突然の指名③
わたしの身体を包むように、ふわりと風が渦を巻く。
やがて的が定まったかのように、中庭の周囲に林立していた樹の葉が一気に風に乗って、わたしに向かって降り注いできた。
「ちょっと、なにこれ! 痛い!」
ひらひらと落ちてくる葉じゃない。
尖った葉先を向け、一直線にスピードをあげて突き刺さってくる。
葉自体は強度がないために、制服の上からちくちくと当たっては地面へ落ちていくのだが、顔をかばう両手の甲へ、葉のふちで切った擦り傷が増えていく。
「風を刃にして直接切り裂くことも可能だが、さすがにただでは済まない怪我になる。きみにはこの程度が良いだろう」
馬鹿にした笑みを浮かべると、生徒会長は言い放つ。
そして、強い光を瞳に宿して再度口にした。
「さあ、きみの能力をみせろ!」
みせられない!
いくら挑発されたって、わたしがみせたくないの!
もし、みせたとしたら……よけいに馬鹿にされちゃう!
「不合格ってだけで、いいじゃないですかぁ! なんでこんな目にあわなきゃならないんですかぁ?」
ぐるりと風の壁に阻まれたわたしは頭を抱えたまま、仕方なく中庭の中で逃げ回りながら叫んだ。
わたしの言葉に生徒会長は、不機嫌そうに目を細める。
「きみが明らかに能力を隠しているからだろう? きみの体力測定を見せてもらった。何度か測りなおしがあって数値もばらばら、不自然だった」
確かに、高校に入ってすぐにあった体力測定では、加減ができずに中途半端な数字になってしまったと自分でも感じていた。
でも、それが今回、選ばれた理由なの?
「ハンドボール投げの距離ですか? それとも懸垂の数ですか? たまたまいい記録が出ただけなんですよ。普段は悪いほうの数字なんですよぉ!」
「出せる力があるのにできませんの一言で逃げて楽になろうとする。ぼくとしては非常に不愉快だ!」
「――生徒会長って、きっと彼女に疎ましがられるタイプですよね」
「それが先輩に向かって口にする言葉か!」
「ちゃんと敬語を使っているじゃないですかぁ!」
広い中庭を一周走るように逃げ回っていたわたしは元の場所へと戻り、校舎を背に建つ巨大な高校創始者の銅像の土台の裏へと身を隠す。
そんなわたしへ向かって、突風が横から押しだすようにぶつかってきた。
痛みも怪我もないけれど、わたしは生徒会長にも見えるところへゴロンと転がりでる。
芝生の上で膝をついて、視線から隠れるように頭を両手で覆いながら団子になっているわたしへ、生徒会長は冷たい一瞥をくれた。
「――やはりコンピューターの選出ミスか。無駄な時間を費やすこともない。いまここで、ぼくがきみを不合格として落としてやる」
そう言って生徒会長は、あげていた右手を振りおろす。
同時に中庭一面へ落ちていた葉が、ぶわっと舞い上がった。
やった。諦めてくれたんだ。
これで実技試験からも生徒会長の冷たい視線からも解放だ。
そう考えた一瞬、わたしは気が緩んだ。
油断したとたんに、わたしは渦巻く葉に囲まれて。
そして、ふわりと制服のひだスカートが風に煽られ浮きあがった。
「――き、きゃあっ!」
慌ててスカートを押さえるが、すぐにはおさまらない風に舞いあげられ続ける。
おそるおそる前へ視線をあげると、茫然とした生徒会長と目があった。
はっとした顔になった生徒会長は、自分が一部始終を見ていたことに気づいたらしい。
焦ったように両手を前につきだすと、頭と手をちぎれんばかりに振りながら叫んだ。
「い、いや。決して狙ったわけじゃない!」
「――見ましたね……」
「だから、事故だ! わざとじゃないんだ! 女性を相手に戦ったことがほとんどないから手加減が……」
言い訳をしながら真っ赤になった生徒会長を見て、わたしの恥ずかしさが最大になる。
見られた!
ほとんど初対面同然の、皆の憧れの生徒会長に、見られた!
風が完全におさまったとき、無意識にわたしは、そばにあった創始者の銅像の土台に手をかけていた。
銅像を両手で持ち上げると頭上に掲げ、ゆらりと一歩、生徒会長のほうへと向きなおる。
芝生を踏みしめていた両足が、重さのために地面へのめりこんだ。
気がつくとわたしは、目を見開いた生徒会長めがけて、えいやっと弧を描くように放り投げつけていた。
直後に、わたしは頭が冷えた。
わたしの行動に驚いたのか、どう対処すれば良いのかを迷ったのか。
太陽をバックに自分へと落下してくる銅像を、唖然とした顔で見つめたまま動かない生徒会長に気づいたわたしは走りだす。
このままじゃあ、生徒会長は銅像の下敷きになっちゃう!
世間でいうところの銅像は重いため、直線で生徒会長へ投げつけなかったのが幸いだ。
弧を描いて放り投げた銅像が落ちてくるまでの数秒で、わたしは落下地点へ間にあった。
生徒会長を体当たりで弾き飛ばすと両手をあげ、わたしは落ちてきた銅像を頭上でがっちり受けとめた。
「――きみは……」
銅像を元の位置へと据え置いたわたしへ、ようやくといった感じの生徒会長が声をかけてきた。
わたしは、銅像の土台へすがりつきながら涙目で振り向く。
「生徒会長が全部悪いんですよ! このエッチ!」
「なにを言う! わざとじゃないって、さっきから言っているだろう!」
「風でスカートめくりだなんて小学生ですかぁ? そのうえ、正義の味方かなにか知らないけれど、もう少しで銅像の下敷きになってぺしゃんこだったじゃないですかぁ! 生徒会長、全然すごくないです!」
「馬鹿にするな! きみが手出ししなくても、あれぐらい、ぼくの風で切り裂いて避けきれたさ!」
「銅像をばらばらにするわけにはいかないでしょう? どうやって元通りに直す気ですか! 生徒会長って意外と考えなしですね!」
怒鳴るあまりに力がこもり、ふたたび元の位置から移動しそうになった銅像を、わたしは慌てて支えなおす。
そのまま、銅像にすがって泣き崩れた。
「――せっかく、わたしの怪力を知らない人たちばかりの環境になったと思ったのに。こんなことでバレちゃうなんて。わたしの平穏な日常を返せ」
「――いや、しかし。たしかにコンピューターが弾きだすだけの能力ではある」
しばらく、わたしが落ち着くまで黙りこんでいた生徒会長だったけれど。
わたしが泣き疲れて大きくため息をついたとき、静かに話しだした。
その言葉の内容に、キッと睨んだわたしの視線に動じることもなく、生徒会長は考える顔をしながら続ける。
「ぼくの所属するチームでは、まだ腕力に秀でたメンバーがいない。小手先ではない全身を使っているきみの馬鹿力には中途半端さがなく、即戦力として使えそうだ。他人には真似ができない能力、なぜ聞かれたときに黙っていた?」
「生徒会長も、いま馬鹿力って言ったじゃないですか! 馬鹿力ですよ? 怪力ですよぉ? 全然可愛くないじゃないですかぁ!」
わたしの叫び声を聞いた瞬間、生徒会長は理解できないとでも言いたげに、口を開けてわたしを見つめた。
「それだけの理由で……」
「女の子にとっては、すごく大切なことなんですよ! 少しも女の子らしくないじゃないですか! 皆にバレたら一生彼氏ができないですよぉ!」
「女の子以前に人間とは思えんが」
「――それ、いくら生徒会長でもひどくないですか」
「ああ、すまなかった。人間技とは思えないと言いたかったんだ」
あっさり謝った生徒会長に、わたしは少し不思議な印象を受けて、思わずまじまじと彼の顔を見つめた。