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咲に迫る黒い影

『絶対に赤井君を取ってやる』




 その、嫉妬に燃える様な目を、咲に向けていたのは、咲のクラスの小谷洋子こたにようこ


 洋子は、咲とは対極にいるような、クラスでも友達と呼べる人のいない目立たない存在の子だった。


 洋子は翔にずっと片想いしていた。

 それが今回、翔から咲に告白した事を知って、酷く落胆していた。


 もう、自分の想いは届かない、と。

 そして、その想いはいつしか形を変えて、咲に逆恨みする形へと姿を変えていった。


 洋子は考えた。

 咲さえ消えればきっと赤井君は自分を見てくれる筈だと。



 勿論、それは全く根拠のない洋子の思い過ごしでしかないのだが。

 翔が咲以外を愛する事など、限りなくゼロに等しかった。


 けれど、嫉妬に狂った洋子には、それすらも冷静な判断が出来なくなっていた。

 ただ、咲と翔の仲を引き裂いてやる事しか、見えなくなっていた。



 実はこの小谷洋子は中等部から上がって来た咲や翔とは違っていて、中学はかなり評判の悪い学校に通っていた。


 洋子自身も高等部では大人しくしてはいたが、地元の暴走族と繋がりがある様な、札付きだった。

 その洋子と繋がってる暴走族は、以前翔達とケンカになり、結局ぼろぼろに負けたのだ。

 当然翔には恨みを持ち、機会あれば翔を潰したいと考えていた。



 それを洋子は利用した。



 翔の名前で呼び出しても、咲は来ないし、翔に策を見破られる可能性も大いにある。

 ここは敢えて、洋子自身が咲に相談があるとか言って呼び出そう、そう考えた。




 そして……。

 待機させておいた族の連中に、咲を投げ込んでやろう。

 それこそ翔達が使っている手と同じ手ではあるのだが。



 あの女が汚され、泣き叫ぶ姿を笑って見てやろう。

 赤井君は、どう思うだろう?

 汚れた女なんか、当然捨てる筈だよ。

 そしたら、あたしが赤井君を慰めてやるからね。


 洋子は目立たなくはしているが、実は地元ではかなり有名なワルだった。


 リンチ、ケンカ、アンパンは日常茶飯事で、バックには暴走族がついていて怖いもの無しの存在だったのだ。


 だからこそ、こんな汚い手を平気で使うのだ。

 小谷洋子は決して目立つ存在ではなかったし、どちらかというと普通より劣ってる方に分類される容姿だ。



 それが、紅葉学園で出会った、自分には持っていない物ばかりを持っている咲の存在は、正直羨ましかった。

 そこにいるだけで花が咲いた様になり、男子からの羨望の眼差しを一身に受けて尚、恋愛に興味がなかった咲。


 そして族の間でも有名な赤井翔からまで告白され、ふたりは付き合い出した。



 洋子は随分前から翔に片想いしていたのだ。

 勿論、咲と翔が知り合う前からずっと、だ。


 翔が暴走族をやっていたのは、中等部の頃の事だったから。

 一番、有名だった頃の翔の姿を、洋子は知っていてずっと惚れていたのだ。



 だからこそ、紅葉学園高等部に進学して来たのだった。

 もっと翔の傍にいたい。

 ただそれだけで紅葉学園に入って来たのだった。


 しかし……。

 洋子の想いが翔に届く事はなかった。



 洋子は自分の作戦を仲間の族の連中に持ちかけた。

 赤井翔の彼女を罠にかける気はないか、と。


 当然、以前のケンカでボロ負けしていた連中は、この話しにすぐ乗って来た。




「……じゃあ、あたしが相談があるとか言ってその女を呼び出すから、後は頼んだよ」


「おぅ!任せろ。へへ、さぞかしいい女なんだろなぁ~」


うるさいね!大した事ないよ。いいからあんたらはその女をやりたい様にやれば、それで赤井翔への復讐になるだろ?」


「ま、そりゃそうだがよ。そんだけあの赤井が惚れ込んだ女ってのは興味あるよな」




 ちっ!

 こいつらまであの女に興味を持つのかい?



 まぁいい。

 工藤咲、あんたの幸せな時間、もぎ取ってやるから覚悟しな。


 洋子の本性が見えた瞬間だった。




 これがあの教室では殆んど声すら聞いた事のない、小谷洋子の真の姿なのだ。

 一体誰が想像しただろうか?




 ところがこの洋子の正体が、翔の仲間の耳に入る事になる。


 その人物とは?

 翔達とケンカしたその後で、仲良くなった清志の高校の男子。


 それが親友の清志と同じクラスで、その小谷洋子の話しが出たのだった。



 翔に随分熱を上げている、という事も。

 そして、咲と同級生で紅葉学園高等部に入った事も。


 裏に暴走族がついている事も。

 地元の中学では、かなり有名なヤバイ奴だった事も。


 清志はすぐにこの情報を翔に知らせた。



『咲ちゃんと同級で、小谷洋子って奴がいるからマークしろ。バックに族がいる』



 短いメールの文章だが、翔はそこから咲にまだ隠れた敵が存在する事を知る。




 小谷洋子……。

 聞いた事ある名前だなぁ。

 何処で聞いたんだろ?


 考えながら、翔は咲の教室に入っていった。




「咲……あ、いいや。変わりないね?」


「なぁに?翔君、今何か言いかけたけど?」


「いや、何でもないよ。ちょっと、泉先輩あの……」



 翔は咲に聞こえない様に、泉に小谷洋子の事を聞いた。




「あぁ、いるよ?同じクラスに。ほら、あの子」


「ふぅん、同じクラスね。泉先輩、もし咲に奴から何か寄って来る様な事があったら教えて欲しいんだ」


「何?あの子がどうしたの?」



 泉は不思議そうに聞いた。





「実は、咲には聞かれたくないけど、あいつ随分前から俺に惚れてたらしくてさ、んでバックに暴走族がついてるって情報が入ったんだよ。だから何か企んでてもおかしくないから」


「へっ?あの目立たない子にそんな事があるもんなの?にわかには信じられない話しだね。分かった、気を付けるよ」


「ねぇ、何をふたりで話してるの?あたしが聞いちゃダメな事なの?」咲は気になって声を掛けた。


「咲、ちょっと気を付けて欲しい相手がこのクラスにいるんだ。振り向かないで俺の事だけ見て聞いて?小谷洋子には気を付けるんだよ。ここじゃそれだけしか言えないから、後でちゃんと説明してやるからさ」

 

「小谷さん……?」



 思った通り、咲はきょとんとしている。


 同じクラスの、目立たない話した事も記憶にない様な子の、一体何を気を付けろって言うの?




「ねぇ、翔君あの人が何か「咲、黙って。今は詳しくは言えないって言ったろ?」」


「うん……でも気になる」


「じゃあ俺じゃなくて泉先輩に聞くか、それとも二人きりで俺が教えてやるのと、どっちを選ぶ?」


「ふたりきり?翔君とふたりきりになりたい」


「決まり!じゃ今日部活終わったら部室で待ってて。迎えに行くからね。それまで泉先輩よろしく」


「了解。咲はあたしが付いてるから大丈夫」


「んじゃ、咲。後でね」



 何だか嬉しそうだったけどな、翔君の顔。


 心なしか、翔の後姿が浮足立って見えた。



 咲にはまだ男と女がふたりきりになる意味が分かってないんだな。

 ま、そんなとこも咲の可愛いとこでもあるけどな。


 早く時間が経たないかなぁ。

 翔の脳内は今、ピンク色に染まっていた。




「よし、今日の練習はここまで」


「「お疲れ様でした」」




 男子バスケットコートから、元気な声が体育館内に響き渡る。

 チアガール部は一足先に練習を終えて、部室に戻っていた。



 翔は急いで着替えると、咲の待つチアガール部の部室に走った。




「咲、お待たせ」


「翔君、もう終わったの?じゃ、泉、晴美。お疲れ」


「お疲れ、咲。ちゃんと赤井君の話し、聞きなよ?」


「うん分かった。そんじゃね」


「何?咲今日、赤井君と一緒に帰るの?」晴美が聞いて来た。


「さぁ~、帰んないじゃないの?ってか、赤井君が帰さないんじゃないかなぁ」


「えっ?あのふたりって、もうそんな関係なの?」


「そりゃあ相手があの有名な赤井君だよ。幾ら咲が奥手でも、赤井君には敵わないでしょ」


「そっかぁ~、じゃああたしだけ彼氏いないんだぁ」


「晴美だってモテるんだから、その気になれば幾らでも出来ると思うけど?」


「そう?じゃあ咲みたいに本物の王子様でも待つかな」


 泉と晴美、笑いながら駅に向かって歩いていた。




 その頃、咲と翔は……。




 駅に向かって歩いていたが、翔にまたどっかのファンクラブの子がたかっていた。

 さすがに咲もこれは我慢出来ない。



「失礼、この人あたしの彼だから。これからちょっと話しがあるので急いでるの」



 と、その輪の中から翔を引っ張り出した。

 これには翔が一番驚いていた。



「咲?どうしちゃったんだ?ん?何か怒ってる?」


「翔君、あたしと一緒にいる時に他の子と話しなんか、しないで」




 あからさまな嫉妬だった。

 咲がここまで感情を露わにするのも珍しい事なのだ。

 それだけ咲は、翔が他の子と話す姿に耐えられない程に、翔に恋していた。



「なぁんだ、咲?嫉妬だ。へぇ~、嬉しいね、そこまで俺を好きになってくれるなんてさ」


「……そんな事ないもん。翔君もちゃんと断ってよ!」


「はいはい、分かったよ。俺の大事な彼女は咲ひとりって、いつも言ってるじゃない」


「……言われてないよ。それに言葉じゃ分かんない!」


「ふぅん、言葉じゃ分かんない、ね。その言葉、後悔しないね?」


「え?それどういう意味?」


「咲、こっちだよ」




 翔が咲の腕を掴んでひとつのホテルに入って行く。

 ここって、この前の?



 翔は素早く部屋のキーを持つと、きょとんとしてる咲の肩を抱いて部屋の中に入った。



「くす……。俺とふたりきりになりたかったんだよな?咲がそう言ったんだ。今夜は帰さないよ」


「え……?」


「言葉じゃ分かんないならば、その身体に教えてやるよ。どれだけ俺が咲を好きなのかを、ね」




 どうやら今までの咲の行動ですっかり火が付いてしまった翔だった。


 遊び慣れた翔にとって、咲の行動は新鮮に映ったのだろう。

 翔も咲同様、咲に夢中になって我を忘れていたのだ。




「咲……ごめん。俺今日は多分手加減出来ない」




 トサッ!

 乾いたシーツに咲は倒された。



 そのまま……。

 咲は気が遠くなる様な時間を肌で感じていた。

 時折、小さな吐息の様な声を吐き出していただけだった。

 けど、翔の愛情は充分に伝わって来て、ただ嬉しかった。




「かけ、る、くん……だい、すき」

「俺も咲が大好きだよ……。誰にも渡さないから覚悟してよね」




 ........


「翔君、昼間教室じゃ出来ない話しがあるって、言ってたよ」


「あっ、大事な事を忘れるとこだった。咲のクラスの小谷洋子なんだけどさ、昼間清志からメールが入ってな、ちょっと厄介な奴だって分かったんだ。だから咲に気を付ける様に教えとこうと思ったら、違う事教えちゃったな」




 けらけら笑いながら翔はそう言うけど、咲はまだ慣れてない。

 紅い頬をして笑う余裕もなかった。




「小谷さんなんて、あたし話した事もないよ?それの何を気を付ければいいの?」


「多分、これはあくまで俺の考えだけどな、小谷自ら咲に接触して来るんじゃないかと思うんだ」


「あたしに?どうして?」


「あー……咲、怒んない?」


「別に怒る様な事なの?あ~、翔君と関係あったとか?」


「ちがーう!そんなんじゃないから、怒んなよ?あいつ随分前から俺に惚れてたらしいんだよ。でもな、多分今憎んでるのは咲、お前の事だ」


「何であたし?」



 翔に言われても、何の事だかすら分らない。



 やっぱり自分の置かれてる立場って、気付かないもんだよなぁ。

 特に咲は天然入ってるからな、余計性質たちが悪いよ。



「まぁ、咲に気を付けて欲しい事は小谷から何か言われたり、頼まれたりしたら、まず俺に知らせて欲しいんだ。別に断る必要はないから、そのまま受けて構わない。その方がこっちもやり易いから。」


「小谷さんが翔君に片想い?あたしと同じクラスの子が……」


「咲?おーい咲?聞いてる?今大事なのはそこじゃなくて、咲の方なんだけど、って咲?聞いてねぇし」




 突然翔は咲の頭を掴んでそのまま唇を合わせた。

 びっくりしたけど、咲はただそれに応えるだけで精一杯だ。



「どう?俺の話し、何処まで分かった?」


「全然?」




 はぁ~。

 嘘だろ?



 ってか、小谷が俺に片想い、ってのが引っかかってるみたいだけど、咲はそんな事を心配する立場じゃないのにな。

 って言って、信じる咲じゃないか。



 仕方ねぇか、同じクラスに俺に片想いしてる奴がいるなんて、突然聞かされたらそりゃあ咲なら動揺するわな。



 でも、俺も同じ思いしてんだけどな。

 どれだけ咲のファンの男から文句言われたと思ってんだか、咲は知らないだろうな。

 まぁ、負け犬の遠吠えなんざ、聞く耳持たないがな。



「じゃあもう一度説明するから、ちゃんと聞いててよ?」


「うん……」


「これはあくまで俺の想像だけど、多分小谷は咲に直接何かしら口実を作って近付いて来ると思うんだ。その時は必ず俺に知らせて?分かった?」


「うん、分かった。小谷さんが何か言って来たら、翔君に知らせるよ」


「その時気を付けて欲しいのは、小谷に気付かれない様にして欲しいんだ。多分何処かに咲を呼び出すだろうから、気付かれちゃまずいからさ」


「何で?」


「奴の裏に暴走族が付いてる。そいつらは前に俺らとケンカになって、ボロ負けしたんだ。だから俺に恨みは持ってる筈だし、咲が俺の彼女だって事はもう小谷が喋ってるだろうからな。小谷のターゲットは咲、お前なんだよ」


「あたし……?」


「そう、咲を罠に落とす事こそ俺への復讐だろうし、小谷も目障りな咲を消そうと考えてる筈だから」



「もし、小谷に誘われたら、断る必要はないから、乗ってくれて構わない。前もって俺達が待機してるから、咲を危険な目には絶対に遭わせない」


「でも、どうしてあたしなの?翔君?」


「小谷が何をどう考えてるのか、大体の予想は付く。咲がいなくなれば俺の彼女になれるとか勘違いしてるんだろう。今までもそんな女、いたしな」


「それであたしがおとりになるのかな?翔君の話し聞いてると、あたしはえさみたいなもんだよね?」


「まぁ……、実際咲を狙ってる女があとどれだけいるのか分らない。だから咲を狙ってる奴は俺が全部潰すしかないんだ。今回みたいに前もって情報が入って来てれば、何とか出来るけどな」


「翔君の彼女って、大変だね?」


「なにそれ、嫌味?でも俺は咲を手放す気はないからね」


「あたしも翔君と別れるつもりはないよ。翔君の事考えると、胸の奥が苦しくなるの……。こんな気持ち、初めてなんだ」


「咲!」



 突然、翔が咲を抱き締めた。



「翔君…?どうしたの?」


「俺、こんなにひとりの女を好きになったの初めてなんだ。だから咲は俺が絶対に守り抜くから……」


「うん……、信じてるよ。翔君はあたしを絶対に守ってくれるって」




 そのまま静かに時は流れた。



 翔君はあったかいな。

 でも、こんなにあたしだけ幸せでいいのかな?

 誰かに翔君、取られちゃったりしないかな?

 恐い……。



 もし、翔君がいなくなっちゃったら、あたしきっと生きていけない。

 それくらい、あたしには翔君が必要なの。

 誰にも渡したくない。

 取られたくない。

 翔君はあたしの命そのものだから。





 咲……。


 俺の腕の中にすっぽり入っちゃう程小さい身体。

 でも俺の心を掴んで離さない咲。


 俺は咲を誰にも渡さないし、汚させもしない。

 絶対に守ってみせるさ。



 小谷が何を企んでるのかは、大体察しがついてる。

 咲に何か相談でも持ちかけて、何処かに誘い出す気だろう。


 そこには族の連中が待ってるんだろう?

 咲を輪姦まわすつもりでな。




 させるか!

 そんな事。

 返り討ちにしてやるさ。



 そしてお望み通りに俺の前で小谷が俺の仲間にやられるんだ。

 俺はじっくりと、拝ませてもらうぜ。

 お前の泣き叫ぶ、恐怖にこわばった醜い顔をな。


 小谷、お前がどうなろうと、俺の知った事じゃねぇんだよ。

 俺が守りたい女は、咲ただひとりなんだからな。


 


「さき、咲。遅刻するぞ?」


「ふぇ?ここ何処?なんで翔君がいるの?」


「何寝惚けてんだよ。顔でも洗って来いよ。出るぞ」




 あぁ、そうだ。

 昨日はずっと翔君と一緒だったんだ。





「咲、もう時間ないぞ。早く支度しろよ」


「翔君、昨日の話しって、本当の事だよね?」


「は?まだ寝惚けてんの?俺二回も説明したけどな」


「う~ん、いまいち信じられなくて。あの目立たない小谷さんがそんな事を考えてるなんて」


「咲は簡単に人を信じ過ぎるんだよ。だから危なくてほっとけないんだ。とにかく小谷には気を付ける事、これだけは覚えておいてよね。あ、小谷って、咲の携帯番号とか知ってる?」


「さぁ?でも知っててもおかしくないよ。連絡網にあたしの携帯の番号書いてあるし」




 何でそんなとこに携帯番号なんか、書くんだろ?

 そこは家電でいいんじゃないのかよ。

 じゃあ、咲のクラス全員知ってる事になるじゃないか。



「取り敢えず学校、行こうか?」


「あ、え?もうそんな時間?やだぁ、翔君待ってよ」


「早くしないと置いてっちゃうよ~」




 にやにやしながら、翔が声を掛ける。

 あたふたと支度をしている咲をじっと見つめながら。





 …---咲の教室。





「おはよ~。何とか遅刻しなくて済んだ」


「おっはよー、咲。今日はまた一段と美しいですなぁー」




 泉がからかう様に声を掛けて来る。




「なんで?いつもと同じじゃないの?」


「はっはー、咲には皮肉も通じないのかー。残念、からかい甲斐がいがないのぅ」


「ねぇ、泉。昨日翔君から聞いたんだけど、泉知ってた?小谷さんが翔君に片想いしてるって事」


「あぁ、昨日聞いたよ。咲には言い難かったんじゃないの?」


「だから、なんで?」


「あんた最近赤井君に本気で惚れ込んでるでしょ?だからさ、遠慮したんだよきっとね」


「でも、昨日は聞いたよ。確かにショックだったけどさぁ……。でも、やっぱり翔君はモテるのは確かな事だしね」


「それは認めるんだー?じゃあそんなに気にする事ないじゃん。赤井君の咲への気持ちは本物なんだしさ」


「うん、それで小谷さんには気を付けろって、言われたんだけど……」


「あたしもそう言われたよ。咲はまだ甘いところがあるから、咲と小谷さんに何かあったら教えてくれってさ。いいねぇー、守ってくれる頼もしい彼氏でさ」


「いや、それ、根本的なとこ間違ってるよ。翔君がもっと普通の人だったらこんな苦労しなかったもん」


「惚れた男がたまたま学園のアイドルだっただけでしょ?赤井君自体全然普通じゃん。咲、考え過ぎだよ」




 そうかなぁ?

 でも、何だか突き刺さる様な視線を感じるんだけど?

 気のせいなんかじゃ、ないよね?

 この視線の先に小谷さんがいるんじゃ……?



 咲はそう考えると、背筋が凍り付く様な悪寒を感じた。


 あの目立たない小谷さんが、あたしをおとしいれようとしてるなんて。

 恐い。



 案の定、小谷洋子は何気ない素振りで咲に近付いて来た。

 そして、今にも消え入りそうな声で囁いた。




「工藤さんにちょっと相談したい事があるんだけど……、今夜空いてる?」


「今夜?何時?」


「うん、八時頃、どうかな?」


「いいけど……今じゃダメなの?」


「出来ればふたりで話したいから、南町の潰れたボーリング場跡地あとちに来てくれない?」


「うん、分かったよ。じゃ、あたし部活あるから」




 小谷洋子から離れた瞬間、膝から崩れそうになった。


 何か怖い、あの人。

 そのまま逃げる様に、部室に駆け込んだ。




「咲、どうしたの?顔真っ青だよ。何かあった?」



 泉が聞いて来た。



「小谷さんに……呼び出された……」


「は?それいつ?赤井君に知らせたの?」


「まだ……、あたしあの人、怖いよ……」



 何だろう…?

 あの人の何がこんなに恐いんだろう?



「とにかく急いで赤井君に知らせなきゃ、大変だよ」


「あ、う、うん。そうだね、え……と、携帯どこだろ?」




 咲は恐怖という名のパニックにおちいっていた。

 何をするにも、何をしたらいいのか、分からなくなっていた。


 見かねた泉が「ほら、咲の携帯」と探してくれた。




「あ、ありがと泉。電話の方がいいのかな?」


「電話掛けなさいよ。ったく今からそんなにパニクってて大丈夫なの?」


「分かんない……え、と、翔君の番号、どれだっけ?」


「貸しなさい!あたしが掛けるから」


「うん、お願い。泉さんきゅ……」


『咲か?何かあったか?』


「あぁ、ちょっと待ってね。今咲に代わるから」


『泉先輩?咲は?』


「翔君、ごめん。あたしあの人怖くて、でも今夜八時に南町の潰れたボーリング場跡地に来いって言われたよ」


『成る程ね……、あそこなら少しぐらい騒いでも誰も来ないわな。よし、分かった。俺は仲間に集合かけるから、咲は話しを聞く素振りで向かってくれ』


「うん、分かった。翔君は?どうするの?」


『俺達は見つからない場所から、咲と小谷を見てる。おかしな動きがあればすぐ出てくから、咲は心配しなくていい』



 ......


 夜八時。

 約束したボーリング場跡地で、咲は洋子と会った。



「あの、話しって?」


「単刀直入に言わせて貰うけど、赤井君と別れてくれない?」


「は?どうしてそんな事、あなたに言われなくちゃならないの?いやよ。翔君はあたしの大事な人、誰にも渡さない」


「そう、やっぱりそう言うと思った。じゃあ二度と赤井君に会えなくしてやるだけだよ。みんな、やっちまいな!」




 ざわざわと、物陰から男達が姿を現した。

 咲はぎょっとしたが、すぐにそれが翔の仲間だと気付いた。




「な、なによ。あんた達、あたしの連れはどうしたのよ?」


「あぁ?おめぇの連れなら全員仲良くおねんねしてるぜ」


「俺らに敵う訳がねぇだろ?それよりお前、咲に何しようとしてた?」




 翔が咲を自分の背中でかばいながら小谷に言い寄った。

 小谷洋子は、恋しい翔を目の前にして、何も話せなくなっていた。

 しかも翔は自分の目の前で咲だけをかばっている。



 そんな小谷に翔は仲間に合図した。

 翔の仲間が小谷洋子を取り囲んで捕まえる。

 それを笑いながら見ている翔。



 一体、何をする気なの?



「翔君、一体何を「咲は見るな!」」




 え……?

 そのまま咲には見えない様に、翔は咲を抱き締めた。

 そして、咲の耳に聞こえて来る小谷洋子の悲鳴の様な声。

 それを見て、翔は笑っていた。

 翔君、何を見て笑ってるの?

 あの悲鳴は何なの?



「どうだ?自分がやる筈の計画に、自分が堕ちた感想はよ?」




 もはや小谷洋子の耳に翔の声は聞こえなかった。

 抵抗する気力も失せた小谷洋子は、翔の仲間に弄ばれるだけだった。



「咲を罠にめようなんて下らない事を考えるからだ。さぞかしその身に染みただろうな。俺は咲以外の女と付き合う気はねぇよ。それとな、俺はアンパンやる奴は大嫌いなんだよ。尻軽な女もな。残念だったな」




 咲は、翔がはっきりとその口から自分だけだと言った、そう言って助けてくれた事が何より嬉しくて、目の前で繰り広げられている残酷な仕打ちの事などすっかり忘れていたのだ。

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