異世界で魔王と倒せと言われたけど遠すぎる
「はじめまして、貴方は勇者として世界を救ってもらいます」
不慮の事故で死んで魂の状態で、「身体が軽いな〜」とふわふわうろうろしていた俺に突然何かが話しかけた。
『世界を救う?一個人じゃ無理じゃない?』
今まで俺が住んでいた街を見渡す。
歩きスマホをする女子高生、信号無視をするおっさん、あっ野良猫だ。
触りたいな〜、身体ないけど。
世界を救う=世界を平和にするということだと思うが、とても一個人に出来るものとは思えない。
「いえ、この世界ではなく、別の異世界での話です」
『えっ、もしかして最近流行りの異世界転生して魔王を倒せってやつ?』
「それです。やっぱりこの国は話が早くていいですね。魂も多いし、利用する神が多いのもよくわかります」
なんと!小説の影響がそんな所にも及ぶとは!
『じゃあさ、チートって貰えるの?っていうか俺、普通の人間だし貰わないと戦うことも出来ないよ?』
「分かっています。ただ、問題がありまして、チートが一個しか渡せないのです。
もともと、これから行く異世界は本来は生まれがランダムに決まる世界でして、生まれる時の能力や家柄性別など、全てがランダムで決めることが本来は出来ないのです。
そこを無理して、能力を決めるので1つしか決める事が出来ません」
『え!それって魔王討伐かなり厳しくない?攻撃力高くても生命力の低い身体になったらすぐ死ぬし、貧民の家に生まれたら、まず旅をするための資金が得られなかったりするだろうし。奴隷になったら、もう何も出来ないし。それとも、そこら辺のサポートって何かあるの?』
「……すみません。何もありません」
『神託で、勇者の援助をしろーとか』
「すみません。あの世界の住民は神を信じていないので、何も出来ないのです」
……。まあ、宗教って争いの種になりやすいし、そういうのが無い世界だと考えればまあいいか。てか、神様、よくそれで世界を救おうと考えたな。
『それじゃあ次の質問。魔王って何?』
「魔王はランダムに決まった能力が高く、かつ世界に悪影響を与える存在です。今回の魔王は好きな子が死んだという理由で、世界を滅ぼそうとしています。……滅ぼそうとか考えるから私の仕事が増えるんだ(ボソッ)」
うわ、神様ってブラック企業そう。
『魔王の能力はどんなもの?』能力を聞くことで見える勝利方法があるかもしれないからね。
「100m走9.5秒、マラソン2時間、長座体前屈85cm、反復横跳び85回、握力195kg『いやいや、ちょっと待って分かりづらい』
確かに正しい評価項目ではあるんだろう。学校での測定だってそんなものだし。
ただ、非常に分かりづらい。
「ふむ、それでは
HP120
MP120
攻撃力95
頑丈さ85
抗魔75
俊敏性90
精神力10
能力:攻撃力補正(大)回避補正(大)
といった所でしょうか。一般人の平均値はそれぞれ50程度とします」
あれ? 一般人でも倒せそうな気がする。
あと、精神力の低さが気になる。精神面が弱いのか。
まあ、精神面が強かったら魔王になってないか。
『ちなみに、前の勇者たちは、どんな能力を選んだの?』
「単純な力や速さを選ぶ勇者もいましたし、『相手の能力の強奪』や『敵対する者に死を与える』なんて能力の方もいました。ただ、あまり強力な能力だと魔王は倒せてもその後の生活に影響が出るので、お勧めしません。私の管理する世界に生きるからには幸せになって欲しいですし」
『貰った能力って、ランダムに決まるものにも影響する?』
「はい、影響します。能力の内容から先に決まり、次に能力値、環境と決まっていきます。しかし、能力に対しての影響はありません。」
『それじゃあ、もらう能力は幸運でお願いします』
幸運になることで他の能力の値も高くなってくれると思う。
まあ、かなりの博打だろうけど。
「今まで幸運を願う人はいなかったので、どうなるかわかりませんがそれでもいいですか?」
『逆に俺も、魔王退治を達成できない可能性も高いですけど良いですか?』
「他にも勇者を送り込む予定なので大丈夫ですが……」
『じゃあ、それで!』
*******
で、転生したのだが幸運が働いている気がしない。
最近流行りだした『自分のステータスを見る魔法』を使ってみる。
『名前:ステラ 年齢:5
HP:30/30
MP:10/30
攻撃力:5
頑丈さ:4
抗魔:6 』
成長途中だということを考えても低くないっ?!
視界が回ったので慌てて地面に横たわる。
この世界のステータスの魔法はゲームみたいに便利なものでは無い。
魔力を自らの体に流し、その反発などで数値を測定するものらしい。
なので体に負担がかかるし幸運や個人の能力など魔力で測れないものは数値に出来ない、しかも使った後は視界が回って動けなくなる。
まあ、最近開発された魔法だし、徐々に改良されていくだろうけれど。
話を元に戻そう。
幸運が仕事をしていない。
ステータス以外が恵まれているのかと言えば、身分は平民だし容姿も平凡。
家も金持ちってわけじゃないし、住んでいる場所も田舎過ぎて魔王城まで何年かかるんだって感じ。
噂では結構魔王は暴れているらしいが、離れすぎていて影響のえの字もない。
見渡す限り畑の広がるのどかな場所だ。
「とりあえず、一人息子だし、農業頑張るか!」
農業を頑張るうちにステータスが上がると信じたい。
まあ、駄目だったとしても他の勇者が倒してくれるよね!
*******
五年が経ちました。
ステータスはこんな感じ。
『名前:ステラ 年齢:10
HP:300/300
MP:40/60
攻撃力:250
頑丈さ:200
抗魔性:100 』
すっごい数値が上がった。
これならなんとか魔王を倒せると考えるだろうが、思い違いをしていたことに最近気が付いた。
実はと言うと、この数値の人間はそこらへんにゴロゴロいる。
どういうことかと言うと、神様が言っていた数値は生まれた時の数値だったのだ!
これ知ったとき、かなりへこんだ。
両親の間に俺以外の子供いないし、魔王退治は諦めることになりそうだなぁ。
保存食作りと養蜂が上手くいっているから、お金には困らないし、のんびり暮らそかなぁ。
実はと言うと、最近は農業が楽しくなってきている。
養蜂はほっときゃ蜂蜜が出来るし、蜂蜜を加工して売るのも楽しい。
蜂蜜酒とかアルコール類は結構高値で売れて嬉しい。
流石にアルコール類は作っても、味見をさせては貰えなかったが。
桃の苗木や新しい種も手に入ったし、加工してどんどん商人に売りつけようかな。
桃を育てたら、前世で読んだ小説に出てきた『桃の蜂蜜漬け』も作りたいな。
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『魔王城』
俺の名前はエド。魔王城で働いている。
俺も含め魔王城で働いている奴は元は山賊や盗賊だったが、魔王であるボスのカリスマ性や強さに惹かれて魔王城の一員となった。
食料などは襲った村の奴らを奴隷として働かせているので、ただの山賊だった時よりもやりたい放題出来る。
ボスも基本的に「好きな事をしろ」ってスタンスだしな。
ただ、俺としては強い奴と戦えれば満足だが、好き放題やり過ぎて迷惑な奴がいるのは面倒だ。
この前なんかラードルの奴が戦利品の蜂蜜酒を全部飲みやがった。
遠い南の国の名産品でとても旨いんだが、なかなか此方まで流通しないから貴重だって言ってんのに。
仕方が無いから奴隷共に作らせたが、あいつら蜂を逃がしやがった。
ボスが処理してくれたが、何人か仲間が蜂に刺されて死んだ。特に双剣のビートルが死んだのが痛い。
最近敵が強くなってるってのに。
そういや、前回襲った村は良かったな。特に『桃の蜂蜜漬け』っていう食べ物が美味しかった。
ストレス発散に、また村を襲いたいな。
ボスに聞いてみるか。
ボスの部屋の扉を乱暴に叩き、返事を待たずに開ける。
「よーボス。次は何処の村を襲うn……ボス!大丈夫か!」
ボスは床に蹲り、のどを抑えて苦しそうにしていた。
「毒かっ!」
慌てて解毒の魔法をかけるが、効果が見えない。
「誰か医者連れてこい!」
しばらくしてボスは助かったが、結局原因は分からないらしい。
食欲が無いボスに、蕎麦を差し入れた。
早く元気になってくれるといいのだが。
*******
何にもない村だが珍しい事に、今日は村中がお祭り騒ぎだ。
なんでも魔王が死んだらしい。
死因はアレルギーらしい。
「結局何もせずに終わったなー。まあ、いいけど」
それよりも、屋台の準備だ。お祭りは稼ぎ時だからな。
蜂蜜酒はもちろんとして、他には何を出そうか?
蕎麦は売りづらいし、アレルギーの心配もあるからなぁ。
まあ、そんな事を言ったら桃もだけどさ。
けど、金持ちや女性によく売れるから傷みやすいことや手間を考えても利益が良いんだよな。
そうだ。この前てんぐさを手に入れたし、フルーツ寒天にしたら屋台で売りやすいかも。
*******
女神は世界を見ていた。
世界に送った一人が作りだした保存食で、食糧事情が改善され兵が強くなっていく様子を。
魔王が桃の蜂蜜漬けでアレルギー症状を起こし、呼吸困難で倒れる姿を。
世界に送った者が料理人にフグ毒の事を教え、周り回って誘拐された料理人が魔王の食事にフグ毒を仕込む機会を窺っていたことを。
魔王が部下に差し入れられた蕎麦を食べて今度は蕁麻疹を起こす姿を。
そして、アレルギーで苦しんでいる所を二度目のミツバチに刺される姿を。
ミツバチと間違えてアシナガバチを捕まえ、そのうえ魔王軍が密集している場所でアシナガバチの木箱を倒してしまう場面を。
最終的に魔王はアナフィラキシーショックで死に、魔王軍はアシナガバチでほぼ全滅した。
魔王城には魔王軍に無理矢理連れられてきた者達に、これによる被害は出なかった。
それを見ていた女神はポツリとつぶやいた。
「……『幸運』のフルボッコ」
数百年後
「はじめまして、貴方は勇者として世界を救ってもらいます。しかし、心配はありません。幸運の能力を持って生まれてくれるだけでいいのです。『世界が平和になればいいな』とでも考えながら毎日を過ごしてください」
『えっ?ちょっと?』
「それでは良い人生を」
『意味が分かんないんだけどおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ』
自分のステータスを見る魔法:
使われると立ちくらみを起こす。しかし、この魔法により生まれる前の能力値が分かるようになったため、「妊婦が筋トレ等の能力アップを行う→胎児の能力もアップ」と分かり、出産時の死亡率(HPが0になる)が激減した。
魔王:
アレルギー持ち。蕎麦、桃、花粉、卵、エビ、カニ、ハウスダスト、厨二アレルギーを持っている。自覚症状無し。高位の貴族だったが下級貴族の幼馴染(好きな子)が持ってきた卵を食べて死にかけ、幼馴染はその事で処刑されてしまう。その事により世を恨み魔王になる。幼馴染の事は陰謀に嵌められたと思っている。
主人公:
良い奥さんを捕まえ、良い家庭を築き、子宝に恵まれと良い人生を送るのでしょう。多分。
料理人:
主人公にフグ毒について教わるが、復讐を果たす前に魔王が死んだ。魔王の幼馴染の幼馴染。3年という最短期間で主人公の国から魔王城へと向かうことが出来たがその道は過酷。
遠い南の国:
主人公の住む国。農業が盛んで土地だけは広い。この国の首都から魔王城まで単純計算で5年。山や海、天気や入国審査などを考えるとさらにかかる。