EP1-6・サザナミインザコンバート
外は雨がまだ降っていた。砂塵を落とす大雨を、厚い光化学ガラスの中から覗く目があった。
軌道エレベーター内、高速運搬用エレベーターに乗り込んだ二名の侵入者だ。
メグと同伴の男。彼らは襲い来る虫たち、シーカーの群れからお互いを守りつつ運搬用エレベーターに乗り込んだ。その目的は高層階第百層に存在するらしい目的物のためだ。
目的物についてその存在は保証されていない。同伴の男がただそこにあると言うのみ。しかし他に手掛かりのないメグは頼らざるを得ない。彼女は自分の携帯端末L.I.G.を何度も確認したが特にこれといって連絡はない。ずっとノイズが出ており、通信ができない状態にある。この砂の惑星ザックワランに存在する無数の鉱石の中には強い磁気を持つ物も多いためだった。
「あと二分ほどで着きます」
同伴の男がアナウンスを告げる。メグは少し瞬きが多く、顔に翳りがあった。まだ信用しきれていないのだ。
「本当にあるんすよね?目的のものが」
「確実とは言えませんが……とても高い確率で存在します」
メグは男の目を見た。とても深い黄金の色をしていて、黒い髪とは対照的に映えて見えた。しかしその色はおぞましいくらいに落ち着いて、恐ろしいほどに何かが焼き付いていた。
「だからこそ、あなたのお仲間が建物内にもいたのでは?」
男が言う。
「まあ、確かに」
震えるメグはとても嫌な予感を感じずにはいられない。
二人が軌道エレベーターの下層階、ターミナルになっている建物内に入るとシーカーの群れが目に付いた。
とてもおかしなことにシーカーの群れはこの建物内から発生しているらしかった。シーカーの持つ不可思議な特徴の一つ、空間転移だ。彼らはワームホールのような空間の穴から出てくるため、どんな星にも現れる可能性があるのだ。恐怖!
しかしそんな群れを横目に貨物用の昇降機に向かった二人は、メグのチームメイト……仲間を発見した。刀を持った全身強化マッスルスーツを着た無口な男だった。否、無口というよりは、言葉を一切喋らない。カタナを持っている。その男はたった一人で敵の本陣の中、そのエレベーターを守り続けていたのだ。とても強い。しかし何故そんなことをしていたかというと、彼のL.I.G.端末に入った最後の連絡がそのエレベーターを守れという命令だったからである。
二人はその男をエレベーターの前に残し、第百層まで一直線に移動した。
「彼は大丈夫かな」
珍しくメグは危惧した。エレベーターの前に残した男の名前はレオ。一振りの小振りなカタナを使い、イアイというあまり見ない戦闘スタイルを用いる戦闘員だ。両刃剣の扱いでメグに勝るものは少ないが、片刃の剣であるところのカタナはレオが最も強い。EZ-Ls内には宇宙中から集まったとてもたくさんの兵士がいるが、その中でもやはりレオは頭二つ三つ抜けている。とても強い。
レオは不思議な男で、強化マッスルスーツのマスクをしたまま何も喋らないため、表情も読めないし声も聞けない。どんな顔がそのマスクの下にあるのかもわからない。見せたがらないのだ。しかしその行動はまさしく正しい軍人の生き方で、ボスの右腕として遺憾無くその才能を発揮しつつ、また信頼を集めていた。ちなみにマスクをかぶり続けはいるがデンパジャッカーではない。彼の付けるマスクはギジマスクと言って、マッスルスーツの丁度脳のような働きをする戦闘補助パーツだ。デンパジャッカーのマスクの性能には劣るが、元々強い彼にはその程度で十二分だった。
「残ってくれた彼のためにも急いで目的を果たさねばならないですね」
「ん……そう、っすね。その通りっす」
男は真実しか言っていないが、メグはやはりまだ混乱していた。
エレベーターが目的の階に着いた時、二人はやたらと汗をかいた。唐突な汗だった。メグは唐突な汗に良い連想ができない。
扉が開くと、地獄が広がっていた。炎だ。扉の前の広い空間、五十平方メートルはあろう広大な空間が地獄めいた炎で溢れている。鈍い鋼でできたフロアには激しい赤色が跳ねて、やはり絶望色が強い。
「こ、これは」
「……これは、多分」
呆気にとられるメグの後に男が続けた。
「シーカーの仕業ではない。人間の悪だ」
結論は出た。
驚くべきことに、今回の砂の街アンファングにおけるこの騒動、突然の虫の襲来は人為的なものであった。
メグのチームが持つ『重要なもの』を狙った何処かの誰かが、軌道エレベーターの高層何階かで何かしらの恐るべき装置でワームホールを作り、虫を放流し、街の中心部から混乱が広がっている間に『重要なもの』を回収しようとしたのだ。残忍!
「なんてひきょうな」
メグはぼやく。とてもひきょうなやり口である。
「でもこの階には虫たちはいないみたいですね」
男の怖いくらいに低く落ち着いた声がメグを冷静にさせた。
「……と、兎に角目的を果たしましょう。この階の何処かに?」
「あるはずです……が」
待ってください、と男は続けようとした。その瞬間、広いフロアの中で下卑た笑い声が聞こえた。
「ワハハハハハハ!」
「ム」
炎の奥から、その悪魔のような笑い声の主が姿を表す。奇怪な仮面をつけ、背中から触手のような腕を何本も生やした奇妙な人影だ。
メグは理解した。今現れたこの男は私たちを待っていた。探しても見つからない目的物を案内させる人間を。
「ワハハハハハハ!」
「お、お前は」
「やあ、どうもどうも。狙い通り来てくれたな。犬どもめ」
犬とはメグたちのチームを侮辱する蔑称だ。酷い。
「誰だ、お前は」
「大方予想はついているだろう!俺はアルゴスが戦闘員、デンパジャッカー=モンスター・ドレインだ」
そう、その男、まさにデンパジャッカー。恐るべき非人間的チカラを持った殺戮者!超能力を使う、マリョクユーザーを遥かに凌ぐ化け物だ!
「アルゴスめ。この街の地獄めいた惨状は貴様たちの所業か」
メグは勇気を振り絞って啖呵を切った。
「おいおい死に急ぐなよ。こっちは導が欲しいだけだ」
「知ったことか!」
おお、勇敢!しかし勇気とは、間合いの悪い場合には即ち無謀と呼ぶ!皮肉にも現状はメグの圧倒的不利だ!
「逃げますよ」
男の声だ。同伴の男が後ろから静かにメグに声をかけた。
「無理っすよ。戦うしかない」
「ジャッカー相手には死あるのみです。ここは目的を果たしてとっとと脱出しましょう。幸い炎のおかげで視界も悪い」
男は冷静だった。
「でも、あのジャッカーはこのフロアを探しても見つけていないみたいっすよ」
「あの短絡的思考そうな男のことです。クリアリングなどおざなりになっている筈です。我々はもっと緻密に細かく慎重に全速力で探します」
「見つかる確率は?」
「百パーセントですかね」
「死んだら化けて出てやる」
「その時は僕も死んでます」
「行こう」
「ええ」
「ウラー!」
爆発!二人の会話が終わると同時に、モンスター・ドレインは恐るべき突進を仕掛けてきた。時速はおよそ二百キロ。二人がマリョクユーザーでかつ優秀な幸運ステータスの持ち主でなかったならば、今頃粉微塵の肉片と化していたところだ。
「ごちゃごちゃとウルセェーゼ!一人でいい!案内役は一人だ!二人のうちの片方は粉々にしてやる!」
モンスター・ドレインは声を荒げた。その仮面の下は恐るべき形相と血走った目を持っているだろう。
「走れ!」
「具体的にどう探すんすか?」
全速力で走りながら、彼らは広いフロアから伸びる数本の廊下のうち、一つの廊下に飛び込んだ。このフロアは倉庫として活用されていて、一定間隔おきに「K-1」「K-2」といったナンバリングのついた扉が目につく。
「まさかこの部屋全部に入って探すんじゃないっすよね?」
「まさか」
男は拳を作ると、不意に横の壁に押し当てた。そのまま拳を引きずるようにして廊下を走り続ける。
「普通の部屋にはありません。隠し扉を見つけるんです」
「そんな!後ろからジャッカーが追ってきてる!」
「ええ、だから急いで下さいね」
二人は拳を横の壁に押し当てながら、全力で走り続けた。