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突然の指名④

 わたし視線に気づいた生徒会長は、急に目をそらすと、気弱そうにぽつりと告げた。


「――風使いのぼくも普通の人間とは言い難いからな。ぼくも生まれつきの能力だ。この力のせいで、昔は嫌な目にも遭ってきた」


 いままでの傲慢な態度からは考えられない意外な告白を聞いて、わたしはつい、じっと生徒会長の憂い顔を見る。

 すると。

 突然生徒会長は、場の空気を変えるように手を叩いた。

 その音に、わたしはびくっと身体を震わせる。


「わかった。きみの力も確認したし、今回の実技試験を予定通り受けてもらう。きみの力を知らずに援護も見届けもできないと思っていたんだ。だが、これからは、中途半端な態度は立会人としてのぼくが許さない」

「え~っ!」


 当てが外れたわたしは、その場で力尽きたようにがっくりうなだれた。

 けれど、生徒会長は穏やかに言葉を続ける。


「きみにとって、これはひとつの分岐点だと思う。適性があり活かせる環境があるのなら、前向きに考えるべきじゃないか?」


 声の質が柔らかくなったその言葉に、思わずわたしは生徒会長へと視線をあげた。

 すると、最初のころに見せたような馬鹿にする笑いを浮かべた生徒会長ではなく、いくらか好奇心を湛えたような光を宿した瞳で、わたしを見つめていた。


「先ほど、ぼくを考えなし呼ばわりをした度胸も認めてやる。ただのぶりっこかと思ったが、適度に反抗するところも面白い。――とっさの場合、名称は短いほうがいい。実技試験のあいだ、ぼくのことは苗字や生徒会長ではなく凪と呼べ。試験期間中は許可する。きみのことは桂と呼ぶ」

「え?」


 年上の男の人を、いきなり下の名前で呼ぶ許可ですか? 

 そして、わたしも下の名前で呼ばれるなんて。

 彼氏がいないわたしにとって、それって生まれて初めての体験じゃないですか!


 急に決定された呼び名の特別扱いに、わたしはつい頬が染まる。

 けれど、さっそく呼んでみたいじゃないですか。


「えっと。凪?」

「誰がいきなり呼び捨てにしていいと言った! 緊急事態のとき以外は先輩をつけろ!」


 凪先輩の怒号に首をすくませるはめになった。


 そんな言い方、しなくてもいいじゃない。

 わたしは唇を尖らせて、ぶつぶつと文句を口の中でつぶやく。

 そんなわたしに、凪先輩は鋭く突っ込んだ。


「なにか言いたいことは? はっきり口にしろ!」

「いいえ。ありません。下の名前に先輩をつけると、結局苗字と同じくらい長くなるじゃないですかってことくらいです!」

「充分、言いたいことを言っているじゃないか」


 眉を寄せながら、凪先輩はわたしを睨んで言葉を続けた。


「生半可な気持ちで受けると怪我をする。緊急事態の際は、長い名前でさえもどかしくイライラする。ヘルプやリタイアは早めに意思表示をしろということだ。それと、実技試験中であるこの一週間は授業に関して、遅刻や途中退出の特別許可が出ている。それと、あとは……」


 続けて試験についての注意事項や説明を聞かされたけれど、途中からわたしの耳には入ってこない。

 いくら皆の憧れの生徒会長を下の名前で呼ぶ特権をもらったとしても。

 やっぱり危険な試験は受けたくないと心底思って、わたしは、がっくり肩を落とした。


 教室へ戻りながら、わたしは気になることをたずねた。


「――凪先輩は、女性のメンバーの色ってピンクだと言いましたよね」

「ああ。過去に馬鹿力に対する色の設定はされていないからな」

「その馬鹿力って言うの、やめてくださいよ。――それじゃあ、わたしはどうしてもピンク決定ですか?」

「なんだ、嫌なのか?」


 意外そうに、隣を歩いていた凪先輩はわたしの顔をのぞきこんだ。


「きみが願っていた通りの女の子らしい色じゃないか。どこが不服なんだ。大食いイメージのあるイエローのほうがいいのか?」

「いえ、そんな言い方されたら、イエローも女の子らしさから遠ざかっちゃいますけれど」


 ピンクは女の子らしい色。

 それは充分わかっている。

 でも、この怪力を持つ女の子らしくないわたしに似合うはずがないと思ってしまう。

 まさしく、名前負けというものだ。


 ピンクに憧れて、でもピンクになるのは嫌。

 この口に出して言葉にするのも悲しいジレンマ、たぶん、すべてのことに恵まれているであろう凪先輩は理解してくれないだろう。


 言葉を濁すわたしへ、案の定、凪先輩は無表情に言い放った。


「なんと言おうと、きみはピンクだ。はい、決定! 逆らうことは許さん」

「――最初の印象はとっつきにくそうでしたが、凪先輩はオレ様だったんですね。全然にこりともしないですし。笑っても馬鹿にしたような表情ですし」

「ぼくがきみに愛想を振りまいてどうするんだ。逆だろう? きみが見届け人であるぼくに気をつかえ」


 そう口にするときだけ、わたしの言葉通りに、唇の方端をあげて馬鹿にするような笑みを浮かべる。


 ああ、先生もわたしのクラスメイトも学校にいる全員が、間違いなく彼の外面の良さにだまされています!

 この人は裏表のある人間ですと叫びたい。

 けれど、絶対誰も信じてくれないだろう。

 そのうえ、成り行き上この性格を知ってしまったわたしはきっと、彼のストレス発散相手にされるにちがいない。




 その日の昼休み、ちょっとした事件がふたつ、噂になった。


「桂ちゃん、大丈夫だった? なにがあったの?」


 凪先輩に付き添われるかたちで授業のあいだとなる休み時間に教室へ戻った私のところへ、心配そうな表情の晴香が飛んできた。

 とても説明できる内容ではなかったので、わたしは曖昧に笑みを浮かべる。

 なのに、真面目ぶった凪先輩が親切そうな口調で割りこんできた。


「それは、こちらの木下さんの入学後の実力テストがあまりにもひどく、呆れた校長先生が週末に彼女にだけ試験を課したんですよ。そのために一週間ほど、ぼくは彼女の勉強指導をすることになったので」

「な、なんてことを言うんですかぁ!」

「桂ちゃん、生徒会長に個人指導で教えてもらえるだなんて、うらやましい……」


 ぽつりと漏らした晴香の言葉を聞いて脱力したわたしは反論できず、倒れこむように椅子へ腰をおろした。


 そりゃあ、確かにこの高校は想像よりも偏差値が高く、まぐれで合格できたようなものだけれど。

 だからって、なんてひどい理由をつけるのよ!


 すると。

 頭を抱えていたわたしの耳もとで、そっと身をかがめた凪先輩は意地悪そうにささやいた。


「少々おバカなくらいのほうが、周りから可愛い女の子に見られるんじゃないのかな?」


 わたしが睨みつけるより早く身を起こすと、凪先輩は、言葉からは考えられないような爽やかな笑顔をクラスメイトへ振りまいた。


 凪先輩が教室から姿を消したとたんに、間近で笑みを向けられた女子たちが、一斉に蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

 その喧騒のなかで、晴香は羨望と同情が入り混じった目をわたしに向けた。


「そうよね。言われてみれば、生徒会長にくっついていられても、週末に試験があるんじゃあ楽しんでいられないし大変よね。桂ちゃん、がんばってね。私、応援するから!」


 晴香は両手でそっとわたしの手をとると、しっかと握りしめた。


「授業中に呼び出さざるを得ないくらいに桂ちゃんがおバカでも、私はずっと友だちだよ?」


 ――ああ、先輩だろうと戦隊メンバーであろうと、こんな情報を流した凪先輩、絶対に許さない!


 わたしが心に誓ったとき、晴香は急に思いだしたように、わたしの手を握りしめたまま話を変えた。


「そうそう、それと、聞いた? 桂ちゃん」

「な、なにを?」


 晴香の、なにか楽しいことを見つけたような、きらきらした瞳を近くで感じて、わたしはぎくりとする。

 そんなわたしの様子に気づかない晴香は、嬉しそうに口にした。


「中庭に建っている銅像のこと。なんでも、銅像の顔がいつも中庭の中心を見ているはずなのに、気がついたら今日は右へ向いちゃっているらしいのよ! しかも中庭の真ん中に、足跡のような深いくぼみがふたつも突然出現したんだって! これって学校七不思議にならない?」

「へ、へぇ~。そうなんだ。それは不思議な出来事だよね……」


 勢いこんで話し続ける晴香に、わたしは冷や汗を流しながら相槌をうった。


 しまった。そこまで気が回らなかったよ。

 それにたぶん、完璧主義者をきどる生徒会長も、さすがにわたしの怪力を目撃したせいで、気が動転していたに違いない。


 わたしが銅像を受けとめたときについた足跡、――うっかり消し忘れてた!


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