新たな能力者①
放課後、校舎内設備点検という校内放送により、全校生徒が部活動中止で速やかに帰宅させられた。
学校敷地内に残っているのはおそらく、事情がわかっている教師側と生徒会長である凪先輩、そしてわたし。
「そう言えば、気になることがあるんです」
「なんだ」
生徒会室にある椅子のひとつに腰をおろしたわたしは、正面に置かれた大きな机の前へどっかりと腰をおろして書類をめくっていた凪先輩へ、おそるおそる声をかけた。
「校長先生は、わたしのことを四人目って言っていませんでしたか? でも、今年の新入生で選ばれたの、わたしひとりだけみたいですけれど。あれってどういう意味ですか?」
「すでに在校生の中で三人いるということだ」
凪先輩は書類から目をあげて、わたしを見る。
「いまの三年ではぼくひとりだが、二年でふたり、去年メンバーに選ばれたんだ。そして今年はきみがひとり。同時期に在校生四人という状態は、他校でも珍しいそうだ」
「その方たちが全員、同じグループになるんですか?」
「能力がばらばらであるために、そうなるな」
「能力ごとにカラーが与えられるって凪先輩は言いましたけれど。凪先輩のブルー以外で、それじゃあ他の方は何色なんですか?」
わたしからの質問に凪先輩が答える感じで会話が進んでいたが、そこで突然、凪先輩が口もとに笑みを浮かべて逆に聞いてきた。
「ブルーとピンク以外で、さて、何色がいると思う?」
風使いの凪先輩がブルーだと考えて、わたしは思ったままを口にした。
「火を使うレッドに、水を使う……あれ、ブルーは使われているし。緑かな」
「まあ、妥当な線だが」
そこまで言うと、まるでわたしの様子をうかがうように口を閉ざす。
そして、わたしが焦れた表情を浮かべると、満足したように、凪先輩は言葉を続けた。
「きみが実技試験を合格したら、正式に知ることになる。必要が生じない限り、それ以上は極秘で教えられない」
「教えられないことを、なんでわざわざ聞くんですかぁ!」
「もちろん、きみへの単なる嫌がらせだ」
「ひどい!」
楽しそうに笑う凪先輩を睨みつける。
やっぱりわたしは、凪先輩のストレス発散に使われているんだ。
いくら年下で性格の裏表がばれていて気を使わなくてもいい相手だからって、おもちゃにしなくてもいいじゃない。
恨みがましそうなわたしの視線に気づいた凪先輩は、すぐに笑いをひっこめると、ささやくように続けた。
「まあ、実技試験前の軽いジャブだ。気にするな」
「気にします! って? 実技試験前のって、それ、どういうことですか?」
「これ以上は教えられない。試験前にテスト範囲を知らせてやるレベルの情報だってことだ。さあ、暇そうなきみはお茶を淹れてくれ。窓際にある開き戸の中に、ドリップタイプの珈琲がある。ぼくは砂糖もミルクもなしでストレートだ」
「わたしがお茶を淹れるんですかぁ?」
なんで命令されなきゃならないの。
わたしには、どこに何があるのかわからない初めての場所だし、いろいろ好みがあるんだったら、自分で淹れたらいいじゃない。
頬をふくらませたわたしへ、睨むような目つきになった凪先輩は威圧的に言い放った。
「なんで、だと? きみの試験のために、他の生徒会役員が全員帰宅させられているんだ。今週は、ぼくがひとりで生徒会の仕事をすべてこなさねばならない。そのうえ、きみの試験に立ち会うという仕事もある。きみのためにぼくは手いっぱいとなっているんだ。当たり前のことを言うな!」
一気にまくしたてられ、完全に気迫で言い負かされたわたしは慌てて立ちあがると、あたふたと珈琲を淹れる用意をはじめる。
手際悪く動きはじめたわたしを確認すると、凪先輩は書類に目を落として続けた。
「きみの分も含めて用意しろよ」
――まるっきり悪い人ってわけでもない。
言い方がなっていないだけだ。
自分にそう言い聞かせたわたしは、仕事に戻った凪先輩を横目でうかがいながら考える。
もうひとつ聞きたいことがあったけれど、ちょっと話しかけにくい雰囲気となったために、言葉を飲みこんだ。
聞きたいこと。
それは、実技試験ってどんなことをして、それがいつからはじまるのかってことだった。
さっきの会話もテスト範囲だなんて言われたけれど、全然見当がつかない。
こうしてわたしが校内に残されている理由は、今日にでも実技試験が行われるってことだろうか。
電気式ポットのお湯が沸き、珈琲を淹れたカップを凪先輩の机の上に置く。
すると、ふっと視線をあげた凪先輩が小さく声をだした。
「きみの力は、いつ頃から自覚するようになった?」
「え?」
「当然覚えているだろう? 自分のことだ」
「もちろんです! ――物心がつく頃にはもうありまして、両親の話では、生まれて半年くらいから、異変に気がついたそうです」
「ほう? 馬鹿力の異変か。生後六ヶ月にしてベビーベットを持ちあげたりなどをしていたのか」
「違います! ――あ、いえ、まったく違うわけじゃないですけれど」
「なんだ、やっぱり持ちあげていたのか」
「わたしの言っている異変とは違いますって! わたしは全然覚えていないことですが――赤ちゃんとしてはあり得ないほど重かったというか」
「なんだ、巨大児だったのか」
「違います!」
わたしは、どう説明すれば伝わるのかと考える。
「その、わたしの大きさと体重は普通なんですよ。なのに、さっき銅像を持ちあげたときのような重さが、無意識に身体全体にかかっているときがあったというか。でも、身体に異常は全然ないので、いままで健康診断にも引っかかったこともないし、小学校へあがるころには地面にのめりこむようなこともなくなりましたし」
考えながら話していたわたしの言葉に、凪先輩は、ピンときたような表情をみせた。
「なるほど。重力操作系の能力かもしれんな」
「重力?」
「重力操作系は、物体を重くしたり軽くしたりすることができる。自覚のないころから無意識に、自分自身を重くしたり軽くしていたのではないか?」
「ベッドに沈みこむ重さは時々あったそうですが、その話だと、身体が浮くくらいの軽いときがあるってことになりますよね。わたし、空は飛べないです」
「空を飛べるほど身体が軽くなるわけでもないだろうが、他人が重いと感じて持ち上げられないものが、きみには軽いと感じられているのではないかな。他人と個人とのあいだの比べられない感覚問題もあるだろうが。ああ、そうすると。――地上の重力よりも重い負荷を自らの肉体にかけることによって、物を支える腕や肩だけではなく背中や脚なども、つまりは、身体の組織全体に筋力がついた可能性もある」
そして、わたし以上に興味を持った表情の凪先輩は、さらにささやくように続けた。
「重力系となると……。自分に対してだけではなく、ほかの物体に対して作用させることができれば、かなりレアで使える能力だ。物を持ちあげるという念力のようなことができるだけじゃない。空気中の粒子も重力がある。光を曲げることができれば、錯覚などの変化技もできるかもしれない」
けれど、凪先輩はそこで言葉を切ると、じっとわたしのほうを見つめてきた。
その真剣な表情と瞳の奥を見透かすような眼に、思いがけず、わたしの乙女の心臓がどきんと脈打つ。
いままでこんなに近くから男子に、まじまじと見つめられるなんてことがなかったわたしは、どうして良いのかわからず動けない。
すると。
わたしの顔から手元の書類へと視線を移しながら、凪先輩は、わざとらしいくらいの大きなため息をついてみせた。
「いや。過度な期待はやめておこう。きみに使いこなせる気がまったくしない」
「それって、とっても腹が立つんですけれどぉ!」
わたしが凪先輩へふくれっ面をみせたとき、どこからかクラシック音楽が流れてきた。





