EP1-8・サザナミインザコンバート
モンスター・ドレインは獣めいた本能に濁った瞳で辺りを舐めまわし、また、涎も流していた。
獲物はどこにいるのか。
爆炎はこのフロアのほとんどを焼き尽くし、所々復旧は難しいような甚大な被害も出ていた。
老人は殺した。
恐らく時間稼ぎのためのオトリというやつなのだろうが、とモンスター・ドレインは野獣のような脳内にあるわずかな冷静さで真実を捉えた。
しかしながら、その時間を稼がせた連中は見つからない。女と男、一人づつ。奴らが『翅』とかいう重要物資を持っている。組織のために早く持ち帰らねばならない。
モンスター・ドレインは振り向いた!
モンスター・ドレインの能力は残念ながら五感に優れたタイプではなかったが、それでも常人の何倍もの聴力を誇っていた。そのずば抜けた聴覚が今、瓦礫の音を聞いた。否、正確には瓦礫に剣が突き刺さる音を聞いた。天井の崩落だけではない、人為的な音である。
「ワハハハハハハ!そこだな!クラエーーーッ!」
モンスター・ドレインは背中の触手のような腕からぐずぐずの液体を飛ばした。高密度のメタ・ニトロだ!この液体は僅かな衝撃で起爆、周囲に莫大な被害をもたらす!このフロアの爆発・火事はこの液体によるものだ!非情!
音のした方角にある壁に着弾したメタ・ニトロの塊はすぐさま爆発、爆音と砂塵をあげて周囲に瓦礫を飛ばした。モンスター・ドレインは自らの方にも飛んできた瓦礫を蚊を払うように腕で弾き、煙の中へ目を凝らした。
「ムッ……煙で見えぬな」
その通り。煙が思ったより多く、視界が悪い。うまく手足をもげたかわからない。
「どうなっているのだ」
モンスター・ドレインは躊躇していない。
いつ頃だったであろうか。メグは目尻に涙を溜めながら、いつかの昨日を見ていた。
「メグには夢はないのかい?」
「あるけど!……ヒミツー」
「なんだい、父さんには教えてくれないのかな?寂しいな」
「じゃあ、父さんの夢を教えてよ。交換で、いーよ」
「メグはお話が上手だね。……僕の夢か」
こけた頬の少し上に、今を見ていない虚ろな黒い瞳があった。
「僕の夢はね……」
メグは目の前の現実を否定したくてしょうがなかった。
自分は過去と現在と未来の全てを裏切ったのだ。懺悔。後悔。
メグは溢れる粉塵の中で、一人の仰向けになった人間の上に跨っていた。顔は俯き、手には長い柄があった。赤い色の霊剣である。その霊剣の穂先には、赤い水溜まりを深く沈めた人の身体。
同伴だった男だ。
彼は狂っていた。
彼の半ば強引な取り付けによって、彼女は強制された形で彼を刺した。件の霊剣である。この霊剣に刺されれば、死ぬかデンパジャッカーとなる。そういうルール。
メグは、泣いていた。
一人の人間の命を奪っただけではない。人を殺す化け物を産むために、自分は人を殺したのだ。
メグの肩に雨粒が当たる。
先ほどの爆発で貨物棟最上階であるこのフロアの天井が抜け、大雨の降る空の中にメグたちはいたのだ。
吹きすさぶ雨。されども爆炎は止むことがない。
遥か上空まで続く軌道エレベーターは今いる貨物棟からもう少し北側に繋がっている。ここ百層より上にはエレベーター用の搬送通路しかないため、ここは実際人が入れる最上階である。
この星において、人が踏み入れる最も天に近い場所である。
「ミツケタ!」
男の声!モンスター・ドレインが煙の中に人影を見つけたのだ!
メタ・ニトロの圧縮砲弾が発射される。先ほどは厚い壁が守ってくれたが、今度はそうはいかない。メグは壁どころか盾も鎧もない。生身である。当たればひとたまりもない。木っ端微塵である。危機!
爆発!噴煙!吹き出す炎!
辺り一面は地獄めいた焦土を再現するがごとく、黒炎で焼かれた。