EP1-5・サザナミインザコンバート
砂の街アンファングの中心部にある巨大な塔、軌道エレベーター。その入り口の脇で、メグは正直戸惑っていた。何故、この男がここまで一緒にいるのか。
メグが果たさなければならない目的があることを伝えると、剣を届けた男は自分もついていくと言い始めた。冗談抜きで地獄と化したこの街で、少しでも助力があるのはとても良い。だがしかし、男の力はメグほど強くはない。先程の戦闘で、メグはこの男がさほど経験を積んだ兵士には見えなかった。同じマリョクユーザーであるからしてEZ-Ls隊員であることはわかったが、強力なマリョクは感じ取れなかった。
「あなたの実力はあなたが知ってますよね」
メグは男の目を見て言った。
「ええ、勿論」
男の黄金色の目は沈み、静かに黒く溶けていた。突き刺したガスバーナーの火だけが煌々と反射して、メグには男の目は人のものではないように思えた。
「僕の力はあの程度です」
「わかってるなら逃げてください」
「できません」
「何故」
「僕もしなきゃいけないことがある。駅のホームでも言ったようにやらなきゃいけないことが山積みで」
こんな街でやることなど、メグにはわからなかった。もう人も物も文明的なものは残ってなどいない。
「軌道エレベーター」
「はい?」
男はぽつりと言った。
「そこに行きます」
「あなたの探し物がそこに?」
「僕だけではない。貴女のものもある。人も」
その後は早かった。二人は荷物を纏めると、瓦礫に埋もれたその建物から這い出て、円形に広がるアンファングの街の中心部に走り、遥か雲の彼方まで聳える軌道エレベーターの麓まで辿り着いた。
だがメグは終始不安だった。男は一振りの赤い槍を持っていて、虫たちからある程度の距離をとってちくちくと刺すだけで、後は逃げ回るしかしない。非常に卑怯な戦い方しかせず、傷一つなかった。そんな戦い方をする人間の言うことを信じてこんな所まで来てしまった。失敗したとしか思えない。
「どうかしましたか」
男は言う。
「いや。ここに探し物と探し人がいるなんて情報を簡単に信じて良かったものかと」
「他に心当たりは?」
「……ないっすけど」
「行きましょう」
「……」
男は物陰から顔を出して軌道エレベーターの建物の入り口を眺めた。
軌道エレベーターはエレベーターと言ってもエレベーターしかないわけではない。空港のような建物が大部分で、その中にあるターミナルから宇宙船が飛びだったりする。
まずは貨物用のエレベーターを目指す。それが作戦。
男は丁寧に索敵をして、最も危険の少ない道を探した。道にはシーカーが三、四匹。メグは面倒くさくなって、男と連携などせずに一人で突っ込んだ。
「待っ」
男が何か言おうとしたが無視した。
メグの剣の流れはとても大味な一撃だ。繊細な剣筋とはとてもではないが言えない、大振りで隙が大きい。腕力に物を言わせた戦い方である。それでも強いというのは直感に依るものが大きい。相手の筋肉の動きを読み、次の一手を計算し、動きの予測をし、そこへ最大火力の一撃を大ぶりで叩き込む。手数が少ない動きで相手は沈む。この一連の動きをメグは無意識ではなく推し量ってやっている。彼女に正確で精錬された技術がないのにはきちんと理由もある。代々受け継ぐべき格闘武術を教えるような剣の師が居なかったのがこのスタイルの構築の原因だ。彼女はただただ、養父のような軍人になるため出来ることを手当たり次第にこなし、野生を計算づくで発揮し、「生き残る」型を完成させた。
今回のシーカー三匹もメグはそのスタイル通りの戦い方を通す。最初に思い切り近寄った抜き付けで一匹目の頭を切り落とし、続く二刀目で死骸の爪を残る二匹に弾き飛ばした。
二匹目は怯んだので、三刀目では奥にいた体制を整えた敵に正対した。構えられた黒い爪を弾いて体制を崩させると、潜り込んだ前脚で腹側を上方へ跳ねさせ、弱点を露出させる。その場でターンしたメグはA-ソードを心臓に突き刺して二匹目を殺した。ここまで五秒。
怯んでいた最後の一匹はメグの背後から頭に飛びかかったが、その音を聞いていたメグは先ほど突き刺した剣を抜いて受け流しに振り、上から来た爪を凌ぐと敵の自重に任せて自由落下させた。下側の剣が食い込み、虫は勝手に両断された。
七秒とかからず制圧したメグは振り返って顎で男を呼んだ。割と計算通りに敵を倒せたメグは自慢げだったが、男は何故か険しい面持ちで背中の槍に手をかけていた。
「何を」
している、と言おうとして頭の上から返事が来た。
違う。返事ではない。
建物の外壁、返しになっている部分はメグの頭上五メートル程だろうか、虫がへばりついている。
気づいたのは遅い。メグの剣筋は事前にどこを切るか計算していなければ通らない。
「さっきの三匹目を」
男の方からそんな声がした。何のことだかメグはわからず、咄嗟に下段に構えた。
直後、虫が壁から足を離し、メグの方へ落ちてくる。鋭い爪を構えた「狩る」動きだ。
メグは目を瞑った。虫が妙な音を立てつつ迫る。
しかしメグは体に痛みを感じない。閉じた瞼の裏側に一瞬光が映っただけ。そして再び上を見てみると、
「ひっ」
血が降ってきた。虫のものだった。妙な粘着きがある。
反射的に頭上に剣を持ったまま手を上げた。すると少しの重みを感じたのち、自由落下した虫がそのままメグの剣で切れたことがわかった。
「……」
落ちた死骸を見ると槍が生えていた。男の持っていた赤い槍。
男は槍の投擲で空中の敵を狙撃し、体制を崩した虫がメグの剣に切られに降ってきた形だった。相変わらず男は離れた位置から怪我をしない戦い方だった。
狙い通りでした、と言わんばかりの顔で男が近寄り、少しメグに視線を寄せる。
「な、何すか」
「行きましょう」
軽蔑の視線ではなかった。確かに、この時メグは自分の命に価値を見出したし、この男に信頼の一つでも寄せたのだった。
これ程までに戦いにすら一貫したスタイルを確立した兵士は珍しいのだった。それは即ち、味方から損害を出さない。自分一人に限らないのである。メグは危機に陥ることが少ないので自分の身一つを守る卑怯な戦い方に見えていたが、しかしそれは早とちりもいいところだったわけだった。
「どうかしましたか」
「なんでもないっす」
「早くしましょう」
二人は急いで建物に入った。