そして立ちはだかる敵の影③
事実上、試験終了の話を聞いたわたしは、ちょっと拍子抜けの気がしつつもホッとする。
あとは結果を待つだけ。
本当は金曜日の今日までだったはずだから、結果が伝えられるのは月曜日ってことになるのだろうか。
そんなことを考えながら、わたしは、紘一先輩と留城也先輩とともに生徒会室をでたあと、一緒に教室のほうへと向かう。
すると、前方から姿をみせた晴香が手を振ってきた。
「桂ちゃん、来ていたんだ! 教室にいなかったから遅いなぁと思って様子を見にきていたのよ」
「あ、ごめんね。晴香」
謝るわたしのそばにいた留城也先輩へ、晴香が視線を向けるのがわかった。
そういえば、晴香って以前、留城也先輩が恰好良いみたいなことを言っていたっけ?
ここは親友の縁を取り持つべきか。
それともメンバーという存在を内緒にするためにスルーすべきか。
――やっぱりわたしは、晴香が喜ぶところを見たい。
「ちょっと生徒会室に呼ばれて。そこで先輩たちと会ったから、用事が終わって一緒に教室へ戻るところなの」
わざと晴香が留城也先輩の隣の位置へとなるように、わたしは彼女へ腕を絡める。
そんな行動をとったわたしの考えを読んだらしく、紘一先輩は薄笑いを浮かべながら留城也先輩と晴香の顔を見比べた。
あ、面白がっているんだ。
紘一先輩と違ってわたしの行動の意味が読めていない留城也先輩は眉根を寄せたけれど、気づいた様子もそれ以上に嫌な表情も浮かべていない。
対して晴香は嬉しそうだ。
「そうそう、桂ちゃん。明日のクラス会が楽しみだよねぇ」
その晴香が何気なく口にだした話題に、わたしは乗った。
「そうだよね」
「へぇ。クラス会なんてあるんだ」
興味を持ったように紘一先輩が晴香とわたしに向かって小首をかしげる。
わたしは説明するように返事をした。
「入学して一カ月経つので、クラスの親睦会をしようってことになったらしくて。お昼過ぎに集まって巨大迷路に行くって……」
そう。
たぶん今日のあいだに、幹事の上田くんから連絡が回ってくる予定になっていたはず。
わたしの言葉を聞いた紘一先輩は、笑顔で言葉を継いだ。
「郊外の巨大迷路ね。オレも去年、クラスの皆で行ったことがあるよ。あそこはきっと親睦を深めるのに手頃なアミューズメントパークになるんだろうなぁ」
「そうなんですね。行ったことがなかったから楽しみだなぁ」
「どんな服装で行くか、迷っちゃうよね」
晴香との会話の最後に、わたしは紘一先輩へ笑顔を向けながら大きな声で続けた。
「今日の授業もそのことばかり考えちゃいそうよ」
そして、ついに位置の効果だろうか。
わたしが狙った通りに、晴香が留城也先輩へと声をかける。
「先輩もクラス会の迷路に参加されたんですかぁ?」
ちょっと不機嫌そうな表情になりながらも無下にはできないと感じたのか、ぼそぼそと返事をする留城也先輩の様子を確認してから、わたしは素早く紘一先輩へささやいた。
「紘一先輩。わたし、昨日のリベンジがしたいです。なので、今日も駅までふたりで帰りませんか?」
頭の中は、わざと明日のクラス会へ着ていく服を思い浮かべながら、にっこりと笑みを浮かべる。
わたしのほうからそのような誘いがあるとは予想外だったのだろうか。
驚いたように紘一先輩は少し目を見張ったけれど、すぐに口角をあげて返事をした。
「桂ちゃんのほうから誘ってくれるなんて、良い返事が期待できそうで嬉しいなぁ」
そのあと一年の教室へ戻ったわたしと晴香は、授業開始のチャイムが鳴ったために、すぐに席へ着く。
そして、今日はもう試験がないとわかっているため、比較的気持ちにゆとりを持ったわたしは、その日の授業は表面上穏やかに真面目に受けた。
けれど――頭の中ではフル回転で別のことを考える。
通用したかどうかわからないけれど、紘一先輩には明日のクラス会のことで頭がいっぱいのフリを装った。
わざわざ授業中のわたしの頭の中をのぞきにはこないだろう。
だから、いままで引っかかっていたけれど気にしないようにしていたことを、この時間にじっくりと思いだして考えた。
校門前で、嬉しそうな顔の紘一先輩が片手をあげた。
先日の昼休み、二年の女子に目をつけられたため、一応校内では噂が立たないように気を使っての待ち合わせ場所だ。
「留城也がついてきたそうにしていたんだけれど、せっかくの下校デートだろう? 凪先輩が生徒会室にこいって呼んでいたよって伝えてまいてきちゃった」
悪びれた様子もなく笑顔で口にした紘一先輩に、わたしは苦笑いを浮かべる。
自分も、晴香に用事があるからと伝えて振り切ってきたためひどいとはいえない。
そんなわたしの行動を知っているように、紘一先輩は嬉しそうに顔をのぞきこんできた。
「さぁて。今日は時間も早いし茶店とか寄っていかない? いつもより長く一緒にいられるよなぁ」
「それはまずいです! 凪先輩もいっていたじゃないですか。早く帰れるのは危険回避のためなんですから、寄り道せずにまっすぐ帰るべきです!」
わたしは慌てて待ったをかける。
「それに、わたしは紘一先輩にどうしても伝えたいことがあるので、駅へ向かいながら話をしたいと」
「それって、いい話?」
続けたわたしの言葉の途中で、今度は紘一先輩がさえぎった。
いままでの笑みをひっこめた紘一先輩は、感情を消した顔をわたしに向ける。
思わず硬直したわたしを促すように紘一先輩は言った。
「まあいいか。歩きながら話そう。立ちどまったままで、ほかの学生の注意をひくのもいただけないしね」
「それで。伝えたいことって?」
横に並んでゆっくり歩く紘一先輩が口火を切る。
わたしは、中途半端に考えを読まれるよりは、自分で言葉にだしたほうが良いと思って、単刀直入に本題へと入った。
「わたし、気がついたんです。美術の準備室で襲われたとき」
「――なにを?」
とぼけたように、紘一先輩は小首をかしげてみせた。
目の端に映る紘一先輩の態度に関係なく、わたしは前を向いたまま言葉を続ける。
「あのあと、準備室を飛びだしたときに、わたしは紘一先輩とぶつかりましたよね。わたしにぶつかる前に、紘一先輩は襲ったふたり組が逃げるところを目撃したのに、その場で挙動不審なその理由を彼らから『読』まなかった。あのときは違うことに意識が向いて、わたしはそのことを特に気にしなかったけれど、ずっと違和感があったんです」
紘一先輩は、ゆっくりと陽に透けるようなチョコレート色の瞳を細める。
その様子から、わたしは確信をもって言い切った。
「読むことが普通の紘一先輩が、挙動不審な彼らの思考を読まないなんてありえない。読んだうえで紘一先輩が彼らを知らないフリをするとすれば、それは紘一先輩が彼らとつながっているから」
「――意外と鋭いんだ」
初めて聞いた低い声。
それがぞくりとするほど艶っぽく――恐怖を感じさせた。





