EP1-4・サザナミインザコンバート
電気がメグの目の前を通り抜ける。ほんの静電気ほどの小さな電流だった。
するとその後を追うように赤黒い液体が走る。
血だった。
知らずのうちに目をつぶっていたメグは恐る恐る顔を上げる。
大きな背中だった。
目の前には、メグをかばうようにして立つ人影。長身痩躯の男の後ろ姿だった。
「……」
男は無言で、肩に引っ掛けていた細長い袋を下ろした。
メグの剣、A-ソードだ。軍の第五次正式採用近接運用兵器である。
メグはすぐさま袋をひんむき、男に組みかかっていた虫の脚を跳ね飛ばす。迷いない剣戟は、正確にシーカーの節足を全て切り落とした。
周りに囲うようにして広がるシーカーはざっと三十匹ほど。特別大きな個体はない。
「行けますか」
剣を持ってきた男が言った。
「あなたは?」
「自信はありませんが」
「やれるところまで」
「ええ」
二人は背中を合わせた。
暫くして、男は瓦礫の下から引っ張り出したらしい鉄のトレイを持ってきた。何かの蓋らしい。
「それは?」
「ここに篝火を即席で作ります」
男は『緊急用』と書かれた小さなバッグからガスバーナーと蝋石を取り出すと、火で蝋を溶かしてトレイに垂らし、ガスバーナーを突き刺した。できたのは小さな篝火、というよりキャンドルやランプに近い光。
二人がいるのは暗い室内。瓦礫に埋もれたとある建物の地下階部分。当然既に電気は断たれており、さっきまで男が持っていた懐中電灯しか目の助けはなかった。
「さっきは」
火に手をかざして暖をとりながらメグは言った。
「さっきは、その……ありがとうございました」
「……」
男は意外そうにメグを見ていた。
「なんすか。悪いっすか。私でも人に感謝くらいしますよ」
「ああ、いえ……すいません」
男は全く笑っていない目を伏せた。
「本来なら私が金でも払うべきなんですが」
メグは首を傾げた。
「どうしてっすか」
「あの数は一般兵の私には到底捌けませんでした。ですのであなたに助力させていただき、あなたに戦っていただいた」
「……」
男の顔は暗くてよく見えない。
メグはそれでもなんとなくそうだろうなとは思っていたのだ。駅のホームで剣の鍵を拾ってくれたあの男だった。
実際、メグの戦闘力は他の戦闘員と比べて頭一つ抜けていた。
あらゆる身体能力が高く、特に剣の扱いについては横に並ぶものがいないほどの強さ。マリョクユーザーは持てるマリョクの総量で強さが決まる節があるが、メグは珍しく剣術の扱いを認められたマリョクユーザーだった。
男は見抜いていた。自分の危機にこの兵士を利用すれば自らも助かると。合理的な判断だった。それを知ってか、駅のホームで見かけていたメグの袋をわざわざ拾ってメグを探していたのだから。
「でも、私もあなたがこなきゃ死んでたっす」
メグは珍しく人のフォローをした。
「だから、おあいこっす」
メグは男の右腕を見ていた。とても綺麗に処理された包帯に血が滲んでいる。
先程メグを庇った時、虫の爪が男の右腕を貫通していたのだった。本来ならば激痛で悶え苦しむのが当たり前な大穴だった。
しかし、男は表情一つ変えずにどこか遠くを見ていた。
「これからどうします」
男が言った。メグは火を見つめながら答える。
「私はまだ残ります」
メグは少し語調を強めて言った。
「危険です」
「知ってますよ」
「理由を知りたい」
「探し物がある」
静かに男は聞いていた。
「私は刺し違えたって目的を果たす」