闘えわたし! 平和のために! ②
「そうそう、あと桂ちゃんの試験の件なんだけれど」
留城也先輩が寄ってきたせいか、紘一先輩はころりと話題を変える。
「凪先輩と透流さんが今日、合格発表の日程を繰りあげてもらえるように本部へいっているんだよ。だからこうして、オレと留城也が桂ちゃんの護衛についているんだ」
「え? どうしてですか? だって……」
そのまま続けようとしたわたしは、留城也先輩がそばにいることを思いだして、言葉を飲みこむ。
そして代わりに、目に力をこめて紘一先輩をじっと見つめた。
――だって、わたしに脅迫状を送ってきたり襲ったりしたのは、紘一先輩なんでしょう?
そんなわたしの言いたいことがうまく伝わったらしく、紘一先輩は口もとをゆるめた。
「さすが桂ちゃん、順応が早いなぁ。オレの能力を利用するほうへ回るとはね」
そう前置きしたあと、紘一先輩は眉根を寄せた留城也先輩と目配せを交わす。
そして、怪訝な表情を浮かべたわたしへ、紘一先輩はおもむろに告げた。
「桂ちゃんの周りに不穏な動きが確認されたって連絡が、本部から凪先輩のほうへはいったんだ。だから桂ちゃん、きみが体育の時間にみたマンションの屋上の人影は、残念ながら見間違いじゃないってこと」
とたんに、わたしは正体不明の影に対する不安に駆られた。
――本当に、わたしの試験をうかがっている誰かがいる……。
すると、うつむき加減となったわたしの顔をのぞきこみ、紘一先輩は明るい声をだした。
「そんな暗い顔するなって。だから、オレたちがついているんだろう? 桂ちゃんはオレたちのことを気にせずクラス行事を楽しんできてよ。オレと留城也が勝手にふたりで、桂ちゃんが見えるところでデートしているから」
「なんで俺が男とデートしなきゃなんねぇんだよ」
いかにも不満げな態度をありありとみせて、留城也先輩は文句を口にする。
普段と変わりない余裕をみせるふたりに、わたしは、そんなにおおごとでもないのかなと思ってしまった。
だって、実際には、わたしが怪しい人影を目撃しただけだもの。
それでも、やはりわたしの顔色が悪く思えたのだろうか。
そろそろ目的地となる駅が近づいてきたとき、不意に紘一先輩が、場の雰囲気を変えるように訊いてきた。
「ねえ、桂ちゃん。迷路の脱出法って知ってる?」
迷路の脱出法?
迷路の抜け方といえば、以前に聞いたことがある。
たしかあれは、片方の手を壁に沿わせて歩けば必ずしも最短ではないけれど、最悪壁の長さぶん歩いて入口ないしは出口へたどりつくというものだ。
そう思い浮かべながらうなずいたわたしへ、紘一先輩は満面の笑顔を浮かべて告げた。
「桂ちゃん。残念だけれど、今回の迷路にその方法は使えない。なぜなら、数カ所のポイントを回ったうえで、最後は迷路の中にある階段をあがらなきゃいけない立体迷路なんだ。かなり広いし、迷ったら二時間はでてこられないかもね」
そして、脅すだけ脅すと紘一先輩は、たじろいだわたしを残して留城也先輩の腕をとり、開いたドアから目的地となる駅のホームへと一番に飛びだした。
待ち合わせ時間に余裕をもって着いたわたしだったけれど、同じように早めに晴香も家をでてきたようで、お互いに待たずに駅前で出会うことができた。
私服の晴香は、細身の体型に合わせた生成り色のブラウスにダークブラウンのロングスカート。
さらさらとした黒髪の上には、つばの広い帽子を乗せている。
出会ったとたんに、わたしは羨望のまなざしを晴香へと向けた。
そうよ。
わたしの求めている女の子らしさは、きっと見た目には、この晴香のようなお嬢さまらしい感じなのよ!
「どうしたの? 桂ちゃん。そんなにまじまじ見ないでよ。わたしの格好って、そんなに不思議? 桂ちゃんも可愛いわよ」
なんて少し照れたような表情を浮かべる晴香の様子から、わたしは、先に電車を降りた紘一先輩や留城也先輩に気づいていないのだと感じた。
そうだよね。
まさかいると思っていないもの。
よほど近づかなきゃ気づかないだろうし、先輩たちも晴香がいることを知っているから警戒しているはず。
そんなことを考えながら、わたしは晴香とふたりそろって、クラスとしての待ち合わせ場所となるアミューズメントパークの入口へと向かった。
「女子はこっちから班分けのクジをひけよ」
クラス会の幹事役である上田くんが、アミューズメントパークの入口の前から声をかけてきた。
背の高い彼は、人ごみの中から手際良くクラスメイトをみつけては大声をあげる。
彼の声につられて、わたしと晴香は近寄っていった。
すでにクラスの半分が集まっているようだ。
「男子と女子でふたりずつ組んで、四人のグループになるんだ」
そう説明しながら、わたしと晴香の目の前へ、折りたたまれた紙片がいくつか入った封筒を突きだしてきた。
どうやら家から作ってきたらしい。
今回の幹事も立候補したと聞く彼は、こういうイベントが本当に好きなのだろう。
わたしと晴香は、封筒へ手を突っ込んでひとつずつ紙片を取る。
開いてみると、偶然にも同じ数字が書かれていた。
わたしと晴香は、思わず顔を見合わせて、ほっと息をつく。
「その数字なら、さっき藤井と柳瀬がひいていたよ」
わたしたちの手もとをのぞきこみながら上田くんはそういって、少し離れたところに立っていた男子ふたりを指さした。
郊外にある迷路は、広い敷地を使った、想像以上に大がかりなアミューズメントパークだった。
半分は屋外で、もう半分は建物の中にあり、しかも立体となっているのが迷路の外からもみえた。
迷路以外にもアスレチックや植物園、レストランなどが隣接している。
予定のクラスメイトが全員集まるまで待ったあと、さっそく数字の一番の班から、迷路の中へと入っていった。
そして、数分経ってから、次のグループがスタートする。
「なんだかどきどきするよねぇ」
隣りにいた晴香がささやいてきて、わたしはうなずき返す。
そしてそろって、同じクラスだけれどいままでほとんど話をしたことがない男子ふたりに向かって、媚びるような曖昧な笑みを浮かべてみせた。
迷路の入口で五カ所のポイントを回ってハンコを押す台紙をもらうと、わたしの班は迷路の中へと入っていった。
男子ふたりが言葉を交わしながら進む後ろを、わたしと晴香はきょろきょろとしながらついていく。
今日は土曜日だからか、わたしたち以外にも一般の親子連れが、迷路内でちらほらと姿をみせた。
充分すれちがうことができるほど、道幅は広い。
青空の下、屋外の迷路の壁は二メートル以上の高さがあるパーティションの可動性を持たせた板で、そんなに重そうにはみえないけれど、安全のためにがっちりと隣同士で固定されている。
けれど、普通の人が体当たりしても動かないであろう壁でも、きっとわたしなら、片手の軽い一押しで簡単に動くだろう。
――うん。
できるだけ触れないように気をつけなきゃ。
なんといっても、今日はクラスの皆がこの場にそろっているんだから。
なにかの拍子に、わたしの力を目撃されたら大変だものね。





