です。
僕の口調は母様に似せています。何処でボロが出るか分かりませんので、防衛策なのです。
「五日後に、私の姉の娘…貴方の従妹のお誕生日パーティーがあるのです。カインも一緒にいらっしゃいとお誘いがありましたから、出席しましょうね」
「いとこ、ですか? わかりました。では、なにかプレゼントをかんがえなければなりせんね」
「そうですねぇ。私と一緒に考えましょうか」
「はい!」
従妹の名前は、シシィ・フォン・サルグリッド。僕と同じ三歳になります。
サルグリッド公爵家の一人娘さん。
名と姓の間にあるミドルネームのようなものは、サルグリッド公爵が王族の血を引いているという証だそうです。
三代目までは、ミドルネームのようなものを付け、その後四代目以降は血が薄れていくので、名乗れなくなるそうです。
シシィが三代目になるようです。
僕と母様はプレゼントするものをいくつか候補に上げ、姉様の意見も聞いて、父様に許可を貰い、侍従長へ手配をお願いしました。
女の子ですので、髪紐やリボンのセットにしました。
「……あれ、シシィって、あのシシィ!?」
寝て起きたら、日本人だった頃のある記憶を思いだしていて、朝から一人パニックになりました。
いきなりですが、日本人だった前世、僕は俗に言うオトメンでした。
母子家庭で、姉が二人の女系家族で育ち、掃除洗濯料理裁縫なんでもお手のもの。少し姉と歳が離れていたので、とても可愛がられました。まぁ、今も可愛がられていますけど。
姉二人が読んでいた漫画も、聴いていたアイドルソングも、やっていたゲームも、一通り同じ様にこなしてきました。
その中の一つ。いわゆる乙女ゲームといわれるジャンルのゲーム。
タイトルは忘れてしまったけれど、ファンタジーな舞台設定の乙女ゲームがありました。
庶民の主人公が魔法の素質を見出だされて、魔法学院に入学するところから始まるのです。
貴族と庶民の壁や差別に負けず、明るく元気に人と接する、裏表も打算もない主人公。
天真爛漫で一所懸命な彼女の態度に、四人の貴族の男の子達は自身のコンプレックスや悩みを相談したり励まされたりして、好意を持ち、恋愛していくゲーム。
確か、個別ルートに入った辺りで現れて、主人公に嫌がらせをしたり勝負を挑んでミニゲームをしたりする、ライバル。
攻略キャラの婚約者で、我が儘で高慢、全て自分の思い通りにならないと気がすまない、絵に描いたような貴族の令嬢。
簡単に言えば、悪役令嬢。
その令嬢の名前が、確かシシィ・フォン・サルグリッドだったはず。
「そうですか…僕、乙女ゲームの世界に転生したんですね…」
良く思い出せば、兄様のルーベンス・ロンガヴィルは、ラストシーン近くでシシィ・フォン・サルグリッドを処刑台、もしくは修道院へ力ずくで連れていく役割の人です。
ファンディスクでは追加攻略キャラとして出てきました。
紳士的でやさしいのに、時に大人の余裕と色気で迫ってくるギャップ? が人気だったらしいです。
まぁ、ゲームスタートは十五歳、魔法学院に入学してからなので、当分は普通に暮らしましょう。
第一、僕はゲームに登場しないモブみたいですし。問題はありませんね。
……どこかで、何を間違えたのでしょうか?
お久しぶりです? カイン・ロンガヴィル、十五歳です。魔法学院に入学しました。
シシィと対面してからは、歳が同じということもあり、たびたび一緒に遊びました。
まぁ、シシィは公爵令嬢ですので、走り回るような遊びはしませんでしたが、一緒に本を読んだり、魔法を家庭教師に習ったり、おやつを作ったり。
侍女の仕事を手伝ったら侍従長に怒られてしまったり。
市井に出て領民の暮らしを学んだり。
僕の後を着いてきて、僕の口調を真似るシシィはとても可愛くて、僕も調子に乗って連れ回して色々しました。
……していたら、我が儘で高慢ちきな悪役令嬢が、優しく気高い聖女な令嬢にジョブチェンジしてしまいました。
……可笑しいですね?
確かに僕も、悪役にならなければシシィが処刑されることも、主人公が嫌がらせされることもなくなるなぁ。とは少し思いましたが。
どうしてこうなったのでしょう?
「カイン」
「シシィ。クラスは離れてしまいましたね」
「えぇ、そうですね。でも休日は会えますでしょう? 教会へは一緒に行ってくださいますわよね」
「勿論です。父様に紹介状を書いて頂きましたので、来週末にでも早速行きましょう」
入学式が終わり、寮へ向かう道すがら、シシィが話しかけてきました。
そうそう。
僕が魔法で一番興味を引かれたのは、光属性魔法。聖属性とも呼ばれていますが、要は治癒魔法です。
五歳くらいにその存在を知り、記憶に無くても、一度死んだ身としては、助けられる命は救いたいと思ったのです。
幸い適正はあったので領地の教会へ行き、治癒魔法を見せていただいたり教えていただいたり、回復薬や解毒薬などの薬の調合の仕方などを教えていただきました。
シシィも僕と一緒にいるうちに治癒魔法に興味を持ち、今では余程の大怪我でなければ完璧に治せるようになりました。
なので、用事の無い日は教会へ行ってボランティアとして治療や、薬作りを手伝っているのです。
学院の勉強と、教会のボランティア。
充実した毎日を過ごしていたら、いつの間にかシシィは主人公さんと友達になっていました。
主人公さんは庶民ですが、毎週のように教会へ行き、庶民や極たまにスラムの方たちを相手にしているシシィにとっては、些末な問題なのでしょう。
人間性を重視して友人作りをしています。
主人公さんもゲームの通り明るく素直な女の子で、ですが少し天然な所があるらしく、シシィは妹ができたみたい。と嬉々として主人公さんの世話を焼いているようです。
ただ、ゲーム補正か、主人公さんの周りは攻略キャラだらけになっています。
主人公さんの友人のシシィまで気に入られていて、仲が良いのは良いのですが、格上の男子ばかりなのが少し、大分心配です。
シシィに言い寄ってきたら、子煩悩にジョブチェンジした公爵夫妻に即報告いたしましょう。
「…訂正。シシィだけじゃありませんでした…」
「何か言った? カイン」
「……いえ…殿下が、シシィに近付き過ぎだと思うのです…」
あと、貴方も僕に近寄り過ぎです。
肩が触れ合うどころか、腰に腕を回して抱き寄せないでください。
半日授業が終わり、午後は自習日の今日。
学院の訓練場の一角で、主人公さんに魔力操作を教えているシシィ。
主人公さん、魔法の素質はありますが、庶民では生活魔法以外使わないので、属性魔法の扱い方が解らないそうです。
シシィが丁寧に、毎日のように自主練習に付き合ってあげているのです。
僕は、もしものための救護係として、二週に一度くらいの頻度で、訓練場の救護所当番をしているのです。
簡単に言えば、保健委員でしょうか?
ウォーターボールの練習をしているシシィと主人公さんを、取り囲んでコツやアドバイスをしている、三人の男子生徒がいます。
攻略キャラである、第二王子殿下、宰相子息様、王宮筆頭魔術士の子息様。
その中の、殿下はどう見てもシシィにベタ惚れです。
シシィの肩にちゃっかりと手を回して……顔が近いです! 後で公爵様に手紙を書いておきましょう。
「カイン、いくら従妹殿が心配だからって、あまり他の男を見ているな」
こっちを見ろ。と僕の顎を持って顔を覗き込んできた、この男子生徒。
攻略キャラの一人、騎士団長の子息、アルフォンス・ルキーニ様です。
救護係でもないのに、救護所の椅子に腰掛け僕にべったりくっついているのです。そして僕に声を掛けてくる方々に、威嚇するように睨むのです。
お陰で、怪我をされた生徒さん達がなかなか救護所を利用出来なくて困っています。
ハッキリ言って、お仕事の邪魔です。
何処を間違えたのか、この方、男の僕に好意を示しているのです。
教会のお手伝いとして、薬師の方とシシィと三人で街の外側、森の浅い場所で薬草詰みをしている時に、怪我をされ倒れていたアルフォンス・ルキーニ様を、シシィよりも先に見つけ、シシィより先に治癒してしまったのが運のツキでしょうか。
多分、本来ならば主人公さんが助ける展開だったのではないでしょうか。
多量の出血に驚き、咄嗟に僕の出来うる最大威力の治癒魔法をかけました。
上衣から学院の学生証が見つかりましたので、シシィに連絡をしにいってもらい、薬師の方にアルフォンス・ルキーニ様を背負ってもらいました。
僕は薬草を入れた籠を背負いました。
一度教会へ行き、そこで治癒士の方に見てもらっている間も、僕はお手伝いとしてアルフォンス・ルキーニ様の服を脱がせ汗を拭き、教会にある予備のシャツを着せたり。
寮へ戻ったあとも、心配で何度か寮室を訪ねたりしました。
そうしたら、アルフォンス・ルキーニ様は、僕の献身な態度が嬉しかっただの、僕の魔力が心地好かっただの。笑顔が可愛いとか別け隔てない優しさと強さに引かれたとか、向上心が良いとか……。
恥ずかしい事を言うようになってしまいました。
真剣な顔で、真っ直ぐ僕だけを見詰めて口説く、たまに嫉妬して拗ねて落ち込む。
無表情鉄面皮と言われるこの方の、僕だけに見せるころころ変わる表情と態度に、可愛いとか…思ってしまった僕は、もうそろそろダメかもしれません。
「カイン。なぁ、一体何時になったら頷いてくれるんだ?」
「……」
「カイン、カイン。可愛いカイン。お願いだから、俺の愛を受け取ってくれ。お前が他の誰かと居るだけで、そいつを八つ裂きにしたくなるんだ。俺にお前の愛をくれないか。カイン、カイン…」
「………」
なんだこの恥ずかしい人はっ!?
というか、なにか今不穏な台詞が聞こえた気がしましたが?
気のせいですか?
アルフォンス様からの口説きに、顔を真っ赤にしてしまう僕は、あとどれだけ耐えられるのでしょうか?
今すぐに首を縦に振り、この耳許で囁かれる甘い言葉を止めさせたいような、ずっと聞いていたいような、不安定に揺れる感情の名前を、僕はまだ直視出来ません。