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EP1-7・サザナミインザコンバート

爆発が二人を走らせる!

メグはもう心臓がどうにかなりそうだった。

「もう追いつかれる!」

実際、デンパジャッカーの走力は常人の数十倍である。マリョクユーザーの体力を持ってしても時間はそう稼げはしない。

「でも、まだです」

「本当にこんなことしてて見つかるんすか!本当はこれまで適当言ってるだけだったとかならもう怒りますからね!」

メグだけが声を荒げた。

「まずい」

意に介さない男が初めて焦燥の声を出す。メグは一瞬、何が起きたかわからなかった。

二人の足元が思い切り爆ぜた。

声を上げる暇もなく、一息に爆炎に包まれる二人。メグは意識を手放しかけた。

「……まだです」

「……ム」

メグは固く閉じていた目を開くと、暗い空気の闇に巻かれていることに気づいた。冥府にでも落ちたのかと思ったが、隣に煤をかぶった同伴の男がいたことで少し安心した。

「死んだ?」

「何言ってるんですか。目的の場所にようやく着きました」

「……」

そう言われて辺りを見ると、少し離れた所に老人が立っていた。わずかな壁の隙間から向こうを覗いている。

「あっ」

「久しいなメグ」

老人は口を開いた。振り向くと、傷だらけのシワにまみれた顔が見られた。よく知っている顔だ。メグのチームをここまで引っ張った老人、ガワランハッドその人である。メグのこの街での目的の一つ、回収すべき人材である。男の言うことは当たった。いや、正しかった。

「君もよくやってくれた」

「ああ、いえ」

ガワランハッド老人は男にも声をかける。

「知り合いっすか?」

「親友だよ」

老人が答える。

「ガワラン、時間がありません」

「そうだった」

老人はそう言うと、暗闇の奥の方へと足を進めた。

「こっちだ」

メグは先導された。

どうやらここは百層と九十九層の間にある空間であるらしい。

「決められた出入り口からしか入れません。壁で隠されていましたが」

「危なかった。あと少しで君らはモンスター・ドレインの砲撃に巻き込まれていた」

「あなたが手を引っ張ってくれたおかげです。この人も守れた」

「……本当はメグは来なくても良かった。街での異変が起きてから、君の端末に帰還命令を出したんだが……運悪くデンパジャッカーが出現した。おそらくこちらの指令は届いていないだろう」

「作戦は中止されたんすか?」

「いや、まだです」

「変更はされたが中止はされていない」

「変更?」

「ああ」

老人は足を止めると、やや奥まった所にあった棺桶のようなサイズのショーケースに手を置いた。

「これを今使う」

「……」

ショーケースに入っているのは一本のナイフ。幾何学的な形をしており、刃の部分が異様に長い。赤い。

これがもう一つの目的。メグの回収目標物は二つとも、男の言う通りにここにあった。

しかし、もっと気になることを言われた。

「疑ってすいませんした……けど」

これを使う、と言われた。つまり。

「つまり」

「そういうことだ。そのためにそこの彼をここまで呼んだのだ」

「……」

この男がこの場所を知っているわけだった。

「あんたは何するかわかってんすか」

「知っています。細かいことは聞いていませんが、僕の夢を叶えてくれる」

メグはとても困惑した。この男は何をするのかわかっていない。このナイフが一体何で、何に使うためのものなのか。ただ物を切るためのものではないのだ。

「このナイフ、あなたに刺さるんすよ」

「ええ、らしいですね」

「きっと後悔する」

「しませんよ」

「私が代わる」

「だめです」

「何故」

「僕の夢のために」

「……イかれてる」

「僕は正気です」

「正気なもんすか。だってあなた、これから化け物になろうとしている」

「……」

「デンパジャッカーっすよ。あのナイフで刺されて死んだ人間はそのナイフと血を交わして契約する」

「……成る程」

メグが言っているのは真実だった。まともじゃない。まともじゃないし信じられないが、あのナイフは、ただのナイフに見えるあれは、殺戮者を生み出すためのトリガーに他ならない。

「僕がデンパジャッカーになるんですね。理解しました」

「理解って……」

「待つんだ。もっと君には伝えなければならないことがある」

老人が口を挟んだ。

「そこにあるナイフは普通のデンパジャッカー変身装置ではない」

「……?」

「『キュクロプスの(はね)』」

「『翅』?」

「そうだ。そのナイフは他のデンパジャッカーが用いるナイフとは少し事情が異なる。『キュクロプスの翅』と呼ばれるこのナイフ限定の機能が付いている。他のデンパジャッカーなど比べ物にならないほどの力を持つシステムだ」

「限定品というわけですね」

「ああ。そしてこの『翅』には隠されたチカラがある。そのシステムの鍵こそが、君を『彼女』の元へ連れて行く」

「例の……『聖域』の鍵はこのナイフに内蔵されたシステムってことですね」

「ああ」

途中からメグには話が見えない。二人が話している内容はどう考えても自分の知った話ではなかったし、現実のものとも思えない会話だった。『翅』?『聖域』?

「あの。ガワラン卿」

「何か不明な点が?」

「不明なことだらけっすよ。なんすか、『翅』って。羽?この男は部外者っす。ここは私が引き受けます。私がデンパジャッカーに」

「ならぬ」

「何故」

「この『翅』は選ばれた者にしか使えん。望まれぬ者が使うなら、その者には罰が与えられよう」

「でも」

「確かに、いきなり出てきた人間に研究材料を手渡すのは気が引けるだろうが許してくれ。これが最も良い選択だ。『聖域』へ至るためのな」

わからないことだらけだ。

メグがさらに文句を言おうと口を開いた瞬間、大きく地面が揺れた。天井から粉が降る。

「モンスター・ドレインめ。手当たり次第に砲撃をしている」

「ここも危ない」

「ああ、だが幸いにして……ここには三人いる」

老人は言う。

「変身する者とさせる者、敵を引き付ける者。実に簡単だ。ありがとう、メグ」

「一体何を言っているんすか」

「伝えるべきことは伝えた。あとは次の世代の役割だ」

老人は壁の隙間に手をかける。すると僅かな隙間からまだ火が消えていない煤が風に乗って老人の顔を凪いだ。どうやらここで話している間にこのフロアには完全に火が回ったらしい。

「ガワランハッド!一体何を」

「メグ。頼みがある」

メグは泣きそうだった。この堅物な老人は割と長いことメグの部隊にいたが、命令はすれど一度だって頼み事などしてこなかった。そんな老人が願う、おそらく最後になるだろうささやかな望み。

「いやだ、聞きたくない」

「君が彼にそのナイフを刺すのだ」

言われてしまった。耳を手で塞いだが、いやでも聞こえた。ひどく重い。

「君にしか出来ない。霊剣……そのナイフは魔力を通さねばならない。私の微力なマリョクでは効率が悪い」

「私に彼の契約の斡旋をしろってんでしょう」

「掻い摘んで言えばそうなる」

「……」

メグは断りたかった。

この男は無関係だし、デンパジャッカーなんて化け物をこの手で産みたくもないし、何より何の罪もないこの男を手に掛けたくない。一度は殺さなければならないのだし、成功する保証もない。自分が殺した後、彼がデンパジャッカーとして復活しなかったらどうなるだろうか。

メグは千切れるほどに下唇を噛んだ。泥と鉄の味。

「嫌だ」

「命令なんだメグ」

「……」

「メグさん」

当の本人である男が久しぶりに口を開く。

「確かに僕は自分の目的があってジャッカーになります。ですが勿論あなた方にも協力します。何がそこまであなたを混乱させるのですか」

「……まるで他人事みたいな物言いっすね」

「すいません、元来冷めた性格のようですので」

「……私は」

メグは目を伏せる。

「私は、もうあんな化け物を産みたくない」

「……」

男は黙って聞いている。

「デンパジャッカーはその殆どが無法者っす。私はそれを知っている。チカラに溺れる人間の弱さを滲むほど見たんす」

「……」

まだ男は黙って聞いている。

「詳しくは話せませんが……トラウマなんです」

「成る程」

男は応えた。

「あなたをそうさせるのは過去の苦い体験なのですね」

「……」

「すいません。強引ですが、この外に広がる地獄はおそらく放っておいて良いものではない。宇宙の果てまで広がる人為的な悪逆は、僕は失くしたい」

「……」

「だから、言います。あなたには、僕の決意を託します。それで納得してくれれば、そのナイフでどうかこの動いていないも同然の心臓を穿ってもらいたい」

「あなたにはそんな決意があるんすか」

「ええ、あります」

「……言ってみてくださいよ」

「僕は……僕はね」

老人もメグも黙って聞いた。今は外の爆発音も止んで、静かで暗い男の次の声を待った。

そして、男は語る。

その夢の一端を。




「俺は……全てのデンパジャッカーを殺す」




「そのためなら何だってする。そのためにここへ来た。そのチカラを手に入れるためにここへ来た。こんな所で立ち止まってなどおれぬ。今すぐに契約を果たせ。お前のチカラをよこせ。俺は殺す。殺す。殺す。殺さなければならぬ。あの泥から生まれた垢の塊どもをのさばらせてはならぬ。今すぐに滅ぼさなくてはならぬ。殺したい。殺したい。引き裂いてやりたい。殺して殺したい。だからまずは」

メグは驚愕に目を見開いていた。変貌した男の形相はこれまでの土気色をした無表情と異なり、皮肉にも怒りによって人の色を取り戻していた。

「俺を殺せ」

メグは震える手を握った。

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